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第五章4 はくはくという男




―――商いの町『ベレン』西の街はずれへと続く町路にて。



カイネがベレンの西の街はずれから町の中央へ向けて走っている。


馬に引かせた荷車で戻る事も考えに及ばぬほど、カイネの中で今絶対にしなければならぬ事がカイネの胸を埋め尽くしているから。

ナーブ村との商談を終えるまでの時間が惜しく、荷車の方向転換の時間すら惜しかったから。


商隊輸送の経験もある、まだ若いといっていいカイネだったが、最近は町長になった事で町から離れる事を控えていたから、身体が鈍っていた。

噴き出す汗、もつれそうになる脚、息が上がって痛む肺に、嫌と言うほど自身の肉体の鈍りを感じながらカイネは走る事を止めない。止められる訳がない。


「はあ、はあ………指摘されたのにっ、俺は!俺の眼鏡が曇っていると!」


指摘通りだった。カイネの目は曇っていて、人を見誤り、判断も間違った。


「はあ、く………人を見る目はあると思ってたのに!なんて様だっ」


町長として判断を間違った事より、商人として判断を間違えた事の方がカイネには堪えた。

カイネには商売人としての誇りの方が強く、カイネの中にある芯は間違いなく商人としての魂だったから。


「はあ、はあ、はあ………なにが商会長だっ!俺の馬鹿野郎がっ!」


自分を許せないカイネは空に罵倒を吐き、その罵倒を自ら浴びて走る。


「そ、それでもっ………ど、どうしても、どうしてもっ―――」


カイネは詫びなければならない―――彼らを詐欺師よばわりし、救いの手を拒んだ事を。

カイネは懇願しなければならない―――町民には職業を与えるという奇跡を与えて欲しいと。

例えカイネ自身は許されなくても、夢見た職業を与えられないとしても。


しかし、自身の『ベレン商会』が視界に入った時、その先の教会付近に人だかりができているのが見えた。


『ベレン商会』はベレンの町の中央を十字に割る主要町路のうち東西を結ぶ町路の西側に位置し、町中央に建ち南側に入口を持つ教会入口付近は、近づかないと見えない角度だったからだ。

東西路の西側であっても比較的中央寄りに建つ『ベレン商会』に近づけてやっと、その人だかりに気づけたのである。


「はぁ、はぁ、はぁ………な、なんだ?何かあるのか………」


ベレン商会付近にはくはく一行の姿がなかったら、カイネはホテルか宿を探そうかと思っていたのだが、いつもはない人だかりが気になったから、

「はぁ、はぁ………町長としては知っておかないとならん、か」

はくはく達に一刻も早く会わなければと焦る内心を押し殺して、カイネは教会の方へと走りだした。


近づくと人だかりから上がるのは喜びに満ちた歓声であるらしかった。

どっと沸き上がって喝采が起こり、静かになって、また喝采が起こっている。カイネがついぞ見た事もない光景であった。


だから、

「ちょっと通してくれ。悪い、ちょっと前へ行かせてく―――」

なぜか皆等しく笑顔の町民達をかき分けるようにカイネは進み、その視線の先に彼を見つけたから、

「―――はくはく殿!疑って悪かった!申し訳なかった!俺を許してくれとは言わない。出来るなら、町の皆には力を、職業を与えてやって欲しい!そのためなら俺はなんでもする!」

カイネは見えたはくはくの背を前に、膝から滑り込むようにして祈りの姿をとった。


ゴツっと石畳に打ち付け擦れた己の膝の痛みもそのままに、そのまま頭を地に擦り付けるように、そう懇願した。


沈黙が広がって、カイネは息を呑む。

カイネの謝罪と懇願に、何も答えないのがはくはくの答えなら、それは拒絶を意味するから。


カイネどころか、奇跡を与えられるはずだった町民全てが拒絶されたと言う事で、それはカイネの過ちが、取返しがつくはずもない最悪の結果を招いた事になるからだ。


閉じる瞼に力が籠り、痛いほどに感じ、それでもカイネに出来る事は待つ事だけで。

覚悟はしていたつもりが、全然だったと、沸き上がる最悪の想像にぎゅっと身を固くして。


だがしかし、

「カイネ町長?今、まさに職業を与えてくださっている最中なんだが?」

「カイネよ、何しとるんじゃ?町民みんな、奇跡に沸き立っとるのに、蒼い顔しおって」

カイネに掛けられた町民の言葉にカイネは、伏せていた顔をばっと上げ、はくはくの背を見る。


「町長の俺が酷い断り方をしたのに、町の皆に職業を与えてくれているのか?どうして―――いや、違う、違うな!はくはく殿!ありがとう!ありがとう!本当に、本当に―――」


カイネは町長としてでも商売人としてでもなく、一人の人間として心からの感謝を口にする。

それがあまりの大恩だから、何度口にしても足りないと、

「望む対価は商会をたたんででも支払う!だから、どうか町民をよろしく願いたい!町の恩人に心から感謝を申し上げる!ありが―――」

重ねて全霊で礼を伝えていたカイネだったが、

「ああ!お詫びも対価も要りません。俺がやってるのはねえ、善意の押し付けですよ。ただの押し付けです!俺の好き勝手を皆さんに押し付けてるんですから、押し付けられてくれる気があるなら、黙って押し付けられてくれるだけでいいんですよ!」

はくはくはカイネを振り返りもせずに、手のひらをひらひらと動かして、カイネの礼の言葉を振り払うから、

「ああ、器が違うってのはこの事か―――」

そう呟いたのは、カイネの強張っていた顔が緩んだのが自身で分かったからだ。


許されたというより、元から怒ってなどいなかったのだろう。

カイネの酷い拒絶も、カイネの目の前の背は受け流したのだ。


「―――本当に大きな背中だ。はは………」


カイネの後悔は消えないが、町は救われる。

その事が救いだとカイネは笑うのだが、

「ああ、カイネ町長にも後で善意を押し付けますからね?」

背を向けたままはくはくが言うから、

「俺にも、い、いいのか?」

信じられなくて嬉しくて、

「押し付けですからね。いいも悪いも、ぐっと押し付けますからね!」

カイネは天を仰ぎ見て、

「ああ、ああ!押し付けてくれ!」

そう笑んで答えた。


「ああ、ただ一つだけお願いがあります!」


対価を求めるようにも聞こえるはくはくの言にカイネはもうはくはくを疑わないから、

「何だ?何でもしよう!」

はっきりとそう答えたが、

「町を要塞化してもらいます!」

大恩人が思いもしない事を言い出したから、

「―――なんて?」

間抜けな声しか出なかった。


「「「流石、大神官様だ!スケールがちがうな!」」」


はくはくの要求の意味を本当には理解していない、周囲の町民からどっと笑い声が沸き上がった。

それは言葉だけで終わらず、実現すると信じられる訳も無い話なのだから、無理もない事ではあるのだが。



―――こうして、商いの町『ベレン』町民の転職と要塞化が始まった。



◆◆◆◆



―――商いの町ベレンの中央、ベレン教会入口にて。



「はい、次の方。さて、どんな職業が良いですか?」


シリルの周りには、ベレンの町の民が人垣を作っている。

その人垣の中心にいるのが、シリルの前で取り出した椅子に座って次から次へと町民に『職業』を与え続けるはくはくである。


時間は昼を大きく過ぎ、太陽が傾きかける頃。

はくはくは、午前中からぶっ通しで町民の転職を続けているのである。


「はい、はくはく様。横から口に入れますね。口を開けて………はい、食べて!」

昼食も食べずに転職を続けるはくはくを気遣って、コスモスが甲斐甲斐しく世話を焼いている。


はくはくの首筋に伝う汗もコスモスがふき取り、

「はくはく様。ジュースをストローで飲んでください。口を開けて………はい、吸って!」

水分補給を促している。


その間もはくはくは、

「次、転職『魔獣の王』、コマンド、ターゲット、JB685、ワン、ファイブハンドレッドミリオン、ラン」

片手を町民の頭に、空いた手はステータスパネルの管理者権限指示タブを押しながら口頭指示で、転職後すぐさまレベルを上げていく。


空腹も構わず、流れる汗にも構わず、疲れているだろうに泣き言など口にせずである。

二人の連携と手際の良さはきっと、これが多数の只人への転職が決して初めてではないと明確に示している。


シリルははくはくをじっと見る。

彼をもっと知りたいから、彼がどんな男であるか理解したいから。



町長カイネに町民の転職を拒否された後、シリルははくはくに聞いた。

「はくはく君は、相手が感謝したくなる事をするんだ。対価を求めても相手は否と言わないとシリルは思うけれど、どうしてはくはく君は無償で相手を助けたいんだい?」

それに答えたはくはくは、

「昔、俺には兄と妹がいたんです。兄は年上だからって理不尽だし、妹は年下とか関係ないって聞かなくて。それでも、生きてると二人に助けられることもあったんです。困った時にちゃんと助けてくれる兄と妹で、例え家族でもお礼は言うじゃないですか。そしたら―――」

「兄さんと妹さんはどうしたんだい?」

「俺の礼の言葉をね、感謝の言葉をね、手の平をひらひらさせて鬱陶しそうに払うんですよ。それが、俺には凄く格好良く見えたんですよねえ。俺もあんな風になりたいって、だから相手に何も求めないって決めたんです。だってその方が―――俺が格好いいぞっていう………自己満足なんですけど」

そう答えた頬を少し赤らめて。


続けてシリルが問うたのは、

「はくはく君が、平和な世界を目指したいと思うのはどうしてだい?決して楽な願いじゃないだろう?」

四人の最初の夜にはくはくが言った『平和な世界』を目指す理由だった。


「浮浪児だった俺は養父に救われたんです。その時に養父が言った言葉が忘れられなくて、『人を助けるのに、悪い事などあるものか。出来る力があるのなら、世界中の困っている人を助けてもいい。そんな世界なら皆笑い合って生きていけると思わないか、少年?』ですよ?痺れるほど格好良い台詞だと思いませんか?」


「ああ、そうだね。侍女達の前でそう言ったら、きっときゃあきゃあ喜んでくれたろうね」


「だから、養父の墓前で誓ったんです。『世界中の人を助けられるように頑張ってみます』って。養父に格好付けたくて、背伸びしちゃったんですよねえ。でも誓っちゃったから頑張らないとって。こっちはもう意地ですね………いや、自分で言ってて恥ずかしい………」


はくはくは耳まで赤くなって俯いてしまった。



「―――格好付けと意地、か」

シリルの前に、今まだまだ転職しなければならない町民に囲まれて、休む事なく彼らに奇跡を与え続けるはくはくがいる。


世界は甘くない。平和な世界の実現―――世界中の人を救うという大望は、心中で願うだけなのか、実行に移すかで大きな差がある望みだ。


シリルは、はくはくが口にした『平和な世界』も『世界中の人を救うために頑張る』という言葉も、はくはくの人柄を示すものとだけ受け取っていた。

好ましい願望で、はくはくは正しい人間だと分かるから。

だから、はくはくが実際に行動しなくてもシリルは、はくはくに幻滅などしない。


しかし、目の前のはくはくが、

―――只人に理不尽に抗う力を与えている。

―――一人も余さず全員に力を与えている。


「要塞化と聞いて驚いたけれど、ただ町民に願うだけでなく防壁建材を渡すところまでやるんだね。君は………」


はくはくの首筋を流れる汗、べったりと汗で濡れて首筋に張り付く髪、それでも―――

「はい、次の方!ええ、俺なら大丈夫ですよ!どんどん転職しましょう!もう今日から魔獣に怯える毎日は終わりです!さあ、どんどん転職しましょう!」

はくはくの声は明るくて、

「はい、皆さん並んで並んで!私の大神官はくはく様が、一人残らずこの町の皆さんに職業をくださいますよ!ね、キュルちゃん!」

「あーいー!あーいー!」

コスモスもキュルもはくはくを止めないのは、二人がはくはくを信じきっているからだろう。

はくはくは、町民全員の転職と町の要塞化をやりきる男であると。


「疲れていても格好を付けて元気にふるまって、絶対に成すと意地を張る………格好つけと意地、ああ、それは―――」



はくはくを見る元王女の瞳に今―――恩義だけでない色が宿る。




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