第三章12 二人目の仲間
―――冒険者殺し十一名対要塞ヘルペナ村戦開始後、防壁足場にて。
「皆さん、このクッキーを食べて!」
そう言い出したはくはくに、防壁迎撃要員の村人たち三十名が一斉に首を傾げた。
偉大な大神官様だが、お茶目な性格なのかもしれない、もしくは緊張感が足りない人、何しろ防壁の外には既に冒険者殺しが十一名も取りついているのだ。
これから戦闘という時に、クッキーかと。
しかし、偉大な大神官様の言う事を無碍にも出来るはずもなく、彼らは半数は担当迎撃窓から大神官様の所でクッキーを受け取り、残り半分はコスモスという大神官様のお供からクッキーを受け取った。
そして、クッキーを食べ終わってそれぞれ担当迎撃窓に戻る。
口にしたクッキーはほんのり甘く、美味しいが。
命の危険に対して甘味はどうなんだと、生命の危機に対する危機感情として当然の恐怖を共有し、防衛担当、定食店料理人兼店主『魔導士』が迎撃窓からチラリと外を確認。
「肩車で防壁超えを狙ってるぞ」
その報告を受けて、大神官様が再びおかしな事を言い始めた。
「ちょっとだけ攻撃を待って。試しときたい事があるので」
定食店主『魔導士』が見守る中、防壁最上段の足場に上がった大神官様は、外の冒険者の手を掴んだのが見えたが、定食店主にはそれが何の意味を持つのかは分からない。
どちらにせよ、大神官様が攻撃を止めているので、待つしかない。
その大神官様が戻ってきて、
「やっぱり、冒険者の強制転職は駄目だった」
と独り言を言ったが、やはり定食店主にはその意味は分かりかねた。
ともかく、
「はい、攻撃して下さい!驚くと思いますよ?」
大神官様が定食店主に向けて言うから、
「【奔落雷―ヴァルナ・ゼー】!」
彼は数度練習で放った事のある魔法を放ったのだが、
「嘘だろ!なんて範囲に、なんて威力!同じ魔法じゃないみたいだ!」
大神官様が「驚くよ」と言った意味は分かったが、理由が分からずにいて、
「クッキー?」
思い当たったのはさっき食べたクッキーのみで、口から出たつぶやきに、
「そう!キュルが『祝福』したクッキー!食べると一定時間能力上昇効果付き、です!」
驚きとともにキュルの顔が浮かんで、
「ありがとう、キュル!これで怖い物無しだ!みんな、やーるぞー!」
定食店主の声が防壁担当の皆へ響く、皆さっきの頭のおかしな威力の魔法を見ていて、それが自分達にも放てると分かったから、
「「「「おおおおおお!」」」」
その士気が爆上がりした。
そして、コスモスちゃんの高威力【圧落渦雷】をおまけに添えて、
―――こうして、ヘルペナ村防壁担当部隊は勝利した。
「あああー!もう終わってるぅー」
「なんじゃ、終わってしもうたのか?一人くらい残っておらんのか!たはー」
「おやじ、どんだけ元気なんだ………」
「ああ!またワシの出番がないままにぃ………」
海岸防衛担当ですっかり戦いに魅入られた二人とその息子が走ってきたのに、終了していた冒険者戦にがっかりして。
村長ノリスがドンドンと地面をたたいて悔しがって。
「あー、キュルちゃん!クッキーありがとうねー!すっごく強くなれて嬉しかったよー!」
「ああ、俺もだキュル、ありがとう!」
「まさか、キュルちゃんにあげたクッキーを自分で食べる事になるとは思わなかったけど、ありがとうね、キュルちゃん!」
「「「ありがとうー、キュル!」」」
漁師息子の方がおんぶして連れて来たキュルを見て防壁担当村人たちが口々に感謝を贈る。
当たり前のように、はくはくとコスモスの間に来て、その手をとって立つキュルに、贈られる感謝。
その感謝の言葉と、皆が名前を呼んでくれる喜びに、満面の笑みのキュルである。
「キュル、大活躍だあ!」
「あーいー!」
「キュルちゃん、さまさまですね!でも私の大神官様の偉大さも忘れてはなりませんよ!」
コスモスがフンスと鼻息を吐いて、村民一同を見回すから、
「「「大神官様も、ありがとう!」」」
当然もっていた感謝を返した。
ヘルペナ村にはくはくがもたらした奇跡は三つ。
一つ目は、只人に職業を与えた事。
二つ目は、村の要塞化。
三つ目は、『祝福』を受けた最弱回復魔法【癒】による建造物の回復。
建造物の回復とは、字面からして意味不明であるが、思いついて試したら出来てしまったのだから仕方が無い。
はくはくとコスモスが、村人全員の転職が済んで、要塞化も終わったのにヘルペナ村に残っていたのは、村中の家屋全部を回復してまわっていたから。
ついでに今朝は桟橋を回復した。
漁船は命に係わるので、家屋より先んじて回復済みである。
海風による家屋の痛みによる、少々残念な景観のヘルペス村はしかし、
今や、真新しいカラフルな家々の立ち並ぶ―――景観素晴らしき漁村である。
◆◆◆◆
「大恩人には、ずっと居てもらいたかったけど、偉大な大神官様を一人の感情で止めたりしちゃあ、罰があたっちまうね………寂しくなるよ」
三週間近く宿泊した宿屋兼食堂のおかみの惜別の言葉に送られ、はくはくとコスモスは宿を後にした。
結局最後までキュルがはくはくとコスモスから離れなかったから。
その期間ずっと、はくはくとコスモスの間にキュルの三人で眠った。
お風呂に入るコスモスを部屋の外で待つ、という策が通じたのは最初の一回のみで、それ以降は目隠しのカーテン内側から服を掴まれて部屋内に止められてしまって、色々諦めたはくはくである。
要はカーテンの向こうを見なければ良いだけである、布一枚隔てただけの先に若い娘の裸体があるという気まずさは最後まで残ったが。
キュルの入浴はコスモスが担当してくれたので、これには手放しで歓迎である。
要塞化、つまり防壁が完成したと同時に、近くの林に待機させていた黄金翼竜を宿屋の裏で待機させた。
村民には恐れられた後、肉を与えてくれたり、撫でられたり、洗われたりと、やたらと可愛がられ世話をやかれていた。
あとは三人で、おかみが作ってくれた食事を楽しんだり、村の食堂を次々と訪れて全部の店の料理を食べ比べて、
「やっぱり、俺の店選びが良かったんじゃなくて、全店が当たりだったと………」
嬉しいやら悲しいやらの感想を吐き出したはくはくだった。
最後におかみに、
「村の大恩人から金をとる馬鹿になるつもりはないよ」
宿泊代の受け取りを怖い笑顔で拒否されたのが、ついさっきである。
色々な事があったが、楽しかったといえる毎日だった。
しかし、次の計画に向けて動き出さなければならないから、はくはくとコスモスはヘルペナ村を去るのを、やはりここでも全村民と思しき大人数で見送られるようである。
「大神官様、貴方の御業全てに心からの感謝を!」
両ひざを折って両手でとったはくはくの手の甲に、村長ノリスの額が当てられた。
「愚かな人間に過ぎん爺ですが、この村を村民をキュルを、命を賭して守り抜いてまいりましょう!」
心のブレを微塵も感じさせないはっきりとした宣言だったから、
「お願いします!ノリス村長ならきっとやり遂げてくれると信じてます」
はくはくは素直に信頼を言葉に変えて送る。
「「「「「ヘルペナ村の偉大な恩人、大神官様!ありがとうございました!」」」」」
ノリス村長の奥さん、息子さん、宿屋のおかみ、漁師親子、パン屋おかみ、三人で回った全ての店の店主に給仕、装備店の店主に店員、とにかく皆が皆いい笑顔だった。
しかし、一人だけうつ向いて何かを堪えるようにしている者がいた。
宿屋のおかみの前で、プルプル震えているのはキュル。
安全な村の中こそ一緒に居る事を許していたが、キュルはまだ小さく、はくはくが向かうのは危険が伴う場所というより、はくはくに危険が付きまとうのである。
そんなはくはくが、懐いているからと連れ出せるものではないと考えたから、宿屋のおかみが最初に言っていた『キュルを引き取る』という好意に甘えることにした。
だから、昨夜キュルにそれを伝えて、大泣きに泣かれてしまったが。
幼子を守るのは大人の役目、仕方のない事であるとはくはくは考える。
「キュルちゃん、はくはく様はまたきっとここに来てくれるから、泣かないで待っていて?」
長く一緒にいてすっかり情が移ったコスモスが、眉をハの字にして悲しそうな表情をしている。
そう思っていたら、コスモスの頬に、つうーと涙がこぼれた。
「そうだよ、キュル。また遊びに来るから」
二人で膝を折ってキュルと視点を合わせた二人の顔をキュルは見ず、代わりに大粒の涙をこぼしながら、コスモスの肩に触れて、
「あーあーて」
その手を光らせた。
「はくはく様、やっぱりキュルちゃんを連れて行きましょう!」
「いや、危なすぎるって話しあったでしょ?」
「嫌です!断固拒否です!キュルちゃんは私とはくはく様の娘なんですよ!置いていく親がどこにいますか!」
「いや、娘じゃないし、俺もコスモスちゃんも親じゃないよ?」
「いいえ!私がお腹を痛めて生んだ気がしてきました!正真正銘、キュルちゃんははくはく様と同衾して授かった、私が産んだ娘、です!」
「同衾………はした、いやしたかな?生んだ気がしてきたたってなに?コスモスちゃん?」
コスモスのやや興奮して支離滅裂な言い分に、冷静にツッコミを入れていたはくはくだった。
コスモスの言葉に、キュルを連れて行こうと思えるほどの説得力が無かったから、コスモスが要求を続けてもきっと、キュルを危険に連れ出す事を選ぶことはない、そう確信があった。
が、しかし―――
唐突に、本当に唐突に、
「キュル、一緒に来る?―――え?は?俺なんで………」
口をついて出た言葉に自分で驚いたほど、一瞬でキュルと同行しても良いのでは?と思っていた。
はくはくを説得しようとするコスモスの言葉に納得していないのに、である。
「え?え?いいのでですか、はくはく様!ああ、やった!私の説得が効いたんですね!やった、やりましたよ!キュルちゃん!」
だが、その心変わりで、キュルに聞いてしまったのだから、あとはキュルが選ぶ番であり、
「あーいー!」
大粒の涙に濡れながら、今度は飛び切りの笑顔をはくはくに向けて、キュルははくはくの手を取った。
宿屋のおかみと、村長ノリスが少し残念そうだったので、申し訳なかったが。
「キュル、元気でやれよ!大神官様の手を離すんじゃないぞ!」
「キュルちゃん、大好きよ!またいつでも帰ってきてね!」
「キュル嬢ちゃん、いっぱい食べて大きくなれよ!俺みたいにな!」
「キュル、大きくなったら儂の漁船に乗せてやるからな!きっと帰ってこいよ!」
「キュル、お前さんをワシの手で守れんのは辛いが、お前さんの幸せが一番じゃ。元気で、いつまでも元気でな!」
「「「「「キュル、さよなら!」」」」」
今や村民全てに愛された娘は、こうして神官はくはくと、村娘で『賢者』のコスモスと共に旅に出る事になった。
村民のお別れの声が途切れない、それは素敵な別れであった。
しかし、
「あ、すいません!あと三日ほど、ここに居ます!」
そう素敵な別れの最中にはくはくが、まさかの三日残留を宣言するから、
「「「「「大神官様、おい!」」」」」
村人に突っ込みを入れられた。
その三日間に、はくはくとキュルがやった事を見て、皆にとても納得された。
それは大量の食事へ施すキュルの『祝福』。
それが意味するのは、キュルが村にいなくても、村人は『祝福』効果を得られる事を意味する。
そして、今や村人全員がインベントリを持っているから、食品保存に何の心配もなく、保存数に限界もない。
よって、ヘルペナ村名物焼き牡蠣を大量に、パンにクッキー、飴玉、ありとあらゆる食品に加え、馬の飼い葉に、鶏の餌にまで『祝福』を与えた。
これも、はくはくが村を想っての行動だと分かった村人に感謝の言葉を返され、キュルと一緒に受け取った。
こうしてはくはく、コスモス、キュルがヘルペナ村を旅立ったのは、宣言通り三日後であった。
はくはくは、その間に何度も自分の急に過ぎる心変わりが何だったのか、思い返しては唸っていたが、結局分からずじまいであったから、もう考えるのを止めた。
―――はくはくの心変わりを起こしたもの、それはコスモスに与えられた『祝福』が、コスモスの能力『幸運値を爆増』させ、はくはくへの説得の『成功率を爆増』させたため、である。
不幸に過ぎる役割を押し付けられたが故に世界から最高峰の詫び職業を受け取った、ぶっこわれ性能キュル、末恐ろしい子である。
こうして得た二人目の仲間は『呪い』を与えた手で、今や『祝福』を与える―――言い換えれば、触れる手が呪いでなく祝いを与えるキュルである。
はくはく君とコスモスちゃん、キュルが少し気になる、応援したいと思っていただけましたら、ぜひ下の☆☆☆☆☆をポチっとして★★★★★に変えていただけると嬉しいです!




