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第五章6 甘い?ベレン生活




―――商いの町ベレンの教会入口にて。



昨日も今日も明日もはくはくの転職生活は続く。


それもそのはず、ベレンの町民は総勢687名。

加えて王都や別の街の商会支店が建っているために、三十名以上が本店の所在地の人間であり、こちらは町民数に含まれていなかった。

つまり、合計で700名を超える只人の転職が必要だった。


思い返してみれば、ナーブ村は当時162名の転職に一週間かかり、段取りが悪かったはくはくは要塞化の建材を渡すだけでその完成を見届ける事もしなかった。


ヘルペナ村ではそれらの経験を生かして転職と要塞化を同時に進めるために動き、それでもヘルペナ村総勢262名を転職させるのに10日かかった。


それが今回は700名以上である、気が遠くなるような大人数といえる。


がしかし、

「ああ、もちろん大丈夫ですよ!俺は元気いっぱい、今日もはりきって転職していきましょう!」

少し顔色が悪く見えて心配した町民に声をかけられたが、はくはくは意地でも格好付けを崩さない。


「今まで魔獣に怯えて不安でしたね。でも、もう大丈夫!これからは、貴女が魔獣を狩る側ですよ!」


「ああ、そうです。頭の上の名前に髑髏マークがあって名前が赤い冒険者に警戒が必要です。できれば町に入れない方が安心です。だから、防壁で囲って基本的には常時閉門です。迎撃窓や物見やぐらに詰める担当も必要です」


「ああ、ありがとうございます。早速町民への注意喚起をへ動いてもらって。できれば町民全員に周知してください。それと、防壁が完成するまでには時間がかかりますから、それまでは転職を済ませた人であっても単独行動は控えて、ええそうです。五人以上は欲しいところですね」


町民を励まし、冒険者殺しの注意喚起をし、防壁完成までの対策を示し、それでも転職の手はできるかぎり止めない。


はくはくが転職を始めてからの活動の旺盛さに、彼の成す偉業を横に置いても、誰もが頭が下がる思いを抱くほど町民は、はくはくに感謝している。どれだけ感謝しても足りないとも思いながら。


「よし、今日転職してもらうのは北西区域の十番から十一番だな。揃ってるな。みんな、大神官殿の手を煩わせないように並んでくれ。時間がかかるから、腹が減ったら列の途中の台に軽食と水が用意してあるから自由に摂ってくれ。そのかわり、できるだけ列を離れないで欲しい」


町長カイネは、はくはくの手を止めず遅らせないようにと、町民を上手く調整し誘導して、

「防壁の位置の打ち合わせか、町外縁の農家と牧場の主は来てるんだな?分かった、すぐ行く!」

忙しく立ち去って行く。


要塞化を願われ、一部防壁建材を預かった町長もまた忙しさの最中である。

ちなみに防壁建材をまだほんの一部しか渡していないのは、防壁を張り終わるのに相当な時間がかかるから。


村規模より十倍近くは広い町なのだから当然で、

「防壁完成まで、無力のまま怯えて暮らしてもらうなんてできない訳で………」

それが理由であり、村より遥かに多く出さねばならない防壁建材を延々出す時間も惜しかったから、町長に渡している防壁建材の量は最も警戒すべき西側を二キロ程度覆える量だ。

防壁を回り込まれたら終わりだが、冒険者殺しが防壁を回り込んでいる間に迎撃態勢を整えてもらうしかない。


はくはくは、自分の望む『平和な世界』を目指しているだけだし、養父に格好付けて『世界中の人を助けるために頑張る』という誓いを守ろうとしているだけだ。

言ってみれば、この忙しさが少々過ぎる日々も、自分が好きでやっている事といえる。

はくはくに不満は無いのだが、

「コスモスちゃんやぁ、いつもすまないねぇ………」

はくはくの勝手で仲間に負担をしいている事だけははっきりと辛い。


横ではくはくの食事に水分補給に汗の拭きとりの世話に、町民の転職列の乱れの注意、転職を済ませた町民へのステータス画面やインベントリの説明など、コスモスは片時もはくはくから離れずに働き詰めである。


「いいえ、はくはく様の偉業をお手伝いできる私は幸せ者です!一生の自慢です!」


そう言って疲れを隠して向けてくれる笑顔がはくはくはくの目に眩しい。


「それに、キュルもごめん。退屈だよね。シリル様もすいません、キュルの面倒お願いして………」


はくはくの後ろ、教会の入口を入った最初の長椅子にシリルとキュルがいる。

昼の陽光を教会の屋根が受け止めるから涼しくて、教会内は広いからキュルも自由に動けるが、それも毎日毎日、はくはくから離れたくない一心のキュルに窮屈な想いをさせている。


キュルには負担にならない程度にお仕事も頼んでいるから、さらに申し訳なさが強い。


加えてシリルは元王女―――姫である。

自分の世話すら全て周囲がやいてくれる環境で育った貴人に子守りを頼んだ事は果たして大問題なのでは?と、下々の者代表のはくはくの小心が痛む。


がしかし、

「将来シリルの子を育てる時の良い勉強をさせてもらっているよ。それに、キュルがはくはく君の娘というなら、キュルはシリルの娘さ」

「あの、それはどういう………」

シリルの清々しい言い分に若干の不穏を感じ、

「キュルは、はくはく君とコスモスと、シリルの娘。そうだろう、キュル?」

幼子にまでキラッキラの決め顔を向けるのはどうだろうかとはくはくは思うのだが、

「あーいー!」

当のキュルが嬉しそうだから、万事問題はないはずである。

「キュルはいい子だね、そんな良い子にはほら、約束通り苺ドーナツをあげようね」

まさか菓子で誑し込んだ訳ではないはずだから大丈夫なはず。

たぶん、きっと………。



◆◆◆◆



―――商いの町ベレン一番の高級ホテルの一室にて。



はくはくがベレンの町民の転職を開始してから一週間目。

忙しいが転職は順調に進んでいる。


町長カイネの計画で町を区画に分けて、はくはくの注文通り、西側の町民から優先的に教会へと集まるようにし、一日で転職できる人数も把握の上、調整してくれているからだ。

町長カイネは、はくはくの注意喚起の方も、商会員を町中に派遣して周知してくれていると聞くから、

「コスモスちゃんがやってくれてた、ステータスやインベントリの周知も加えてくれたし………」

少しでもはくはく達の仕事を軽くするために、町長カイネは自分達が引き受けられる仕事はどんどん受け持ってくれているのである。


「ありがたいなぁ………」

そう呟きながら今日も暗くなるまで転職を繰り返したはくはくは、ホテルの部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。


シリルはホテル一階のレストランでキュルに温かい食事を摂らせてくれている。

コスモスの方は翌日のはくはくのための食事を受け取ってインベントリへ入れるために、同じくレストランで軽食を頼んでいる。

はくはくが朝も早くから転職活動に向けて教会へと急ぐからで、レストランで料理が出来るのを待つ時間が惜しいからだ。

コスモスは、今もはくはくの世話焼きの最中、という訳である。


「みんな、ありたがいなぁ………」


疲れがすぐに眠りへ誘ってくれれば良いのだが、それよりもはくはくの頭の中で、転職や要塞化の事がぐるぐる渦まいている。


「鉄製物見やぐらは先に建ててもらった方が良いかなぁ………」


「近接職と遠距離職の割合はこのままいくとどうなるかなぁ………なるべく離れて戦う方が安心って思うんだろうけど、近寄られたら危険なんだよなぁ………」


「子供たちの職業はやっぱり『魔獣の王』くらいがいいよなぁ。子供に直接戦って欲しくはないからなぁ。ただ説得が難しいよなぁ、子供だってなりたい職業があるもんなぁ………」


日中は町民に向かい合う毎日で、なかなか考えを整理できないから、一日の転職を終えたこの時間に次から次へと思考が頭を埋め尽くすのである。


それでも、思考はいつしか次第にゆっくりになっていき、やがてはくはくは眠りに落ちていく。


いつもなら、目を開いたらホテルの部屋の広いベッドの上で大きな窓から差し込む朝日に包まれている。

それがはくはくの毎日だった。


そのはずだった―――

しかし、まるで繭に包まれた赤子のように、はくはくを温かな感触が包んでいる。

はくはくの身体の本来の骨肉の重さが軽くなったように、まるで浮かぶみたいに。

夢うつつのはくはくの身体を心地よさが満たしていて、天国にでもいるような感覚だったのだが―――


「コスモス、目を開けないと隅々まで上手く揉み解せないよ?」


「だ、だってシリル様。わ、私、お、男の人の身体を見るの、は、初めてなんですからぁ………」


「何もやましい事なんてないさ」


「で、でもぉ………」


そういう不穏な会話が耳をくすぐるから、はくはくは夢の世界から現の世界へと引き戻されて目を開いた。


「―――あ、れ?俺お風呂に入ってたんだっけ………?」

まだぼんやりするはくはくは記憶を上手く辿れず、状況がいまひとつ理解できずに、

「あれ、左腕がもみもみ………?」

柔らかく揉まれる左腕の感覚のままにそちらを見て、

「―――へ?コスモスちゃん?あれ、コスモスちゃんがもみもみ?あれ、それは水着?あれ?」

コスモスの肢体を包む布がトップとボトムにフリルが付いた水着に見えたからそう聞いて、

「あ、はくはく様、あの、これは違うんです!えっと、あの………」

コスモスが真赤な顔ではくはくの腕からぱっと手を離す。


未だぼんやりしてたはくはくだったが、コスモスの水着姿を前に意識が浮上を開始したのは、コスモスの水着姿がキュートに過ぎたためで、

「あ、あれ?じゃあ、頭のもみもみはどうして?」

頭をもみもみされている感触もあったから上を見上げるように振り仰いで、

「あれ、シリル様?シリル様も水着ですか?何をしてるんでしょう………?」

シリルが競泳水着を身に着けたその胸のサイズに違和感があったから、

「あれ、シリル様は男装の麗人のイメージ通りにスレンダーな体形だったはずじゃあ………」

シリルの胸がいつもと違ってとても大きかったからそう呟いたのだが、

「コスモスとシリルで、疲れているはくはく君にお風呂でマッサージをしているんだよ」

はくはくの頭上シリルが良い笑顔をはくはくに向けていて、今もはくはくの頭はやさしくもみほぐす両手で包みこまれている。


「ああ、そうなんですねぇ………あ、あれ?俺、裸?あれ?―――きゃあ!」


そして今、シリルの大きな胸を包み美しいラインを描く、シリルの競泳水着姿を前に、はくはくの意識は完全に覚醒したのである。

コスモスのキュートな水着姿に加えて、シリルの美しい水着姿が目の前にあるのだから当然の事といえるだろう。


浴槽に横たわる自身の身体を見て全裸である事を知って、はくはくはパニックになり、慌てて右手で股間を隠す。

それが、女の子に見られないためであるならば、おそらく手遅れであることに混乱しているはくはくは気づかないままに。


しかし、混乱の最中、恥ずかしさから顔の上気を自分でも感じるはくはくの頭のもみもみは続いていて、温めのお湯が全身を包み、体中を血が巡り心地良さはそのままのはくはくへと、

「シリルの可愛いお嬢さん。これは夢さ。だから、ほら、力を抜いて。目をつむって………」

頭上から柔らかな声が降って来る。


「そ、そうです。はくはく様、これは夢です!安心して目をつむってください!」


再び腕のもみもみが再開され二の腕へと移り、頭から今度は肩へとマッサージが移ってくるから、

「ああ、なんだ夢かぁ………だからシリル様の胸が、いつもと違ったのかぁ………なんだぁ―――」

そのあまりの心地よさに、思考は再び解けて溶けだし、夢と言われた世界からはくはくは、本当の夢の世界へ落ちて行った。



翌日目覚めたはくはくは、転職を開始してから今までで一番身体が軽い気がして、不思議に思うのだが、なんなら朝の空腹度合も強く、食欲が旺盛ということは元気であるということである。


「今日も頑張れる気しかしない!良い朝だっ!」


しかし、はくはくが常の朝とこうも違う理由は皆目わからず、

「夢の中でお風呂に入れられて、水着姿のコスモスちゃんとシリル様にマッサージされる夢を見たから、かな?そんな訳ないか………」

首を傾げて、

「―――変な夢だったなぁ」

そう呟いて、

「………」

夢の中の二人の水着から覗く肌の色と、布一枚が包み込む二人の肢体を思い出し、顔の赤さを自分で感じながら多少やましい想像をしてしまった事を後悔し、両手で顔を覆った。

少しの間、コスモスやシリルをまともに見る事ができそうになかったからである。



はくはくも男の子である、後ろ暗い夢くらい見るのだ―――それが本当に夢であったかは、ともかくとして。




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