第5話
今日の母は喜びと悲しみの2面で俺を迎えた。
様子がわからないので聞いてみる。
「母さん、どうしたの?」
母は作り笑いの顔で俺にこう言った。
「お父さんがね、帰ってきてないのよ。昨夜、電話で泊まりになるって言ってきてね。最近、働きすぎで、ちょっと心配なのよ。でも、桜ちゃんが来てくれるからね。母さん頑張るわよ」
寂しさを忙しさでまぎらわせるように、母はバタバタと食事の準備を始める。
そして、申し訳なさそうに、こう付け加えた。
「あのね。お父さん、泊まりだから着替えとお弁当を届けたいの。それを海人に届けてもらおうと思ってね」
断る理由もないので、母の案を受け入れることにする。
「でも、桜ちゃんが来るけど、どうするの?」
またも、申し訳なさそうに付け加える。
「桜ちゃんが帰ってからでいいわよ」
「わかった」
俺はそう答え、桜ちゃんの到着と、母の料理が出来るのを待つことになった。
その桜ちゃんが来たのは、昼の1時間前だった。
少し早いかなと思ったが、桜ちゃんには何かの考えがあったようだ。
「私、食べるだけじゃなくて、海人君のお母さんの料理を手伝いたいなぁ」
桜ちゃんの考えそうなことである。
母は喜び、父のことは忘れてしまったかのように見える。
俺は一人待つ身となったが、母と桜ちゃんが楽しそうに料理をするのを見て心から微笑ましいと思った。
時計の針が12時を指すころに料理・・・昼食は出来上がった。
母と桜ちゃんの合作料理。
俺はワクワクしてテーブルの椅子に座る。
昼食会は楽しいものとなった。
母の料理はいつも食べ慣れている。
それに、桜ちゃんの料理が加わって、食卓に華が咲いたようだ。
母と桜ちゃんは、俺の子供の頃の話しをしながら食べていたので、特に母は食べた料理を吹き出しそうなのである。
楽しい食事会が終わりに近づくにつれ、俺はある記憶をよみがえらせる。
そうだ、父さんに着替えと弁当を届けなくてはいけない。
母は勘がいい、そして、気が利く。
そんな俺の心を読んだかのようだ。
「桜ちゃん、もし良かったら、海人にこの後付き合ってもらえないかしら?」
桜ちゃんは目をパチパチしながら、答える。
「お付き合いしていますよ、お母さん」
母は笑って、こう付け加える。
「あのね、ウチのお父さん、昨日から会社に泊まりこみで仕事しているのよ」
更に付け加える。
「もし良かったら、海人と一緒に着替えとお弁当を届けてくれると嬉しいのだけど」
母は手を合わせ、拝むように言った。
俺は予想外の母の言葉に少しビックリしてしまった。
桜ちゃんが、わざわざ父の会社に行く必要はない。
「はい、是非、お願いします。海人君のお父さんとお話してませんでしたから、私もお会いしたいと思 っていました」
俺の耳を疑うかのような返答が桜ちゃんの口から出て来た。
「じゃあ、お願いね」
母はウインクして、料理の後片付けをしようとしてた。