第一章1 転生即ピンチ
起伏はある物語ですが、決してキャラを不幸にはしない物語です。
嫌だと思う話は飛ばして、先を確認して安心してもらってから話を遡ってもらっても大丈夫です。
作者は不幸と理不尽が嫌いです。
信じてお付き合いいただければありがたいです。
―――麦畑と野菜畑に囲まれた人口わずか150名ほどの小さな村、ナーブ辺境村にて。
「はあ、はあ、はあ………」
木剣を握りしめ、息が上がりながらも素振りを繰り返す少女がいた。
ワンピースに身を包み、腰に大きめに結んだリボンが素振りの度にふわりと揺れる。
歳は17歳。濃紺色の髪に、蒼く大きな瞳。困った時にハの字になる形の良い眉に小ぶりな口元。
身長は同年代に比べて低いが、女性らしい身体の線はちゃんと強弱をもって描かれている。
総じて村でも可愛い娘として評判で、明るい人柄と、一つの事に努力を重ね続けられるひた向きな姿から誰からも愛される少女である。
円形に広がる村の中心を貫くように伸びる村道の先、村の中心的建物であり村民の心の拠り所でもある教会。
その裏の大きな楓の木の下で彼女は、流れる汗をそのままに素振りを続ける。
固い意思を滲ませる少女のその構えや太刀筋はしかし、お世辞にも褒めようがないほどお粗末で、少女には戦う力が無い事を物語っている。そもそも、彼女は村唯一の宿兼食堂の店員であり、木剣を振り回す必要は無い。
現に、
「コスモスよ、無駄だと言っとるだろう。俺たちには、神様が戦う力を下さらなかったんだ。棒っきれ振り回したって、スキルや魔法が手に入るわけでなし」
同じく教会裏の井戸で朝採れ野菜の土汚れを落としていた中年の村民が、素振りを続ける少女―――コスモスへと、その行為の無駄さを説いた。
武器に必殺の威力を込める事ができる絶技、『スキル』。
人の身でありながら自在に火を氷を雷を放つ事ができる妙技、『魔法』。
脆弱な肉体しか持たぬ人間が、強靭な体躯を持つ魔獣に確かに抗うことが出来る二つの技能はしかし、『冒険者』と呼ばれる一部の人間達だけが得る事ができるもの。
しかし、コスモスは―――
「努力してっ、はあ、願えばっ、はあ、きっとっ………」
コスモスは、そう事実を告げられる度に胸に広がる無力感を、素振りを繰り返して振り払おうともがく。
何度現実を説かれても、どうしても諦めたくない意思がコスモスにはあるから。
「戦う力―――『職業』を持つのが冒険者。逆を言えば、『職業』を持たんからこそ『只人』と呼ばれる俺達だぞ。只の人………弱き人間が努力して神様に祈ったところで………」
それでも素振りを続けるコスモスに、村民は小さくため息を吐いた。
「まあ、お前さんは思いこんだら譲らんか。気が済むようにすればいい。それより今朝も祈りに行くんだろう?野菜、教会内に運んでおくから、料理の方は任せたぞ。コスモスの料理は旨いって神官様が喜んで下さるからな」
そう言って、野菜の入った籠を持って教会へと歩き出す。
「うん、分かった」
村民はコスモスを嫌ってなどいない。むしろ、心配しているだけだ。
コスモスにとって、夢を持つのはいいが、現実と向き合わない事は良いことでは決してない。
万が一、コスモスの身に危険が及んだ時、今のままのコスモスは木剣を握って戦おうとするかもしれない。
しかし、木剣が魔獣に当たったところで、魔獣は小動ぎもしない。
それが、実際に魔獣の襲撃を経験した事がある村人には十分分かっていたから。
コスモスが危険に相対した時、何を置いても逃げるべきなのだ。
只人に出来る事はそれだけで、村人はコスモスに生きていて欲しいのだから。
「目の前で魔獣に両親を殺されたんじゃあ、力を望むのも無理もないが。それでも………」
夢は叶わないと心が折れたコスモスを、魔獣に立ち向かおうとして無力を悟るコスモスを想像して、
「悲しむ子を見るのは辛いもんなんだぞ」
村民の独り言は、コスモスには届かない。
教会は村の心の拠り所である。
いくら神様から戦う力『職業』を与えられなかったとしても、魔獣溢れ、魔王も存在する世界で戦えぬ只人が縋れるのは、やはり神をおいて他になかった。
よって、神へ捧げる信心を祈りや、寄進で示す。
寄進は金に限らない、野菜とて神に仕える神官の糧となり、それは同じく神へ奉じる事と同じだ。
コスモスも同じく、神を信じ、神に願うために毎朝教会を訪れる。
素振りで流れた汗を井戸水で清め、コスモスは木剣を食材の入った籐籠に入れ、教会の開け放した入口へと向かった。
その視線の先、村の入口から教会へと続く村道を、見知らぬ男が二人歩いていたが、
「こんな田舎の村に来る人って、めずらしい」
そう感想を口にしただけで、教会の玄関をくぐった。
「神様、どうかどうか私に戦う力『職業』を与えてください」
もう何度目かも覚えていないほど繰り返す朝の、その祈りを捧げるために。
辺境ナーブ村にて、戦う力を心から欲するのはコスモス―――『村娘』である。
◆◆◆◆
―――ナーブ辺境村中央に建つ、村内で最も高楼なナーブ教会にて。
「ようこそ、ナーブ教会へ。本日はどのような御用件でしょうか?回復ですか?それとも転職で―――」
その瞬間、実に唐突に彼は前世の記憶を思い出した。
日本で生まれ、平凡な両親のもと、理不尽な兄と生意気な妹に挟まれた気苦労の多い次男であったと。
おおむね幸せであったと思う前世だが、思い出すには情報量として少ない訳がない。
物心のついた幼少期から、様々な思い出がフラッシュバックする。
弟をこき使う兄だったが、長男としての責任感は強かったから、次男である彼は少々お気楽な性格になった。
妹は生意気だったが、家族の情が無くなるわけではない。喧嘩もしたが、それなりに互いを認め合っていた。
つまるところ、兄弟妹は緩いが協力しあって生きた。
本人的には、協力の割合が一番高かったのが自分であったと思っているので、少々納得がいかなかったが。
そういう、生活の仔細まで思い出すのだから、記憶の渦に呑まれ、目から火花でも出そうな記憶という膨大なデータ処理に頭が悲鳴を上げ、痛む。
「ぐ、くく―――」
苦しみが口から洩れ、頭痛が止むとやっと痛みを堪えるために閉じていた目をひらいた。
(―――な?ななな!………せ、西洋の………田舎かな?なんで?………まさか、転生?)
どうやら過去に物語で読んだことのある『転生』であるらしい、と取り戻した視界が告げていた。
なぜなら彼の視界の中、長椅子が並び、赤い絨毯がしかれた建物の開け放たれた玄関の外に伸びる村道と、古めかしい印象の西洋建築らしき民家の数々が並んでいたからだ。
(海外に行った事なんて無いよ、俺?)
蘇った記憶の中の彼はそんな西洋の田舎のような場所へ行った事はないのだから。
死後の魂が次の生を得る事を指すのが、『転生』である。
前世の記憶を途中で思い出すとは少々普通ではないが、それは横に置くとして、今一つ重要な事があった。
さっき彼自身の口から出した言葉が問題で、どうやら彼がいる世界の方も普通ではない事を示していた。
―――「それとも転職ですか?」
言いきらなかった言葉の先をそう続けるはずだったと、彼の記憶はそう補っていたのだから。
しかし今、前世を思い出した彼の現状はどうなっているかと言えば。
「これ、どうなってます?」
彼は、両隣の男たちから肩組みをされている。
男同士でも相当、かなり、なんならあり得ないくらい仲が良いとしない密着した距離感。
しかし、彼の首を離さぬような力強さで抱える腕から、友誼を感じないのはなぜだろうか。
ぐいぐいと力が込められた腕から、前方へ無理やり歩かされるような意思を感じる。
「ああ?教会を出ましょーね、つってお願いしただろ、神官!」
真っ赤な毒ガスマスクを被った右隣の男が、彼を見ることなく不機嫌に言い放つ。
「斬新な格好ですね?あれ、神官?教会で転職って………」
「ああ?ちょ、ちょ、お前―――」
今度は彼の首に回された左隣の男の腕の、彼を前へ前へと押す力が消えた。
同じく毒ガスマスクを被った左隣の男を見るとその視線は、転生し終えたばかりの彼の頭の上、何もない宙に目を向けていて、
「はくはく―――頭の上に名前!お前、まさか転生者か?」
「ああ?うわ、名前浮いてんな!こんな変な名前のNPCはいねえ。神官に転生?こりゃ………」
そう言うから、転生者と呼ばれた彼は記憶の中に手を突っ込むように、整理されていない記憶の中からキーワードを思い出す。
『転職』があり、『神官』がいて、『頭上に名前』表示があり、プレイヤーネームが『はくはく』、それらが全て合致する答えは一つ。
前世最も長時間楽しんだゲーム『幻夢』である。
剣と魔法の世界で魔獣や魔王がいて、冒険者としてクエストをこなし、素材を集めて拠点を構築したり、大規模レイドクエストや、自分のレベル上限を上げるクエストで強くなって世界をめぐるアクションロールプレイングゲーム―――そんなゲームであったのだが、はくはくの推測が示すのは、
「あれ、ゲーム世界に転生してる?」
そう転生者はくはくが呟くから、
「ようこそ!後輩!二度目の人生へ!俺も転生者だ!」
「お前転生すんの遅かったな!楽しい人生だぜ!俺も転生者だ、後輩!」
毒ガスマスク達がそう応えた。
両隣の毒ガスマスクが歓迎してくれたようだったが、問題ははくはくが気づいてしまったこと。
「冒険者殺し………」
毒ガスマスクの上、赤色の名前の横に髑髏がくっついている。
それはつまり、彼らが同じ冒険者を一人以上殺している事を示し、ゲーム内では彼らを『冒険者殺し』と呼んでいた。
彼らはゲームのプレイヤーを好んで殺す所謂PVP(プレイヤー・バーサス・プレイヤ―)民と呼ばれる存在である。
彼らがなぜ冒険者を殺すのかと言えば、魔獣を倒すより段違いに多い経験値が得られるから。
加えて、冒険者が死んだ時にその場に落とす全アイテムを丸々得られるから。
他人が一生懸命得て来たアイテムを、全部得られるのだから、ちまちま魔獣狩りや採取・採掘など馬鹿らしくてやってられない、冒険者殺しの方が断然旨い、というのが彼らの言い分である。
対して、はくはくはゲーム上の敵だけを倒す、生粋の所謂PVE民である。
ゲーム時代の『幻夢』はPVP民民とPVE民が同居する仕様だった。
明らかにPVP民が優位であるがために、いくつものPVE民救済仕様とPVP民への強い罰則がほどこされていたが、PVE民にとってPVP民はただただ恐ろしく、ひたすらに迷惑な存在である。
思い出して急に浮かぶ冷や汗とともに、思わず口をついて出たはくはくのつぶやきに、
「クランで囲ってやんよ!楽しい二度目の人生!自由はねえけどな!」
「うちのクランはいいぞお!女リーダー達が超エロい!男に興味はねえけどな!」
実に楽しそうに毒ガスマスクの冒険者殺し達が、
「「ひゃっはっは!」」
と笑うから、はくはくは思い出す、彼らの言った意味を。
「神官拉致だったりします?」
「「せーかーい!」」
「うわぁ」
―――転生したばかりのはくはくは、既にピンチだった。
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