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第五章2 商いの町ベレンを救え




―――辺境ナーブ村より遥か南の少し西方寄りの小町『ベレン』にて。



人口が二百や三百の村と違い、人口五百名を超える集落を『町』と呼ぶのはこの世界での常識だ。


そういう人口が多い町は経済的にも多少発展しているから、民家も店も平屋ではなく、二階建てから三階建てが主で、町を縦横に割るように伸びる町路も、一部は石畳に覆われている。

町の中心から十字に伸びる主要町路である。


様々な商店が立ち並ぶベレンは、小さいが商いの町として有名であり、大店の支店も大通り沿いに数多く並んでいる。

―――『なんでも揃う町、ベレン』そう呼ばれる町である。


その町の中心の高楼な教会の前に、四人が立っていた。

はくはく、コスモス、キュルにシリルである。


「ああ!はくはく様、神官様がいません!」


ビリル神聖王国王都とガルデン帝国帝都に建つ教会を除いて、各地に建っている教会は所謂出張教会である。

王都、帝都の教会が本社だとすれば、支社である出張所の方の建物につぎ込まれる金額が少ないのは当然で、村や町の教会は一回り小さい上に、造りは全く同じ。

つまり、はくはくが勤めていたナーブ教会と全く同じ構造である。


その教会の祭壇も無人なら、神官居室の扉を開けた先のダイニングキッチンも、その二階の寝室にも神官の姿がない。

加えて、神官居室にはあるべき食材や食事の痕跡がなく、掃除は行き届いているものの、生活の気配が感じられなかった。


「掃除されてるのはたぶん………」


神官居室から出たはくはく達の前に、中年女性が立っていて、怪訝な顔を浮かべていた。


「あ、怪しい者じゃありません。お、私はナーブ村の神官を務めております、はくはくと言います。旅の途中でこちらの町に立ち寄ったので、ベレンの神官殿にご挨拶をと。もしかして、教会を掃除して下さってる信心深い方はあなたでは?」


はくはくがポケットから祈りを捧げる時に持つ丸十字のペンダントを出して、神官が神に祈りを捧げる立礼の姿をとったのを見て、中年女性は表情を柔らかくした。


普通は両ひざを折って両手を結び、その手を額に付けるのが祈りの姿だが、神官だけは両ひざを折らずに祈りを捧げる。

民に何事かあった時に、真っ先に動き出せるようにと両ひざを折らぬ立礼をとるスタイルになったとルッタは修行時代に学んだ。

その立礼を見たからこそ、中年女性ははくはくが神官であると信じたのだろう―――


「ああ、ああ。そういう事だったの?こっちこそ勘違いしちゃってごめんなさい。だって頭の上に名前が浮かんでるから冒険者かと思って。ええ、教会の掃除はあたしが。でも、こちらの神官様いなくなっちゃったんですよ。もう一か月くらい前になるかな」


それを聞いて、はくはくの心中に不安が渦巻き始め、

「その時、町に悪い事をした冒険者がいませんでしたか?い、いや今、冒険者が来ていますか?」

早口に女性に尋ね、

「いえ、たぶん今は冒険者は来てないと思うけど、そういえば一か月前くらいに知り合いが冒険者を見たって言ってたような………うーん、三人くらい?だったかな。その頃に、何か悪い事件があったとは聞いてないけど」

それを聞いていよいよ急がなければならないと、

「分かりました。教えて頂き感謝します。もう一点だけ、お聞きしてよければ、町長さんはどちらにいらっしゃいますか?」

そう訊ねた。

丁寧な言葉とは裏腹に、はくはくは少々焦っていた。



なぜなら、商いの町『ベレン』は―――PVP禁止領域ではないのだから。



◆◆◆◆



―――小町『ベレン』の教会前の主要町路に面した三階建ての前にて。



三階建ての建物は商会である。

一階部分は商店、二階以上が事務所などであるらしいとは、教会で会った中年女性に聞いた内容である。


はくはくがその店舗に入って行き、はくはくの斜め後ろにシリルが続く。

シリルと同じく、戦えない神官はくはくを守るというコスモスは、キュルを挟んではくはくの隣を歩いているが、シリルははくはくをもっと知りたいと思い、客観的に彼を見るべくあえて斜め後ろにいる。


シリルの前ではくはくは店員へと、町長であり同時にこの商会の商会長だという男との面談を求めた。


店員の一人に案内された二階の応接間でシリル達は待つことしばし、紅茶の湯気が上がるカップと茶菓子を、まだ歳若く少年と表現してもよい年齢の男性店員が運んできて、シリル達の前に置いていく。


コスモスを見て一瞬顔を赤らめ、次にシリルを見て彼は息を呑んで動きが止まったが、シリルにとってはよくある事だったので気にも留めぬまま、

「ありがとう」

彼の動きを取り戻すべく礼を口にした。


その礼に、彼は耳まで真っ赤にして応接間から退出しようとし、派手にティーカップの並んだテーブルのふちに足をぶつけ、大きくガチャリと音をたてたカップと波打ち零れそうになる紅茶を見て、

「ああ、ごめんなさ―――も、申し訳ございません!」

慌てて詫びて、今度こそ応接間から退出した。


「コスモスちゃんを見て顔を赤くしてたねえ。初々しいねえ」


仲間を褒められた気分なのか、はくはくがコスモスにそう言い、

「いえ、シリル様を見た時の方が凄かったです!耳まで真っ赤でしたよ?」

「そうだったねえ。気持ちは十分に分かるよねえ」

コスモスから今度はシリルへと話が向けられ、はくはくに同意を受けたが、

「彼の目の保養になったのなら、良かったよ」

余り感情の籠らない返事を返したのは、シリルは出会う全ての人間の笑顔まで求めるわけではないからだ。

シリルが侍女達に喜ばれようと、男装の麗人のように振舞い始めたのは、彼女達を好んだから。

いつも一緒にいてくれる、友人や仲間や家族のような存在だったからだ。


給仕してくれた若い店員が退出してからしばらくして、

「ああ、すみません。お待たせしまして。私、ベレン町長であり当ベレン商会会長のカイネと申します。至急の面談をお求めになったとか、今日はどのような御用向きで?」

カイネと名乗った眼鏡姿の男はまだ若く見える。

三十歳前後ほどだろうか、その顔は薄く笑顔を作っているが、目の奥の光が彼の芯の強さを感じさせる。


はくはく達一人一人に視線を移して、皆の事をきちんと見ていますという姿勢とは裏腹に、シリルはカイネが一人一人を値踏みしたように感じた。

彼の視線を最も長く受けたのは当のシリルで、その視線はシリルが侍女たちに向けられた視線とは色が異なると知っている。

シリルが王女時代何度も体験した、シリルの中身を値踏みする際の視線の色と同じだったのだから。


「事は急ぎですので、単刀直入に言います。神官である私に、ここベレン町民全員を転職させてください」


はくはくの直球な要望が、カイネの笑顔を真顔に戻し、同時にシリルを驚かせた。


シリルははくはくの成そうとしている事を知らなかったから。

四人の最初の夜に、『はくはく君は、シリルを今度はどこへ連れていってくれるのかな?』と聞くシリルに、はくはくは『平和な世界へ、だといいなと思います』と答えた。

しかし、好ましいと感じたそれは抽象的だ。

具体的にはくはくが何をするのかをシリルは知らなかった。


かたや、今はくはくが口にした『町民全員に職業を与える』という内容の方は、シリルははくはくが、実際に特別な力を持つと知っている。

なにせ、魔王を転職させ『魔王勇者』なる存在に変えてくれたのだから。只人に職業を与えるとはくはくが言うのなら、きっとそれは出来るのだろうとシリルは思うが。


しかし、

「何の冗談だ。只人を転職?それは職業を与えると言っているのだろうが、無理に決まってる」

先ほどまでの商人として接客姿勢だったカイネの口調が消えて、苛立ちを含んだ非難に変わった。


「いえ、出来ます。試しだと思って、カイネさんを転職させてください」


「もし、だ。もし万が一出来たとしよう。その対価に何を望む?」


「いえ、何も」


「はあ?商人として俺が絶対許せないものはな、対価を求めない取引だ!これだけ信用できない取引はない!もう話す事はない!出て行ってくれ!」


「本当ですよ!私の大神官様は、ナーブ村もヘルペナ村の全員に職業を与えてくれましたから!対価無しで、何も求めずに!それに、私も職業をもらっています。外に出てもらえれば、証拠に魔法をお見せしますから―――」


はくはくを応援すべく言葉で加勢したコスモスを、

「いらん!出ていけ!」

当のカイネの怒声が響いたから、

「うううああああーあああああああーあああああー」

大人の苛立ちや怒気を感じて怯えたらしいキュルが泣きだしてしまった。


「キュル。大丈夫、怖くないよ」


「キュルちゃん、大丈夫よ。この人はとっても凄く頭が固い、嫌ぁな奴なだけ!」


はくはくはともかく、コスモスがキュルに言い聞かせる風でカイネへの悪態を隠さないが。


「………幼子を泣かせてしまったのは悪かった。だが、お前達と話しても無駄なだけだ。それに、貴女は高貴な出のお方とお見受けしますが、このような詐欺まがいの連中と連れ立っては貴女の品位に傷がつくのでは?」


カイネが頭をかきながら一応の詫びを口にして、続けた言葉をシリルに向けた。


「君の眼鏡に映るシリルは、詐欺まがいの人間の隣に立つ程度の人間か。ふむ、はくはく君。彼の曇った眼鏡では正しい判断はできそうもない。他を当たるとしよう」


「―――っ!」


シリルが言外に『見る目がないな』とばっさり切り捨てたカイネが絶句したが、シリルは気にしない。

シリルの品位を心配する体で結局シリルの恩人であるはくはくを罵倒するそのやり口が気に入らなかった。

憎しみから魔王になったような自分の品位などシリルにはどうでもいいからで、今シリルの中で大事な事は、恩人はくはくに報いる事と、魔王時代に犯した罪を少しでも贖う事だからだ。


そして、苛立ちに目を曇らせた彼の人の値踏みと判断が甘すぎると、元王族であるシリルには分かるから。


シリルは真っ先に席を立って、立ち上がるはくはくに手を差し出して助ける。

はくはくの顔には落胆の色が浮かび、キュルを抱っこして立ち上がるコスモスはカイネに舌を出して「べー」とやっている。

対価も求めず助けさせて欲しいという願いを無碍にされたのだから、当然だ。


商会を後にするはくはくの斜め後ろにシリルは続き、商会の外に出たところで、

「一旦落ち着こう。コスモスちゃん、キュルへのお詫びに甘いものでも食べさせてあげて。その間に、どうするか考えるから」

はくはくは言った。


「はい、はくはく様。私とキュルちゃんが離れている間………シリル様!はくはく様をお願いしますね!」


「ああ、もちろんさ。シリルにお任せあれ」


コスモスがキュルを抱っこしたまま離れて行くのを見やってから、

「はくはく君が、平和な世界を目指そうとするのはどうしてだい?」

シリルは、はくはくを深く知りたいと願いそう問うた。


シリルは王族だった。

しかし小国の姫に過ぎず、国であっても魔獣に怯え、シリルの時代は隣国も危険な存在だった。


抗うために騎士は自身を鍛え備えるし、王家は政策のどこに重点を置くかの難しい判断を迫られる。

政治に直接関わる事が無かったシリルにも重々理解できるほど、世界は甘くはない。

その甘くない世界で平和を目指すはくはくを動かすものはなんだろう、と。



シリルの問いに、はくはくは照れ臭そうに答えをくれたのだが―――それがシリルの中のはくはくへの想いを変える事になった。




カイネが態度悪い?作者もそうおもいますが、彼は思い知ります。

その後の人生激変です。それはもう、何度も話に登場するくらいに。

ですので、ちょっとカイネを許してもらってお付き合い下さい。

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