第4話 『新しいスマートフォン』観覧注意
スマートフォン
観覧注意
※このエピソードには"強めの不憫描写"が含まれます。心の準備をしてご覧ください。
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あま子は、ずっとスマートフォンの機種変更を迷っていた。
バッテリーの持ちは悪く、動きも遅く、画面もたまに反応しない。けれど、大切な写真もメモも入っていたから、なかなか踏ん切りがつかなかった。
しかし、春の新生活セール。ポイント還元と下取りキャンペーンが決め手になり、ついに彼女は新しいスマホを手買うことにした。
最新機種。指紋認証も顔認証もスムーズ。画面は大きくて、動作も早く、通知音すら心地よく感じた。何より画面が綺麗。ずっと古いスマートフォンを使っていたあま子からするとそれだけで心が踊ったのだった。
「すごいです! 全然、違います……!」
カメラも高性能。
帰り道、桜が咲いていた公園で何枚か写真を撮った。夕陽に照らされた花びらが、まるで雑誌の1ページのように美しく写っていた。
「わー!」と、写真を撮る。シャッターを切るのが楽しくて何度も何度も。使ったことのない機能も積極的に試してみる。新しい機材は楽しみを増やした。
「いままで出来なかったゲームもできます」
新しいスマホは、スペックの観点でも優秀だった。以前の機種では出来なかったゲームやアプリとこの新しいスマートフォンなら問題なく遊べる。あま子は家に帰ってからダウンロードするリストを作っていた。
ルンルンという様子は端からでもわかる。楽しそうで幸せそう。無邪気な笑顔は眩しく輝いていた。
そして――その「事件」は、帰宅直前、家の前の階段で起きた。
片手には紙袋。もう片方でスマホを持ち、イヤホンをしまおうとしたそのとき。
ほんの一瞬、バランスを崩した。
するり、と。
スマホが、手から滑り落ちた。
「……あっ」
その声が届く前に、スマホは――コンクリートの階段に、角から――落下した。
ガッシャアアアアン!!
激しい音が響いた。
時間が止まった。
あま子は、おそるおそる、震える手でスマホを拾い上げた。画面――全面、蜘蛛の巣のようなヒビ割れ。
光の反射が、その傷をくっきり浮かび上がらせる。
「………………」
声が、出なかった。
全身に血の気が引く。呼吸が止まる。
まだ1日も経っていない。
保護フィルムは、貼る前だった。
ケースは、届くのが明日だった。
新品だった。
高かった。
ちょっと、奮発したのに。
その場に立ち尽くしたまま、あま子は何も言えず、画面を見つめ続けた。
綺麗な写真達。ダウンロードするゲームのリスト。全てが悲しく物語る。その場であま子は静かに涙ぐむ。
指をそっと滑らせると、ガラスの隙間に触れて、チク、とした。
「……痛い」
家に入って、静かに床に座り込む。
画面は、光ってはいる。でも、割れたガラスの向こうに映る自分の顔が、やけに遠く感じた。
その夜、あま子はカーテンも閉めず、ふとんに入ることもなく、スマホの箱を抱きしめて眠った。
「ケースが届く前にはしゃいじゃった私が悪かったんです……。ごめんねスマートフォンさん」
一転した感情、枕を濡らしながらあま子は眠った。