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第一章6 村人全員




―――ナーブ辺境村、村長宅にて。



ナーブ村村長タガーロは、教会で破壊音が聞こえたと、村民に報告を受けた。


タガーロはひとまず息子のトルタを教会へ向かわせ、自分は村を囲む柵が壊されていないか確認するために村を囲む柵へ向かった。

以前、木柵が壊れたところから魔獣が村へ入って人死にが出て、柵の破壊に気づかぬまま他の魔獣も侵入してきて被害が拡大した。この地域最弱の魔物によって。

壊れた柵をそのままにすれば、被害は拡大する事を身をもって体験したためだ。

―――何かあったら必ず柵を確認する、タガーロは前回の人死にから誓ったのである。


「最近は、何事もなく平穏じゃったのに………」


離れてはいるものの、村としては魔王城に最も近い辺境ナーブ村。

多くの冒険者が暮らす西部地域から遠く東に位置する村。

周囲の魔獣も軒並み強いと言われ、戦う力を持たぬ只人の村人達には暮らしにくい場所だ。


過去、度々村人に犠牲が出ては、その度に村を囲む柵を強く大きくしてきたが、現界はある。

所詮、技術も素材も得られぬ辺境の村民である。

柵は木柵で、釘などの物資も有限のために、ほとんどの柵は藁紐で組むしかない。

貧弱な木柵が、村民を守る最後の防衛線とは、村長として嘆かわしいことこの上なく、

「わしの弱った力でさえ、ぐらぐらするような木の柵だが、無いよりはましじゃ。そう思いたいだけかの………」

そう呟いて、木柵を確認して回り、

「村の通りへ通ずる木柵の門が開いたままになっておったが、魔獣の足跡は無い。誰か来たのかの?」

開け放たれていた柵門を閉じて、タガーロは今度こそ教会へ向かった。



「いくら神官様だって、信じられるわけないでしょう?」


「そうですよ、只人に『職業』をくれる?」


「村人全員に?からかうのは止めてください!」


「ほんとーに僕も『せんし』になれる?」


「わたし、『まほうつかい』がいい!」


「ほら、子供たちが期待しちゃってる!なれないのよ、夢見ないの!」


タガーロが教会に近づいた時見えたのは教会前の人だかり、聞こえたのは村人の苛立ちの声。

何事かもめごとならば、タガーロが鎮めなければならないと足早に駆け寄る。


「ああ、親父!神官様がおかしな事言い出すから、皆ひどい揶揄い方だって怒っちゃって」


息子のトルタがいち早くタガーロに気づいて報告する。


「おかしな事とは?」


「転職させてくれるんだと、村人全員を」


「転職とは、『職業』をくれると言う事か?只人に?無理に決まっとる」


「そう、無理だ。しかも理由が、村人全員強くなって欲しいからだって」


「なぜじゃ?」


「もうすぐ冒険者達がこの村にも来るようになるんだと。その時に、赤い名前に髑髏マークが付いた冒険者は『冒険者殺し』っていう危険な奴らだから、村人が自分で身を守れるように強くなって欲しいだってよ」


「冒険者は、只人を助けてくれるのではないのか?わしはそう聞いて育ったが………」


「白い名前の冒険者は大丈夫で、赤い名前の冒険者が危険って言ってたから、冒険者によるんじゃねえかな?只人にも泥棒がいるみたいに」


「………」


「それに、神官様にも白い名前が浮かんでるんだ。今まで無かったのに。神官様も冒険者ってことか?」


「ふーむ。冒険者に『神官』の職業は無いと思うがの。分からん事が多いな。しかし、神官様はなぜ出来もしない事を―――」


そう言いかけたタガーロの耳に、いや集まった村人全員へと向けた少女の声が上がった。


「できる!みんな、はくはく様が、私の大神官様が本当にみんなに『職業』をくれる!」


村娘コスモスの声である。

食堂で給仕として働きながら、毎朝木剣を握って鍛錬している、とはタガーロも知っていた。

嘘をつく人間ではないはずだが、だからと言って只人が『職業』を得られるなど信じられるはずもない。

ひとまず、集まった村民を解散させて、神官様に真意を尋ねようと人垣をかきわけながら進む。


「コスモスちゃん、どうしちゃったの?」


「コスモスよ、お前さんの願いの強さは知ってるが、これはあんまりに………」


「コスモスまで一緒になって俺らをおちょくる気か!」


タガーロの心配通り、コスモスが神官様を責める村民に言い返した形で、再び村民の苛立ちが強まった。


「やれやれ、村民に言いたいだけ言わせて苛立ちが鎮まるのを待つのが良いものを………」


年若いコスモスに、爺が生きて来た人生で得た処世術など分かるはずもないか、と内心で嘆息しつつ。タガーロはやっと神官様の見える場所まで出て、

「【飛翔】」

そう声が聞こえたと思ったら、目の前でコスモスが飛びあがったから、

「「「なあ!」」」

周りの村人の幾人かと驚きに漏れた言葉が重なった。


そしてコスモスを見上げるタガーロや村民を見渡すようにコスモスは宙空に浮かんだまま、

「【剛氷ートル・ギカー】」

そう叫んだ途端、コスモスの伸ばした指の先から、大きく鋭利な三角錐状の氷の塊が高速回転して飛んで行って、彼方の林で「ドカン」という破壊音を響かせた。


「「「「………」」」


言葉が出ないとはこの事で、タガーロは何を言うべきか、理解の追い付かない頭で考える。


「みんな!私、はくはく様に『賢者』にしてもらったの!こうして飛んで、魔法だって放てる。私みたいに、みんなも戦う力が欲しくないの?力がないまま、魔獣に家族を殺されても平気?私は、絶対に嫌!はくはく様の、私の大神官様の神のような御業は本物!どうなの?みんな、ずっと力のない只人のままでいいの?決めて!」


コスモスの言葉に、タガーロが前に出て振り返る。

そこには、毒気のすっかり抜けた村民がただただ、コスモスと所在無さげに一人立っている神官様を交互に見る姿だった。

皆タガーロと同じように、今となっては神官様の言う事を半分以上信じているが、村長として何を言うべきか迷った。


そこに、

「ぼく『せんし』になりたい!」

「わたし『まほうつかい』!しんかんさま、おねがい!」

子供たちが神官様のところへ駆けていくから、村長は決めた。


「皆、信じてみようじゃないか、できなかったとして損があるわけでもあるまい?大の大人が、子供が試す前に、本当に『職業』をもらえるか試してみよう!」


タガーロは自分が実験台になるつもりだったが、

「親父、俺が行く!村長の息子としてちっとは役にたたないとな」

息子トルタがそう言って、神官様へと近づくと、宙空からコスモスが降り立ってはくはくの横に立った。


「神官様、お願いしてもいいか?」


タガーロもトルタの横に並んだが、トルタの表情は幾分固い、緊張しているらしい。


「もちろん!」


神官様がトルタの手を取ると、

「どんな職業がいいですか?」

と聞くからトルタは困惑し、

「選べるのか?」

とようやっと聞き返し、

「もちろん」

と笑顔で返されたから、本格的に頭が真っ白になって、

「トルタ。しっかりしろ」

父親の言葉でやっと思考し、

「じゃあ、弓を使う職業を頼む」

そう決めた。


もし神官様の言う通り『職業』を得られるなら、トルタの知る『弓師』になれるはずだった。

―――はずだったのだ。


しかし、トルタの前の神官様は、

「転職『戦士』、コマンド、ターゲット、JB685、ワン、ハンドレッドミリオン、ラン」

トルタは、弓を使った職を望んだのに『戦士』って言ったか?と困惑する。


―――実はこれ自体はおかしな事ではなく、物理職で最初に弓を扱えるのは物理二次職で初めて登場する『弓師』であり、転職前提職である物理一次職『戦士』を経由しなければならない。

これはトルタが知らなかっただけである。


「次、転職『弓師』、コマンド、ターゲット、JB685、ワン、ハンドレッドミリオン、ラン」


トルタは『弓師』と聞いて、ひとまず安心する。まさか『職業』を与えられて、何かしらの呪文?のような言葉で、即『転職』までするとは考えていなかったから、色々混乱してはいるが。

しかし、実際に『弓師』を得られたかどうか、どう確認したらいいんだろう?と一人頭を使っていたのだが。


「次、転職『狩人』、コマンド、ターゲット、JB685、ワン、ハンドレッドミリオン、ラン」


「ん?ちょ、ちょっ、神官様?」

ようやくトルタは、いよいよ頭のおかしな事態になっていると確信し、神官様へと疑問の声をかけたのだが、神官様はトルタの手を離さない。


「次、転職『斥候』、コマンド、ターゲット、JB685、ワン、ハンドレッドミリオン、ラン」


「まって、本当にちょっと待って?」


『斥候』と聞いてトルタの頭の中は「なぜ?」で埋め尽くされて頭痛を引き起こしている。

頼むから、理解する時間が欲しいと神官様に願うが。


「うわ、聞いてない」


神官様は聞いていなかった。


「次、転職『連弓師』、コマンド、ターゲット、JB685、ワン、ファイブハンドレッドミリオン、ラン」


トルタは思考を止めて、神官様が止まるのを待って、ようやく神官様の次の言葉が止んだと分かって顔を上げ、改めて神官様を見た。


「弓を扱う職業の最高職は『連弓師』ですが、この先に弓系統の遠距離攻撃最高職『砲術師』があるんですけど、どうします?さすがに弓じゃなくて、砲が武器になっちゃいますけど」


顔を上げたトルタの視線の先で神官様が、「リンゴもいいけど、オレンジもいいですよ。どう?」みたいに実に気楽に、聞いたこともない『職業』名を勧めてきたから、

「いや、いいです。俺『連弓師』が最高に好きなんで………」

そう知りもしない『連弓師』が好きだからと理由をつけて、もうこれ以上何も望みませんと神官様の転職から逃れた。


「トルタ、それでどうなんだ?『職業』は得られたのか?転職と神官様が言う度光っておったが、どうなんだ?」

神官様と息子の様子を見ていたタガーロが、終わったらしい様子に問うが、

「分からねえよ。どうやって確かめたらいいんだ、コレ?」

トルタにも皆目分からないらしい、つまり『職業』を得ても自覚は出来ないということか、とタガーロは推測する。


「ステータスって言ってみて」


神官様の横に立ったコスモスが、笑んで言うからトルタは、

「す、ステータス?」

とたどたどしく口に出し、目の前に初めて見る薄い板のような輝くそれを見て、絶句した。

そこには、

「『連弓師』、レベルひゃ、100!なんだこの『器用さ』とか『筋力』とか、【穿ち連射】?【扇拡射】?な、なんだ、これスキルなのか?どうなってるどうなってる?俺、本当に?」

トルタの複合特殊職『連弓師』の能力があった。

複合特殊職、系統の違う職業を得たうえで無いと転職が叶わぬ特殊職。その能力は通常職三次職を軽くしのぐ。

そして、これを持ってトルタの転職は成った。


「みんな!本当だ、本当だった!神官様が俺たち只人に『職業』を下さるぞ!」


トルタが叫んだから、皆にその事実はしっかりと伝わって、皆が認めたその瞬間を狙っていた者がいた。


「みんな、私の大神官様が本物であると分かったでしょう?じゃあ―――」


「「「じゃあ?」」」


高らかに響くコスモスの声が、教会前に集った村人全員に響き渡って、皆がコスモスの言葉の続きを待ったのだが。


「じゃあ、私の大神官様に謝って!疑ってごめんなさいって!」


そう言うコスモスの顔が妙に誇らしそうに見えるから、村人たちもなんだか毒気は完全に失せ、逆に気持ちが軽くなったから、

「「「大神官様。疑って、ごめんなさい!」」」

村人全員、村長も一緒に神官様に謝った。



―――戦う力を持たぬ只人達に、大きな大きな希望の光が降り注ぐ。

光の名は、はくはく。転生者でNPCの、戦う力を全く持たない神官である。




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