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第四章8 美姫シリル




―――魔王城玉座の間にて。



魔王シリルの転職は成り、はくはくの目前には天を仰いで涙をこぼす美姫の姿。


家族である王族を殺され、民を殺され、祖国を失ったうえに、彼らの冥福を祈り続けようとしていた彼女の意思に反して『魔王』にされた彼女の気持ちを察するには、あまりに悲劇が多過ぎてはくはくはなんと声をかけたものかと悩んでいた。


『隣国バラキア王国に滅ぼされた亡国オーウェインの姫がその身を焼くような恨みによって魔王となったと言われる』


これは、シリルのステータス画面の一部に表示されていた言葉だ。


「フレーバテキストってものがありましてね」


例えば、魔王城や周辺の廃墟から確かに過去オーウェイン王国が滅んだと見て感じる事はできる。

同じく、魔王によって滅ぼされたとされるバラキア王国側にも廃墟があるから、過去を感じる事はできる。


対して、実際に実物があるわけはなくプレイヤーが目にする事はないが、過去や理由をほのかに感じさせる説明文、これが『フレーバーテキスト』と呼ばれるものだ。


シリルのフレーバーテキストにあったのは、

『………よって魔王となったと言われる』

という語尾がとても曖昧な過去の臭わせであり、

「仔細はどうでもよくて、シリル様の人格が魔王とかけ離れていても関係なく、その溝を無理やり埋めて魔王にさせたんだろうなぁ………」

はくはくはそう考えている。


魔王など、魔王らしく存在すれば良い。

世界を滅ぼすとか、人間の敵対者とかそういう意思さえあれば良いのだ。

だから、どうして魔王になったかなんて、なんとなくの設定でも良かったのだろう。


なにせ、剣と魔法の世界に魔王はつきものなのだ。

どちらかと言うと、いて当たり前の存在に細かな設定は邪魔ですらあるのかもしれない。


しかし、ゲーム時代は『設定』で片付いた事が、現実寄りな世界になって『事実』と『設定』の整合性がぴったりとれるはずもないのだ。

だから、どこかで、誰かに、無理が生じる。


ヘルペナ村村長しかり、シリルしかり。

人格は『設定』の範疇を外れる事が多いから、周囲との関わり合いの中で形成されたのに、そこに無理やり役割があてがわれて、無理が生じない訳がない。


もちろん、一人物の生い立ちや環境にいたるまで設定され、それを経て当然なるであろう無理のない人格まで設定する場合もあるかもしれないが、それはきっとごく稀だろう。


ただナーブ村で冒険者に『転職』というサービスを行うだけの神官はくはくに、ルッタとして生きてきた過去があるように。

シリルが生きてきた記憶や過去が、無い訳がないのだ。


「やっぱり、なんて声をかけていいか、分からない………」


悲劇としか言えない過去に、はくはくは降参状態である。


いつの間にか俯き気味黙ってしまったはくはくに、

「いけないな。シリルが泣いていたのでは、みなに顔向けができない。それにもう、ずっと昔の話だ」

声に顔を上げたはくはくの前、自身をシリルと呼ぶ姫は指先でそっと涙を拭う。


「シリルは憎んでいても、復讐を望んでいなかったと思い出したから―――」


そう言うと、シリルが美しい所作ではくはくの前で片膝を折り、はくはくの片手を下から添えるように取って、

「シリルを魔王という役割から解き放ってくれた事に感謝を。過去を思い出させてくれた事に感謝を。シリルをシリルに戻してくれたお嬢さんの、お名前は?」

はくはくに華美な笑顔が向けられたから、

「お、お嬢さんではないと思うなー?」

お嬢さん呼びなど前世も今世もひっくるめてもただの一度もないからそう言ってみたものの、

「ふふふ。シリルにとっては、君は愛らしいお嬢さんさ」

良い笑顔を向けられたから、

「あ、愛らしくはないと思うなー?」

その振る舞い、在り様がまるで男装の麗人のようだったから、シリルの手を介してシリルのステータス画面のフレーバーテキストとは別の『来歴』を示す部分に、それを見つけた。


「もしかして、シリル様。子供の頃から侍女達がそういう振る舞いをしたら喜んだから、男装の麗人みたいにふるまってます?」

「ああ、そうだよ?誰だって誰かの笑顔が見たいものさ。シリルは、皆にかしずかれてばかりではなくて彼女達の笑顔とともにありたいと願ったのさ。父も母も兄達も皆喜んでくれたものだよ。だから、お嬢さんも照れないで、お名前を教えて欲しいな?」


シリルが狙いすましたかのように、キラッキラの決まり顔ではくはくに微笑む。

瞳はまるで少女漫画の主人公のように輝きを湛え、口角の上がり方も計算されたように完璧で、美しい女性でありながら、線の細い男性のような頼りがいすらも感じさせる笑顔と姿勢である。


だから、

「ずいぶんと、寛容なご家族で………はくはくと言います」

多少腰が引けたまま観念した。

王族なのに、淑女教育とやらはどうしたのだ?とは、はくはくの素直な感想である。


「とりあえず、手をお借りしたまま。コマンド、ターゲット、JB685、ワン、ファイブハンドレッドミリオン、ラン」


はくはくは不測の事態に備えてシリルのレベルを上げて、

「今、シリルのレベルを上げてくれたのかい?ふふ、訂正しなければね。シリルが出会ったのは天使の様なお嬢さんらしい」

ますます女の子扱いが強まって、

「お嬢さんって言われるのむず痒いなー?」

そう緩く抵抗してみたものの、

「守るべき相手はシリルにとっては皆お嬢さんさ。はくはく君が戦えないって事は、シリルには分かっているよ?一度も抵抗らしい抵抗をしなかったものね?だから、やはり君は護るべきお嬢さんさ。

それに―――おや」

そう言ったシリルがすっと立ち上がり、はくはくは腰を抱えられるようにして上半身をぐっとそるようにシリルが身体をはくはくに密着させてはくはくの姿勢を誘導し、シリルが前傾姿勢になった。


その姿勢はまるで、ダンスのポーズのようであり、男性が女性に覆いかぶさってキスを迫る姿の様で、

「―――っあ。へ?」

はくはくは顔を真っ赤にして間抜けな声を漏らしたのだが、シリルが空いた方の無手の指先を正面に向けるのを見て、シリルを見ていた頭を逸らしてはくはくの背の方向を見てやっと理解して、

「ま、魔獣?『戦将軍』に『魔将軍』っ!まずいまずいまずい!これは死ぬぅ」

シリルに腰を支えられ迫られる女の子のような格好のまま、情けない声を上げた。


魔王城にいる魔獣はもれなく強く、レベル100はまず必須の相手である。

魔王城『正攻法』攻略時の魔獣連戦のうち、最後の強敵として戦うのが、物理特化の『戦将軍』と魔法特化の『魔将軍』の二体であり、当然連戦する魔獣の中で一番強い。


はくはくが持ってきた『身代わりの宝珠』は残り一つ。

せめて二つあれば、シリルと一個ずつ持って飛んで逃げる賭けにも出られたが、それは叶いそうにない。

いくら元魔王で現勇者であれ、一人で勝つのは難しいはずだ。


だからせめてと、

「あのシリル様、これを食べてください」

そう言ってインベントリからクッキーを取り出し、はくはくへ顔を向けたシリルの口に運んだ。


「おや、はくはく君は気が利くね。ありがとう、戦いの前にお嬢さんが手づから食べさせてくれる菓子とは、シリルは張り切らないといけないね」


そう言って、そのクッキーに何の意図があるのかとか、なぜ進みくる魔獣を前にして悠長にお菓子などといった疑問を一切言わぬまま、シリルははくはくの言うままにクッキーを食べた。


「男前だぁ!」


はくはくの口から感想が駄々洩れたのも仕方のない事である。


「さあ始めよう!【魔王闇霧】!【勇者光輝】!【呪落波動】!」


シリルの口から『魔王』の自己強化スキルが、『勇者』の自己強化スキルが、そして『魔王』の対象弱体化スキルが発せられ、シリルの身体を黒紫の靄と、眩い光が同時に包み、眼前まで迫った魔獣二体の身体には黒紫の無数の腕が地面から伸びてからみついている。


「な、な、なんで魔王のスキルを使えるのぉ?」

だが、それを聞いたはくはくは混乱しきりである。

だから、抱かれた腰のシリルの手を介してシリルのステータスを確認したのだが、

「職業欄は………『勇者』やっぱり勇者じゃ―――」

シリルのステータスを脳内視するはくはくの前でシリルの職業欄の『勇者』に変化が起こったから、

「変化していく―――勇者の前に、魔王がくっつきやがったぁ!」

変化を止めたシリルの職業欄には『魔王勇者』とあった。


はくはくが転職時に選んだのは確かに『勇者』だったというのに、である。

考えられるのは、『世界からの詫び職』として選ばれた可能性だったのだが、はくはくは知っている。



―――シリルへの『世界からの詫び職』は、それとは別に用意されていたことを。




星評価やブックマークしてもらえると、書き続けるモチベーションが迷子にならなくなります。

切実なので、よろしくお願いします。

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