第三章3 クエスト
―――胸糞クエスト『腐敗の呪われキュル』
ヘルペナ村長からの依頼と言う形で受注するクエストである。
内容は、村から彼女を指定場所へ届けるというもので、指定場所は二か所。
どちらに連れていくかは冒険者に委ねられ、どちらを選ぶかでクエスト報酬が変化する。
一方は、近隣の村の教会。
これはヘルペナ村には教会が無いため、他所の教会へ厄介払いという意図による。
もう一方は、デリア断崖へ連れて行く事。
こちらは、直接的な厄介払いであり、崖上にキュルが到達すると事故が起き、キュルは死ぬ。
『直接的な厄介払い』と言い切れる理由は、クエスト受注時村長が言うからだ。
指定場所を崖上にしておいて「崖は崩れやすくなっておりますのでな」と。
そして、クエスト製作者の悪意を最も感じるのが報酬の違い。
呪いが解ける事はないものの教会へ連れていった場合の報酬は『四つ葉のクローバー』でステータスの内の一つ『幸運』を1上げるもの。
『幸運+1』であり上昇値が微小すぎて報酬としては弱い。
崖へと連れて行って『事故』が起きる展開を選んだ場合の報酬は『否定の指輪』で全状態異常を受ける確率半減の効果を持つ、破格の報酬である。
悲劇の幼女キュルを見殺しにする方が断然お得な報酬設定―――実に悪意に満ちている。
◆◆◆◆
―――ヘルペナ村から海沿いに約一日半、デリア断崖まで少しの所。
視界には既に目的地であるデリア断崖を捉えながら、五人は歩いていた。
男三人と女一人、加えて幼子が一人である。
岩肌露わで草木も少ない傾斜路であり、遮蔽物がほとんどないから魔獣遭遇の危険も同様に低い。
ここに至るまでには、魔獣の襲撃があって幼子を、崖以外で死なせる訳にも行かず四人は守って戦ったのだが。
守って戦うという、趣味に反した戦闘はもうしなくて良さそうだと、四人は思っている。
「ねえ、もっと早く歩けないかしら?」
前と左右に男を配置し、自分は真ん中という陣形で進む女が振り返って不満をこぼす。
その手の鎖をガシャリと引いて、鎖の先、鉄の首輪が巻かれた幼女に、不満の意思を伝える。
村長が用意した鎖と首輪は、彼が腐敗を恐れ、近くに呪われを置きたくない一心で鎖部分が異様に長い、十数メートルはあるその鎖が引っ張られれば、首輪も引かれる。
「―――う、いっ」
鎖で首輪を引っ張られて幼女の口から痛みの声が漏れる。
「うっわ、ベニ様、ガキ相手に容赦ないっすね。素敵っす」
「なんだろう俺ちょっとガキが羨ましいんだが?俺もベニ様に首輪付けられて引っ張られたい」
「ベニ様!我らの女王様!」
男三人に『女王様』と呼ばれる女はベニ。
顔は整っているものの真っ赤に過ぎる口の紅が妖しい色気を放っている。
美人というより悪女といった雰囲気である。
その胸の女らしさは控えめだが、腰は細く、その先の尻は大きい。
金属製部分鎧を着こんでいるベニだが、『夜の女王様のボンテージスキン』で見た目そのまま夜の女王様である。
エナメル質でテラテラ光る黒い生地、胸元と太もも露わな姿は男の視線を釘付けにする。
スタイルの良い痩身であり、やんちゃな男たちが好む、男好き要素の塊のような女である。
そして妖しい美しさを持つ痩身美女が背負うは長刀である。
彼女の職業は通常物理三次職『侍』。
冒険者殺しクラン『ブラックローズ』に現在二人いる女侍の一人である。
ベニに追従する三人も当然同クランだが、どちらかと言うとベニに心酔しているだけ。
ベニがクランにいるから自分達もそうしているだけである。
一人は大斧を担いだ通常物理三次職『狂戦士』。
一人は魔杖を持った通常攻撃魔法三次職『魔導士』。
一人は背に弓と矢筒を担いだ通常物理三次職『狩人』。
「あんたたちも叱ってほしいの?いいわ、このクエストを四回できたらね?」
妖艶な声音が男三人の顔を上気させるが、
「え、四回っすか?一つはベニ様の分っすよね?あと三つは、まさか俺達に?」
一人が聞き返した。
彼が言う個数は、クエスト報酬の事を指す。
「おばかなの?三つはフドウ様への贈り物よ。あんたたちは私の所有物なんだから、私の言う事に『はい』って答えてればいいわ」
男三人に傅かれるのは当然として、ベニは叱られたい男には嗜虐心を持つが、自分が好きな相手だと真逆に被虐心を持つ性癖二面性の女であり、ベニはクランリーダーフドウが好きであった。
だから、ベニの先ほどの言葉は『キュルを四回死なせる』と言ったのと同義。
それはつまり、同じ『腐敗の呪われキュル』を四回クリアするという宣言だ。
「なあ、クエスト四回クリアって、それってつまりどうゆう事?」
自らの女王様に再度聞くわけにもいかず、男同士で小声で聞く。
「だから、クエストクリアになったら、死んだガキも再配置されてクエストが復活するだろ」
「ああ、じゃ俺達しばらく、村と崖を行ったり来たり、か」
「そうだ。ベニ様のためにしっかり御奉仕せねば!」
一度クリアしたクエストも再度受注可能。
それはゲーム時代も同じである。
そして、再度受注可能ということはそれにまつわるキャラクターも再配置されるという事だ。
その対象が、前クエストで幸福な結末をむかえていようが、不幸にまみれていようがにかかわらず。
「ベニ様、あと少しっす!おら、さっさと歩け」
断崖まであと50メートル程。
ベニからキュルを繋ぐ鎖を受け取って、男がキュルを乱暴に引っ張る。
ベニに役立つところを少しでもアピールしたいがために、男がベニに鎖を乞うたからだ。
「―――う、うー」
男が鎖を引っ張った何度目かの時、バキリと音が響いて、キュルの首輪が壊れた。
その頑丈な金属製の首輪が壊れたのは、腐敗の呪いがじわじわと崩壊を進ませていたためだ。
前から鎖で引かれていた力が、首輪が壊れた事で届かなくなり、無理やり歩かせていたキュルが立ち止まった。
四人がこれから見殺しにするキュルの世話をするはずもなく、キュルは昨日から何も食べていなかった。
先を急ぐ四人は徹夜で歩いたから、キュルは空腹で、疲れ切っていて、眠くて、何度も首輪を引かれたから、首の血がにじむほどの傷が痛んだ。
「うっうー………」
だから、キュルはもう歩けないとその場に蹲った。
「おい、何してんだ!立て!」
十数メートルはある鎖の長さ分キュルと離れて歩いていた四人は、一瞬首輪の破壊に気づくのが遅れた。
その間にキュルが蹲った後数メートル歩いてさらに距離が開いていたから、最後尾の男が慌てて踵を返そうと振り返って呪われに怒鳴ったその視界に、黄金が光ったのは、怒鳴った直後。
「はあ?」
ドスンと四人とキュルの間に、黄金の巨躯が割り込んで着地、
「【炎の息】!」
その声のままに黄金が首を引いた。
その声が黄金の後ろから聞こえたが、目下の敵は目前の翼竜である。
男は腐っても通常三次職である、翼竜の狙いが目前の自分であるのを確信し、瞬時に翼竜の炎の息を後ろのベニから逸らそうと横っ飛びに飛ぶ。
男の目論見通り、翼竜の頭部は男を追って動き、炎の息を吐き出した。
「―――ぐわ、痛えー!」
男は炎の息の直撃を受けたが、『狂戦士』の職とレベル50であっても通常三次職のステータスでHP全損を免れた。
「よくやったわ!」
男の咄嗟の判断で、四人とも炎の息でHPを削られるハメにはならずに済んだ。
そして、その間に三人が既に戦闘態勢に入っていた。
四人であれば翼竜とて撃破できる、現に四人はすでに攻撃を、
「【剛・居合斬―――」
「【圧雷ーヴァル・ギ―――」
「【穿ち射―――」
「【乱断ざ―――」
「グララララララララララララァァァァァァァァ!」
翼竜の何かしらの咆哮によって―――放てなかった。
「動け、ね、え!」
「どうし、て!」
「何ごと!」
「これって―――まさか?スキンじゃなくて、ホンモノの黄金ってこと?」
ベニの記憶によれば、ある。行動をキャンセルさせ、次の一回分の行動も阻害する咆哮が。
「黄金翼竜の固有技、忘却咆哮だわ!」
「「「えええ?」」」
飼い馴らし不能のはずの黄金翼竜が、黄金洞窟から離れないはずの黄金翼竜が、目の前にいて誰かの指示で攻撃してくる?何の冗談なんだと三人は思う。
驚きよりも、信じられなさが勝つ。
「でも、もうすぐ動けるから、準備するのよ、あんたたち?」
ベニが口の紅を舐めるように舌なめずり、
「待機時間があるから、忘却咆哮はもう来ないわ」
その目は目前の黄金翼竜を愉し気に見据え、
「お仕置きしてあげるわ!」
ベニはもうすぐ解ける行動疎外に備えたのだが。
「【多全能力低下ーオリルザリハー】【圧落渦雷ーガリ・ギカー】!」
あり得ない事に、上空からの女の声が聞こえて、
「―――っ!」
「「「―――ががぎぎ!」」」
頭上から太き雷の紫電に焼かれた。
ご丁寧なことに四人の全ステータスを低下した上で、雷系より上位の渦雷系範囲魔法最強の【圧渦雷】で。
黄金翼竜と賢者参戦、『腐敗の呪われキュル』―――防衛戦開始。




