第30話
「人さらーい!」
「誘拐魔ー!」
ポフッ。
男と言っていいのだろうか、それとも人間と言っていいのだろうか。
その音は男の顔面に枕が命中した音であった。
投げたのは、男を批判していた女性。
今は天蓋のベッドに座り込んで、男を睨みつけている。
2人の関係は?。
女性の容姿は、まだ完全な女性になりきっていない、可愛さの残った美しい女性だ。
男の方は・・・カメ?。
まるまると太り、首と頭の境目がわからない。
身長は1.5mくらいであろうか、低めである。
何とか人間に見える。
「お嬢様、それに着替えて頂かないと私めが旦那様に叱責されてしまいます。どうかお召しになって下さい」
女性からは反発の声が返って来た。
「何で私がこんなのを着なければならないのよ。それに私を早く元の世界に帰しなさい。カメ男」
「カメ男ではありませんぞ。私にも一応名前があります。ガスキュールとお呼び下さい」
「何がガスキュールよ!。カメ男のくせに偉そうな名前ね。誘拐魔には『カメオ』で十分よ」
女性の更に強い反発の声が帰って来た。
男の反応は・・・。
「・・・、お~い、おい、おい。お、お嬢様、お願いします。どうかお着替えを」
泣き出してしまった。
「もう、泣かないでよ。大人でしょ。それにこの服は私には大き過ぎるわ」
ガスキュールが涙を拭きながら必死に答える。
「お嬢様、この服は、神獣ムーシファの毛により編まれております。さすれば、着た人のサイズに変化するという優れものでございます」
「う~ん、泣かれたんじゃねぇ」
女性は少し迷っているようである。
「じゃあ、着替えるから、部屋から出て行ってちょうだい」
女性の心は決まったようだ。
「かしこまりました。まことにありがとうございます」
そう言うと、ガスキュールは部屋から出て行った。
「仕方ないなぁ。これを糸口に元の世界に戻るチャンスもあるかもしれないから・・・」
そう言いながら、女性は着替え始めた。
15分くらい経ったであろうか。
「カメオ、入っていいわよ」
女性がガスキュールを部屋に招きいれた。
「おお、何とお美しい。これで私も旦那様に叱責されることもありますまい。お嬢様、ありがとうございました」
確かに女性は美しい。
それが本人の資質なのか、服によるものかどちらであろう。
服は見事な淡いブルーのドレスであった。
その時である。
ドアがノックされた。
ドアが開く。
ドアからは、2m近い大男が入って来た。
「この人さらい、誘拐魔!」
ポフッ。
今日、2度目であろう。
女性の投げた枕が入って来た男の顔面に命中した。
「ああ、バルディ様、何ということでしょう」
ガスキュールはうろたえている。
「まあ、よい」
バルディと呼ばれた男は軽く受け流した。
そして、一言、言い放った。
「おお、見事じゃ。予想以上の美しさじゃぞ、桜姫」