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第一章5 快感




―――『賢者』コスモスの圧勝の後。



コスモスの視線の先、消えた冒険者殺し二人の代わりに、赤い毒ガスマスクが二つごろりと転がった。

ナイフに短剣、皮鎧に、ブーツやグローブといった装備一式。

回復薬や食料・飲料、寝袋ほかアイテムに、金の入った袋が残されのを眺め、

「神官様の言った通りだ」

コスモスはつぶやく。


魔獣を討伐した時に落ちる報酬を所謂『ドロップ品』と呼ぶが、冒険者が落とすものは『ロスト品』と呼ばれる。どちらも生き残った方が得るというのは変わらないのではあるが。


そして、PVP民のデメリットの一つが、装備も全てロストすること。PVE民は死んでも装備まではロストしないのである。


そのロスト品を前にコスモスはしかし、冒険者殺しの装備に触れる気にはなれない。

特に赤い毒ガスマスクは視界に入れるのも不快であり、ロスト品には目もくれず、神官の居室二階へと駆け上がった。


「お、終わった?俺、助かった?」


床に近い低い位置から聞こえるおどおどした声の主は、はくはくである。

自分では戦えないけど、コスモスの隣で冒険者殺しとせめて格好だけでも向かい合おうとしたのだが、それを頑なに拒んだのはコスモスである。


「神官様は私が必ずお守りしますから、隠れていてください。ベッドの下に!」


そう言って、居室二階のベッドの下へともぐりこんだ。

非常にみっともない、と自分で思いながら、はくはくはコスモスの真摯な願いに応えた形だ。


「はい、神官様!もう大丈夫です!」


はくはくの声に応えコスモスは、立ち上がるはくはくの手をとって助ける。

コスモスは、改めてはくはくの全身を見て、傷一つ付けさせなかった事を確認。

そうしてやっと、神官様を自分の力で守れたのだと実感を得て、

「私、私やりました!」

そのままはくはくの手を握ったまま上下にぶんぶん振った。

嬉しくて誇らしくてたまらなかったから。


その様子に、戦ってもらった事がコスモスの心の負担になっていなかったであろう事を見てとり、

「ありがとう!コスモスさんは、命の恩人だ!」

はくはくは安堵し心からコスモスに感謝の言葉を返す。


「いえ、いえ!神官様がくれた奇跡に比べたら、戦う事くらいなんでもないんです!私の方こそ貰いすぎです。お礼をしなきゃいけないのは私の方です!」


「違うよ。戦って守ってもらったのは俺の方だから!まだお礼が足りないくらいで………そうだ、お礼はもっとしっかりと―――」


はくはくは感謝の表現がまだ足りぬと両ひざを折ってコスモスの手を取る。

それは、日本の習慣ではなく、神官として過ごしてきた記憶の中にある『この世界』での、心からの感謝や敬意を示す姿勢。その最高の感謝や敬意を示す格好で、改めてはくはくは感謝を、

「本当にありがとう!守ってくれて、ありがとう!」

重ねて伝え、彼女の揃えた両手の甲に己の額をあてた。


はくはくの行いとその感謝が、コスモスを永遠に変えてしまうと思いもせずに。



コスモスが求め続けた戦う力は、昔両親が魔獣に襲われているのに、一人逃げるしかなかった事が発端だった。

魔獣のいる世界にあっては、ごくありふれた不幸であり、コスモスは両親を失う事になった。

それはコスモスがまだ幼少の頃の話であり、もし逃げずに両親の元にいても、只人の子供など魔獣に食われる以外に何ができたわけではないと頭ではわかっていたが、失う怖さだけはコスモスの脳裏に焼き付いた。

失わないために、奪われないために、戦う力が欲しい。


只人に『職業』を与えるという奇跡の御業を成した人の名は、はくはく。

コスモスが望んで止まなかった戦う力を、神に祈っても与えられなかったそれを、くれた人。

そればかりか、レベルを瞬時に上げる神業で、コスモスを通常レベル上限のレベル100の『賢者』へと導いてくれた人。


コスモスを強くする対価という形で提案されたはくはくの頼みは、この奇跡の力を持った神官様をお守りすることのみ。

しかし、必ず勝てるようにと念入りに強くしてくれたから、コスモスが受け取った利がはるかに勝る。

これを大恩と呼ばずして何と呼ぶのか。


その大恩ある相手から、

「本当にありがとう!守ってくれて!ありがとう!」

最上級の感謝を示す姿勢で礼をもらった。


戦って、守る。

ただそれだけの事で、大恩ある神のごとき人から礼を言ってもらえる。


その礼を聞きながら、今コスモスの前にひざまずき両手に額を当てて顔を伏せている神官を見ながら

コスモスは―――全身を這いまわるような、ぞくぞくする程の快感を覚えていた。


神のごとき御業を用い、多くを望まぬ聖人でありながら、自ら戦う力を持たぬ御方を守れた事が、まるでコスモスが神を守れたようなこの上ない達成感に酔ったためだ。

神話の中のように、おとぎ話の中のように、偉大な人を自分が守ったのだと。

―――この尋常ではない達成感がコスモスの中で絶大な多幸感へととって代わったからコスモスは、幼さの残る少女の顔を上気させ、熱い吐息を吐き出していた。


生きて来た中で、ついぞ味わったことのない身を震わすような、甘い快感。


コスモスはその快感を味わって、

「ずっとこの方を守りたい!」

コスモスは、この先ずっとはくはくを守るのだと、迷いなど一切ないままにそう決めていた。

「守らせて、私の大神官様!」


こうして、はくはくは純粋な少女にすぎなかったコスモスに、おかしな性癖を刻んでしまったのである。

もちろん意図してなどいない。コスモスの生きた時間と強い願いと想いが、少しだけ変な方向にいってしまっただけである。



「私の大神官様」と言い出した村娘コスモスの―――明日はどっちだ?



◆◆◆◆



―――はくはくが前世の記憶を取り戻すよりずっと以前。



神を信奉するビリル神聖王国にほど近い街の路地に、座りこむ少年がいた。

名前はルッタ。両親はおらず、頼れる大人がいない浮浪児。

服と呼んでよいか怪しいボロを纏った身体は痩せこけている上に汚れている。


その境遇ゆえに昏い顔であるのに、その目だけがギラギラとしていた。

その視線の先には、両親に手をひかれた同年代の子供や、幸せそうに笑う人々。

それを睨むルッタの中にあるのは、怒りだった。


(親がいねえのは俺のせいじゃねえ!)


常に空腹で、街人に嫌な目で見られ、雨風をしのげる場所に座れたと思ったら追っ払われる。

世の中は理不尽で残酷だ。

そう長く生きてはいないルッタだが、それだけは分かっていた。

だからある日、怒りのままに行動したのだが。


「離せぇ!ちくしょう、くそう!」


白地に青が入った僧服を来た壮年男の籐籠を後ろから強引に奪って走り去ろうとしたルッタのボロ服は、あっさりと壮年男の手に掴まれた。

まだ年端もいかぬルッタの身体はやせ細って未成熟な上に空腹で、壮年男の手を振りほどく力はルッタにはなかった。


誰も助けてはくれないのなら、自分で自分を助けるしかない。


(何もかも持っていて幸せそうなやつから、ほんの少しもらうだけだ。全部もらう訳じゃない)


そう自分に言い訳をして盗みを実行したルッタは、

「何も持ってねえ俺に、ほんの少しくれたっていいだろっ!」

じたばたともがくが、

「少年、腹が減ってるのか?」

ルッタに籐籠を盗まれそうになったはずの壮年男が穏やかな声で聞くから、

「いっつも減ってるっ!満腹になったことなんてねえ!」

腹の中の怒りを一つぶちまけたのに、

「誰も少年を助けてはくれなかったのか?」

またも壮年男の問いの意味がルッタには分からなかったが、

「そうだっ!嫌な目で見られて追っ払われて、残飯あさって生きてきたんだっ!俺だって生きていていいだろっ!俺が何をしたっ!親がいねえのは俺のせいじゃねえのにっ!」

腹の中にあった怒りを全て吐き出した。


「俺が死ねば、この街の人間は幸せかよ?汚ねえゴミがかたずいたってせいせいするのかよ?そんなの、そんなの………」


壮年男の手からは逃れられないと観念して抵抗を止めたルッタの背にあった引きとどめる力が無くなって、ルッタの頭に置かれたのは大きな手で。

その手が、ルッタの頭を優しくなでるから、

「なにしてんだっ!俺はお前から盗もうとしたんだぞっ!」

ルッタは心に沸いた感情に戸惑い、うそぶく事でその感情を覆い隠そうとしたが、

「大人が子供の頭をなでる事の何がいけない?この街の皆もこうすべきだったんだ」

屈んで視線を同じにした壮年男の優しい顔がルッタの目に映って、

「誰も、誰も、何もっ―――」

もうルッタはその感情を隠しきれずに、泣いていた。

沸いた感情は悲しみ。

悲しんでも腹は膨れないと、とっくに捨てたはずの感情だった。


「理不尽な目にあっただけだ。少年が悪い事なんて一つもない」

「どうしてだよっ!なんで俺だけっ!神様も助けてくれなかったっ!」

「神様はお忙しいんだ、きっと。しかし、神様でなくても出来る事を私がしよう」

「………?」


その言葉に、ルッタは涙がこぼれ続ける顔で壮年男を見た。

白地に青が入った僧服を来た壮年男であり、それは神の信奉者である事を示していて。


「私は神官だ、少年。ビリル神聖王国の私の孤児院で一緒に暮らそう」


「い、いいのか?」


「人を助けるのに、悪い事などあるものか。出来る力があるのなら、世界中の困っている人を助けてもいい。そんな世界なら皆笑い合って生きていけると思わないか、少年?」


神官を名乗った壮年男に、言葉通り救われる事になった。

ルッタはそれから、毎日三食の食事がとれて、ベッドで眠り、勉強さえできる生活を送る。


誰かを救う力は持っていないかもしれなかったが、その心意気はあった。

だから、まずはルッタを助けてくれた神官の背を追いかけようと決め、修行の末神官になった。

その背を追いかけた神官に、神官姿を見せられなかった事だけが悔いとして残ったのは、神官がルッタの神官修行中に病気で亡くなったから。


「あなたの様になりたいと神官を目指した私の神官生活を、どうか見守っていてください。貴方が言ったような、世界中の人を助けるなんて事は出来ないかもしれません。それでも、私なりに精一杯努めていきます」


ルッタは彼の恩人の墓前でそう誓い、任命された教会への旅に出た。

行く先は、はるか東の地。魔王城に最も近い村として有名な、辺境村ナーブ。



ルッタはその後前世の記憶を思い出す事になる―――はくはく、その人である。



◆◆◆◆



―――窮地を脱したはくはくだったが、思うところがあった。



先の冒険者殺し二人はステータス画面を見た限り、レベルも装備も貧弱に見えた。

ゲーム時代、他クランに先んじるためなら、レベルアップやクエストも後回しにして、神官のいる場所へとひたすら移動しまくるクランの先遣隊と呼ばれる存在がいた。

はくはくは、彼らがその先遣隊ではないか、と考えていた。


クランに属しながら二人だけと少ない人数で行動、そして神官であるが故か、相手に接触しているためはくはくの脳内に浮かぶ、彼ら冒険者殺しのステータス。

通常最高レベル100の世界において、そのレベルは80と高めに思えるが、二人は最初期職であり、実力的には決して強くない。

その事実が、彼らが先遣隊であるというはくはくの推測を補完していた。


(クラン『スノウドロップ13』か、冒険者殺しのクラン名にしては可愛い花の名前だな………)


『スノウドロップ13』とは同じくステータス画面で見た彼らの所属クラン名である。


「あいつらが先遣隊だとすると、これから村に到達する冒険者が増えるなぁ………」


それが意味するところは、冒険者殺しに理不尽を押し付けられるNPC村人達の身の危険である。

そして、それを断固として受け入れられない想いがはくはくの中にあった。

はくはくは、前世の記憶を取り戻し、今や前世の少しお気楽な性格を色濃くしているが、ルッタとして生きて来た二十六年が消えさった訳では無い。

はくはくがルッタであり、ルッタがはくはくである。

はくはくの中のルッタが、ルッタの師であった神官の言葉を連呼する。


『人を助けるのに、悪い事などあるものか。出来る力があるのなら、世界中の困っている人を助けてもいい。そんな世界なら皆笑い合って生きていけると思わないか、少年?』


だから、はくはくは迷わずに、

「コスモスさん。村人全員転職させるから、手伝って!」

そうコスモスに願った。


「はくはく様!いいのですか!」


いつの間にか名前を呼ぶようになったコスモスに頷きの肯定を返して、はくはくとコスモスは教会の外へと出た。



―――人助けに遠慮はいらないのである。




星評価やブックマークしてもらえると、書き続けるモチベーションが迷子にならなくなります。

切実なので、よろしくお願いします

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