第13話
父が呼ぶ声が聞こえる。
「海人、大丈夫か?」
俺は桜ちゃんが「時空の鏡」に吸い込まれたことで、頭の中が真っ白になっていた。
父の何度目かの呼ぶ声で、やっと、我に返る。
「父さん、俺は桜ちゃんのためなら、何でもするよ」
父の悲痛な声が部屋に響く。
「ここに呼んだのは、私の完全なミスだ」
そして、付け加える。
「海人、確証はないが、「時空の鏡」に入ることは出来ると思う。ただ、中に入って何が待ち受けているのかは、私は・・・誰にもわからない」
俺に選択する道はない。
「父さん、俺は桜ちゃんを連れ戻すよ。だから、方法を教えて欲しい」
父の声は更に悲痛に聞こえた。
「この時空の鏡に大電力を加えることで、道は開かれる。だが、先にも言ったが、その先はどうなるのか全くわからない」
考える時間も惜しい。
「父さん、俺が時空の鏡に入るよ。桜ちゃんは俺にとって大切な人だから。必ず、連れ戻してみせる」
俺の決心を聞いた父の声が響く。
「わかった。海人、それでは時間がない。時空の鏡に大電力を加えてみよう。海人は時空の鏡の前に立っていてくれ」
付け加える。
「そして、時空の鏡が鏡のように姿を映すようになったら、時空の鏡に飛び込んでくれ」
気持ちは焦るばかりだ。
「父さん、いつでもいいから、早く頼むよ」
父は「うむ」と頷くと時空の鏡の周りにある、コンピューターやわけのわからない装置を起動させて行く。
何分経ったのだろう。
俺には永遠の時間に感じられた。
「海人、準備は出来た。本当にすまない。私は操作をしなければならないので、ここで待つ」
心配はない。
元々、一人で桜ちゃんを助けに行こうと思っていたからだ。
「海人、始めるぞ」
俺は「うん」と頷くと父が何かのボタンを押す。
大電力を加えるためだろう。
部屋の灯りが一瞬点滅したが、それ以外の異変はない。
そして、ついに時空の鏡は淡い光を放ち始め、俺の姿を映し始めた。
「父さん、行ってくる」
近所に出かけるみたいな言葉を残し、俺は時空の鏡に手を差し入れた。
鏡は差し入れた手を中心に波を打ち、波紋となってそれが広がる。
そして、意を決し、時空の鏡に飛び込んだ。
後ろで父の声が聞こえたような気がした。
「海人、頼んだぞ」
たぶん、父はそう言っていたのだろう。
残された父は、のどを搾り出すように言葉を発した。
「海人、桜ちゃん、本当にすまない。無事に戻って来てくれ」
それは祈りにも近い声であった。