第五章3 商会長の常識・崩壊
―――小町ベレンの『ベレン商会』三階にて。
カイネは商会長室に戻ったが、先ほどまでの四人の来訪者の言葉を思い出して苛立ちを一層強くしていた。
机上に並んだ商いの注文書の確認にも集中できず、思い切って立ち上がり町長として保管している、ベレンの町の記録書の一部を引き抜いてそこに数字を見つけて、
「魔獣による死者、毎年五名から十名。多い時で三十名―――くそっ!」
ベレンの町が出してきた犠牲、その命の数に今度は怒りが沸き上がった。
ベレンは商いの町である。
だから、商品と金を他の都市、町や村に輸送しなければならない。
これが、ベレンの町の魔獣の犠牲者数の多さを生んでいる。
町と町を、町と村を、村と村を繋ぐ街道や村道はあるものの。
だからといって、それらは絶対安全というわけではなく、多少魔獣の出現が少ないだけ。
だから、運が悪いと商隊全部が魔獣の犠牲になってしまう。
冒険者への護衛依頼は、たまたま商隊がいる場所に冒険者が来ている場合のみ可能で、当然断られる場合も多い。
一年を通じて商品と金を動かし続けねばならない商会に、冒険者の到来を待つ無為な時間がとれようはずもなかった。
だから、
「毎日、毎日、みんな命がけで商品と金を運んでるんだ!」
商人としてカイネもまた何度も商隊員として商品輸送を行って来た。
それは商人として客に必ず商品を届けるという信念あっての事だ。そのために命を懸ける商人こそが、本物の商人なのだとカイネは思うから。
『ベレンの町民全員に職業を与えたい』
しかし、先ほどまでの客の言葉が頭に繰り返し響く。
魔獣に抗える力が手に入るのなら、カイネは商会の資産の半分だって支払う覚悟があった。
大きすぎる支払額ではあるが、この場合は安全への投資なのだ。
商品輸送が安全に行える―――それ以上の喜びは、商人であるカイネには無い。
ただ、それは本当に実現できるのならば、だ。
男の言葉で、ほんの一瞬だけその夢のような力を想像してしまったカイネはだから、強い言葉で男を非難した。
欲しいものをちらつかせて、相手の欲求を刺激し、どうしても欲しくなった相手に、法外な言い値で売りつけ、騙す。
そういう商売をカイネは軽蔑するから。
「買う者も、売る者も、商品を作る者も、皆が幸福な取引こそ、本当の商売………」
これが商人カイネの信条なのだから。
「対価無しと言っておいて、掌を返すやつを腐るほど見て来たからな―――いや、もういい加減さっきの話は忘れて、仕事に戻らないとな」
カイネは町の犠牲者数の記録を棚に戻し、注文書が並んだ机に戻った。
注文書を確認しながら、商品が届くまでの予想を立て、短期間荷着予定、ひと月後から数か月後までの荷着予定とそれぞれの箱に仕分けていくカイネの商会長室に、ノックの音が響いた。
「入れ」
「商会長。二週間前に来た北方の村人に注文した商品が到着したと報告がありました」
「大陸中央近くの村だったか?ルオ、大陸中央までどれくらいかかるか知ってるだろう。あり得ない話だぞ?」
カイネは自分より年上で四十台の部下に問う。
いつもならば商売の経験も豊富で商隊への参加経験も多いルオと呼ぶ相手を信頼しているのではあるが、耳を疑うその言は見過ごせなかった。
「いえ、私も困惑してます。しかし、先方が町の外れで荷受けの荷車を待つと伝言が」
「なんで、歩いて一ケ月以上かかる村から、注文してたった二週間で荷物が届くんだ。そもそもまだ村へ戻る長い旅路の途中のはずだろう!」
「それが、荷車を出す要望とともに商品の一部を代表の男が持ってきました。私も見ましたが、間違いなく注文通り『剣牙狼』の素材なんです………」
「いや、只人の村人が魔獣を狩猟できるわけで無し、村に到達した冒険者の獲物を買い取ったとしても、早すぎる。そもそも、その村人への発注担当は見習いだ。あいつはまだ十五歳、知識もまだまだだし、村名を聞き違えたとかじゃないのか?」
「私も気になって確認してみたんですが、その―――」
「なんだ、言いよどむなよ。はっきり言え」
「その村人は翼竜に乗ってベレンに来ている、と見習いが。それに―――」
「魔獣素材を売るために商談に来た時から翼竜で来ていたと馬鹿な事言い出す気じゃないだろうな?」
「そのまさか、です」
「ただの村人が『騎獣』など高くて買えるものか!商会であっても難しい金額なんだぞ?」
「私も見たんです。人を乗せた翼竜が三頭町外れに飛んでいくのを」
「本当なの、か………」
「はい、商売人としての誇りを掛けても良い。事実です」
「見習いめ!何でそんな大事な事を先に言わんのだ!ああ、見習いの間違いは商会長である俺の教育不足が原因か、くそっ!」
神妙なルオの真顔を信じるしかなかったカイネは立ち上がると外套を着て、
「俺もその商品を受け取りに行く。で、取引相手の村はどこだった?」
そのまま店舗倉庫から馬に引かせた荷台に座って、カイネとルオは指定された街はずれへと向かった。
翼竜に乗って商品を届けに来たというにわかには信じがたい取引相手の村名は―――
―――「辺境村ナーブです。商会長」
カイネの信頼する部下ルオが答えた。
◆◆◆◆
―――商いの町『ベレン』西の街はずれへと続く町路にて。
町名を冠した『ベレン商会』の若き商会長カイネと部下のルオは、ベレン町の中央を十字に区切る、石畳の主要町路を進み二頭の馬に引かせた大きな荷車に乗って街はずれを目指している。
中央から町外れへ進むにつれ、三階建ての商会やホテルから、二階建ての屋敷へと変わり、町外れにほど近くなると平屋が多くなり、さらに進むとあとは一面の畑や牧場が広がるばかりである。
つまりは、建物がだんだん低くなり視界が開けた先にそれを見つけたカイネが、
「ほ、本当に翼竜で来たのか………」
驚きで思わずつぶやいても仕方のない事である。
只人の指示も聞く『騎獣』の価格をカイネは知っている。
カイネの商会規模では一頭も買えない程桁違いな価格である。
いや、王都の大店でも一頭、超大店で多くても三頭ほどを専属輸送に使っていると聞く程で、主な購入先はビリル神聖王国にガルデン帝国。
国家規模でやっと、そういう馬鹿げた高額さなのだ。
「―――それを三頭もかっ」
荷車から降りたちながら、取引相手であるナーブ村民へと向き直る前に、その驚きを吐き出しておかねば平静を保てないと思ったから、カイネは小さくつぶやくように吐き出した。
取引相手へと向き直ったカイネの目前に、巨大な翼竜三頭と、ナーブ村民と思われる男女が十名以上いた。
ルオがその中の一人を手で示しながら、
「ああ、商会長。こちらが今回ナーブ村の取引の代表のトルタさんです」
そう紹介された。
部下であるルオの紹介を受けて、頭上に名前が浮いていないのを確認しながら、
「今回は迅速な納品、感謝します。『ベレン商会』商会長のカイネと申します」
「ああ、これはご丁寧に。ナーブ村のトルタです。いや町外れまでご足労をおかけしまして。何しろ、翼竜で町中に降りたら町民の皆さんが驚かれると思いまして」
商人として薄く笑顔を浮かべカイネはトルタと握手を交わす。
「それはご配慮感謝します。思っていた納期より随分と早かったので少々驚きましたが、翼竜をお持ちなら納得です。私共も魔獣に怯えずに安全に商品輸送を行うために、翼竜の一頭でもと願ってはおりますが、『騎獣』は高価ですからなかなか手が届かず………それを三頭もお持ちとは、ナーブ村の商売は私どもよりもよっぽど大規模なのでしょうね」
カイネは言外にナーブ村がどうやって翼竜を手に入れたのかを、あわよくばトルタから聞き出せないかと尋ねたのだが。
「ああ、いえいえ!違いますよ。この子は『騎獣』じゃなくて『従魔』です。それにうちの村の商売なんて、この子らが来てくれたからこそ始められたくらいで。大規模なんて、とてもとても―――」
「待ってください!『従魔』と言いましたか?『従魔』が我々のような只人に従うはずがないではないですか!」
トルタの驚くべき訂正にカイネは食い気味に自身の常識を重ねたのだが、
「いいや、この子は特別なもんで―――クワンタ飛べ。空へ【炎の息】」
トルタの指示に『クワンタ』と呼ばれた翼竜が翼をはためかせて飛び上がって空中で静止、直後にトルタが指さした何もない宙空へと向けて炎を吐き出したから、
「トルタさん、あなたは頭上の名前を何かで隠してる冒険者なのでは?」
必死にカイネ自身が信じて疑わぬ常識を繋ぎとめようと少々無理な解釈を押し通そうとし、
「はは、そんな訳ないでしょう。私らは、戦う力を授けられた只人ですよ」
どこか誇らしげに笑むトルタの言が、カイネのつい一時間程前の面談時に男が言った内容と似ている気がして、
「………戦う力、ですか?」
唾をごくりと飲み込んでカイネは聞く、
「授けられたのは、職業です。信じがたいとは思いますが………ん-、そうだ。【絶光砲】!」
しかし何も持っていなかったトルタの手にいつの間にか、小型の大砲のような砲が握られていて、只人トルタが何もない宙空へと、眩く太い光束を放ち、雲に穴を開けたのを見て、
「「―――っ!」」
ルオともども驚きに言葉が出なかった。
「どうです?信じてもらえました?俺達も感謝しかないんです。只人に職業をくれる奇跡をですよ、村人全員に、しかも無償で!まさに聖人だと思いませんか?」
「―――そ、れは………」
―――それは一時間程前にカイネが拒絶した話と全く同じではないのか?
―――それはあり得ぬ話ではなかったのか?
―――それを詐欺まがいだと拒絶したカイネは何も間違っていないはずではなかったのか?
考えがぐるぐるとカイネの頭の中をかき回し頭が痛むのは、巨大な後悔がちらつくから。
「ああ、こちらの話ばかりお聞かせして申し訳ない。注文頂いた商品の方、荷台に置かせてもらいますね。さあ、みんな荷下ろしだ」
茫然とするカイネ達に気を遣ったのか、トルタと全部で十五名の村民が荷袋も何も持たぬ身で荷車に集まったから、思考乱れたままのカイネとルオは、なぜか彼らがまた思いも付かぬ事をするだろうという驚きへの覚悟みたいなものを腹に据えて見て、
「―――何もない空から、魔獣素材を取り出してる!」
「―――商会長。もう私理解が追い付きません!」
その覚悟がはなはだ甘かったと認識させられた。
「インベントリという便利機能でして。本当は商会でお渡しすることも出来たんですがね。偉大な御方から預かった大切な翼竜たちを放っておくことも出来ませんから、街外れまでご足労を願ったという訳です」
荷下ろしが終わって荷車には、うずたかく魔獣素材が積み上げられている。
大陸中央、人間の集落としては魔王城に最も近い、辺境ナーブ村の周辺の魔獣はみな強いが、その素材は希少で高値で取引される。
その魔獣素材を、前回の商談中にナーブ村側は、少々欲張りが過ぎたベレン商会の希望数に対して調達できると断言したから、半信半疑で注文したものだ。
それがものの二週間で揃えて納品に来たとは、何の冗談だと疑っても仕方がない事だった。
只人にとって、それはあまりに常識外れなのだから。
しかし今、目の前にその大量の魔獣素材がある。
本日何度目かの驚きにやっとカイネは心を決めた。
さっきまでカイネが常識と信じて疑わなかった事が、目の前で全部ひっくり返されたから。
ならば、一時間程前にカイネが非常識だと、出来るはずがないと拒んだ手は―――絶対に取るべきだったのだ。
離してはいけない手だったのだ。
だがまだ、トルタの言う聖人とカイネが会った男が同一人物か分からない。
もしかしたら、ナーブ村の恩人の偉業を騙る偽物かもしれない。
だからカイネは、
「トルタさん、一つ教えてください。ナーブ村の皆さんに職業を与えた聖人の名を」
一時間前に会った、仲間から『はくはく』と呼ばれた男が聖人であって欲しいとも、同時にその彼を拒絶してしまった自分が正しかったと思いたいがために偽物であって欲しいとも思ったまま、トルタに問い、
「ああ、俺達の大恩人の名前は、大神官はくはく様です!素晴らしい御名前でしょう?」
その答えを聞いたカイネは両手で自分の頬を強く打ち付け、走り出した。
カイネが夢見た、魔獣に抗う力を与えてくれると言われたのに―――カイネはその手を拒んだ。
拒んでしまったからどんな償いもいとわぬ覚悟で走る。
カイネを許して欲しいとは言えないが、せめて町人を救って欲しい、奇跡を与えて欲しいと請い願うために。
カイネは知らない。はくはくが町長に拒まれたからといって―――諦める男ではない事を。
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