第六章2 和風宿だよ!コスモスの休暇2
―――商いの町ベレン、主要町路北側の露天風呂付宿の前にて。
時間が夕刻に入った頃、コスモスはやっと、はくはくが言っていた宿へたどり着いた。
名も知らぬ宿を、適当に歩いていれば見つかるだろうくらいの気持ちで探していたが、全く方向違いの場所ばかり探していたためだ。
王都とは比べるべくもないが、ベレンの町はそれくらいには広いのである。
はくはくが念のためにと、ベレン商会員に宿の場所を教えるように頼んでいてくれたから、コスモスはなんとか宿にたどり着けた。
宿構えからして趣のある木造三階建ての宿へと。
「いらっしゃいま―――まあ、これは大神官様のお共の方!本日はどういう御用向きで………?」
「あの、その大神官はくはく様から、こちらに何やら『広いロテン?のお風呂』があると聞いて、入ってみたいなって思ったんです」
「ああ、ああ!そうでしたか、大神官様のお供の方だから、転職の時に私どもが何かお気にさわる事でもしてお叱りを受けるのではと………これはとんだ早合点でした。お忘れくださいまし」
「そんなそんな、はくはく様はそんな事で怒るような方じゃありません!とーっても優しい、懐の大きな方です!」
「そうですね、そうですね!私はなんと失礼な早合点を、お許しくださいまし。皆感謝してもしきれぬ位の偉大な方ですものね。そういう事でしたら、大神官様のお供の貴女様に当宿を堪能いただきとうございます!もしよろしければ―――」
流石宿のおかみとでも言えばよいのだろうか、中年の彼女は、言葉を尽くして最も宿を楽しんでもらえるのは、宿泊を込みにした食事であり露天風呂であり趣のある部屋だから、とはくはくから離れたがらないコスモスから、宿泊の了承を取り付けたのだから。
さて驚くべきおかみの手腕で宿泊することになったコスモスの前へ別のスタッフが進み出て、
「こちらの仲居が館内をご案内しながらお部屋へお連れ致します」
そうおかみに紹介されて、仲居と呼ばれる女性の後に続くコスモスの耳に、
「大恩人様のお供の方は、大恩人様と同じと心得て、みな気合をいれて最高の接客を!」
どこか勇ましい内容が聞こえて来たが、聞かなかった事にした。
仲居に露店風呂なる風呂の場所を案内され、入浴作法を教えてもらい、日本風なる部屋へと案内されるコスモスは脚装備を外したストッキングの足で歩き。
畳み敷きなる部屋に驚き、仲居の変わった衣服の名前が『着物』であると知って勉強になり、ウェルカムドリンクの『日本茶』と『和菓子』の組み合わせの妙に驚く。
夕食もまたわざわざ客室まで運んでくれる豪華な料理を、仲居の世話付きで頂きながら、勧められた『日本酒』と『和食』の組み合わせを仲居との楽しい会話とともに堪能した。
日もくれた時間になって、お勧めされた夜の露天風呂へ向かおうとするコスモスに、仲居がお布団を敷いておきますね、と言われてそこまでしてくれるのかとまた驚いて。
コスモスは露天風呂がなぜ夜に入るのがお勧めなのか、十分に知る事になった。
野外にあるお風呂を露天風呂と呼ぶとは教えてもらったが、庭木に囲まれ周囲の視線が届かぬ落ち着いた大浴場は、周囲にほのかに灯りがともって、その灯りに白い湯気が浮き上がって幻想的な光景である。
頭上には真っ黒な空に星々が煌めき、その中央に煌々と光る月が浮かぶ。
聞こえるのは、湯口からお湯が注がれる音と、お湯が湯舟から溢れ落ちて排水溝へ流れ落ちる水の音だけ。
その湯舟に、コスモスは宿に用意されている湯あみ着を着て身体を心地よい湯に沈めている。
湯あみ着は、袖がないシンプルで薄い貫頭衣といった物で、身体をゆったりと覆っていても、湯がコスモスの身体を包むのを邪魔しない。
それに湯はただ水を温めたものでないらしく、だからなのか、
「ふはぁー…………」
コスモスは思わず溜まっていた疲れが一緒に吐き出されるような、大きな息を吐いた。
「あ、あの、こ、こんばんは………」
心地よさに身体を大の字に広げ、湯の浮力にまかせて身体の力を抜いて、自然と目をつむって上を向いていたコスモスは、その声に慌てて身体を座る体勢に戻して声の主を見る。
声の主がコスモスを見ているから、どうやらコスモスに挨拶をしてきたらしいのだが、
(………町で見かけた冒険者?)
頭上に白い名前が浮いているから、コスモスは一瞬迷ったが、
「………はい、こんばんは」
挨拶くらい返さねば失礼だろうかと思って挨拶を返した。
「こ、こ、ここの露天風呂、ゆ、夕方にも入ったんですけど。と、取れますよね、疲れ」
そう言いながら湯舟に浸かる前に、洗い場で身体を清めている冒険者を見ながら、
「ええ、そうですね………」
コスモスは最低限の返事のみを返す。
いくら白い名前の安全な冒険者でも、どんな事からはくはくの危険につながるか分からないからだ。
「あの、よ、よいしょ、と。あ、と、隣ごめんなさいね」
「ええ、はい………」
コスモスの隣へ来た彼女は、肩までのショート気味な薄桃色の髪で、やや垂れ目の大きな目に、眼鏡姿の女性。
身長はシリルと同じくらいで女性にしては高い方であり、特徴的なのは耳が長く上部がやや尖り気味である事。
この世界には人間種しかいないが、冒険者の誰かが見ればその耳は『エルフ』の耳を模して作った造形だと思いつくはずのものだ。
そして、肢体の方はと言えば、コスモス同様湯あみ着を着ているが、その湯あみ着の胸元のふくらみがシリル程ではないものの主張が強いから、コスモスの視線はそこへしばし引き付けられた。
「ろ、ろ、露天風呂なんて私、は、初めてで………」
「私もです………」
「わ、わ、私ね、い、家からあまり出ない生活してたんです。ね、根暗で極度の、ひ、人見知りだったから、だ、だ、だから家の外が怖くて………」
「………」
「だから、こ、こ、こうやってお姉さんに話かけるのだって、ほ、ほ、本当は結構頑張ってるん、ですよ………」
「そうなんですか………それは………」
「あ、ある人が私を変えてくれたんです。ひ、人見知りで根暗な、す、素の私を認めてくれて………だ、だ、だから、私その人のお役に立ちたくて、自分を変えてみようって。こ、こ、怖がらずに誰にでも話しかけてみようって………」
思い出すように、うっとりと空を見上げる彼女の横顔を見ながら、コスモスの中に沸いたのは共感。
彼女に起こった出会いと変化は、そっくりそのままコスモスに起こった事と同じだからだ。
そして、コスモスの頬が少々赤いのは、お湯がコスモスを温めているからだけではなく、夕食で楽しんだ日本酒がコスモスをほろ酔いにしていたから。
そのほろ酔いは今、お湯によって全身の血行が促進されたコスモスの中のアルコールの回りを早くして―――酔いが加速しているから、
「分かります、私も同じなんです。私を変えてくれた人がいて、だから私も変わったんです」
その酔いが、コスモスの警戒心を消し去っていた。
「わ、わ、私達同じなんですね………わ、わ、私、スピーア、よ、よろしくね」
「スピーアさんですね、私、コスモスです、よろしくお願いします」
その後コスモスとスピーアは、露天風呂を出て、浴衣姿のまま。
露天風呂の脱衣所を出たところの休憩室で、語り合った。
湯上りの火照った身体に、冷たい飲み物を片手にして。
「わ、私を変えてくれたのは強い女の人!す、す、そごい美人さんで格好良くて、お、お、男達が自分から膝まづくくらい、カ、カリスマ性があって―――」
「私を変えてくれた人は優しくて偉大な男の人です!彼の回りの人がみんな心から感謝するくらい神性がある人なんです―――」
「そ、そ、それにしても、この町はすごいね。わ、私、西から旅して来たんだけど、鉄製の防壁で町を囲おうとしてるのかな、あ、あの長さの防壁だけでも素材が山ほど必要なのに………」
「町を全部囲って初めて、町民が心から安心できますからね」
「そ、そうか、コスモスさんもこの町の人ですもんね。ま、町の計画くらい知ってますよね」
「ええ、まあ。そうですね」
「あ、あの、だったらコスモスさん。し、知らないかな、はくはくって言う名前の人?」
「………」
「あ、あの、ち、違うよ?私、お礼を伝えて欲しいって頼まれて。ビ、ビリル神聖王国王都でね。『モフ連はちゅ連』の、のあのあさんって人から。な、なんでも、はくはくって人に凄く良い物を山ほどもらったからって。こ、こんな私の両腕をがしっと掴んで、会えたら絶対お礼を伝えてねって」
「―――あ、ああ、そういう事ですか。それなら、私が伝えますから、大丈夫ですよ」
「ほ、ほ、本当?コスモスさん、た、助かる。はくはくさんに、く、くれぐれも宜しく伝えて」
「はい、お任せください!スピーアさん!」
「コ、コスモスさん、す、素敵な出会いで変わった者同士、よ、よ、よかったら友達になってくれませんか?」
「そうですね。いいですよスピーアさん、今から友達です!」
「あ、あ、ありがとう、コスモスさん!よ、よろしくね!」
翌日朝食後に宿を後にしたコスモスはすっかり元気になっていた。
たった一晩を過ごしただけで、宿は心からのくつろぎをもたらしてくれた成果だろうとコスモスは思い、お礼を伝え宿泊費を支払おうとして、おかみに笑顔で拒否されて困ったが。
しかし、それははくはくに対する町民の感謝であり、コスモスはそれを喜ばしい気持ちで受け取る事にした。
はくはくの元へ戻ろうと颯爽と町をホテル方面へと歩き始めたが、コスモスはまたも気づいていなかった。
コスモスの後ろに続く人影に―――白い名前の冒険者に。
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