どっちがダンジョンモンスターか分かんねえな
巨牛は増援の頭数を数え、感情を高ぶらせていた。
『餌が増えた』と。
どいつも中途半端に強い。ちょうどいい餌である。
特に鎌を持つ、おそらく天魔を食すことができれば、自分はしばらくの間不死のような存在になれる。
喰いたい。喰らいたい。
ならどうする? 喰らえばいい。
竜人にやや協力することになりことは不本意だが、もともと利害が一致したからの協力関係だ。それぐらいしてやってもいいだろう。
いや、どうせなら……
全員喰らってしまえばいいではないか。
こいつらも、竜人も、ラスボスも、そして同族の仲間も。
そして我は
魔王となろうではないか。
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「カムイ、作戦はあるか?」
隣で剣を抜き、構えながらツチグモは聞く。
「『いのちだいじに』だ」
「まじめにしてくれ」
ツチグモの矛先が一瞬自分に向いた気がする。
「大真面目だよ!大体、敵の能力も把握してないのに作戦も何もないだろ」
「とりあえず『様子見』ってこと」と付け足しておいた。
それにしても、この状況……
はたから見れば、どっちがダンジョンモンスターか分かんねえな。
「早めに頼むぞ。一撃喰らったら多分即死だから短期決戦が理想だな」
ミルはそれだけ言うと巨牛に向かって一人走り出していった。オイ、待てよ!
巨牛はミルの接近に反応して大斧を縦に振り下ろす。
「地龍!あんたはここから離れとけ!あんたは相性が悪すぎる」
後ろで動かない地龍に離れるように命令するが、
「てめえが勝手に判断するな!」
とまた言い返してきやがった。ふざけんな!
「鈍い、鈍い、でかいの三拍子が揃ってるてめえは相性最悪なんだよ」
「カムイ!」
ツチグモが注意を促すように叫ぶ。そんなくだらない言い合いをしている間に大斧は振り下ろされ、その衝撃波が地を這う大蛇のように、こちらに向かってくる。ミルのやつ
「後方を気にしろよ!」
俺とツチグモは横に避けるが、地龍は動かないで(動いたところで間に合わないが正しいだろうか)その衝撃波をもろに受ける。
土煙が激しく舞う。とりあえず巨牛の方を確認すると、ミルは無事で右腕を切り落としていた。
「オイ、カムイ」
突然、土煙の中から声が聞こえた。
「一つ覚えておけ」
土煙が薄くなっていくと、中からは無傷な地龍。
「龍の皮膚はお前が思ってる以上に硬い。この程度じゃ傷の一つもつかん」
やや勝ち誇ったような顔で俺を見つつ地龍は続ける。
「俺が他のやつらが邪魔しないように見といてやる。その程度のこともすぐに分からんとはまだまだだな」
とだけ言って、背中を向ける。
「勝手な奴だな」
ツチグモもだいぶ呆れたようでため息をつく。
「うだうだしゃべるな。背中を向けることがどういう意味か分からんのか」
はいはい、分かりましたよ。でもまあ最後に
「いい感じに話をそらしたつもりだろうけど、これが終わったら説教な」
とだけ言って俺もミルの援護に向かう。後ろでなんか言ってる気がしたけど目の前に集中集中。
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一方で、五階層では巨牛が全力疾走をし、六階へと向かっていた。
後ろからは依然として敵がおってきている。その距離はほんの少しずつだが近づいてきている気がした。自身の全力疾走よりも速いのである。信じられん。そのくせ小回りも効く。厄介この上ない。
だが、このペースならば問題ないだろう。追いつかれる前に九階層くらいまでなら行けるはずだ。そこまでで残りの半分の巨牛と合流できれば、余裕が生まれるはずだ。
巨牛はそう信じて何もない平原を突き進む。彼を止めるものは目の前には何もない。否、止められるモンスターも障害物もいないのである。
巨牛もグローリアも知らないが、残りの半分は六階層にいる。つまり、もう少しで合流できるのである。
階段が見えた。あの先にたどり着けば合流できる。
だが、その瞬間、突然地面との距離が近づいた。そして自分な動きが止まった。
何が起こったのか。巨牛は理解が追い付かなかった。
それは追っていたグローリアも同じであった。彼女としたことが、追うのに必死で周辺の注意をおろそかにしていた。そのせいで気づかなかったのである。
大きな影に。
突如として現れたそれは確実に、正確に頭を狙い、上空から奇襲した。
その一撃は見事巨牛に当たり、大きく体を傾けて横に倒れた。
そして獲物を抑えつける茶色い羽毛でおおわれている大きな鳥のモンスター。
「……スーカ!?」
「とどめをさせ!」
スーカは巨牛の頭を獰猛な足で必死に抑えながら私に叫んだ。
その言葉で我に返り、すぐさま詠唱を開始する。
巨牛もすぐにスーカに押さえつけられていることに気づいたのだろう、スーカを強引に払いのけて走り出そうとする。
だが、もう遅い!
「神ノ試練」
詠唱と同時に五つの光の槍が巨牛に向かって解き放たれる。すでに走り出しているが、無駄である。光で作られた五つの槍は本物の光に比べるとはるかに遅いが、あの突進と比べると同じように遅いと言える速さはある。
五つの槍はそれぞれが四肢と首を背側から突き刺さり、巨牛を置いて突き抜ける。巨牛は声すら上げずにとうとう地面に倒れこんだ。
「おみごと」
スーカはゆっくりと上空から私の隣に舞い降りてきた。
「それはこっちのセリフだ。……すまないな。私としたことが少々手間取ってしまった」
「大丈夫ですよ。グローリア様は少々気負いすぎているのですよ」
そう言って、スーカは突然その大きな羽を思う存分に広げた。辺りには彼女の茶色く丈夫な羽が舞う。
「私達だって、グローリア様ほどではございませんが、十分強いですから」
そして、彼女は少し間を開けてつづけた。
私は下の方の階層から来ましたけど、どの階層もうまくやっていますよと。
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「七!」
俺たちは順調に巨牛のライフ?を削っていく。ここまでの戦闘で相手は不死ではないことが判明している。いうなれば超回復(有限回)といったところだろう。巨牛の右手が切り離されるこの数秒間は攻撃力が著しく低下する。その隙に俺とツチグモ、ミル、ボルカは総攻撃を仕掛け、さらに巨牛のライフを削っていく。幸い、こちらは未だに被弾はしていない。全員無傷である。
「グボログボ!」
巨牛の右手が接合されるや否やミルに向かって拳を振り下ろした。ミルは余裕そうにそれを避ける。巨牛は先程から焦っているのだろうか。狙いが非常に単調になっている。本人は自覚していないだろうが、先程からミルを集中的に狙っている。この中で一番攻撃力のあるだろうミルを。
おかげで俺たちが動きやすくなっている。俺とツチグモは振り下ろされた右手に向かって剣を振る。
俺たちを攻撃力ののない雑魚だと思ってるのかもしれねえが、それは浅はかすぎないか?
俺とツチグモの剣はミルのように一撃で腕の半分近く切り込むなんてできないが、巨牛の大きな幹のような右手から赤い血が流れ出る。
慌てて腕を引っ込めようとするが、今度は安全圏からボルカの「熱狂贈呈」が顔面に当たり爆発する。その影響でわずかに止まった隙を見逃さずミルはすかさず「死神ノ鎌」を放つ。器用に俺とツチグモの切った後に追撃する形で振られた鎌は一瞬にして再生されたばかりの右腕を切り離した。
「……八!」
勝てる。この調子でいけば勝てる。
「グロボオオオ!」
巨牛は聞いたことのない雄たけびを上げると、腕を再生させるのもそっちのけで、突然ミルに向かって突進した。
「えっ、ちょっ」
ミルはぎりぎりのところで躱す。巨牛はしばらく突き進んだのちに方向転換し、こちらに向かって走ってきた。おそらくミル狙いなのだろうがその直線状に俺たちもいる。
といっても単調な突進攻撃なので簡単に避けられる。のだが……
「あの暴れん坊、どうする」
ボルカがやや困惑しながら尋ねる。巨牛の速度は一切低下せずに走り続けている。不味いな、あの状態だとうかつに手が出せないし。
(もし、対象が俺たち以外に変わったら)
被害がとんでもないことになってしまう。それだけは何としてでも阻止せねばならない。
だからといって、突破口があるわけではない。どうしようかと考えている間も巨牛の気分がいつ変わってもおかしくない。
「ミルさん!あなたのエネルギーを私に少し分けてください!」
ツチグモが突然声を荒げた。ミルは驚き戸惑いつつも、ツチグモの手を握った。おそらくエネルギーを渡しているのだろう。
そうしてツチグモは剣を鞘に納め、体を深く落とし構える。まさか……
「……正気か!?」
「今、この場ではこれしかないだろ!」
分かってるけど。
失敗したら死ぬよな。それ。
巨牛は方向を変え、ツチグモとミルに向かって突進する。ツチグモのことなど気にも留めていない様子であった。
ツチグモは構え、巨牛を見ながら動かない。
「……そういうことか。それなら、ちゃんと言ってよね」
ミルはそう言ってツチグモの背中に手を当てる。
「何をしてるのですか?」
「私のありったけのエネルギーを貸す。いいから集中して」
ミルもまた直線状に立つ。
「なるほど。それじゃあ僕も協力してあげる」
ボルカはそう言ってカムイの鞘に触れると鞘がかすかに赤く光り、ボルカは消えた。
無茶苦茶だ。シンプルな力と力のぶつけ合い。弱かった方は死。駆け引きもなにもない。
相性や運の要素が大きい。俺は運要素は大嫌いだ。
だが、戦いのそれはそれで俺は好きだ。
「いいぜ!死なばもろともだ!」
俺はツチグモに巨牛の特攻を能力付与する。そんなことをしている間に巨牛との距離は10メートルを切っていた。
ツチグモは、目を大きく開き、少しだけ重たいように感じた剣を抜いた。迫りくる魔物に向かい。全身全霊で。
「一閃!」
次回、ようやくクロマとドーラとリイア編