第五章1 四人の旅路
―――魔王城から南西へ飛ぶ黄金翼竜の上。
一番前にコスモス、次にキュル、はくはくの後ろ最後尾に騎乗鞍に座っているのは、ついさっきまで『魔王』だったシリルである。
世界から押し付けられた役割―――とはくはくが言う『魔王』はしかし、シリルの記憶の中で永い時間を占めていた。
2年をかけ徹底的に、故国を滅ぼしたバルキア王国を滅ぼし去ってから、魔王城へ戻り玉座に座してさらに200年。
今思えば、怒りと憎しみに囚われて、それでも玉座から立ち上がれず、何ひとつ人間を滅ぼすために動き出せぬ、苦しいだけの無為な200年だった。
「シリルは、本当に永く無駄な時間を過ごしてしまった………」
前のはくはくに聞こえぬように独り言ち、シリルは後方へ流れていく地上の景色をみやる。
シリルの中にあるのは大きすぎる罪と後悔、悲しみ。
そして、今や200年前の過去世界から一人だけ、見知らぬ世界に放り出されたような孤独感。
だがしかし、
「わあ、はくはく様、下に馬の群れが!それに広い草原!私、初めて見ます!」
「あーあー!」
「いるねえ、すごい数だねえ!うん、広いねえ!」
シリルの前の彼らも、今の世界の全てを知るわけではないと改めて知る。
「初めて見る景色、初めて出会うもの、初めて食べる料理!私、これからの旅も楽しみです!」
「あーいー!」
「そうだねえ、いいねえ。特に美味しい料理に出会いたいねえ!」
ついさっき『魔王』シリルを役割から解き放つために無茶をした男が、今はもうのんびりと旅を楽しんでいるから、
「はは、お嬢さんの背中はなかなかに大きいのかもしれないね―――」
シリルは彼女の目の前の、シリルより少し背が低い男の背を見て、
「この背中を守っていけば、何か変わるかもしれないね?」
そう呟いて足元を後方に流れゆく草原を見やり、その景色に感じたのは、
「ああ、ああ、世界は美しかったよ」
見え方が変わった世界で。
「シリルは、生まれ変わったんだね。はくはく君の手で―――」
シリルは独り言ち―――
「シリルは知りたくなったよ。君がどういう人間なのか―――ねえ、はくはく君?」
◆◆◆◆
―――辺境ナーブ村から南へ遥かの砂岩地帯の上空にて。
はくはく達は魔王城から南西へ、次の目的地の町を目指すべく黄金翼竜を駆る。
途中、高所に隠されたアイテム回収も忘れずに行うのは、消耗品のうち魔力を回復する『魔力薬』のうち効果が高い『魔力薬・中』を求めたから。
はくはくの予想―――実に嫌な予感だが、飛空艇を手に入れた冒険者殺しがこれから東へ進む速度が段違いに上がってしまう。
そしてそれは、また多人数を相手の戦闘が発生する可能性を示しており、
「いくらキュルの『祝福』を受けていても戦えるのが二人じゃ魔力切れが起こる………」
ゲーム時代同様、スキルも魔法も魔法エネルギーともいうべき『魔力』を消費して放つもの。
『魔力』は職業やレベルによってそれぞれ高くも低くも差があるが、いずれにせよ『魔力』が切れる事は戦闘継続の不能を示す。
だから、
「用意は周到に………って言うか、これくらいしか現状手を打てない………」
はくはくは入念に準備したいのだが、出来る事といえば間に合わせにすぎない。
ビリル神聖王国で購入できたのは少量魔力を回復する『魔力薬・小』のみで、もちろん買ってある。
しかし、その回復量が少ないために戦闘時に使うのは効率的とはいえないのだから。
かたや、カジノの景品に『魔力薬・中』があったものの、あの時は実質十日もかけて『身代わりの宝珠』を手に入れるのがやっとで、あれ以上カジノに入り浸りたくなかったから『魔力薬・中』を交換する事を頭から追い出してしまっていたのを今になって後悔しているはくはくである。
「はい、コスモスちゃん。シリル様。魔力切れに備えて持っててください」
「はい、はくはく様!ありがとうございます!」
「ありがとう、はくはく君。シリルは君にもらってばかりだね」
シリルが言う、もらってばかりのもう一方は、シリルの装備の話である。
シリルの『王姫のティアラ』は間違いなく強いので、頭の装備は更新しないが、問題はシリルが纏っていたのがただの『王姫のドレス』であり、何の効果も防御力も持たなかった事。
腕には『麗美なレースの手袋』、脚装備もただの『麗美なレースのストッキング』であり、靴もまた同じく何の効果も持ってはいなかった。
「すごく似合ってはいるんだけども………」
いくら似合おうが、命の危険を前に用意を怠るわけにはいかず、はくはくはビリル神聖王国王都のバルディン武器防具店で購入した無数の装備のうちいくつかを出してシリルの装備として渡していた。
店買い装備の中ではほぼ最高峰のバルディン謹製装備の中から、シリルが選んだのは『竜革鎧・麗美』。
両腕と脚には十分な装甲を、上半身は胸元と腹部分に白い肌色が覗くデザインの装備で、その材質は黒い革製だからまた、妖しく美しく魅せる装備だった。
高貴さすら感じさせるのは、黒地に紫と白が所々に入り飾りに金細工が入った麗美なデザインのためか、それともそれを纏うシリル本体のせいか。
シリルのすらりと伸びる肢体に纏われた『竜皮鎧・麗美』は、まるでシリルのために作られたかのように似合うから驚きである。
「ああ、シリル様が素敵すぎます!」
「うん、本当にね。なんなんだろうね。生まれ持った顔と身体の出来の違いに、涙がこぼれるのはなんでだろう………」
コスモスは若干赤らめた顔で驚きを伝えるだけだったが、はくはくの方は少しばかり恨み言が混じる。
どちらかというと、男の中では小柄で顔もありふれた庶民顔。
探しても誇れる部分が見つからないというのに、この格差はなんだとそういう恨み言だ。
きっとシリルの誕生の時に神は張り切ったのだろう。
対してルッタの時はずいぶんなやっつけ仕事だったに違いない、そう心中で思うはくはくである。
コスモスは美少女である。
可憐さを感じさせる彼女は間違いなく可愛い。しかし、シリルの麗美さはまた別次元の評価になる。
それが証拠に、
「コスモスちゃん、キュル、シリル様。今日はここで野宿しましょう」
はくはくはシリルを呼び捨てどころか、『さん』付けすら恐れ多いと、『様』付けなのだ。
ステータス画面に見えたシリルの年齢は18歳。
はくはくより、7歳も年下だというのにである。
「ああ、滲み出る高貴さのせいか、神の愛し子のような美しさのせいか………ああ神よ格差がひどすぎます!」
はくはくの中のルッタが神に抗議をせずにいられないのも無理からぬ事である。
はくはくの恨み言はともかく、
「はくはく君にはもらってばかりだね。シリルはどうやってお返しをしたら良いのだろう?」
その背に『竜槍・赤黒』の赤い穂先と黒の長柄の長槍を帯びて、そう言ってくるりと回って装備を着けた姿をはくはくに見せるシリルに、
「いえいえ、守ってもらってる恩に比べたらまだまだ足りませんよ?」
そう答えたはくはくだった。
野宿を提案してはくはくは、まばらに枯れ木が立ち大小の岩が点在するばかりの砂岩地帯の、巨大な岩の上へ黄金翼竜を降ろした。
岩の上は奇跡的に平らで地面から十分な高さもある安全地帯といえた。
砂岩地帯の景観はほとんど一面、茶色茶色茶色で見どころなどない殺風景な場所だ。
とはいえ、
「ああ、世界にはこんな場所もあるんだね。シリルは城を出て旅をしている。なんて素敵なんだろう」
はくはくとコスモスがキュルを伴って黄金翼竜から降りる中、シリルは黄金翼竜の上から地平線まで続く茶色の砂岩地帯の景色をうっとりと眺めているから、砂岩地帯も今回ばかりは良い仕事をしたといえた。
「はくはく様。今日はどこの料理にしましょうか?」
「あー、うん。シリル様にもっと喜んでもらうために、アレかな?」
「いいですね!では、私の方のインベントリから買い置きを出しますね!」
「ああ、お願い。こっちは、テーブルと椅子を―――」
すっかり野宿に慣れたはくはくとコスモスが息を合わせて食事の準備をする。
キュルもはくはくが出した椅子―――ナーブ村村民によって幼児用へと座面を高く改良された幼児用椅子に自分から座る。キュルも慣れたものである。
しかし、
「シリルは外で食事をするのは初めてだよ」
そう言うワクワク顔のシリルは、はくはく達が準備するのを見ているばかりである。
王族が自分で食事を用意する事などなかっただろうから、仕方のない事である。
そして、それをはくはくもコスモスも全く気にしていなかったのは、シリルの高貴オーラに高貴な御方のお世話は下々の者の勤めと自然に感じた事になるのだが。
そこは考えたら負けである。
ともかくテーブルの上に湯気の立ち昇る料理が並べられ、はくはくはシリルの椅子を引いて着席を促して四人で席に着く。
夕焼けに染まり茶色から赤の景観へと変化した砂岩の景色の中、四人揃っての初めての食事を始めた。
「すごいね、湯気が立ってる。まるで作り立てだ。それにシリルが見た事のない料理ばかりだね」
「インベントリという便利機能がありましてね。また説明しますね」
「はい、シリル様。これは『牡蠣づくし定食』です!キュルちゃんの故郷のヘルペナ漁村の特産料理なんですよ!」
「あーいー!」
「ああ!美味しい!美味しいよ、コスモス!はくはく君!キュルの故郷の村はとても凄いのだね!王宮の料理人にも引けをとらない料理ばかりだ!素晴らしいね、キュル!」
「あーいー!」
「私も初めて食べた時、食べてるのにもっとお腹が空くからびっくりしました!」
「喜んでもらえたならなによりです。うん、やっぱりうんまー!」
そうして食事を終えて、お茶を飲んでゆっくりしてから、はくはくはテントを用意する。
いつでも寝られるようにしてからしばらく、黄金翼竜を撫でたりコスモスと遊んでいたキュルが、眠さにうつらうつらとし始めたから、はくはくはテント内で添い寝してキュルを寝かしつけてから、再びテーブル席へ戻った。
テーブル席では、シリルが水平線の向うに沈んでいく夕日を飽きることなく眺め、完全に暗くなった頭上に星々の煌めきをもまたうっとりと眺め、
「シリルは自由だ。はくはく君に救われて今、美しい世界へと戻れた。なんて素晴らしいんだろう」
星が瞬くようなシリルの瞳を、本物の星の瞬きへと向けて呟いてから、その瞳をはくはくへと向けた。
「はくはく君は、シリルを今度はどこへ連れていってくれるのかな?」
そうシリルに問われてはくはくはコスモスと顔を見合わせた。
そのコスモスがはくはくを信じきった顔で頷くから、
「平和な世界へ、だといいなと思います」
壮大で困難が過ぎる自身の願いを伝えた。
「ああ、はくはく君は素晴らしいね!シリルを連れていって欲しい、君の、君たちの目指す世界へ!」
「はい、シリル様!一緒にがんばっていきましょう!」
「………」
「あれ、はくはく様。そこは、俺に任せとけ!みたいに言ってくれないと!」
そうコスモスに言われたのだが、はくはくはつい自身の壮大すぎる願望を口に出した瞬間に気恥ずかしさで真っ赤になってしまい、とても前向きな返事などできる心境ではなかったから、コスモスの要望に、
「あ、はい。がんばります………」
締まらない返事を返すのが精いっぱいだった。
星の煌めく夜空の下、コスモスに続いてキュルの眠るテントに入ろうとしたはくはくだが、
「あれ、シリル様?どうしました?こっちは俺達のテントですよ?シリル様のはあっちに―――」
元王女のシリルを、王女にとってみればただでさえ狭いテントに他人と眠らせるのは恐れ多いと準備したシリル用のテントがあるのに、シリルがはくはくの後ろに付いてきたのはなぜだろうとそう言ってみたのだが、
「はくはく君はシリルを除け者にしないだろう?」
とてもいい笑顔を向けられたから、
「俺一応男ですし、姫だったシリル様と一緒に寝るというのは色々問題があるなーと」
緩く抵抗してみたのだが、
「お嬢さんの同意なく手を出すシリルではないよ。安心しておくれ」
なぜか男目線でシリルがそう言うから、
「そう言うことではないかなーと」
抗議を返したものの、
「200年以上一人でいたシリルをまた一人にしないでくれるだろう、はくはく君?」
シリルの目がまっすぐはくはくを捉えているから、
「あ、はい。どうぞ、狭いですが………」
観念するしかなかった。
寝息が聞こえるテントの中。
コスモスとの間にキュルを挟んだはくはくの、その隣に美姫が眠っている。
寝姿も乱れぬ美しい佇まいだから凄いが、すぐ横に美しさが過ぎる姫の顔があるのだ。
「―――な、なんでこうなった?」
コスモスと一緒に眠ることにこそ慣れたはくはくであったが、はくはくは決してシリルの方を見られないと身を固くして横になったまま、明け方近くまで自身の心臓の鼓動の大きさに眠れなかったのも仕方のない事である。
片田舎のありふれた神官だったはくはくの隣には今、美少女と可愛い幼女、そして美姫が眠り―――当然男女の何も、ない。
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切実なので、よろしくお願いします。




