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第三章7 求めて




―――ヘルペナ村、宿屋にて。



宿屋に戻ったはくはくは、コスモスとおかみに衣服を渡すと手持無沙汰になった。

当然である、相手は幼くとも女の子である。

入浴も着替えも、はくはくには倫理上手伝うことなどできはしないのだから。


だから、その夜は宿泊すると決めていたから、あてがわれた客室で、インベントリから出した簡単な食事を済ませて、さて眠ろうとしたのだが、

「はくはく様!キュルちゃんのお世話を済ませて、私コスモスただいま戻りました!キュルちゃんはおかみさんが一緒に寝てくれるそうです!」

当然のようにはくはくが眠る客室の扉を開いてコスモスが入ってきたから、

「コスモスちゃん?部屋にベッドは一つしかないから、今日は二部屋にしようねって言ったよね?」

そう正したのだが、

「ベッドが無くても、私ははくはく様のお側を離れたりしません!」

厳密にはさっきはくはくは装備店に一人で向かったのだが、キュルを身綺麗にするという『はくはくの指示』を全うしたとでも考えているだろうコスモスは、その時のはくはくから離れた事実を頭の中で除外しているらしい。


「いや、女の子を床で眠らせるわけにはいかないよ?」


「いえ!偉大なはくはく様のベッドを横取るなんて、私に神に背けと言ってるようなものですよ?」


「俺、神じゃないよ?コスモスちゃん?」


譲らない二人が、平行線な話し合いを続けていたのだが、部屋にノックの音が響いて、

「改めてキュルのお礼をと思って来てみたけど、あんた達、何をやってるんだい?」

開いた扉の先におかみさんの呆れ顔があった。


「それじゃあ、このベッドだけど。本当に簡単に運べるのかい?」


おかみから、隣の部屋―――もともとコスモス用に借りた部屋のベッドをはくはくの部屋に運び込むよう提案されて、おかみに確認される。


「冒険者は皆『インベントリ』っていう便利機能を持ってますから」


そう言って、部屋のベッドをインベントリ内に収納する。


「本当だ、一瞬で消えちまったよ。冒険者ってのは凄いもんだねぇ」


ひとしきり関心するおかみと共に、はくはくの部屋に戻ると、はくはくのベッドの隣にインベントリからベッドを取り出した。


「それじゃあ、お礼はまた明日にするとして、あたしはそろそろ部屋に戻るよ。キュルが一人で目を覚まして不安がっちゃいけないからね」


そう言って階下へと戻っていくおかみを見送って、ようやくはくはくとコスモスはそれぞれのベッドに横になった。

心地よい疲れと達成感から、ふわふわとした感覚で眠りに誘われながら、明日はキュルを連れて美味しい料理を食べに行くのもいい、そんな事をぼんやりと考えていたのだが。


「ん?泣いてる?」


「んん、ああ………泣き声が聞こえます………ねぇ………」


階下から聞こえる激しいなき声に、微睡みがかき消されたはくはくは何ごとかと口にして、やや寝ぼけ眼のコスモスが上半身を起こしているものの、うつらうつらと再び寝落ちそうになりながら。

しかし、泣き声が近づいて来るのがはっきりと分かる。


「あああーあああーうあああーあああー」


「やっぱりキュルの泣き声か………どうしたんだろ」


我慢を知らぬ幼子の大音声の鳴き声は、部屋の扉を隔ててもはくはくの鼓膜を激しく振動させるようで、はくはくの心中に不安が沸き上がる。

子供の鳴き声を聞くと湧き上がる不安というのは、何に対しての不安だろうか。

はくはくの想像では、それはきっと子供が泣く原因を取り除くようにと人間の本能に刻まれたもののように思う。

周りの大人が、それを自然とするように。

種の防衛機能みたいなものではないか、と。

そんなはくはくの想像は横に置き―――


キュルの鳴き声がはくはくの部屋の前に来た時、扉がノックされて、

「あんたたち、寝てるところ悪いんだけど、キュルが泣き止まないんだ」

扉を開けてみれば泣きわめくキュルを抱っこしたおかみの困り顔があって、

「ああー!あー!」

キュルと目があった瞬間、キュルがおかみの抱っこから抜け出すようにはくはくの胸に手を伸ばしたから、

「一緒に寝る?」

そう聞いたのは、やっと幸せに生きられるようになったキュルの泣き顔を見ているのが辛かったから、

「あーいー!あーいー!」

はくはくはおかみさんからキュルを受け取るように抱きかかえ、

「あ、でも一人用ベッドじゃ狭いかな。キュルが落ちたらどうしよう?」

そう振り返ったはくはくのベッドにコスモスのベッドが横づけされていて、

「こうすれば三人で眠れます!」

すっかり目が覚めたであろうコスモスがはくはくの後ろでしっかり準備をしてくれていたらしいから、

「ありがとう、コスモスちゃん。キュル、三人で寝よう」

抱きかかえたキュルはもう泣き止んでいて、

「あーいー!」

涙の跡が残る顔はしかし、ぱっと嬉しそうに笑んだ。

花開くような可愛らしい笑顔だった。


おかみさんが申し訳なさそうに、同時に寂しそうに部屋を後にするのを見届け、一人用ベッドを連結したベッドに、はくはくとコスモスの間にキュルを挟んで横になった。

キュルはベッドに横になると、片手ではくはくを、もう一方でコスモスの服をきゅっと掴んだと思ったら、驚くほどすぐに寝息をたてはじめた。


横で眠るキュルに、さっき一緒に眠ろうと言った後のキュルの笑顔が思い出されたのは、キュルの顔も体もさっぱり綺麗にされ、桃色の髪は整えられしっかりブラシを通されてサラサラ。

「本来、可愛い幼子だったんだ。それを………いや、やめとこう」

はくはくは、胸糞クエストのクエスト設計者の性格の悪さを思い出して気分が悪くなるのを吐き捨てるようにして逃れ、キュルの横で同じく寝息を立てるコスモスの無防備でどこか呑気さを感じさせる顔を確認すると、なんだか幸せな気分で眠れるような気がしてきたから目を閉じた。



◆◆◆◆



―――宿屋に鳴き声が響く少し前、宿屋おかみの私室にて。



目が覚めた時、薄暗い中、キュルを抱きかかえるように眠る女の人が見えた。

これまで食べ物をくれた優しい人だった。

村の中で着るものも食事の世話をやいてくれたのも、目の前のこの人だけだったから、キュルが得るものは安心のはずだった。

はずだったのに―――


キュルの中に湧き上がったのは、不安、悲しみ、喪失感、落ちていくような浮遊感。

それがなぜか分からず、分からないから怖くて、そう思ったら、自然とキュルは自分の両手を自分の頭に乗せて撫でていた。


その行為の理由は分かっている。

今まで生きて来た中で、最も喜びを感じた動作だったからだ。

頭を撫でられると、嬉しくて安心で自分が好きでいられる気がしたから。


しかし、その嬉しいはずの動作は、キュルの中に喜びも安心ももたらさなかった。

だから、キュルはますます怖くなって、心に蔓延していく不安や悲しみをどうにかしようとぎゅっと目をつむって耐えていたのだが、閉ざした瞼の裏に一人の顔が映ったから。


はっきりと原因が分かって、その男の人と離れ離れになっている喪失感を強く強く認識し、キュルの幼い心はそれに耐えられなかったから、

「ああああー!あああああああー!あああああああー!」

願うように、捜し求めるように、泣き声を上げた。


「どうしたんだい、キュル。怖い夢でも見たかい?」


女の人がそう聞きながら、キュルを抱っこして背中をさすってくれたが、キュルの喪失感、孤独感は微塵も減ることはなくて。

幼いキュルには、何もできなくて、泣く事しかできなくて。

けれどその涙はこれまでずっとキュルが我慢してきたもので。

キュルは今やっと、本当に欲しいものを求めて泣く。


『キュルは何一つ悪くない』


男の人の言葉は難しかったから多くの意味は分からなかったけれど、その言葉だけはキュルにも分かった。

自分が不幸を振りまく『呪われ』だったから我慢し、求めないのが当たり前だったキュルに、求めていいんだと、我慢しなくていいんだと、そう思わせてくれた言葉だったから。


「ああああー!あああああああー!あああああああー!」



だから今、キュルは求めるためにこそ泣く―――優しかった男の人、キュルが心から安心できる居場所である、はくはくを求めて。




次話でヘルペナ村長が苦しい展開になりますが、必ず救います。

なんなら、面白い村長になります。

お付き合いください。

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