戦乱前夜の刻
ツチグモたちがやってきてから二日後の今日。フェニに偵察を頼み、その結果から予測すると…
「今日が決戦前日ですね」
早ければ明日の午前、遅くてもその日の日没前までにはダンジョンまで到達する予測である。今は夜の六時ぐらいでもうじき日が沈む時間帯であった。まさしく逢魔が時である。
「それじゃあ最後の確認をしようか」
私の周りにはフェニとテン、カムイ、ライヤの古参勢とランド、スーカ、キョウ、ウォル、フウラン、アースとオーク三兄弟。そしてボルカとツチグモがいる。全員、聞き漏らすことのないようにと普段は職務怠慢気味なフウランも静かであった。
まずは敵勢力の兵数だ。フェニが観測できた限りだと
「俺がざっと見ただけで何百…いや、何千はいたぞ」
とのことであった。その隊で全部かどうかは分からないとのことなので
「少なくとも千体はいると考えるべきだろうな」
なので兵の数に関してはこちらがやや不利であった。このダンジョン内で最も数が多いのはオークでおおよそ300前後。その次はゴブリンで200前後ぐらい。残りは大体2~30体ぐらいしかおらず兵の総数は千未満である。
では兵の質はどうか。これはかなり難しい。お互いに様々な種族が集まった多種族軍である以上、どちらが上か判断することはできないのである。
ならばボス格に限定するとどうだろうか。フェニが見た限りだと、特に強そうなモンスターは19体だそう。その中でも強さの違いはあるが特に強そうなのが竜人の強化種らしい。最初にそれを聞いたとき、キョウちゃんが一方的にフルボッコにできるので大したことないのでは? と思ったが
「そもそも強化種になれるということはそれなりに訓練し、戦場で生き延びているのです。そもそも竜人としての実力も経験値もここら辺にいる竜人とは比べ物にならないでしょう」
とツチグモに忠告された。前提として、強化種の指標となっている五体分というのが、そのモンスターが進化する直前の状態の五体分であるため、分かりやすく言えば、その種族の中でも上位10%の平均五体分…ということである。
少し話がそれたが、その強化種の竜人が少なくとも五体いることが確認されている。残りは違う種族のモンスターであった。現在分かっているのはトロール(巨人)、ゴーレム、オークで十体。残りは不明。
さて、対するこちらはとりあえずボス格の中でも上位と下位に分けることにした。具体的には
上位…グローリア、クロマ、ウォル、テン、ミル、キョウ、スーカ、ランド
下位…カムイ、ツチグモ、ボルカ、フウラン、アース、ライヤ、オーク三兄弟
一応その中でも強い順に並べている。ただ、キョウ、スーカ、ライヤはほぼ変わらないから五十音順だし、実力がまだ定かではないためミル、ツチグモ、ボルカは気持ち低めに設定している。相手のボス格がどれほどの強さか分からないがこちらとしては兵数で負けている以上、ボス格同士の戦いで勝つことが重要になる。私的には上位のメンバーは誰が相手でも勝ってもらう(特に上の四名)つもりで設定し、下位のメンバーは勝てなくてもいいから、互角ぐらいの戦いはできて欲しいと思い設定した。ちなみにここには書いていないが闘牛モンスターのカールや七階層の亀のモンスターで自由意志を持つタンもオーク三兄弟と同程度の実力がある。この二匹にも頑張ってもらいたい。
…ということで兵数ではやや不利だが、こちらには地の利と情報の差、そしてなにより
「ようやくダンジョンモンスターらしい仕事ができる」(ランド)
「愚かな侵入者は一人残らず餌と変え」(スーカ)
「妾たちの血と骨になってもらいましょう」
「私の決意は変わりません。覚悟はできています」
「僕もひと暴れするぞ~!」
「私達がいる限り、リイア様に指一本触れさせません」
「全員まとめて武器の材料にしてやろうじゃねえか」
「俺もいるぜ!」
ダンジョンモンスターたちはもちろん
「我らも誠心誠意協力し、かつての恨みを晴らそうではないか」
「共に戦い、このバカげた支配の仕組みを変えようではないか」
ボルカとツチグモ、オーク三兄弟もやる気に満ち溢れていた。
何より「モンスターの和」の優位がある。相手はただの寄せ集め。対する私たちは同じ信念を持った者たちの集まりだ。どちらあの方が強力かなんて話す必要もないだろう。ボス格たちの士気は最高潮に達していた。
「絶対に勝つよ。せっかく革命が成功し、新しい目標もできた。こんなところで終わりなんてもったいない」
私達はこんなところでは終われない。せっかく新しい仲間と共に第一歩を踏み出し始めたのだ。それにこんなところで死んだらアランたちにどんな顔をして向き合えばいいんだ。
私はケンとミーアの死からどうすればよかったのか考え続けた。どうすれば殺されないのか。
結局その答えは分からないまま今度はアランとヒョウリが死んだ。
ヒョウリの死についてテンから聞いたとき私はその場に崩れ落ちた。
ヒョウリは立派であった。…これは決して誇張なんかじゃない。
何度刺されようと何度噛まれようと立ち上がり続けたのだ。ヒョウリに毒の耐性なんてない。本来であれば、一刺し、一噛みされたら立ち上がることすらできないはずだ。それにもかかわらず立ち上がり、抵抗し続けた。いったい何がその時のヒョウリを奮い立たせたのだろうか。…私ごときが図れるはずがない。
テンも話し終えるとその場で泣き崩れた。ヒョウリの前で泣くことはできなかったようで、その時の分が溢れてきたそうだ。私は泣き続けながらふと思ったのである。もしかしたら、ヒョウリなら何か答えを持っているのではないかと。…何の前触れもなく突然そう思ったのである。それが正しいかどうかは分からなくとも彼女の中には何か一つの答えを持っているのではないかと。
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「…リイア?」
私は肩をフェニにつつかれ、我に返った。周りを見渡すとフェニ以外のモンスターたちは皆、帰ったようである。
「…大丈夫かリイア?なんかすっごい苦しそうな顔をしてたぞ」
…そうなのか?私は特に体調的にも精神的にも大丈夫だが
「…俺のみ間違えかもしれん。普通に思い悩んでただけだったのか」
「…多分そうだと思う。いろいろ考えてたから」
私がそういうとフェニはそれ以上言及しなかった。私は明日に備えかなり早いが寝ることにした。
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ダンジョンの外は快晴で、空はきれいに星々の光を通していた。ダンジョンのすぐそばにあった大樹の上に上り、ぼんやりと眺めていると、大樹の下の方になじみ深い気配がした。見なくても誰かは分かる。
「…何の用だ。カノン」
「…こんなところで何をされているのですか?ツチグモ様」
見ればわかるだろうが。満天の夜空を眺めているんだよ。
「…らしくないですよ。緊張でもされているのですか?」
「…緊張?いいや、嬉しさのあまり寝れないのですよ」
俺の答えの意味が理解できないようであった。…そういえば、カノンは知らないのか。俺は「あのな…」と言葉を発したところで、やはり言わないことにした。
せっかくかつての因縁と決別できたのにどうして再び過去に縛られなくてはならないのだ。
世の中には知らない方がいいことの方が多いと俺は思う。
カノンには…いや、これからの子供たちには自分たちが立派であると思ってほしい。鬼人族は誇りある種族と思ってほしい。
不幸なのは自分たちだけでよい。わざわざ他人に不幸を分け与える必要などないのだから。
カノンは不服そうであったがしばらくするとあきらめたのだが、俺のもとから去ろうとはしなかった。どうやら
「長を一人にさせることはできません」
とのことだった。俺は半人前の娘に守られるほど弱くない。だから誰もついてこないように言ったのだが…若気の至りか。
カノンをチラッと見る。カノンは鬼人族の中でかなり若い自分よりもさらに若く、黄緑色のやや長い髪は後ろできれいにくくられていた。腰に魔法剣を携え、その剣は独特な淡い光を闇の中に発していた。それ以外は夜の闇で判別できなかった。どのような表情をし、どんな格好をしているか。何もわからない。
できればここで一人夜を明かしたかったが、カノンのことも考え、ダンジョンに帰ることにした。