(閑話)とある武器屋の非日常録
閑話です
お久しぶりのガスロ&クラモです。
ライヤがダンジョンの方に向かってから五日が過ぎたある昼下がり。
クラモはモンスター商人たちに納品する武器の整理が終わったのでのんびりしていた。店の外からいろいろな会話や足音が聞こえてくるが店の中は静かであった。営業時間中ではあるが客は一月に2~3回程度しか来ない。しかもそのうち店に入ると出ていく客が半数を占めるのでぶっちゃけ一般向けに営業する理由はない。
そんなわけで営業中にもかかわらずナンバープレートをしながら優雅に紅茶をたしなんでいたわけなのですが
「バン!」
扉を勢いよく開ける音がした。あの建付けの悪いさっさと建て替えるべき扉を『ガタガタ』と鳴らさずに開けれるのは世界で二人だけしかいない。一人は自分。そしてもう一人は
「お久しぶりです。キリン様」
ライヤの姉キリンしかいない。
「ライヤはすでにいないのですか?」
「……私が手紙を送ったころには出て行ってました。あの人は仕事以外のことになると姉に対する報告すら怠るのですね(ため息)」
「……あいかわらずですか。ごめんなさいね、クラモ」
キリン様はライヤの姉とは思えないほど常識人であり、いい人であった。なんでその弟がああなったのか私には分からない。
「そんな……キリン様が謝る必要はございませんよ。むしろこちらが謝りたいです。わざわざお仕事が大変な中、来てくださったというのに……」
この方はなんとクシャの防衛軍の隊長というとんでもなくえらいお方なのである。……だから私はライヤ『さん』でありキリン『様』なのである。
「いいんですよ。今日はゴブリンの集落に行く予定だったのに、なぜかきれいさっぱりなくなっていてね。仕事がなくなったのよ」
「きれいさっぱり?(紅茶を用意しながら)」
「そう。家の一つもなかった。多分どこかに引っ越したんだと思う。実際ここ五日間ぐらいゴブリンの被害がなくなってたのよね」
私が紅茶を置くとキリンは丁寧にお辞儀し、ゆっくりと紅茶を飲む。その動作はとても美しいものであった。おそらく大都市の防衛隊隊長となると貴族や王族とのかかわりがあるのだろう。とても元貧民とは思えない。
「なんだか……」
紅茶の入ったカップをそっと置いて何かを言おうとする。……何を言おうとしているかはすぐに理解できた。
「ライヤがいないと静かですね」
「…そうですね」
ライヤは姉が来ても最初は軽くあいさつし雑談をするが、すぐに仕事に戻り、私達が話していてもお構いなしに鉄をうつのである。いつもはもうじき金属同士が響きあう音が聞こえるはずなのだが、今回は違う。
「……やっぱりライヤはこの空間には必要ね」
そういって上品に笑われる。普段は騒音に感じるがなければそれはそれで味気ない。とりとめのない与太話を思わぬお客さん(?)と楽しく話していると
「がっ!」
ドアを開けようとするが引っかかった時の音である。お客さんだ。
「お客様!開けますので少々お待ちください」
と言い、私がドアを開けると、そこにいたのは……
「死神ー!」
私は腰を抜かし、その場に倒れこむ。
「えっ、ちょ」
「動くな!私は防衛隊隊長のキリンだ!少しでも動いた瞬間貴様を射抜く!」
キリン様は瞬時に弓を構え、いつでも射抜ける態勢をとる。
「ちょー!」
武器屋モタは一瞬にして混沌とするのであった。
「ちょーっと!」
~数分後~
「……これがきちんとした商人ギルドのカードです」
目の前のガスロマスクをつけた不審者はそういってカードをキリン様に渡す。
「……間違いないな。すまない、早とちりした」
「いえ、大丈夫です。射貫かれないだけましですから」
と苦笑い。その言い方だと射貫かれたこともあることになるんですけど……
「最近やってきた不審者みたいな商人は君のことだったのか」
「えっ、私そんな風に呼ばれてるんですか?普通にショックなんですけど……」
「それじゃあそのマスクを外しなさいよ」(クラモ)
「それができたら苦労しませんよ」
「……なんかごめんなさい。お客様なのに」
「……『なんか』なんですね…。それと私はお客とはちょっと違うのですよ」
「それではどういったご用件で?」
「実はですねこの街に入る前に二人の少女の見た目のモンスターに『モンスター用の武器が売っているところを知らないか?』と聞かれたのですよ。まあ、それで時間が余ったので調べてここについて知ったわけですよ」
少女のような見た目のモンスター二人。
……リイアとクロマだな(確信)
「その二人はもうこの店に来て、ダンジョンに戻られました」
するとガスロは目の色を変える。
「……ほう。あのお二人はダンジョンのモンスターだったのですか」
……あれ? もしかして言わない方がよかった?
「……ダンジョンですか。……これは新たな取引相手が生まれるチャンスでは⁉」
不審者はぶつぶつと独り言を言う。……怖い。キリン様はその間に
「ルール上は問題ないんだけど、できればやめてほしいのよね…。私の弟もやってるから何も言えないけど……」
と耳打ちする。まあ、たしかにダンジョンを強化することにつながりかねないからね。私らは思いっきり強化を手伝ってるけど。
「一応法律上は問題ないが、できるだけやらないでほしい。……というか広がらないようにしてくれないか?」
「もちろんそうします。ですが、あなたが思ってるような状況にはならないと思いますよ。そもそもダンジョンのモンスターって侵入者なら人間、モンスター関係なしに襲いますし、外の世界のモンスターと違って基本的に会話もできないじゃないですか。取引相手としてはかなりのハイリスクでリターンは不明ですよ。普通の商人はやりませんよ。まあ、私みたいにおとぎ話を信じるような商人じゃないとね」
キリン様はその答えを聞きながら何かを考えてるようであった。しばらく時間が過ぎた後、
「……私も一度そのダンジョンに向かうべきかもしれませんね」
理由としては、ダンジョンの危険度の変更、あるいはそもそもダンジョン以外の別のものに変更する必要があるかもしれないからとのこと。
「というかそもそも大都市の防衛隊隊長が決めていい範疇の話ではないのでは。下手すれば……
世界中が動き出すぞ
……もしかしたらとんでもない事案に手を出したのかもしれないですね」
「私も今になって言わなきゃよかったと思ってます」(ガスロ)
「まあ、いったんダンジョンを見てから考えることにするよ。(と言って立つ)紅茶ありがとね」
「もう帰られるのですか?」
「今すぐ本部に戻って仕事する。3~4日ほどの休みを取るためにやらなきゃいけないことが山積みなのよ」
「仕事としては無理なのですか?」
「そんなことしたら大問題につながりかねない。今は防衛隊隊長としては動けないだろうね」
キリン様はドアを開ける直前に振り返って
「……ガスロ。君個人が勝手にそのダンジョンと取引することは黙認する。…ただし、この噂が少しでも広がっているのを確認した瞬間に私は君を殺さなければならない」
そして、ドアを閉める直前に
「またね。次元の商人さん」
そういってドアを閉める。ガスロの方を見るとなぜか黒い衣装の上から汗が流れていた。そして
「……あの人、私のこと完璧に知ってるな。誰の入れ知恵だ?」
と呟いていた。