天魔
一方そのころ…
「テンからある程度は聞いている。めぼしい情報はなかったんだよな?」
「そうですね。今、クロマさんが遠くの方にも行って調査してくれています。伝言として、『クシャとは反対方向に行く』とのことです」
……言われてはじめて気づいたがそういえばクロマがいなかったな。普段からああいった会議とかまじめに参加せずに魔導書読んだりしてるからな。いないことに違和感を感じなかった。
クロマは今何をしているのだろうか……
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「リーダー!なんなんですか!あのモンスター!」
魔法使いの男は走りながら少し前を同じく走るリーダーに聞く。
「知らねえよ!とりあえずやばいのには違わねえ!」
二人は今後ろから追ってきている巨大なクモのモンスターから必死に逃げていた。二人はこの辺りで最近数が増えている蝶のモンスターの討伐に出向いていたのだが、なぜか蝶のモンスターが全くおらず帰ろうとしたときに
「クシャー!」
クモのモンスターに見つかり、追いかけられているのである。
「……って隊長!やばいっす!この先絶壁ですよ!」
男たちはクモのモンスターに追い詰められてしまう。
「こうなったらイチかバチかで戦うしかねえ!」
リーダーの男はそういって自慢の剣を抜き、自信を鼓舞するべく叫び声をあげながらクモの足に対して振ったのだが
「パキンッ」
男の持っていた剣はクモの足に敗れ、折れてしまったのである。
「嘘だろ!この剣2500ゴールドもしたんだぞ!」
「今はそんなことどうでもいいですよ!リーダー!」
リーダーの男が一瞬思考を停止させた間にクモのモンスターは鎌のように鋭い足で切ろうとしていた。
(オワタ)
リーダーの男は死を確信した。
しかし、その足がリーダーのもとに届くことはなく、クモの足は八本まとめて吹き飛ばされるのであった。そして……
「死神ノ鎌」
移動手段と攻撃手段を失ったクモのモンスターは突如現れた死神のような姿をした少女にきれいに一刀両断されたのだった。
男たちはクモのモンスターの脅威はなくなった。ただしその代わりに……
「やるじゃんミル」
「まだまだですよクロマ様」
もっと恐ろしいモンスターが現れるのであった。
ミルはたった三日で新たに登場した階層ボスレベルになった。そしてすぐにそれも超えるだろうと思う。そもそもこの子は誰でどうして私と一緒に行動しているか?
それは三日前の出来事である。
私はヒマリの治療法を探すため、そして自分の強化のためにダンジョンを出て歩き続けた。道中で襲ってきたモンスターはすべて返り討ちにした。ほとんどが雑魚だったので大した腕試しにもならずただただ面倒だった。そんなある日私は農村についた。初めて外に出たときに見つけた村よりは大きいが、クシャのような街ではない。
(……めぼしいものはないだろうけど)
一応治療法についての情報がないか調べることにした。
結果は思ってた通りなかった。こんなところに長居しても無駄なのでさっさと去ろうと思っていたのだが
(…?)
村の少し外れからかすかに不気味な気配がした。こののんびりとした農村には似合わない黒い気配。関わるべきではないかもしれないが
(気になる……)
好奇心に負け、行ってみることにした。
黒い気配は村の外れの小さな小屋の中からであった。外観はとてもぼろくとても人が住んでいるとは思えない。窓はなく扉は閉まっていたので外から中を除くことはできない。私は木が腐りかけている扉を開けて中を覗くと、中には鉄の檻がありその中には
「……天魔?」
紺色の髪。目は両目ともに真っ赤な子供。性別はぱっと見じゃわからない。全身を鎖で縛られ身動きもほとんどとれないだろうその子は私に気づくと
「来ちゃダメ!」
その子は何かにおびえるように必死になって叫ぶ。
「大丈夫だって」
「なにしてるんだ?お嬢ちゃん」
後ろから見知らぬ男は私の肩を押さえつけながら聞く。
私がそんなのに気づかないとでも?
背後からやってきた男は突如として苦しみ倒れる。お久しぶりの毒蜘蛛の出番です。私は苦しみもがく男に向かい
「……これはどういうこと?」
と問い詰める。男は私をにらみつけるように見上げながら
「見りゃわかるだろ!そいつは呪われてんだよ」
そんなん分かってる。その気配をたどってここまで来たんだから
「そいつがいる家や土地も呪われる。だから隔離してるんだ!」
……そういうことか。私はおもむろに魔導書を開き「死神弾」を唱えて鉄格子を壊す。私はその子のそばに行き「動かないで」と言い、鎖も破壊する。
「……まて!何をする気だ!」
男の顔は毒のせいか私の行動のせいかは分からないがみるみる青くなっていった。何ってこの子がかわいそうだから助けようとしてるんだけど? 文句ある?
「話聞いてたか?呪われるんだぞ!」
そうだね。あんたは呪われている。……こいつは天魔についてほとんど何も知らないんだな。
そのことをわざわざ教えてあげる義務は私にはない。
「厄介者を引き取るんだから別にいいじゃん。それじゃ」
これ以上ここにいる理由もないので私はその子を連れて小屋から出た。
小屋から離れた後、天魔は少しおびえながらまあ当然な質問をする。
「……あなたは天魔について知っていてどうして助けてくれたのですか」
天魔……エネルギーの塊のような存在で時折『純粋な存在』として生まれる
そのエネルギーは凄まじく上手に使えば孫の代にまで幸せに暮らせると言われているが使い方を誤ればその土地や所有者に呪いを与える存在となる。
そしてこの子は今、後者の存在である。おそらく天魔について詳しくない人間が天魔の力を乱用して呪いを与える存在にしてしまったのだろう。そして、使えなくなったとたんに天魔をあんな小屋に幽閉していた……といったところだろう。
「……まあ、理由はいくつかある」
まず、私が呪いにある程度の耐性がある。つまり一緒にいる程度ならなんら問題ない。それともう一つ……
「毒に蝕まれている仲間がいる。……なんだかその子と同じような感じがして無視できなかった」
私はリイアと関わることで多分いい方向に変わったなと思っている。
正直、今回助けたのは半分気まぐれだが、かつての私なら自ら厄介ごとを引き入れることはありえなかっただろう。
「……あなたは呪い恨んでいるけど決して暴走しなかった。あの程度の拘束なんで意味ないでしょ?」
今度は私から天魔に問いかけると俯きながら小さく答えた。
「私は恨み切れなかったのです。かつての主人は私をもののように扱いました。私に権利なんてありませんでした。ほかの人も同じでした。ですが、たった一人だけ、主人の子供だけは違っていたのですよ」
ミカエル。主人の子供。次男で勉強もでき、魔法の才能もあった。そしてなにより優しい人でした。私にこっそりパンや果物を渡してくれた。私の愚痴も嫌な顔一つもせずに聞いてくれました。そして私の愚痴が終わるといつも「ごめん」と謝るんですよ。むしろ私が謝らないといけないのに。その時の私は無知だったのでミカエルがやがて主人の後を継ぎ、私の待遇をよくしてくれると思っていました。
ですが実際に後を継いだのは彼の長男でした。
長男は魔法の才能こそありませんでしたが、勉強はできたので後継ぎとしては問題が無かったのです。そしてしばらくしてミカエルは家を去ったのです。
「君の待遇を治すように伝えた。……本当は強引にでもそうさせるべきなんだろうけど今の僕にはそんな力はなかった」
そして最後にいつものように「ごめん」と言って去りました。それが私と彼の間でかわした最後の言葉でした。彼がどこに行ったかは知りませんが今も元気に暮らしてると思ってます。
……ところで私の待遇はむしろ悪化しました。長男はワタシから限界までエネルギーを搾取するようになったのです。すでに壊れかけていた私はわずか数日で他人を呪う存在に変わりました。そして私はあんなふうに隔離されるようになったのです。ちょうど二年ぐらい前ですかね。
私は長男を呪い殺すことも、不幸にさせ貧民まで落ちぶれさせることもできました。ですが、そんなことをしたらミカエルにまで被害が及びます。呪いは強力でなかなかコントロールできるものではないですからね。長男を呪えば、次男のミカエルも呪われてしまいます。
「……だからあなたは呪いの存在になったのに理性を保つ不思議な存在になったのか」
天魔は「……はい」と小さな声で返事をした。その足元は少し濡れていた。私はその様子を見て、即決した。
「私のもとに来ない?」
私が聞くと天魔は驚いたように顔を上げて固まった。
「……いくら理性を保ってると言えど、呪いの存在になった天魔を欲しい人間なんてそんなにいないと思う。仮にいたとしても大切にするとは思えない」
「そもそも私のそばにいるだけで多少呪われますから……」
「私はある程度呪いに耐性があるし私の友人もなぜか呪いの耐性があるから大丈夫。だから取引しない?」
そして私は取引の内容を説明する。
私達はダンジョンのモンスターで強い仲間が欲しい。戦闘が起こったら戦ったりしてほしい。その代わりに私達がある程度の生活と権利は保障する。
「もちろん自由も保障する。嫌になったらダンジョンから出ていったらいい」
ミカエルを探しに行きたいなら行かせてあげる。長男を殺したくなったら勝手に殺しに行けばいい。
「あなたみたいな訳アリの子がほとんどだからきっとあなたのことも受け入れてくれる。……これでどう?」
私は手を差し伸べる。リイアは革命前に『救いを求めるものには慈悲を与えるべきだ』と言っていた。目の前の天魔は救いを求めている。天魔は私の手を両手で握り「お願いします」と頭を下げた。
こうして私は天魔と共に旅を続けることにした。
なぜクロマは天魔を知っているのか
理由はいつか語る…かも