第五章7 微熱と種火
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―――商いの町ベレン一番の高級ホテルの一室にて。
ベレンの街にあっては最高層の三階建てのホテルは、華美ではなく落ち着いた雰囲気の外観通りに、内部も部屋も全てが上品だ。
部屋だけでなく廊下、エントランス、受付前の喫茶スペースに至るまで毛足の長い絨毯が靴底の感触を柔らかくしている。
音もまた響きにくく、シリルとコスモスが起きて動いても、話していても、眠るはくはくとキュルを起こす心配がなかった。
日が暮れて手元が暗くなった頃、
「いや、教会で寝させてもらえればいいですよ。ホテルなんて―――」
提案と捉えて固辞しようとするはくはくへ、
「大神官殿よ、これは俺のお礼の押し付けなんだ。まさか、自分の方は押し付けられないなんて言わないよな?」
そう町長カイネのいい笑顔が向けられて眼鏡がキランと光った気がするから、
「あ、はい。ご厚意に甘えます………」
はくはくは観念するしかなかった。
自分がやった事を棚に上げて、拒否するなどできるはずもなかったから。
「よしっ!まず一つっ!ここからまだまだ礼を積み上げて行くぞっ!」
町長カイネがガッツポーズをしているのを、
「………」
はくはくは黙って見ているしかなかった。
そうして、王都の高級ホテルとは流石に比較にならないものの、十分に立派でくつろげるホテルの最上階である三階で最も広い部屋へとボーイに案内されて、今に至る。
部屋といっても、内部でリビングスペースと一体の広い寝室、独立した広いバスルーム、化粧室とが一体になった部屋である。
バルコニーにも出られるようになっているから、十分豪華な部屋といえる。
三人で横になってもまだ余裕のあるキングサイズのベッドの一つで横になっているのは、はくはくとキュルである。
はくはくが汗で髪が乱れ汚れたままなのは、バスルームで汗を流す事もできないほど疲労していたからだ。
夕食すら食べてはいない。
「村の転職の時もこうでした。疲れ切って夕食も食べずに倒れ込むように寝ちゃうんですよね」
優しい顔ではくはくを見るコスモスの顔がどこか誇らしげに見えるから、
「コスモスは、はくはく君が誇らしいんだね?」
感想をそのままにシリルは口にする。
「はい!だって、私もキュルちゃんも、はくはく様に救われたんですよ?こんな凄い人、他にいません!」
コスモスがシリルを振り返りフンスと鼻息を吹くから、シリルは笑んで、
「コスモスは、お酒は飲めるのかい?」
部屋にあるサービスだというワインのうちの一本とワイングラスをコスモスと座るテーブルに置く。
「飲んだ事はないですけど、飲んでみたいです!」
コスモスが食いついたから、
「じゃあ、はくはく君を守る同士として飲みながら話そうか」
そう言って二人分のグラスにワインを注いだ。
ちなみに、この世界に飲酒に関する制限や法律は存在しない。
特に国に属しているわけではない村や町では酒は数少ない娯楽の一種で貴重だ。
流石に子供が飲酒することだけは大人が止めるが、コスモスは大陸で大人とされる15歳を過ぎた17歳である。
だからコスモスを縛る飲酒の制限はやはり無いのである。
ビリル神聖王国やガルデ帝国には国法が定められているが、こちらにも飲酒を制限する法は存在しない。
理由は、この世界の人間が酒精に強いから。
飲酒で体調を崩すものなど、いなかったからである。
加えて解説するなら、シリルが守るべき男性を『君』付けなのに、女性であるコスモスを呼び捨てにするのは、やはり侍女達が望んだからである。
「シリル様、呼び捨てにして欲しいです!」
「あ、ずるい!私も呼び捨てに、その方がシリル様の女って感じがしてもう………」
まだシリルが少女の折から少々生々しい女の欲求が駄々洩れていたが、当のシリルは侍女たちが笑顔であるなら何も気にしなかったから良かったのである。
ただ、多少歪んでしまった感はいなめないが。
「はくはく君との出会いに、礼杯といこうか」
「礼杯ですか?」
「ああ、シリルの国にあった習慣さ。嬉しい出来事への感謝を神に捧げるんだ」
「う、私の神様ははくはく様なんですけど、それでもいいんでしょうか?」
「もちろん。神はそんな事で怒ったりしないさ」
「じゃ、じゃあ………」
「はくはく君との出会いに感謝を、礼杯!」
「はくはく様との出会いに感謝を、礼杯!」
シリルが額より高くにグラスを掲げるのを真似てコスモスも同じくし、
「二百年ぶりに飲むワインは美味しいものだね。それとも、はくはく君が近くにいてくれるからかな」
「あ、美味しい………私、いける口かもしれない………」
二人で高級と思われるワインの感想を言い合った。
「―――それでですよ、その時に浜辺から出て来た魔獣から、はくはく様をこう背中に庇ってですね。私、コスモスが魔獣に魔法をですね………」
「―――シリルには兄様が六人いて、妹が三人いたんだ。兄妹仲のいい家族だったよ。みな、私の振る舞いを気に入っていてね。兄様なんて『俺をお嬢さんって呼んでみてくれ』なんて言い出すから………」
「―――ある日、いつもは私より後にしか眠らないはくはく様が、先に眠ってたんですよ。疲れが酷いんじゃないか、熱でもあるんだろうかって気になって、こう額と額をくっつけて熱を測ったんですけど、はくはく様が目を覚ましてなんて言ったと思います?『きゃあ』ですよ?もう、可愛くって………」
「―――歳が一番近い兄が、王位継承権を放棄してね。『僕は、王族であるよりも民を守る騎士でありたい』ってね。王族であっても騎士にはなれるのに、けじめを付けて本気で騎士であろうって思ったのさ。格好良い兄だろう?………」
二人は、ワインを飲みながら次第に滑りの良くなっていく口で、まとまりもなくそれぞれの過去の話を続ける。シリルは王族として一定の嗜みとしてお酒に慣らされたから酔いは少しで、ほんわり気分が高揚している程度。
対するコスモスも、初めて飲むにしては顔の赤さもそこそこで、話す内容がしっかりしている事からも、酔いは強くないように見える。
どちらも少しだけ、今なら何でも話し易い雰囲気になっているだけである。
それを見計らっていたシリルだったが、
「あのぉ、シリル様?実は言っておきたい事があります!」
コスモスに先を越された。
「何かな?」
向かい合うテーブルの反対側からテーブルに乗り出すようにコスモスは少し赤い顔でシリルをじっと見て、
「シリル様は姫様ですから、村娘の私なんかが偉そうな事は言えませんけど、シリル様。はくはく様を守っている時間が長いのは、シリル様ではなくて私ですよね?」
少し赤い顔で据わった目のコスモスが言うから、
「ああ、そうだね。それは間違いないね」
そう答えて、
「そ、それじゃあ、私の方がはくはく様の守護者として、せ、先輩と言う事になりますよね?」
コスモスの言葉の意図を測りかねたまま、
「そうだねコスモスの方が、先輩だね」
素直に認めたものの、
「じゃ、じゃあ先輩として譲れない部分を、シリル様に言っておきますね!いつだって、はくはく様を一番近くでお守りするのは、先輩であるこの私、コスモスです!これは、ぜーったいに譲れません!いいですか、ぜーったいですよ?こ、後輩としてシリル様は、私の言う事を聞いてもらいますよ?」
そう言い張るコスモスを動かす感情が何かが気になった。
「それはもちろん構わないさ」
「本当ですかっ?それなら良かったー!心配して損しましたー!」
そう言ってコスモスは乗り出す姿勢から一気に椅子に戻り、安心したように椅子の背に身体を預けた。
「コスモスは、はくはく君を伴侶として求めているのかい?」
その言葉を聞いて、背もたれからがばっと身体を離して、コスモスは片手をぶんぶんと横にふり、
「え?い、いえ!そんな恐れ多い事あるはずがないですよ!私ははくはく様を心から尊敬しているだけです!」
そう答えたから本心であろうとシリルは思うが、
「はくはく君を愛する事は、恐れ多い事なのかい?」
それはコスモス自身の返事にあった言葉だ、その意味をコスモスは理解しているだろうかとシリルは問う、
「恐れ多いですよ!私にとって、はくはく様は神様ですよ!神様を伴侶に望むなんて恐れ多い事この上も無しですよぅ!」
シリルは小さく嘆息し、今はシリルの方の伝えておきたい事へ切り替える事にした。
「コスモス、今度はシリルの昔話を聞いてもらえるかな?」
「ああ、ええ。もちろん、シリル様。どうぞ!」
まさか元とはいえ身分の違いが過ぎるシリルとこんな話ができると思っていなかったコスモスは、その会話をもたらしてくれたであろう、心地良い酔いを手放さぬようにとワインをちびりと口に含む。
上気する顔をパタパタと手で仰いでコスモスは、改めてシリルの言葉を待った。
「王国の王とは普通、王女を他国への政治的つながりのために政略結婚をさせるものだろう?でもね、シリルの父王は違ったのさ。結ばれたい相手をシリルは自分で選んで良いって。でも、シリルにはそれが、父王が無理をしていると感じてね、言ったものさ『シリルは、誰を娶っても幸せにしてみせます』と。つまり、どこへ政略結婚に出されても、シリルは相手ごと幸せに生きてみせるってね………」
「ああ、お姫様って本当は大変なんですねえ………」
「シリルは結局、父王の言う相手を自分で選ぶ事も、政略結婚に使われる事もないまま国自体が滅んでしまった。後は、コスモスも知ってる通りさ。罪を犯し、苦しみは消えず、長い長い時間を無駄にしたと思っていたんだ。つい今日まで………」
「―――え、今日まで、ですか?」
「ああ、シリルが魔王になって長い長い時間を過ごしたのが、無駄じゃないと知ったのさ。逆さ、その時間なくしては、シリルははくはく君に出会えなかったんだから」
「ああ、そうですね!私もそう思います!シリル様、はくはく様と出会えて良かったですね!」
「シリルはね、コスモス。今は亡き父王に報告したよ。伴侶をシリルが決めていいと言ってくれた父王へ。シリルは、はくはく君を選ぶとね」
「………へ?」
「コスモス、『シリルは、誰を娶っても幸せにしてみせます』という宣言通りに生きるつもりさ」
「それは………つまり?」
「シリルは、はくはく君を花嫁に迎えるよ」
「だって、えっと、それは………はくはく様が何て思うか、とか………」
「コスモス、魔王で勇者で姫なシリルが、狙ったお嬢さんを逃すとでも?」
「………」
「コスモス、シリルはそう生きる。コスモスは本当に尊敬だけでいいのかい?」
「いいもなにも………そんなこと………」
「いいかい、コスモス。コスモスは自分で言ったんだよ?はくはく君を伴侶に望むなんて『恐れ多い』と。それは、はくはく君に対して尊敬以外の感情があるから出る言葉じゃないのかい?」
「わ、分かりません………わたし………わたしには難しすぎますぅ………」
コスモスが両手で顔を覆ってしまったから、
「悪かったね、コスモス。いじめるつもりはシリルには無かったんだ。でもこれだけは覚えておいて、シリルは先輩より先に手を出したりしないって―――」
「………はえ?」
コスモスが首をこてんと傾けていたので理解されなかったようだとシリルは思ったが、きっといつか分かる時がコスモスにも来るだろう。
シリルがコスモスの心の中に種火を置いたから。
「コスモス、君はきっと無意識に望んだ事があるんだ。それを見ぬようにするために『恐れ多い』って言葉で塞いだんだよ」
シリルはコスモスに聞こえぬように独り言ちて、自分より二歳年下のまだ初心な少女の成長を気長に待つ事に決めた。
シリルは誰かを悲しませる事を嫌い、笑顔にする事をこそ望むのだから。
コスモスを前にシリルの頬が少し熱を持つのはきっと、ワインの酔いが少し回ったからに違いない。
しかし、最初はコスモスの事を待つ気など無かったシリルに心境の変化をもたらしたもの―――
それは先に釘をさされてしまったからである『はくはくの一番』を譲らないと―――先輩コスモスから。
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