第2話
そうだった。
今日は桜ちゃんと約束をしていたんだ。
一緒に映画を観る予定なのだ。
ふと、俺の脳裏に桜ちゃんと初めて会話をかわした時のことを思い出す。
それは、大学入学したての一年生の時。
講義を受ける俺の隣に、少し距離をあけて座る女の子の存在に気づいたことからだった。
講義が終わるといつもは皆退室していくのだが、その日は違った。
「あの~、海人君ですよね?」
俺は驚きと、胸が爆発しそうな音をたてているのを自分で聞いていた。
「・・・うん、君は?」
「あの、私、和泉桜です。覚えて・・・いませんよね?」
その言葉で、俺は自分の記憶にその姿を照らし合わせてみる。
しかし、その記憶はなかった。
俺が答えに困っていると、彼女の方から話しを切り出してくれた。
「中学校の同級生だったのですが、普通わかりませんよね」
中学校?、普通覚えている人なんかいるのかな。
話しは続く。
「海人君、女の子に人気があって、私も海人君のファンの一人でした」
俺が女の子に人気だって?。
男友達はたくさんいたが、女の子から話しかけられたことはなかった。
今や俺の心臓はドクドクと音をたてて、それが彼女に聞こえているのではないかと心配し、落ち着こうと必死だった。
そして、思ってもみなかった言葉が彼女の口から出て来る。
「よかったら、昼食、一緒に食べませんか?」
断れるはずがない。
これが、桜ちゃんとの出会いだった。
母がウインクして、電話に出ろと促している。
想い出にふけっている場合ではない。
「もしもし、海人君?。携帯電話が通じなかったから、お家に電話しちゃった」
電話をかわると、真っ先に透き通った声が聞こえてきた。
そうだった。
アルバイトが夜遅くまであるので、桜ちゃんに電話で起こしてもらう予定だったのである。
携帯電話は2階の俺の部屋に置いてきているので、通じるはずがない。
「おはよう・・・違った。こんにちは、桜ちゃん」
今日の予定の確認をしておかなくては。
「今日もいつもの場所でいいかい?」
答えはすぐにきた。
「うん、待ってる」
俺は時間と待ち合わせの場所を確認し、急いで食事を済ませ、出かける準備に追われることになった。