オールドマンリープ
定番のマホガニー製家具を揃えた書斎にいる、インテリ老人は趣味について熟した時期が一番攻撃的なんだ。攻撃が分かりやすいタイプならまだいい。批判が多くて、いつもしかめっ面で、そんな感じならしばらく時間を共にするとしても対策は練りやすい。本当に厄介なのはそれとは逆のタイプだ。見ているだけで座りたくなるふかふかのイスに腰かけたそのインテリ老人は、一見してその攻撃性が露呈しないような地点へとボールを運ぶ、年齢に求められる穏健さへと切り替えたレイアップの片足の踏切を想起させる。まるで膨大な知識によって、自分がすべてを受容する大地にでも変わったかのような物腰と皺だらけの笑みを浮かべている。もう話はいいから一緒にバスケしようぜ。上は白いTシャツ、下は赤に紺のラインが入ったジャージ。そんな衣装を着たあなたのキレイなシュートシーンを真横から写真に収めさせてくれたら、うちのバンドが出すアルバムのジャケットとしてぜひ使わせて欲しい。まだ若いエレクトロディスコのバンドメンバーたちが、その老人の書斎を訪れていた。
「いいですよ。」「ありがとうございます!」
巷では韓国の気鋭ポップバンドがどこか気の抜けた歌謡曲を出したり、ギリシャのレコード会社から気品あるガレージロックのアルバムが出たり、インディーシーンが盛り上がりをみせている。そして近所の市民体育館で始まったバスケの撮影試合は驚くほどに順調だった。目当てだったインテリ老人のレイアップシュートの画も撮れたし、バンドメンバーやスタッフも含めて始めた試合は両チーム90点台にのぼる接戦だった。
試合が終わってみれば、歳には抗えずにモデルのインテリ老人が息も絶え絶え、だらしなく開いた口からへなと舌を垂らし、死にかけの様子だった。試合中の安全のために、眼鏡を外した彼の顔は新鮮にみえた。
「お疲れ様です。写真、めちゃくちゃよかったです。」
バンドのメンバーが当初考えていたように、やはりこういった賢そうな見た目の老人に物理的な指向性を与え、そのうえで自らの運動エネルギーを制御させるような動きの画はとても美しく映った。レイアップシュートは、スピードのスポーツであるバスケにおいて、走り込みによって前方へ向かわせた力を即座に上方向へと反らして跳躍する技術が必要となるため、まさにその理屈が適応されるシチュエーションなのだった。
褒められたことに気づいているのかいないのか、床に倒れ込んだ老人は呼吸が喉に引っかかって、ヒュコヒュコ鳴っている。老人は少々真面目なところがあり、自分がそんな状態であるにも関わらず、返事をしようと声を振り絞る。
「ハァ……ハァ……えあえ……よか……ハア……」
「あははは。返事しないで大丈夫ですよ。休んでください。とにかく、おかげですごくいい写真が撮れました。今日はありがとうございました。」
そう言って彼は、横たわる老人のもとを離れると、老人以外の若者たちみんなで機材やゲームコートの後片付けをはじめた。その間老人は寝転がったまま一人で疲労感に潰れ、とうとう片付けが終わるまで首を回すこともしなかった。バンドメンバーとスタッフが荷物をまとめて出ていくと、電気が消され、市民体育館のなかは静まり返った。7月も半ば、これから昼に差し掛かろうという時刻に、窓の閉じられた体育館には熱気が籠もるばかりだ。コートの白線のうえには目をつぶったインテリ老人が倒れ、この市民体育館は次の使用者が訪れないまま静かな夜を迎えた。