第2話 『迷子の子と行きたい展示会』
ずっと楽しみにしていた展示会。あま子は、今日は特別な日だった。大好きな漫画家の 原画展 が開催されるのだ。
繊細なタッチ、独特の世界観、キャラクターの表情。彼女の作品があま子の心に響き、ずっと夢中になっていた。しかも、今回の展示会では 初公開の原画 や 限定グッズ も販売される。
「この機会を逃したら、二度と見られないかもしれない」━━ そんな貴重なイベント。
だから、早めに家を出て、余裕をもって向かっていた。展示会は 17時まで。現在、時刻は 15時。
まだ時間はある。そう、この時までは━━。
会場に向かう途中、商店街を歩いていたときのこと。ふと、道端で しゃがみこんで泣いている小さな女の子 を見つけた。
「……迷子でしょうか?」
周囲を見回しても、親らしき人の姿はない。見過ごすわけにはいかないので、しゃがんで声をかける。
「どうしましたか……?」
女の子は、鼻をすすりながら顔を上げる。
「……ママ、いなくなっちゃったの……」
「やはり、迷子みたいですね」
近くに交番はなさそうだし、このまま放っておくわけにもいかない。とりあえず、女の子と一緒に母親を探すことにした。
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女の子と手をつなぎながら、母親を探して商店街を歩き回る。親を探している声が聞こえないかと耳を澄ますが、それらしい声は聞こえない。
あま子は 何度もスマホの時計を見る。
15:30 → 15:50 → 16:10
どんどん時間が過ぎていく。
「そろそろ、まずい時間ですね……」
展示会までの道のりを考えると、16時半にはここを出ないと間に合わない。焦る気持ちを抑えつつ、女の子に優しく声をかける。
「お母さん、何か特徴はありますか?」
「えっと……えっと……ママ、ピンクのカバン!」
手がかりを頼りに、必死に周囲を探す。すると、時計は16時20分に差し掛かる頃、ようやく ピンクのカバンを持った女性が焦った顔で歩いているのを発見。
「あの、すみません……! もしかして、この子のお母さんですか?」
「真璃!? どこ行ってたの!?」
母親と思われる女性、少女を見るや否や駆け寄る。すぐに抱きしめる。本当に心配していたのが伝わってきた。
「あの、本当にありがとうございました!」
母親は何度も頭を下げ、涙をにじませながら感謝してくれた。
「いえ、無事に見つかって良かったです」
あま子は ほっと胸をなでおろす。ようやく、迷子の子を母親のもとへ届けることができた。
しかし━━スマホの時計を見ると、すでに16時40分。
「……急げば、ギリギリ……!」
挨拶もそこそこに駆け出す。全力で駅まで走り、電車に飛び乗る。乗り換えもダッシュで駆け抜け、ギリギリの時間で会場に到着する。
時計は16時59分。あま子は 息を切らしながら展示会場の入口にたどり着いた。入場は……!
しかし、そこには 「本日終了」の看板 が出されていた。もう入場は締めった後だった。
「…………」
スタッフが、ちょうど扉を閉めるところだった。駆け寄ってお願いしようとするが、スタッフは申し訳なさそうに首を振る。そう、ルールは変えられない。
「申し訳ありません。終了時間ですので……」
その瞬間、あま子は 涙目になった。
ずっと楽しみにしていた展示会。
見たかった原画。
欲しかった限定グッズ。
全部、目の前で 終わってしまった。
「きっと……今日は、そういう日だったのですね……」
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ため息をつきながら、重い足取りで帰路につく。スマホを開き、展示会の公式サイトを見ると━━。
「ご来場いただいた方に記念のポストカードを配布中!」
SNSには、展示会に行った人たちが、ポストカードの写真を投稿していた。綺麗な原画のデザインが印刷された、限定のアイテム。あま子の手元には当然ない。
あま子は 画面を見つめながら、さらに落ち込む。
呆然と立ち尽くす。しかし、その時だった。
「あの、すみません。さっきは本当にありがとうございました!」
振り返ると、先ほどの母親と女の子 がいた。
「さっきの子……?」
「こんなことしかできませんが、これお礼です」
差し出されたのは コンビニの小さなお菓子 と メッセージカード。
「おねえちゃん、ありがとう!」
メッセージカードには、小さな文字で「ありがとう!」と書かれていた。あま子は一瞬涙が浮かんだがすぐに袖で拭う。そして、そっと感謝のそれを受け取り、微笑む。
「ありがとう、もう迷子になったらダメですよ」
今日の楽しみはなくなった。
でも、誰かを助けることはできた。
ほんの少しだけ、心が温かくなった気がした。
おわり。