第6話
母と桜ちゃんが料理の後片付けをを済ませたのは2時30分くらいだった。
本当は母一人でする予定だったのだが、桜ちゃんが私もと志願してくれていた。
「じゃあ、お二人には、3時のティータイムが終わったら、お父さんの会社に行ってもらおうかな」
母はこう付け加えることを忘れなかった。
「ゆっくりでいいのよ。桜ちゃんには、その間に海人の面白いエピソードをたくさん聞いてもらいたいから」
冗談ではない。
俺は自分の顔が赤くなっているのではないかと心配になる。
「冗談よ」
母は笑いながら、桜ちゃんにウインクしている。
絶対に言うつもりだ。
紅茶とクッキーを持ってきた母が、桜ちゃんにこう切り出した。
「あのね。海人が小学6年生の頃だけどね。高校生と喧嘩してきたことがあるのよ」
あの話かぁ。
俺も覚えている。
確かこうだ。
小学6年生の時、俺が友達と公園で野球をしていた時のこと。
そこに割り込むように入ってきた、高校生らしき男6人組。
俺たちを脅すように公園から、追い出そうとしていた。
「おらおら、ガギども、これからこの公園は俺たちが使うんだ。とっとと出て行きな」
小学生である弱者に対する態度。
俺は許せなく、怒りが体を支配してしまったようだ。
「今、俺たち使っているんだけど、何でどかないといけないの」
高校生たちは笑うように言う。
「ガキは大人の言うことを聞いていればいいんだよ」
一人の高校生が俺の胸の辺りをつかんだ。
「おら、どきな」
その瞬間である。
その男は大きな円を描いて宙を舞い、背中から地面に落ちた。
空気投げ。
他の男たちは予想外の出来事に何かわめいている。
そして、残り5人の男たちが俺につかみかかろうと手を伸ばしてきた。
結果は同じだった。
5人が次々に大きく宙を舞い、地面に叩きつけられていた。
そして、俺は自分の運の悪さを疑うことになる。
ちょうど、その時、警察官が自転車で巡回中で、その現場を目撃していたからだ。
男たちは上手く逃げ出していたが、俺には逃げる理由がないので、交番で連絡を受け飛んできた祖母に説教をされることになった。
祖母は拳で軽く俺の頭を叩き、「よくやった」と褒めてくれたのを今でも覚えている。
その話を母が桜ちゃんに話し終えた後に桜ちゃんはビックリして俺に話しかけてきた。
「海人君って、子供の頃から強かったんだね」
これが、俺の子供の頃の武勇伝である。
話の終わりと紅茶を飲み終えた母は、タイミングを計ったかのように切り出してきた。
「じゃあ、今回のお話しはここまでで、また次の時にもっと面白いお話しするからね」
「海人、桜ちゃん、悪いけど、お父さんの着替えとお弁当、お願いね」
そう言って、いつの間にか作っていた、弁当と着替えの入ったバッグを俺に差し出した。
「はいはい、わかりましたよ」
俺はバッグを受け取り、桜ちゃんに声をかける。
「じゃあ、桜ちゃん。悪いけど、一緒に行こうか」
桜ちゃんは「うん」とうなずき、
「海人君のお父さんとお話しするの楽しみ」
目を輝かせながら、椅子から立ち上がった。