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8.調査員の女

 ナオミにとっては驚異的といっていいほど思考の足は遠出し、狂気が見えるところまで到達したが、やはり閉じた円環からは抜け出せず、なぜ自分はここにいるのかという問いに戻ってきた。


 この状況には自分以外の誰かの意志が働いており、それが閉じ込められているという感覚をもたらす大本にある、とナオミは思い至った。


 ――私は誰かにここに連れて来られたのであり、自分で望んで来たわけじゃない。


 過去のことはあいかわらず霧に包まれて(よう)として知れなかったが、そのことは真実であるようにナオミには感じられた。


 ――その誰かは私をここに入れておく必要があったのだ。しかしなぜ?


 思考のぎこちない連鎖は推進力を失い、そこで止まることを余儀なくされた。結局のところその誰かについても、またその目的についても、今ナオミが持っている情報だけでは彼女を納得させるだけの高い蓋然性(がいぜんせい)を持つことは永遠にかなわないのだ。


 むなしく空転した思考を再び前に進ませるには、グリップとなる新たな情報が必要になる。


 ナオミは起き上がってベッドのフレームを調べはじめた。調査員の男が言っていた呼び出しボタンを探すためである。しかしそれらしきものが見つからず、マットレスの下に手を入れたり、違うだろうと感じつつもフレームの接合部分の出っ張りを押してみたり、いろいろ探しまわったのち、ベッドの壁側の面にようやくボタンを見つけた。


 どう考えても設計段階でのボタンの配置、あるいはベッドを置く向きが間違っているとナオミは腹を立てた。しかしむやみやたらにボタンを押さないようにという配慮によるものかもしれず、ナオミはいらだちを抑え、なにはともあれそれを押してみることにした。すると例のメロディーが流れたのだが、ディスプレイが出てくることはなく部屋にも変化はなかった。しばらくたってもう一度押してみたもののやはり結果は同じで、どうしたものかと考えていると、ようやく天井からディスプレイが現れた。定時の調査とは違い、呼び出しの場合は調査員の準備に時間がかかるのだなとナオミは思った。


 画面には先ほどの中年の男の調査員ではなく、見知らぬ女がいた。そのことについて考える前にナオミは叫んだ。


「娘を返しなさい!」


 それが相手にどんな印象を与えるかについては考慮せず、会話においてはとにかく機先を制することが重要であるとナオミは信じていた。

 今回は意図的に叫んでみたのだが、どうやらその試みは失敗したようで、画面の中の女は眉ひとつ動かさずナオミをじっと見つめるだけだった。


「その言葉があんたに向けられたものである可能性は?」


 女の言葉にナオミは「ないね」と答えたが、はたして本当にそうなのだろうかと不安になった。今やナオミは自分が発する言葉に、なにひとつ自信を持つことができなかったのである。


 女は短髪で痩せていて、神経質そうな切れ長の目をしていた。年齢は先ほど現れた調査員の男よりも少し若く見える。同じ茶色い革のソファに座っているが、背後に見える壁紙の感じからすると、調査員の男とは違う部屋からモニタリングしているようだ。


 女は調査員ケイと名乗った。ナオミは今度こそ名前を聞き逃さなかったが、調査員とケイのあいだに助詞がなかったため、ケイというのがその女の戸籍上の名前なのか、それとも調査員に割り振られたアルファベットのKなのか判別することができなかった。結局ナオミは、ケイのことを調査員の女としてだけ認識した。


「さっきの男は?」


 ナオミの問いに、女は「ワークシェアリング!」と力を込めて返した。


 調査員たちは、彼らの国家の合理的かつ人間性にも配慮した優れた点を述べるときに、それを強調する傾向があった。


「前任者の本日の業務はおしまい、というか明日は別の任務が与えられるだろうから、もうあんたと会うことはないだろうね。引継ぎはしっかりやっているのでご心配なく」


 と、女はぶっきらぼうに言った。

 女がナオミの最初の言葉に無反応だったのは、ナオミが出端(ではな)をくじくように叫ぶことを知っていたからで、まさに引継ぎは抜かりなく行われていたのである。


 調査員を呼び出したはいいものの、ナオミは困惑していた。なぜかというと、前任の男だったら前回の話の続きからはじめることもできたのだが、この女についてはまだわからないことが多く(もっともあの男についてもナオミが理解していることはほとんどないのだが)、さらに自分から呼び出したため相手がなにか質問してくることもなく、こちらから話を振る必要があったからだ。


 的外れな質問をして軽んじられるのを避けたかったナオミは、なかなか考えをまとめることができず、口を開きかけては閉じるのを繰り返していたが、調査員の女はなにを言うでもなくつまらなそうにナオミを見ているだけだった。


「なぜ私はここにいるの?」


 結局出てきたのはナオミの思考の出発点となるいつもの問いであり、声に出してみると、まるで陳腐な物語のヒロインの台詞のように空々しく響いた。しかしそれがナオミにとって最も知りたい核心的な問いであることは事実で、それを明らかにすることは世界の秘密を解き明かすことと同義だった。


 すると、調査員の女は言った。


「なぜって……あんた覚えてないの?」

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