第8話
父の会社に入るには、まず、この守衛所で入門許可証をもらわなければならない。
ここでも異変に気付いた。
守衛所の外に警察官が一人、立っていたからである。
俺は、その警察官に気付かないふりをして、いつものように守衛さんにガラス越しに話しかけた。
「こんにちは、工藤健一郎の息子の海人です。父に着替えと食事を持ってきたのですが、パスの発行をお願いします」
守衛さんは、少し緊張しているみたいで、いつもと異なった返事をしてきた。
「確認を取りますので、お待ち下さい」
50歳くらいであろうか。
守衛さんは、急いで内線の電話を取り、誰かと話をしているようだ。
そして、俺の車を覗き込むように答えを告げる。
「お二人ですね。パスを発行しますので、会社入口の受付で、IDカードを受け取って下さい」
「ありがとうございます」
守衛さんにパスを二枚もらい俺は車へと戻った。
車に戻り、桜ちゃんにパスを渡し、こう説明した。
「このパスを首からかけてね。それから、会社の受付でIDカードをもらうから、それで中に入れよ」
桜ちゃんは、今までの不安感を吐き出すように俺に話しかけてくる。
「海人君、お父さんの会社って、いつもこうなの?。警察の人もいるし、あの車は自衛隊でしょう?」
ある程度予想出来た疑問である。
「実は、俺も会社の近くで警察や自衛隊の車を見るのは、初めてなんだ」
自分でも少しの不安がある。
桜ちゃんは、目をパチパチさせて、話しを続ける。
「何かあったのかしら?、大丈夫なのかなぁ」
桜ちゃんの心配を取り除こうと、俺は桜ちゃんに説明した。
「パスをもらったからね。見たところ、それ以外は何もないから大丈夫だよ。車を会社の駐車場に停めるからね」
俺は会社の門の前へと車を近づける。
閉まっていた門は開いて、車を会社の駐車場へと車を停めた。
駐車場から少し歩くと、会社の入口が見えてきた。
ここは普段通りである。
安心して社内に入り、受付でIDカードをもらおうと、受付にいる女性に話しかけた。
「こんにちは、工藤健一郎の息子の海人です。父に着替えと食事を持ってきたので、IDカードの発行をお願いします」
受付の女性は困惑の表情を浮かべている。
そして、内線電話をかけながら、「少々お待ち下さい」と俺たちに返事を返した。
どうやら、父と直接話しをしているようである。
もし、この会話を聞ける者がいるとすれば、こんな内容だ。
「所長、息子さんとお嬢さんがいらっしゃってますが、IDカードの発行はどうしたらいいでしょうか?」
「ああ、海人と桜ちゃんだな。聞いているぞ。カードを発行して通したまえ」
「しかし、所長は現在、レベル5にいらっしゃってますが、どのレベルのカードを発行いたしましょう?」
「レベル5でかまわんよ」
「所長、しかし、レベル5のカードは一般の方に発行するのは危険だと思いますが」
「私がいいと言っておるのだ。早く、カードを発行したまえ。それとも、私にそこまで行けと命じるつもりなのか?」
「申し訳ございません。ただちに、レベル5のカードを発行いたします」
話しが終わったようである。
受付の女性は受話器を置き、俺たちにカードの発行とそれについての注意点を説明し始めた。
「このカードは、レベル5のIDカードになります。そして、このカードがあれば、会社内の全ての鍵となります」
そして、付け加えた。
「所長のいらっしゃる場所は、そのレベル5にあたりますので、そちらのエレベーターで地下5階の特殊開発ルームへお入り下さい」
不満そうに説明を終える。
「ありがとうございます」
俺は軽く会釈をして、2枚のIDカードを受け取り、1枚を桜ちゃんに渡した。
おかしい。
今までは、レベル4のカードをもらい、地下4階には行ったことがある。
しかし、地下5階の存在には気付かなかった。
疑問と不安が脳裏をかすめたが、桜ちゃんに心配はさせられない。
「じゃあ、行こうか」
桜ちゃんに話しかけ、地下へと続く、エレベーターへとその歩みを進めた。