第二章1 コスモスとの旅
―――ナーブ辺境村より北東の巨大洞窟の中。
それらは頭上の穴から降り注ぐ陽光の中に座している。
洞窟の入口から最奥まで、その巨躯が十六体、最奥の黄金に傅くように並ぶ。
太い二本の脚、長く逞しき尾、手と一体となった広翼、牙が並ぶ厳めしい口。
体躯には鱗が生え並び、陽光に薄く煌めく様はいっそ荘厳ですらあった。
最奥の黄金が、首を持ち上げ宙に咆哮。
すると一斉に十体の巨躯も、従属の意を示すように咆哮を返した。
巨窟最奥の黄金―――『黄金翼竜』である。
◆◆◆◆
―――はくはくとコスモスがナーブ村を出た日。
はくはく達は空を飛んで、走るよりもはるかに速く移動していた。
はくはくが決めた目的地へと飛び、コスモスもそれに追従する。
眼下を鬱蒼とした木々が過ぎ去っていくが、広大すぎる大地である。
その森林地帯は一日程度では越えられない。
飛ぶことで、歩く時のような疲労感は無かったものの、食事と睡眠は必要だったから、
「コスモスちゃん、あの廃墟の上へ降りよう」
はくはくはそうコスモスに告げて高度を下げて行った。
「………大きな廃墟ですね。崩れないか心配です」
小廃墟は世界各地に点在する世界の彩りの一つ。
何をもたらすものでもなく、ただ過去の栄華と衰退を示すための飾りである。
その屋上に降り立って、コスモスが足先で恐る恐る床をつっついている。
「大丈夫。この建材はもともと固いから、ちょっとやそっとで壊れたりしないから」
飾りに過ぎぬ小廃墟だったがしかし、無駄に凝った設定があった。
風化に耐え抜く高度な過去文明の残滓であるとされ、風化は進んでいるものの、それに耐えるほどの硬度を持つ、というのがそれだ。
「なんでも知ってるんですね!さすが私の大神官様!」
「コスモスちゃん、褒め殺そうとしてる?」
「まさか、本心です!神徒コスモスがはくはく様を称える、全く問題ありません!」
「コスモスちゃん、俺、神じゃないからね?」
「私にとっては神様です!だって、私に力をくれたのは、はくはく様なんですから!」
「………」
いつの間にか、はくはくをまるで神のように思い込み、自分をはくはくに仕える『神徒』だと普通に口にし始めたコスモスの盲信が、神に仕えてきた神官はくはくにはちょっと重い。
NPCの転職こそできて、管理者権限で経験値を付与できて、ゲーム時代の知識があるだけで、はくはくは神ではないのだから。
「テントを張ってから、食事にしよう」
「はい。はくはく様!」
気持ちを切り替えて、はくはくはインベントリから簡易テントを取り出して、簡単な操作で設置していく。
現実のテントというよりは、ゲーム世界のアイテムとしてのテントだから、設置は簡単である。
設置したテントの入口を開いて中を確認すると、テント底部がベッドのようなふかふかした厚手になっている。
「へえ、底部分がベッドになってるのか。便利!」
テント内分の端に、数枚のシーツが畳んであるのを見るに、それを掛けて眠るのだろう。
実際にはくはくの記憶の中、ルッタとしてナーブ村へ向かう旅の中で、百回以上もお世話になったテントである。
その記憶があっても、ゲームと現実のすり合わせのような違いに今さら驚いた訳だ。
「わあ、結構広いですね!これなら、二人でも余裕があります!」
はくはくの肩越にテント内部を見て感想を口にしたコスモスに不穏を感じ、はくはくは自分が設置したテント周辺を確認。
「ん、コスモスちゃん、二人で寝ないよ?なんでコスモスちゃんは、自分のテントを張ってないのかな?」
当然の事を言っただけなのに、コスモスの目が驚きに見開かれているのはなぜなのか。
「二人一緒に決まっています!神徒コスモス、はくはく様の守護者コスモス!一時もはくはく様をおひとりにはさせません!そんな危険行為は絶対排除です!」
「こんな高所に魔獣は来ないから、俺を心配する必要はないよ?そのために、屋上にいるんだから」
「いえ、拒否します!私と二人で一緒のテントで眠りましょう!」
「女の子と一緒の空間で寝るのは良くないから、提案を拒否します!」
「いいえ!はくはく様の拒否を拒否します!」
「………」
「私と一緒に眠るのがそんなに嫌ですか?はくはく様はいじわるですぅ!」
コスモスが眉をハの字にしてプクっと頬を膨らませ、大きな蒼の瞳をうるうるし始めたから、
「わ、分かった。コスモスちゃん、夜も俺を守ってください」
はくはくは観念するしか無かった。
男女一緒の夜。危険な事をしだすのは男の方であって、はくはくが何もしなければ良いだけの事である。
そう自分を納得させて。
はくはくは、テントの様子を確かめた後、今度は木製テーブルと椅子をインベントリから取り出した。
こちらは、ナーブ教会で務める神官へと村人が寄贈してくれた手作り品だ。
「はくはく様、私コスモス。お料理を作らせてもらいます!」
はくはくがテーブルと椅子を取り出したのを見て、コスモスがフンスと鼻息を吹いたが、
「今日は俺が作った料理で済ませよう」
はくはくがテーブル上にインベントリから出したであろう湯気の立つシチュー皿とパンを見て、
「私がちっともお役に立てない………」
がっくりと肩を落としたコスモスだった。
「ずっとコスモスちゃんに料理を作ってもらってたから、お礼も兼ねて何品か作り置きしておいたんだ。それに俺、守ってもらってばかりで役に立ってないし」
「むむむ。そういう事でしたら………」
コスモスはまだ複雑な表情であったが、テーブルを挟んで席に着いた。
「美味しいです、はくはく様!あれ、この味、もしかして………」
「あ、分かっちゃったか。はい、コスモスちゃんのシチューを真似て作ったんだ。美味しかったから」
「ああ、なんという褒め言葉。私、嬉しいです!」
それからずっとニヤニヤしながらシチューを食べるコスモスを、はくはくは満足気に見て。
二人の頭上に星が瞬き始める頃になって、はくはく達はやっとテントに入った。
人一人分は離れて横になっているものの、すぐ隣にコスモスの息遣いが聞こえる距離。男女の同衾と言われれば言い逃れのできない状況に、はくはくは眠れる気がしないままだったが。
「はくはく様、私、今とっても嬉しいんです」
「そうなの?長年暮らした村が恋しいとかじゃなくて?」
「私、村に逃げ込んでからずっと、村の外の世界が怖かったんです。でも、戦う力をもらってこうして、私は村の外の世界にいて。もう、逃げるしかできなかった昔の私じゃないんだぞって」
「それなら良かったよ」
「だから、私、これからはもっと世界を見て回りたいんです。はくはく様が見せてくれる世界をいっぱい。だから」
「だから?」
「私を気遣ってくれなくて大丈夫です。私は、私がそうしたくて、はくはく様と一緒に居るんだから………」
そう言ってコスモスがはくはくの手に手を重ねたから、はくはくは驚いて隣のコスモスを見たのだが、
「あ、寝てる………」
はくはくの視線の中、実に幸せそうに寝息を立てているコスモスの顔が映った。
はくはくとコスモスの初めての野宿―――当然男女の何も、ない。
◆◆◆◆
―――ナーブ辺境村よりはるか北西、パルフェン砦にて。
砦と聞くと戦闘職ばかりが駐在する場所、と殺伐とした印象を受けるが、パルフェン砦は民間人も多く暮らしている。
どちらかと言うと、小規模集落を防衛向けに発展させた場所が、パルフェン砦だ。
そして砦といっても、石作りを中心に木製の部分が混在して混沌とした外観と言える。
これは、周囲の小村からあぶれた人間たちが、安全を求めてパルフェン砦に移り住むようになって暮らす人間が増えて、砦内を拡張しなければならなかったためである。
ようするに、元々全石造りだった砦の壁を破壊して拡張する際に木製建材しか無かったり、壁は破壊しなくても人通りの出来る穴をあけて、その外側に居住域を拡張してみたりした結果、斬新な見た目になってしまった。
つまり、民間人中心の砦である。
そんな歴史を持つパルフェン砦に、夜陰にまぎれてはくはくとコスモスが侵入する。
目的は一つ。パルフェン砦に隠されているアイテムの回収。
ナーブ村の『啓蒙の桃枝』と同じく、飛空艇入手後に手に入るはずの建築物上部に隠されたアイテムを飛んで回収するためだ。
アイテム回収は、盗難とは認識されない。
だから、夜陰に紛れたのは飛んでいるところを見られないためである。
どこに冒険者の目があるか分からない。はくはくの管理者権限がバレるのは論外。
コスモスの『飛翔』も『賢者』バレするため、できれば知られたくない。
なにせ、頭上に名前の無い只人が『賢者』なのだから。
二人が飛ぶ足元では何人かの兵士がランプ片手に巡回警備しているし、防壁の物見台には二人ずつ兵士が周囲を警戒していて、全員が寝ている訳ではなかった。
その警戒は、不審者も対象であろう。
だから、これが盗みではないと分かっていても、
「そろりそろり、と」
「こーっそり、ですね!」
つい、コソコソしてしまう。
そしてコソコソと入り込んだ半鐘塔の屋根の裏の隙間から、お目当ての装備を入手。
『疾き魔杖☆☆☆』
魔法効果を強化する魔杖であり、行動の速さを司る『敏捷』を高める効果が付いた魔杖である。
そして、様々な効果を付与する『宝石』というアイテムを嵌めるためのスロットが三つも付くなかなかの強武器である。
「やりましたね!はくはく様!」
「じゃあ、コスモスちゃん。装備してね」
「はくはく様からの贈り物ですね!大切にします!」
今度は対角線反対の半鐘塔へ飛び、
「あった。記憶通り!」
今度は『身逃れの僧衣』を入手。
こちらは『敏捷性』に関係するように見えて実は『運』を上昇させる効果を持つ。
相手の攻撃を躱す時に『運』が高いと避けやすくなるのである。
相手の攻撃がほんの少しずれるとか、避ける身体の運びが躱すのに最適な形になるとか、そういう物だ。『身逃れの僧衣』の運上昇効果は微々たるものなのが残念ではあるが。
しかし、どちらかというとこの装備が欲しかった理由は、
「やっと神官服を脱げる。これを着てたら『僧侶』系職だって思い込んでくれるはず」
あまりに特徴的な白地に青の神官服を一刻も早く脱ぎたかった。はくはくの職業『神官』を悟らせないために。この装備で見た目を『僧侶』系に偽装することである。
はくはくが装備できる物は僧侶系のみに限定されているらしく、冒険者殺しの『ロスト品』である皮鎧は装備できなかったため、記憶を頼りに真っ先にパルフェン砦に来たのである。
ちなみに、はくはくはここパルフェン砦のNPCを強化するつもりはない。
なぜなら、この砦は『PVP禁止ゾーン』領域で、『PVP禁止』はつまり領域内で攻撃行為自体が禁止だからだ。
NPCの安全は確保されているのである。
「私、はくはく様の神官服姿の方が好きです。だから、ちょっと残念です」
「まあまあ、中身は変わらないから」
パルフェン砦を離れ、昇って来た太陽の光の元で、はくはくは改めて自分の格好を見ようと『全身姿見』をインベントリから取り出す。
ゲーム時代では、このアイテム使用で別画面で全身像を確認できたが、この世界では普通に鏡である。
はくはくの姿はそもそもゲーム時代に作ったキャラクターの姿ではない。
NPCとして生み出された元浮浪児にして現神官のルッタの姿なのだ。
鏡を前に、顔を近づけたり離したり、くるりとまわってみたりしていたら、
「ふふふ。はくはく様ったら可愛い」
コスモスちゃんに可愛いと笑われて。
とにかく、鏡に映ったはくはくは、髪の色は水色。同じ水色の瞳。頬にそばかすがあり、26歳という年齢よりも数歳若く見える。
26歳というのは神官としての実年齢であり、ステータス画面にも表示されている。
若く見えると言うと良い意味に聞こえるかもしれないが、どちらかというと小僧、若造と侮られそうな若見えに思える。
加えて、165cmと、男性にしては長身とはいいがたく筋肉質とも言えない痩身だから貧弱感が凄い。
「―――俺、実力だけじゃなく、見た目も最弱、ちくしょう!」
「大丈夫です!そのために私がいるんですから!」
そうコスモスが言ってくれるが、元プレイヤーはくはくとしては納得しがたいのである。
はくはくはゲーム時代『魔獣使い』系職業で、魔獣を従えるために近接戦闘をしていたのである。
強くならなければ、魔獣を従えられないから、自身の強化に余念がなかった。
それが、自分では全く戦えないようになるとは思ってもみなかったから。
「ああ、懐かしき『筋力』!思い出す、殴り合ったよね翼竜!それも過去になり………ちくしょう!」
はくはくにとっては経験した過去だが、コスモスには理解できない言葉だったから、またコスモスがきょとんと可愛く首をかしげている。
どうやら変人と思われる前に独り言は控えた方がよさそうである。
はくはく、絶賛アイテム回収―――コスモス強化中である。
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