第1章 パンチパーマ
Mr.ランジェリーの実体験を元に描かれた自伝小説
小学6年生の主人公が、日々のイジメに苦しみながらも、自分なりの方法で立ち向かう過程を描いた物語。自殺未遂の経験、幼少期の辛い出来事、そして小学4年生で出会った「パンチパーマ」というヒーロー的存在との関わりを通して、勇気と自信を取り戻す姿が描かれる。
第2章以降はnoteにて掲載中!
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小学六年 2月某日(決意の日) 夕飯時
あと数週間もすれば今通っている小学校も卒業
春からは近所の中学へ進学、新たな一歩を踏み出す
ペンを片手にひたすら勉学の道を走る者
遊具を片手にひたすら遊びの道を走る者
タバコを片手にひたすら非行の道を走る者
肉体を武器にひたすらスポーツの道を走る者
孤独を背負いひたすら殻にこもる僕。
八畳の部屋に収まりきらない程の思い出にうもれていた
外は太陽が眠りにつこうとしてるのと裏腹に、月が目を覚まそうとしている。
明かりもつけず薄暗い部屋の中、体中の痛みを堪え、震える手でロープを握りしめ、涙でボヤケた押し入れの柱を呆然と見つめていた。
これから送っていくたろう長い人生の途中に
「大切な時期」
というトンネルがいくつもあり、そのトンネルを駆け抜けるのは十人十色。
僕らが産まれたこの国では、長さは異なるがほとんどの人が足を踏み入れる
「学生時代」
という名のトンネルがある。
僕は今その真ん中くらいの小学六年生。
このトンネルの中には素晴らしい景色が沢山詰まってる。
その素晴らしい景色を沢山見てきたはずやのに、それを気づけないほどの悲壮感に包まれていた。
「学生時代」
というトンネルを駆け抜けたくても、駆け抜ける事のできない国の人からすると贅沢な話かもしれないが、僕は今このトンネルから逃げようとしている。
何故なら大きな壁が僕の行く手をふさいでいた。
壁の真ん中に三文字が刻まれていた。
『イ・ジ・メ』
そう。僕は学校でイジメにあっている。
それはもの凄く過酷で悲惨で、イジメてる側に自覚症状が無いという事。
やられている側は生死を考えるほど追い詰められているというのに。
例えば、学校で友達に会えば「おはよう」 言われた側も自然に「おはよう」
これが普通の流れ。でも僕の場合は違う。
僕が挨拶をしても、挨拶より何より嫌がらせや暴力しか返ってこない。
イジメてる側からすると毎日の事で普通かも知らんけど、やられている側は毎日続く事によってそれが普通になるのかと言うとそうではない。
傷は広がる一方で、挨拶しても無視、何気ない会話をしても無視。
裏でも表でも悪口を言われ、嫌がる事ばかりされ、
男子だけやなく女子からも殴られる。
そうなると周りとのコミュニケーシをとることにも臆病になり、自分の殻に閉じこもる。
早かれ遅かれその殻を破る人もいれば、非常に残念だがその殻を破れず、そこで、一生を終える人もいる。
その時点で、双方の普通というレベルに大きく差が出ている。
イジメている側は永遠に気付かないので
第三者の生徒達、通りすがりの人、友達、先生、親戚の方、そして親、兄弟。
勇気を出して声をかけてください。
イジメられっ子達は全てに怯えています。
それは、一分、一秒を争います。
もし、自分の椅子に画鋲が置かれていたら、貴方ならどうしますか?
犯人を探し出すために片っ端から殴りかかる人もいれば、暴力を振るわず周りに怒りながら問い詰める人、先生や親に言う人。
その場を笑いに変える人。
何も言えずじっと我慢する人。
痛みも忘れる程の悔しさに涙する人。
僕が選択していたのは最後の二つで、この組み合わせはほんまにしんどい。
その都度悩みに悩み、勇気を振り絞り壁へと立ち向かうが、戦う勇気のない僕は、何度も壁にぶつかり、
僅かな隙を見つけては潜り抜け
何とかここまでやってきたが
今、僕の目の前にある壁は今までとは一味も、二味時も違う。
偉そうで憎たらしく、触れば火傷するほど冷たく、このトンネルは鋼鉄で出来ているかのように一切隙間もなく、後ろを振り返ると、今までの道は崩れ落ち逃げる場所など何処にもなく、畳1枚分くらいのスペースに立ち止まっていた。
しばらくすると一つの答えが脳裏をよぎる。
でもその答えが本当に正しいかどうか考える暇もなく
その答えを憎たらしい壁にぶつけた。
長いようで短いような、短いようで長い。
一人やのに誰かと話しているような、何も話していないのに誰かが話を聞いてくれているような。
憎たらしい壁がゆっくりと遠ざかって行く。
この憎たらしい壁を打ち破ったのか?
違う。
畳1枚分の道が崩れ、暗く深い闇の底に落ちてるんや
気付けば色々な事から解放されたのか、
ここまで生きてきた楽しい記憶が次々と脳裏を駆け抜け、今まで流してきた涙とは比べ物にならない程の熱い泪が心の底から湧いてきた。
それに耐えきれなくなった僕は、身体の中と外で思いっきり泣いた。
こんな大切な時期に出した答え…
それは決して正解ではなかった。
誰かに助けを求める勇気があれば違う答えが出ていたかも…
助けを求めても一緒の答えが出ていたかもしれない
何もかも信じられなくなって、全ての勇気を振り絞って闇の底に落ち見つけた答え。
それは…
・自殺・
後にその答えは僕にとっては正解やったと知る
これは奇跡が起きたからこそ正解になっただけで、
ホンマは間違った選択やった。
太陽が月にバトンを渡そうとしている頃
薄暗い部屋で泪を流した僕は、自宅の一階の倉庫へ行き、1m位のトラックの荷物を縛る太いロープの切れ端、釘、脚立、金づちを2階の8畳間へ運び
震えながら一時間以上泣いていた。
ふと時計を見ると、もうすぐ家族が帰って来る時間やった。
高所恐怖症やけど、震えながら脚立の天板に上がり、押し入れの柱に釘を力強く打ち付け、そこにロープの先端を団子結びにし、もう片方の先で自分の頭がスッポリ入るくらいの輪を作り、それをそっと首に掛け、脚立の天板に腰を下ろした。
この後一番最初に見える景色は何やろう?
ここで命を絶ったからといって必ず先の時代に生まれ変わるとは決まっていない。
僅かな記憶が色んな時代に共有され、時代が進化し繰り返されていたら…
何度もこの性と名を授かり、前の人生で失敗した分岐点に立った時、嫌な予感という言葉が頭をよぎり
それを回避し、徐々に時代を変えていっているかもしれない。
次、生まれ変わった時に発明家としてエジソンともう一人の名があるかもしれない
戦国時代に天下統一は果たされず東西南北群雄割拠で終わっているかもしれない
もしそうなら、僕はまた同じ過ちを繰り返そうとしているの?
何度やり直しても僕の人生はここまで?
イジメのループ?
もっと早くお父さんやお母さんに相談しとけばよかった…
イジメにあっていなかったら親の顔色を伺わず
楽しく会話ができて笑顔で過ごせて
こんな辛い思いせんでもよかったのに。
もっと妹に優しくしとけばよかった…
イジメられている事を隠す為、強がって偉そうに物言うて叩いて…
その癖、夜中一人でトイレに行くのが怖いから妹を起こしてトイレの前までついてきてもらっていたのに
ありがとうも言わなかった。
もっと素直になって楽しく遊びたかった…
もっとお爺ちゃんやお婆ちゃんと一緒におりたかった
もっとオッサンさんに色んな事を教えてもらいたかった
もっと広川達や徳さんや今井、新田さん達と遊びたかった
村井とも会いたい
もっと早く中橋さんの気持ちに応えておけばよかった
「もっと生きたかったよ…
お笑い芸人になりたかったよ…
みんな、ごめんなさい…」
「ガシャーン」と脚立の倒れる音が部屋中に鳴り響いた。
小学六年 2月某日(決意の日) 朝飯時
いつもと同じ時間に目が覚め台所へ行き、おかんが焼いてくれたトーストを食べ、歯を磨き、トイレへ行き、制服に着替える。
いたって普通の行動だが、その普通の行動を毎日少しづつ変えていた。
毎日イジメにあっていたから昨日と違う行動をとることによって今日こそイジメがなくなると信じて。
例えば、起きた時の布団からの出方。
布団を「ガバッ」と早くめくったり
布団の中に潜り込み下から出たり横から出たりしていると
「はよ起きんかいっ!」
と、おかんが怒る。
台所へ行く時もそう。
早歩きで行ったり、でんぐり返しで行ったり、ジャンプやケンケンで行ったりすると
「ドンドンすなっ!」
と、おかんが怒る。
トーストを食べる時も
いろんな方向から食べたり、半分に折ったり、目をつむったり、バターを多めに塗ったり、ちぎって上へ投げたりしていると
「はよ食べんかいっ!」
と怒る
歯を磨くとき、便所へ行く時も
「はよせんかいっ!」
制服に着替えるときも
わざとボタンを掛け違えたり、帽子を被ってから制服を着たり、ズボンを履いてからパンツを上手にズボンの間から履いたりすると
「ふざけんとはよ行けっ!」
と怒鳴り散らす
はぁ? ふざけてる? 何を言うてんねん!
ふざけてんのはおかんの顔や!
こっちは、めっちゃ真面目や。
未来変える為に毎日、頑張ってるんや!
そんな僕をよそに、毎日笑顔で
「今日も元気で行ってらっしゃい」
と、テレビの声が僕の小さな背中に勇気を載せて学校へと送り出してくれる。
あの人達だって、前の晩にお酒を飲みすぎてしんどい日や、財布を落としたり、彼氏、彼女にフラれた次の日かもしれないのに毎日眩しすぎる笑顔と
元気一杯の声が僕の小さな背中を押してくれていた。
「今日こそは泣かんと言いたい事言おう。そしたら イジメもなくなるやろう。」
自分にそう言い聞かせ集団登校の集合場所へと向かう。
僕の家から学校まではそんなに遠くはないが、僕にはめっちゃ遠く感じた。
それは3年前の登校中にいきなり始まったイベントがきっかけやった。
そのイベントは僕にとって登校時間を倍以上に感じさせる有難迷惑な話や。
今日も家の斜め前にある電信柱の集合場所に僕は皆が集まる10分前にいた。気合は十分。
まずこの班で唯一の同級生で僕の一番の理解者の友達、宮下が出てくる。
それにつられるかのように年下の連中がぞろぞろと出てくる。
幸か不幸か、男子と女子は別々に登校していたため、妹とは別で学校に行っていた。
自分含めて男子9人。みんな揃った。さあ、イベントの始まりや。
集合場所から数十メートル進むと他の班と合流する。
その日はその班の一つ下の3人が僕をめがけて飛び蹴りを仕掛けてくる。
流石に毎日されていると大体読めてくる。
でも反撃する勇気のない僕には避けるのが精一杯の抵抗やった。
でも避けたら避けたで、周りの援護射撃で石や空き缶等が飛んでくる。
流石にそれを全部交わせる神業など僕にはなく、石や缶でひるんだ僕に飛び蹴りをかませる。
この日も三発かまされ、膝を擦りむくという特典付き。
この日は晴れやったから良いものの、勿論雨天決行なので雨の日なんて服はビショビショになるし、傘は折られるし。
その傘を折った事で親父に怒られ本当の事が言えないまま、僕の気持ちまで折れてしまう。
涙をこらえながら歩く事数十メートル、信号の手前でもう一つの班と合流。
同級生の出川が僕の胸ぐらを掴み半泣きの僕を見て、
「また泣いてるんか」
と、僕のランドセルを外し、羽交い絞めにし、泣いてるから罰ゲームやと訳のわからん事を言い、前を見ると僕の同級生から二つ下の奴が僕の前に並んでおり、僕の眉間にコンパチ(デコピン)をしてくる。
これは一つ上の先輩がやりだした事で、先輩が卒業してからはこいつが引き継ぐようになった。
このイベントが開催されている時、僕の班は先に行っている。
多分、宮下は、近所の年下に恥ずかしい所を見せないよう、先に行ってくれてたんやろう。
最初は遠慮して片手でコンパチをしていたが、今となっては皆一緒。
利き腕の手の平を僕の顔にかざし、中指の先を僕の眉間に合わせる。
その中指を、もう片方の手で引っ張り、放すと同時に顔に利き腕を力任せに押し付けてくる。
そんな反則技を何十回もされると僕の頑丈なデコも悲鳴を上げ内出血をし、デコの真ん中が綺麗な円を描きプクーッと腫れ上がり、この日は周りの調子が良かったのか、僕の血行が良かったのか知らんけど、五発目あたりですでに腫れ上がっていた。
そんな事も気にせず、皆わざとそこを狙う。
えっ?何で抵抗せんのか?って
何回も抵抗したよ。相手を振り払い全力で逃げるも、回り道されて捕まって近くの駐車場でボコボコ。
羽交い絞めしてた奴の股間を蹴り上げて逃げても、相手は複数いるのですぐに捕まり、駐車場で玉が無くなるくらい蹴られ、息がまともにできなかった。
おしっこや、唾をかけられることもあった。
運よく逃げたとしても、学校の校舎裏や便所でボコボコ。
そんな事になる位なら抵抗しないほうがいいと思っていた。
でも、どうせ抵抗するならとことんやった方が良かった。
こいつ頭おかしいて思われるくらい。
だが、その時の僕にはそんな勇気もなかったし、人を殴ったりして親にバレると親父に理由も聞かれず頭ごなしに怒られ家に入れてもらえなかった。
幸い僕の家には風呂が無く、親と風呂に入ることも無い為、服で隠れる部分の怪我は隠せるが、顔を怪我した時はなるべく親父に会わないようにし、見られても自転車でこけたとか、何かにぶつけたと言い張っていたが、流石に親父も解ってたやろう。
それかほんまに鈍臭いと思われてたか。
なんせこの日の僕は、デコは腫れるわ、鼻血は勢いよく出るわと最悪だった。
涙を堪え、鼻血が制服につかんように顔を前に出し、その場にしゃがみこみ上着の左ポケットに手を入れた。周りはそんな僕に、
「カエルー!膨らますとこ間違えてんぞ!」
「鼻から毒だしてるわー!」
「ポケットから薬草出すんか?」
等罵声をあびせる。当時流行っていたゲームの雑魚キャラで毒を持ったカエルがいて、デコを膨らまして鼻血(毒)を流しているという理由で3年生の頃からからカエルと呼ばれていた。
僕は左ポケットから薬草ではなく、ティッシュを取り出し丸めて鼻に差し込んだ。その行動を見て周りの奴らは大爆笑。
こいつらは僕の事、何やと思ってるんやろう?
これがお笑い芸人やったらわかる。あの人たちは笑われてるんやなく、
頭と体をフルに使い、必死に周りの人達を楽しませ笑わせてるんやから。
でも僕は違う。あいつらを笑わせてるんじゃなく、笑われてるんや。悔しい・・・
皆の笑い声がデコの痛みを忘れさせるくらい心に突き刺さる。
歩数が増すたびに近づくはずの信号が涙でぼやけて遠くに見える。
この信号を渡れば天国の国道沿いや。自然と歩くペースが上がる。
学校に着くまで、石や蹴りはまあまあのペースで飛んでくるけど、この国道沿いに入るとイベントは一旦休憩する。
あれから2年以上も経つんか。あの出来事があったからこそ、唯一この道を通る時だけは何もされない。余程皆にとって衝撃的やったんやな。
六年間イジメに耐えられたのも、あの出来事があったからや。
約二年で僕は変われてるんかな?
抵抗するようになったかな。抵抗も無駄に繋がってるような気がして、最近じゃ抵抗もせず殻に閉じこもってたな。でも、今日こそは・・・。
見ててな・・・。 パンチ。
小学4年 夏の始まり頃
コンパチイベントが終わり、肩を震わせながら涙を流し信号を渡る。
反対の車線や後ろから石やゴミが飛んでくる。
涙で視界がぼやけながらも早歩きで前へと進む。
大きい交差点に入る手前で、後ろから甲高い声が。
「おい!かえるぅー!そこでとまらなしばくぞー!」
振り返ると幼馴染で一つ上の先輩の保田君が、手の平に納まらないくらいの石を持ち、仁王立ち。
保田君はこの辺りでは有名なヤンチャ坊主で同級生はもちろん、6年生から中学生までもが一目置く人だった。
僕はすぐに立ち止まり先輩の方を見た。
っていうか、何処にそのサイズの石が落ちててん!っていうくらいの大きさのやつを持っていた。
おそらくすぐ横の≪山公園≫で見つけてきたんやろう。
五メートルくらい向こうにいる保田君は砲丸投げの構え。
先輩やけどおもんない。おもんないまま助走をつけ僕の方へと投げた。
僕はとっさにしゃがみ込んだ。
その石は僕の頭上よりはるか上を通過し、僕の2メートルくらい先へ落下し、バウンドし、車線の方へ飛んでいき、信号待ちしている車へドンッ!
「プァー!パパパーーーーン!」
大きなクラクションの音が鳴り響き、騒々しいはずの国道が一気に静まり返った。角々した黒い乗用車でガラスまで真っ黒で中の様子がわからない。
ドアが開いた瞬間、聞いたことのない奇声をあげたパンチパーマが舞い降りた。
その瞬間周りにいた学生や一般の通行人が、まるで蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ出し、パンチパーマはもの凄い勢いで先輩たちを追いかけて行ったが途中で見失ったらしく、奇声をあげながら周りを威嚇し、肩で風を切りこちらへと歩いて来た。
この出来事で腰を抜かした僕はそこから動けず、あまりもの恐怖に涙を流していた。
パンチパーマが一歩、また一歩と近づいて僕の前でしゃがみこみ、必要以上に顔を近づけサングラスをずらし
「お前!石投げた奴の名前と住所教えろ!」
あまりもの恐怖で言葉すら出ず、僕はひたすら首を横に振った。
コンパチイベントが終わった後の僕はデコが腫れ上がり、鼻血を流していた。
口の中に流れてきた鼻血をソ~っと飲み込みながら、下を向きひたすら首を横に振っていた。
パンチが僕のあごを掴み、僕の目を見つめ、キスするんとちゃうかという位まで顔を近づけ眉間にしわを寄せ、いっかつい低い声で
「ほんまやな?」
僕は涙が止まらない、ぼやけたパンチパーマの顔を見ながら何度もうなづいた。
するとスーツの左ポケットに手を入れ、もう一度問いかけられた。
(殺されるー!)と思い、目をつむりながら僕はひたすらうなづいた。
するとパンチパーマの声のトーンが変わり
「なんや?お前いじめられてんのか?」
えっ!何で?僕が避けたせいで車に石ぶつかったから怒ってるんやろ?
親や学校に言われたらどうしよう?と考えていると、パンチが鼻で笑い
『フンっ!情けないのう。鼻血くらいで何泣いとん ねん。ちん○ついてんねんやろ!男のくせにしっ かりせんかっ!天国のおかーちゃん泣いてんぞ!』
って、そっち?車の事ちゃうの?っていうかおかん生きてるし。誰と間違ってんねん。
あんたがしっかりしいや。と心の中で呟いた瞬間、パンチの車の後ろの車がしびれを切らしたのかクラクションを鳴らしだした。
そらそうやわ。青信号になっているにもかかわらず車を端にも寄せず、ベンツですけど何か?と言わんばかりの止め方やった。
パンチはゆっくりと立ち上がり、上着から取り出したティッシュを丸め僕の鼻に詰め、そこで待っとけと言わんばかりに肩で風を切りながら車へと向かい
「じゃかましいわ!ボケッ!文句あるんやったら出
てこいやー!やったるど!」
と怒鳴りだした。
出てくるわけないやん。
クラクション鳴らしたバーコードもこの距離からでも解るくらい(すみません)と口パクをしている。
バーコードから後ろの車の人達は下を向いていた。
でも、サングラスをずらした時のパンチの目はキラキラしてめっちゃ可愛かった。
だからサングラスしてるんやな。などと考えていると
パンチは戻ってきて僕の手を掴み車へと乗せた。誘拐?殺される?
何処に連れていかれるんやろ?親に言うて弁償させる?それとも学校に乗り込んで先輩の所まで案内させる気か?どっちにしろただでは済まない。
あまりもの恐怖にシートベルトも締めずうつむいていた。
きっとバーコードもこんな気持ちやったんやろうと考えていると、パンチが大きい声で
「お前、その制服中森小学校か?」
びっくりして思わずうなずいた。学校に連れていき親を呼び出し、弁償させる気や。
何よりイジメられてることが親にバレたらどうしよう?近所の年下の連中や妹には偉そうにしてるから、学校でいじめられてるなんか言われへん。
このまま学校まで寝よか、それとも車から飛び降りるか等と考えていると
「ほんまか!お前、俺の後輩やんけ!ほな送ったる わ!まあ、俺もお前くらいの時はいじめられてた けどな。でも、ずーっとそのまんまやったらあか
んぞ。おとんもおかんも泣いてまうど。」
って、そっち?後輩やなかったら送ってくれへんの?
えっ!パンチやのにイジメられてたん?目が可愛いから?カレー作ってそうやもんな。
あだ名は何?インド?それはそうと、さっき勝手におかん殺してたくせに、おとんとおかんて。
どっちやねん。
むしろ両親泣いてるんはあんたや。
めっちゃ適当に喋ってるな。ツッコむ要素満載やわ。
「お前毎日あんな事されてるんか?辛いのう。俺も 小学校の時お前みたいに毎日血ぃ流して泣いてた けど、五年のクラス替えで初めて一緒のクラスに
なった、あかりって子がおってな、あかりは毎日 鼻血出してる俺にティッシュくれててな、いつも 俺の味方になってくれててん。
あかりの前で恥ずかしい思いするくらいやったら
学校行かんとこって思ってな。俺の家はおとんだ
けやから俺が学校行く前には仕事行っておらんか
ったから自由に家におれてん。」
めっちゃ喋るやん。さっきの天国のお母ちゃんてパンチの事やったんや・・・
もしかして僕が昔の自分に被って見えたんかな…?
「一週間くらいしてあかりが家に連絡帳持ってき
て、こんな話してくれてん。俺が休んでる間にい
じめっ子らが机に落書きしたり、花瓶置いたりし
て笑ってたらしく、それに腹立って注意してくれ
てんて、ほんならそのグループの一人が、お前も
イジメたろかって言うたらしいわ。あかり何て言
い返したと思う?
私はそれ以上の事仕返すから楽しみにしててや
って。気ぃ強い奴やろ?
ほんで俺の手を握って、「一緒にガンバロっ」て言
うてくれてな。その手
は震えてたわ。怖かったくせに無理やり笑顔作っ
てな。
でも、その顔はまるで天使みたいやったわ。ほん
まに可愛くて、俺が守らなあかんって子供ながら
に思ったわ。まあ、これが俺のテーニングポイン
トって言うやっちゃ。はっはっはー。」
何急に横文字使てんねん。慣れへんことすな。ターニングやろ?
「次の日、何か動きを起こさなあかんと思って、
色々考えたけど何も思いつかんくて、とりあえず
学校行ってん。
それはそれはご丁寧に朝からきっちりイジメてき
たわ。そんなすぐに抵抗できる訳でもないし、
言うても怖かったし。
ほんで給食の時間になって最初は普通に食べてた
んや。先生が給食食べ終わって教室から出て行っ
た途端にそのグループの奴らが俺の事囲んでこう
言いよんねん。
「あれ?ここお化けおるぞ!この席は誰も居らんは
ずやのに、おかしいなぁ!気色悪いから御祓いす
るわ!」って、俺の牛乳取り上げて俺の頭にか
けよってん。
その瞬間あかりが立ち上がったまでは覚えてんね
んけど、頭の中も外も真っ白になってな・・・
気ぃついたら牛乳瓶持ってそいつど突きまわして
てな、あかりが泣きながら俺の事必死で止めてた
わ。その日は大変やったわ。
先生に怒られる、おとんにど突かれる、何処臭
っても牛乳臭いし、最悪やったわ。」
っていう話を牛乳を飲みながら話している。
よう飲めるな。そして話は続く。初対面でよう喋るな。
「でも、次の日から俺に対するイジメはピタッと止
まってん。そこからはイジメてる奴を片っ端から
ど突いて行ってん。六年であろうが、一年だろう
が。
でも次は先生や保護者からクズ扱いや。俺は良
い事してるつもりやのに・・・
でも、友達は仰山出来たわ。俺の事理解して、
一緒に先生や保護者に立ち向かってくれるええ
友達がな。
だからお前も頑張れ!俺みたいに一回のアクシ
ョンでなくなるか、百回かかるかは知らんけど。
チャンスはなんぼでもあるねんから。
毎日がチャンスや。
ほんなら自然とええ友達もできるし。もし俺が
あの辛さに耐えきれんと死んでたら、その先にあ
った楽しい事も、悲しい事も解れへんまんまや。
イジメられとったけど、今になってはええ経験や
ったわ。今は毎日がめっちゃおもろいからな。
別に殴るだけが方法や無いで。例えば、おもろ
いこと言うて笑かすとか、
マジック覚えて驚かす、体育の時間に活躍し
たり、勉強してええ点とったり、やっぱり殴った
りとか。ガハハハハハハハハ!」
結局殴るんかい!メッチャ喋るやん!途中までのええ話が台無しやわ。
そうこう言うてる間に学校から少し離れたところに車を止め、パンチは僕を車から降ろし、鼻に刺さってるティッシュを取り、両肩をしっかりと掴み、
「絶対に諦めるなよ!辛い時も、おもろい時も必死
で生きろ。その時、その時を大事にしろ!今は何
言うてるか解らんかも知らんけど、そのうち解る
から。今日から俺とお前は友達や。わかった
か?」
僕は笑顔でうなずいた。
「そうや!その顔や!次会うときはその顔で居れ
よ。」
と最期の言葉を残し、肩で風を切り車へと去っていった。
ガラと口は悪いけど、僕にとっては、めっちゃかっこいいヒーローやった・・・。
流石に僕もその日は何もできず、いつも通り嫌がらせをされ家へと帰った。
その日から勉強しろと口うるさい両親の目を盗み、お笑い番組やバラエティー番組を真剣に見ては、自分なりに面白いフレーズや場面を頭にやきつけた。
そこから数週間たち、僕は修行の成果を見せるべく、休憩時間皆の前に出て頭が真っ白になりながらも一発ギャグや、一人漫才を連発した。
最初は冷たい目で見られていたが、二日目、三日目と徐々に見に来る人、笑う人も増え、勝負の昼休み。案の定いじめっ子の一人が
「カエルのくせに調子乗るな」とビンタをしてきたり、毎日妨害はされるも確実に手応えが出てきた僕は休憩時間にとどまらず、授業中までちょけだした。
先生にあてられた時も、空気を読まず一発ギャグを言ったり、ダジャレを言っては廊下に立たされた。
そして、調子に乗りまくった僕は当時流行っていたハンドパワーに目をつけ家で一番軟らかいスプーンとフォークを持って行き、親指で曲げ一言。
「ハンドパワーです」 っていうかただの力技・・・
全身を下敷きで擦り、誰かの体に触れ「バチッ」と鳴りビックリした時に一言。
「ハンドパワーです」っていうかただの静電気・・・
紙を半分に折り、開いている方を自分に向け机に置き、手で右の頬、左の頬をなで紙の方にスッと差し出し、紙は倒れたり、後ろへ下がる。そこで一言
「ハンドパワーです」 っていうかただの風圧・・・
等と、今の小学生からすると鼻で笑うようなことも、この時代では「すっげー」となっていた。
徐々に自信を取り戻した僕は体育の時間も積極的に前に出るようになり、少しずつやけど周りと話すようになり、同級生からのイジメの回数も減ってきた。
ちょうどこの時期、クラスは違うが幼稚園から一緒の宮下が家の隣に引っ越して来た事で、宮下と一緒におる時間が増えた。
宮下はルックスも運動神経も良く、学校でも人気があった。
学校の行きしなも、僕が先輩に殴られてる時は流石にかばってくれなかったが、学校に着くと「大丈夫か?何もできんくてごめんな。」と声をかけてくれたり、天国の国道沿いでは話しかけたりしてくれた。
家に帰れば宮下や近所の年下の連中、今まで僕をイジメてた一部の同級生とも毎日遊ぶようになった。
決してその楽しい時間がいつまでも続くわけがない。
いうてもこの間までイジメてた奴に偉そうに言われるとイラッとするのか、ある日、同級生の広川と口論になり掴み合いになった。
勿論喧嘩なんかしたことない僕は震えながらも広川に立ち向かい、蹴られて蹴り返してるうちに近所のおっちゃんに止められ家に連れて帰られた。
近所のおっちゃんは話を大きくして親父に伝えた為、ホッペタがとれるくらい殴られた。
広川は悔しさのあまり、涙を流したらしく、周りに気づかれないようにそっと涙を拭きながら帰ったらしいが、それを一つ下の黒山が見てたらしく、次の日の登校中わざわざ保田君に言うた。
そんな事も知らずいつも通り先輩達にイジメられながら学校へ行き、自分の学年ではいつも通りちょけていた。
昼休み給食係だった僕は給食を取りに行ってる途中、体育館の前に広川がいるのを見つけ、昨日の事を謝ろうと広川に近づいて行った。すると広川は
「ちょうど良かったわ!お前に用事あんねん!」と胸ぐらを掴み体育館の裏の花壇に連れていかれた。
そこには保田君をはじめ、ヤンチャな年上から同級生、一つ下の奴等がいた。団結力があって良いのか悪いのか、1クラス位の人数がおった。
僕は怖くて何も言えず、そこで保田君が口を開いた。
「お前、俺らの前では泣いてるくせにこいつらの前
ではえらいイキッてるらしいやん?昨日、広川
と喧嘩して勝ったらしいやん。なあ、黒山。」
すると黒山は
「はい。その後自分で言いふらしてましたよ。」
確かに黒山とは家も斜め前でよく遊んでいたが、僕がビックリマンや、カードダスでいい奴を持っていると、それが欲しいのか僕の親父に僕が黒山の物を盗んだとか、殴ってきたとか嘘を言い、親父はその都度、黒山に僕のビックリマンやカードダスを渡していた。
僕はそんな黒山が嫌いだったが、親父に嘘を言われるのが怖くてビビっていたが、今は関係ない。怒った僕は
「この、ボケー!」と黒山めがけて走り出した途端
「この嘘つきがーっ」と言う広川の声と同時に目の前に星が飛び散り、転んだ。
何が起きたん?左目痛い!何で倒れてるん?何で皆笑ってんのん?
広川が倒れた僕の髪の毛を掴み、「今からタイマンや」と言い、僕は
「ちょっと待って!俺ほんまに言うてないって。黒
山が嘘言うてんねん。」
立った瞬間、誰か分からないが僕の顔に石を投げつけた。意味が分からん。
すると保田君が
「ほんなら黒山とタイマンや。そこ立て!」
と言われ
しゃがみこんだ僕はそのまま、皆から蹴られたり、殴られたりでひたすら
「ごめんなさい」と泣き叫んでいた。
チャイムが鳴り皆が教室へと帰って行ったが、僕は倒れたまま、ずっと泣いていた。何分経ったやろ?
もうすぐ皆、給食食べ終わって運動場に出てくる頃やな。どうしよう?
目は開いても腫れているのか視界が狭い。体中痛い。口に砂が入って気持ち悪い。
雨が降ってきたと同時に足音がこっちに近づいてくる。体に力が入る。
「大丈夫か?」宮下の声や。めっちゃ嬉しかった。
でも、こんな姿見られるのは嫌や。腫れた顔を見せたくもない。
僕はそこでついたらあかん嘘をついた。
「うるさい!向こう行け!もう話しかけてくん
なや!」
「わかった。もう喋らんわ。」宮下の淋しそうな声。
立ち去る足音。
強まる雨。
砂まみれから泥まみれに変わる僕・・・
土砂降りの雨のおかげで誰も運動場には出てこなかった。
昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
給食の白衣が茶色になった僕は何がおきたのか頭の中で一つずつ整理し靴が無い事に気付いた。
とりあえず靴を探そう。
ふと気づくとスクスクと芽を出している何かわからん花の横で僕の靴も芽を出していた。
ほんまにしょうもない。
こんなおもんない事するんは保田君やな。
怒りと同時にまた涙が出てきた。ドロドロの僕は恥ずかしくて教室にも帰れず、誰にも見つからないように体育館裏の小階段の下に身を潜め、色々な妄想をしていた。
そらそうや。先生や他の生徒からしたら給食当番が嫌で学校を抜け出したとか思われてるに違いない。
放課後になり、皆が出て行くのを待ち、誰にも会わないよう、そーっと教室へ行き、ランドセルを取り、白衣を脱ぎ、学校を出た。
これからどうしよう?多分親に連絡されてるやろうな。もしくは2個下の妹に親に報告するように言うてんねんやろうな。
それを聞いた親父はブチキレておかんに僕を探しに行かせ、家の一階で工場を経営している親父は仕事そっちのけで家の前で仁王立ちで、僕の帰りを待ってるに違いない。
家に帰るのも怖い。
とりあえず何処かに隠れようと、学校の前の団地の一階の階段の下の隙間に入り込み、ランドセルを机代わりに宿題をした。
宿題も終わり、日が沈むまでそこで身を潜めた。
今からどうしよう?
いつもこういった都合の悪い時は必ずお爺ちゃんの家に行き、家の工場で働いてるお爺ちゃんの帰りを待ち、一緒に謝ってもらっていた。
真っ先に僕の事を疑い怒鳴りつける親父と違い、僕の事を信用してくれて最後まで話を聞いてくれるお爺ちゃんが心の支えの一つだった。
僕にはこういう支えが幾つかあったからこそ前に進めていた。
知り合いに会わないように大通りは避け、筋一本入った道ばかり通っていた為、余計時間がかかり、すごく寂しかった。目の前には葬儀場。
この葬儀場を超えたらお爺ちゃんの家や。
自然と足取りが早くなる。
でもすぐに僕の足を止める光景が目に飛び込んできた。
葬儀場の前に一杯のパンチがおった。
僕は嬉しかった。
またあのパンチに会えるかもしらん。
僕は意味も解らず葬儀場の中に入っていった。
仰山おるパンチのトンネルを潜り抜け探すも、あのパンチがおらん。
諦めて帰ろうとふと後ろを振り向いた時、沢山の花に囲まれ真ん中で優しく微笑んでいる、あのパンチの写真があった。
時間がスローモーションになる。
自然と出てくる涙を何度も拭いながら、何度も見直したが祭壇の上に飾られているあの写真は僕のヒーロー、パンチやった。
やっと逢えた?会えたけどこれって会えたうちに入るんかな?
足は自然と棺桶の方へと向かった。
顔を見るまでは信じひん。絶対・・・。
流石にこんな時間にランドセルを背負った子供が一人でいるのはおかしいと周りもざわつき始めた。
その時、僕の肩らへんから優しい声が
「僕?こんな時間にどうしたん?お父さんかお母さ
んは一緒やないの?」
目を真っ赤にしたお姉さんが僕の目線までしゃがみ込み話しかけてきた。
言葉が出てこない。うつむいて黙り込む。
「このお兄さん知ってるの?」と問いかけられ、僕は慌てた。
お兄さん?おっさんちゃうの?と思いながらも口から言葉が出てきた。
「友達・・・。」
お姉さんの目線は僕の名札に行き、目を見開き、ビックリした様子で
「あっ!もしかしてウチ等と一緒の小学校の子?顔
どうしたん?まだいじめられてんの?」
と聞かれドキッとした僕は思わず「喧嘩」と嘘をついた。
お姉さんの肩の力が抜け、目から大粒の涙がこぼれ、しゃがれた声で
「強くなったんやね、この間までいじめられてたな
んて、ほんまに思われへんわ。あの人が言うた
事が役に立ったん? やね・・・。良かった。
何でここが分かったん?」
「・・・。外にお兄さんみたいな人が一杯おった
から、会えると思って・・・。」
お姉さんは無理に笑顔を作り、僕の肩にそっと手を乗せ話し出した。
「純粋な子やね。あの人、あの日からあんたの事
心配で毎朝あの国道沿いに見に行っててんで。
あの外見で毎日こそこそ見ててんで。雨の日も
風の日も。周りから見たら誘拐犯に見えるよね。
あの人、純粋やろ?・・・。
ウチも二回、一緒に見に行ったよ。初めて見た
時はビックリしたよ。
思わず止めに行こうとしたら、あの人に止めら
れて、そっと見守ろうって。
そこから当分行かへんかってん。だって小学生
時代のあの人見てるみたいやし、イジメなんて
見るのも辛かったから。
でもちょっとしてからどうしてもって言うから
一緒に見に行ったら、擦り傷はあったけど、楽
しそうに友達と話してるあんたを見て二人で泣
いて喜んでたんよ。
短期間でこんなに変われたんやって、ほんまに
良かったって。
一昨日の朝帰ってきて、涙目で寂しそうに、
もうちょっとであいつはイジメから脱出できる。
もう大丈夫って。万歳してたよ。
安心したんやろね。
それで昨日は朝早くからサーフィンに行って
ね・・・。
いつもの事やけど、昨日は何か嫌な予感がして、
やめときって言うてんけど、めっちゃ笑顔で
大丈夫やって言われてん。でも・・・
お昼前に警察から電話があって、海の行きしなに
対向車線の車がスリップして正面衝突。
助手席に乗ってたあの人だけが、窓ガラス突き破
って・・・。
一緒に乗ってた人も、相手の運転手も重症やけど
命に別状はないって。
あの人は日頃の行いが悪かったんやね。
でも、仕事も真面目にして、来月からやっと自分
の店が出せるって言うて
二人で頑張ろうって言うてたのに・・・。
あっ、悪い仕事ちゃうよー。あんな外見してるけ
ど居酒屋さんで、料理もめっちゃくちゃ上手いん
やで。
ほんまアホやわ。ごめんな。色々話してもーて。
お兄さんの顔見てあげて。
一杯怪我してるからまだ寝てるけど。」
そういうと、お姉さんは僕の肩を抱えながらゆっくりと棺の方へ足を進めた。
あまりにも急な事で、今一実感がない。
棺の前に着き恐る恐る中を覗いた。
そこには好きなものに囲まれて眠っているパンチがいた。二人の目に再び涙が溢れ、
パンチとした約束が、頭の中を蘇る、僕は無理矢理笑顔を作り呟いた。
「寝てるん?次会った時は、笑った顔見せるって言
うたやん・・・。
ほんまに、ほんまにあれから、毎日見ててくれた
んや。ありがとう・・・。」
パンチに話した最後の言葉。もっといろんな話が聞きたかった。
涙でぼやけたパンチの顔は優しく微笑んでいた。
お姉さんは後ろから僕を優しく抱きしめ、二人その場で泣き崩れた。
しばらく経ち、もう少しでお通夜が始まる為、お姉さんと外に出た。
また僕の視線までしゃがみ込み、僕の手を自分のお腹にあて話し出した。
「昨日の朝、病院行ってわかってんけど、今、お腹
に赤ちゃんいてんねん。
あのお兄さんとの子供やで。
まだ男の子か女の子か解れへんけど、
強く、優しい子に育てていく・・・。
これから大変やろうけど、ウチとの間に子供が出
来た事すら知らんくて、
子供の顔も見られへんあの人の辛さに比べたら、
私は大した事ないよ。
だから、あんたも約束して。これからもっと辛い
事一杯あるかも知らんけど、いつもあの人がどこ
かで見てくれてるから、時間かかってもいいか
ら、強く優しい子になって。
ウチらはずっと応援してるから。
またどこかで会った時はゆっくり話しよ。またあ
の人がこうやってあんたの事呼んでくれると思う
し・・・。
これも運命やったんかな?しかもあんたとあの人
が初めて会った日は、結婚する為に、ウチの両親
に挨拶行く前やってんで。
あの人が人生で初めてスーツを着た日で、そんな
特別な日のあの人しか見てへんから、絶対悪い仕
事してるって思ってたやろ?」
僕はうなずきながら震える声で
「殺されると思ったし・・・。カレー作るん上手そ
うやった。」
「あーっ。解るー。目ぇクリクリでキラッキラして
るからやろ?
あんたおもろいなー。絶対また会おね。
あー、こうなったらウチも負けてられへんな。
お姉さんも、お腹の子と二人で頑張ってあの人の
店繁盛させるわ。
ここ真っ直ぐ行った所の病院超えて、一個目の信
号の所の右側に工事現場あるやろ?
そこでお店するから、中学生になったら友達とお
いで。
あんたやったら出世払いでええから・・・。
一緒にガンバロっ・・・」
涙を流したまま笑顔を作りうなずくと、お姉さんは僕の手を優しく握りしめ、優しく微笑んだ。
その笑顔はまるで天使みたいやった。
この人があかりさんや!
パンチが言うてた意味が分かった。
「あの人は、真っ直ぐな人で、今まで、うちにばれ
るような嘘をつかんかったのに・・・。ずうーっ
と傍におってくれるって言うたのに・・・。
初めてついた嘘がこれって・・・。酷いよな!
嘘つき・・・」
お姉さんの手が震えだし、お姉さんの顔から笑顔が消えた。
僕を見つめた眼は、僕を透かし、遠くを見つめていた。
「ウチも、嘘ついた・・・。何があっても付いて行
くって付いて来たけど・・・。
今回は無理やわ・・・。
行ったらあかんもん!もう、意味わからんね。」
周りにいる人達が泣き崩れている。色んな人から愛されてたんが解る。
「さあ、もうお家帰ろか?お兄さんもまだ寝てる
し。今日ここへ来てくれた事、ちゃんとお兄さん
に伝えとくね。」
「お兄さん、いつ起きるの?」
「一杯、怪我したから、まだまだ先やね。」
お姉さんは、泣き笑いしたまま、僕を強く抱きしめ、
「あんたとお話しできて、ほんまに良かった。車に
気を付けて帰るねんで」
そう言って、ランドセルをかけてくれ、僕の姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。僕の肩にはあかりさんの甘く優しい香りが残っている。
頭の中は家が何処かも解らないくらい真っ白だった。
あかりさんの姿が見えなくなった瞬間僕は走った。
涙で視界が悪かったが、気にせずひたすら走った。
街灯や車のテールランプがぼやけて、まるで虹の中を走っているみたいやった。
足がもつれ、倒れこんだ場所は初めてパンチと出会った場所だった。
その時パンチは生きていると自分に何度も言い聞かせた。
お姉さんが寝てるだけて言ってたもん。
一杯怪我したって言ってたもん。
その日、結局お爺ちゃんの家には行かず、家に帰ったが、案の定
親父が家の前で仁王立ちしていた。そのまま首根っこを掴まれ、家に入れられ、顔が取れそうなくらいビンタをされた。
僕の言う事など聞いてくれず、給食当番が嫌で逃げ出し、それを注意した子と喧嘩し、怒られるのが嫌で、学校を抜け出し、そのままブラブラしていたと、訳の分からん推理を無理やり当てはめていた。
あんた、絶対刑事になられへんわ。当たってるのは怒られるのが嫌って所だけで、その他は全部ハズレ。
ご飯も食べず布団に潜りこみ、明日が来ることに怯え、震えながら知らん間に眠りにつき、長い一日が終わった。
次の日、いつもより早く目が覚め、便所から出た時、玄関の前に、誰かが立っているのが、スリガラス越しに見えた。新聞屋さん?
恐る恐る玄関に近づき、問いかけた。「誰ですか?」
すると、ビクッとしたシルエットは後ろを向いていていたのか、こちらを向き少しづつ、近づいて来る。スリガラス越しでも分かった。宮下や。
昨日あんなひどい事言うたから、腹立ててこんな朝早よに殴りに来たかんか?怖くなりその場にしゃがみ込んだ。
両手で耳を塞いだがあいつの声は僕の耳にスーッと入ってきた。
「おはよう、こんな朝早ようにごめんな。広川が話
あるらしいわ。
話だけでも聞いたってくれへん?頼むわ・・・」
今までの僕なら無視していただろう。ほとぼりが冷めるまで会わないよう、
現実から目を背け、自ら溝を深め、また、学校でイジメられる繰り返し。
でも、昨日あかりさんが言っていた。周りに抵抗し、その後友達と楽しそうに話をしている僕を見て、パンチが喜んでいたと・・・。
確かにパンチと出会って、自分からいろんな事を試した。
何度先生に怒られようが、周りから叩かれようが、めげずに色々挑戦した。
その結果、前よりイジメも少なくなり、友達と思える人達もできた。
この分岐点でビビらず正しい決断をしないと、また今までと一緒や。
勇気を振り絞り、震える手で恐る恐る玄関の鍵を開けた。
ドアを開けた途端、すごい勢いで広川がこちらへと向かってくる。
怖くてしゃがみ込んだが、僕の胸ぐらを掴み、家の近くにある駐車場まで引きずられながら移動した。
そこには、黒山が泣きながら正座していた。
広川の手が僕の胸元から離れ、黒山の横に正座し、
「昨日はほんまにごめん。俺の勘違いやった。気の
すむまでド突いてくれてかまへん。だから許して
くれへん?」
広川は土下座をし、宮下が黒山の頭を踏みつける。
頭が真っ白で呆然と立ってる僕に、宮下が昨日の事を話し出した。
僕が居なくなってから、宮下が広川の所へ行き、すべて黒山の嘘という説明をし、先輩達にバレないように、黒山に確認する為、前日に黒山を捕まえ、白状させ、今日この時間に呼び出したとの事。
広川に殴られたのか、顔を腫らした黒山は泣いて震えていた。
僕は二人を許し、黒山を家に帰らせ、三人で、駐車場で話をした。
二人共、謝ってばかりで、一分位無言が続き、宮下がふと呟いた。
「村井がおらんくなって、完田が転校してきてから
またイジメられたな・・・。
村井がおったらどうなってたんやろう?」
広川も続いて
「村井かー。あいつとは最後の誕生日会で初めて遊
んだけど・・・元気にしてるんかなー?
確かに完田が転校してきてからやな。
ひどいイジメしだしたんはあいつやもんなー。
でも、俺らと居る時は何もしてけーへんもんな。」
村井 篤人
小1の時から家の近くの唯一の同級生で、顔のパーツ以外、姿形が似ていて、よく双子に間違えられ、毎日遊んでいた親友だ。
でも、あの日の夜中のサイレンが、村井の幸せを奪い、僕達を引き離した
第2章へ続く