第35話
「海人に桜ちゃん。そろそろ、お父さんに会えた時間かな。お父さんは桜ちゃんの大ファンだから、飛び上がって喜んでいるかもしれないわね」
海人と桜を送り出した後、こんな独り言を言う、幸せに恵まれた女性の声が静かに響く。
「電話しちゃおうかな。う~ん、でも、2人とも子供じゃないからね」
そう言いながら、テレビの電源を入れる。
「今日の特集は、可愛い子猫ちゃんたちで~す」
番組の女性司会者が3匹の子猫を紹介しようとしていた。
それぞれの子猫たちは、飼い主の膝の上で興味深そうな目を見せている。
「まあ、可愛い。ウチも猫ちゃんを飼おうかしら」
海人の母はそんな声をあげている。
司会者がそれぞれの子猫の紹介をしようとしていた。
「今日は皆、男の子ですね。まず、こちらの子が、ゴン太ちゃん、チョコちゃん、ミー太ちゃん、そして、にゃん太ちゃん」
紹介されると会場から「可愛い」の声が聞こえてきた。
「本当に可愛いわぁ。海人もお父さんも猫好きだから、真剣に考えておこうかしら」
楽しそうである。
その時、電話が鳴った。
「もう、いいところなのに!」
少し不満の声をあげながらも電話に出る。
「はい、藤木でございます」
「あれ?、ラーメン屋さんじゃないのですか?」
???。
どうやら、間違い電話のようである。
「いいえ、藤木ですが」
「すみません、失礼しました」
そう言うと電話が切れた。
「もう!、失礼しちゃうわね。あっ、猫ちゃんの番組が終わっちゃったじゃないのよ」
そう言って、番組を2~3回変えてみる。
「面白そうな番組がないわね。お風呂の準備をしておこうかしら。海人も帰って来ることだし」
そう言いながら、風呂場へ向かった。
同時刻。
「海人!」
「所長・・・」
「海人のやつめ。戻って来たと思ったら、また鏡の中へ入ってしまったぞ。どういうことなんだ」
「2人とも今日は帰りたまえ」
所長と呼ばれた男が部下であろう2人に声をかけた。
「所長、私はここの研究員です。最後まで見届けたいと思います」
「私もです」
所長と呼ばれた男・・・海人の父は肩を落とし、2人にこう言った。
「仕方が無い。責任は取れんぞ。好きにしたまえ」
部下の2人はその言葉を聞くと喜びの声をあげる。
「では、私たちは装置のチェックと監視をします」
そう言って、装置に向かった。
「2人とも、戻ったばかりだ。無理はしないでくれよ」
「はい!」
「はい!」
海人の父は肩をすくめ、鏡の様子を、2人の帰りを待つことになった。