第三章9 お披露目・キュル
―――ヘルペナ村村長宅から続く村のメインストリートにて。
はくはくとコスモスは、間にキュルを挟んで三人手つなぎで村の主要村道の中央を歩いている。
村長宅からの帰りであり、美味しい朝食をどこかの店で食べようと店舗の厳選中であり、
「あ!お前―――え?手をつないで、え?」
「あれ、桃色の髪の子って村には『呪われ』の子しかいないはずじゃあ………こんなに可愛い子知らないんだけど………」
「う!離れてく―――え?どうしてあいつら腐らないんだ?呪いは?」
「あら、可愛い子ねぇ。え?嘘、『呪われ』の子?え、でもなんで………」
もう『腐敗の呪われ』ではないキュルのお披露目の真っ最中でもある。
「可愛いだろう、そうだろう。もっと誉めそやすがいい」
そうニヤリと口元を歪めて言うはくはくは、若干調子に乗っているが、
「そうです、キュルちゃんの可愛いさに目を焼かれるといい!」
コスモスは大分調子に乗っている。
可愛く整えられた桃色の髪に、薄緑のふりふりした裾のワンピース。
その腰には大きなリボン付きの腰帯を巻いて、肩から赤い小さなポシェットを掛けているキュルである。
麻袋を被り、汚れた髪に顔のキュルはもういないのだ。
昨夜、おかみとコスモスによって、眠ったままお風呂で全身を磨かれ、髪を整えられて、はくはくとコスモスに挟まれてぐっすりと眠り。
今朝はくはくが買ってきた服の一着を着て、キュルは姿見に映った自分を見て、何度もくるくる回って嬉しそうに笑ったのだから。
キュルにとって、自分が汚れていないのも、着飾るのも、誰かにそこまでしてもらうのも生まれて初めてだったから、胸に温かさと喜びがあふれた。
だから、皆に見てもらおうとくるくると回って見せたのだが。
自分を映す姿見の中に、はくはくとコスモスと宿のおかみの目があって、その目がとても温かなものに感じるのもキュルには嬉しかったから。
くるくる回るキュルの顔は自然ととびきりの笑顔になっていたのである。
とびきりの笑顔で姿見の前でくるくる回るキュルを見ていたはくはくとコスモスが娘を自慢して回る親ばかのようになってしまうのは無理からぬ事である。
村の通りを殊更ゆっくりゆっくりと、村民全員にキュルに触れても呪いを受けないと印象付けながら歩き、終いには、
「よし、キュル。肩車でもっと目だとう!」
「良いアイディアです!はくはく様!」
そう言ってはくはくはキュルを軽々と肩に担ぎあげて、その頭上にキュルを掲げるようにして歩き始めた。
はくはくの頭上に上げられたキュルは、
「きゃっきゃ」
と明るい笑い声をあげて、大人と同じ高い視線に驚き喜んでいる。
なにより、キュルの身体をはくはくが支え、キュルははくはくの頭に手を回す格好が、二人で一人みたいでとてもとても嬉しかった。
それに、キュルを見る村人の目が、嫌なものを見る目で無くなっていくことも、キュルには嬉しかった。
つい昨日まで、キュルは自分が世界の邪魔者だと思っていたのに、しかし今、はくはくによって世界に生きていていいんだと、そうキュルは心から思えるから。
はくはくが、道の中央で四方にキュルを見せようと思い立って、急にぐるんと回転したから、
「きゃっきゃ」
世界をぐるり見回すような視線の先で、皆がキュルを見てくれて、やはりキュルは嬉しくて笑うばかりだった。
「よし、ここに決めた」
「はい、はくはく様!」
「あーいー」
三人が立ち止まったのは一店の洋食屋の前である。
店先に出された黒板にはずらりとメニューが並んでいて、その中に求めるメニューを見つけたはくはくが、それを逃そうはずもない。
―――幼子には定番メニューが必要である。
店内はやや明るめの壁色に、柱やテーブル、椅子に至るまで白に近い木を使用して明るい印象。
店員さんは若い女性で、スカ―トの裾が大きく膨らむデザインの可愛い印象の給仕服に白いエプロンを付けている。総じて、実直さや堅実さというより、品の良さを感じる店である。
「いらっしゃいませ。三名様ですね。可愛い娘さんを連れて、ご家族で食事ですね?素敵です」
その給仕の台詞まで気が利いているから凄い。
但し、家族ではないのだが、キュルを可愛いと言った時点で百点満点な対応である、その他ははくはくにとってもコスモスにとっても些事である。
「ご注文はお決まりですか?」
客席に案内されてメニューを渡されてしばし、給仕の女性が頃合いと判断してメニューを聞きに来たのもいいタイミングだった。
「イカ墨スパゲッティとパンにチーズタルト、サンドイッチのモーニングと―――」
はくはくは事前に聞いていたコスモスと自分の注文に加えて、文字が読めず、まともな食事をしてこなかったと聞いたキュルは選べないだろうと、はくはくが選んだメニューを伝えた。
その料理を前にして、
「あーあー!」
目をキラキラさせているのはキュルであり、彼女の前にあるのは、
「お子様ランチですよ、キュルちゃん!これぜーんぶキュルちゃんが食べていいんですよ!」
コスモスが自分の前に置かれたイカ墨スパゲッティの良い香りにもぶれる事なく、キュルを優先。
「あーいー」
キュルはお子様ランチの脇に添えられたスプーンとフォークが一体になったスプーンフォークを使わずに両手で食べ始めたが、そんな事はやはり些事である。スプーンやフォークの使い方など、これから覚えればよいのだから。
小さくカットされた色とりどりの野菜の角切りに、同じくらいのサイズにカットされた鶏肉も入って、ご飯と一緒に痛めたケチャップライス。
エビフライに唐揚げにミートボール、タコ型ウインナー、クラムチャウダーに、カットフルーツにプリン。
「あーうー!あーうー!」
それらを一口食べる度に驚いた顔をしてから、頬に手を当てて嬉しそうに微笑むから、見てるはくはくとコスモスの心が先に幸せで満腹になりそうで。
「ああ、はくはく様!イカ墨スパゲッティとパンの行き来が止まりません!美味しいです!」
そう言って笑ったコスモスの口は、お約束でイカ墨の黒に染まっているから、
「きゃっきゃ!」
はくはくの笑顔の視線につられたキュルがコスモスを見て、楽しそうだったからそれも幸せである。
「あ、うんまー。サンドイッチ!あら、珈琲も最高かよ!」
「不思議!あんなに大きかったチーズタルトがどうしてもうこんなに小さくなってるの?」
「あーうー!」
「あ、すみません!カツサンド単品追加注文お願いします!」
「ああ!どうしてお別れなの、私のチーズタルト?ずっと一緒にいたかった!」
「あーうー!きゃっきゃっ!」
注文したサンドウィッチのハム、レタス、マヨネーズにほんの少しの辛しの塩梅が凄く美味しくて、思わずカツサンドを単品で追加注文するほど旨かったし、そのカツサンドも厚切りカツとソースの相性が抜群だった。
コスモスはイカ墨スパゲッティとパンを平らげて、チーズタルトがいつの間にか小さくなっていると言い張っていたが、あまりに美味しいからコスモスが食べる口が止まらなかっただけである。
成長期なのだからしっかり食べれば良いのだとはくはくは思うから、こちらも問題など何もない。
コスモスちゃんが美味しいそうに食べていたから全て良しだ。
最後に食べ終わったのは、まだ幼いキュルだったが、食べ物を掴んだ手をはくはくとコスモスに両方から綺麗に拭かれて、やっぱりご満悦で嬉しそうに笑ったから、やはりはくはくの店の選び方は良いと自画自賛していたのだが、ふいに、
「ここの店も大当たりだったけど、もしかして、この村の店全部このレベル?」
そう思い始めたはくはくだった。
キュルを小綺麗にして、服を着せて、美味しいごはんを食べさせよう決めた、はくはくとコスモスの行動はそのほとんどを、『腐敗の呪われ』として殺されそうになった翌日にはかなえた事になる。
それはつまり、
昨日までの不幸にまみれたキュルはもういない―――ここにいるのは、今や幸福なキュルである。
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