大臣の任命
卒業パーティで国の中枢が消えた。
その報せは隠すことなく国内外に伝えられた。
そう、国内外である。
国の中だけでなく、外国にもだ。
それも、王侯貴族という統治者・支配層だけではなく。
一般庶民にもあまねくひろめられた。
下手に隠してもしょうがないとの判断でである。
「無駄な駆け引きなんかするな」
国王・王妃を殺し、暫定的な統治者になった王子の方針だ。
「どうせ気付くし、なんらかの動きをしてくる。
だったら、さっさと正確な情報を伝えてやればいい」
それで何がどうなるか。
見物であった。
そこに策略や謀略はない。
色々考えた方がよいのだろうが、あえて放棄していた。
下手に考えても上手い策が出て来るわけがない。
だったら正直に全てを公開してしまえとなった。
策士、策に溺れる。
計る謀るは、謀られる。
それを嫌っての事だ。
侯爵令嬢も男爵令嬢もそれで潰れた。
それらを見ながら、これを利用しようとした国王・王妃も。
それを見てると、策略・策謀の限界を感じてしまう。
だから暫定統治者の王子は、事情を正直に伝える事にした。
何より大きいのは、国を保つつもりがない事だ。
どうにかして権力・権威を手に入れようとする。
勢力争いに勝とうとする。
その結果、全てが潰えていった。
努力の全てが空しく消え去った。
塵の如く無意味なものになった努力の果てに、王子は何の価値も見いだせなかった。
そうまでして国を保つ意味があるのか?
何のために国があるのか?
王族として統治者に生まれた王子にはわからなくなった。
「そこまで無理しなくてもいいんじゃないのか?」
退廃的な考えに取り憑かれていた。
それは政府中枢の人事にも見てとれる。
国王も大臣もほぼ皆殺しにした。
当然、全てが空席になってる。
誰を後任にするかが課題だった。
本来なら、権力闘争や利害関係を考えてその席に座る者がきまる。
能力や素質、人間性は考慮されない。
そんな大臣を王子は即座に決めた。
パーティでの騒ぎが起こった翌日である。
何が起こったかを説明すると同時に、空席の大臣に座る者を発表した。
「空席にしておくわけにはいかないだろ」
もっともな意見だ。
ただし、後任者の名前を見て、誰もが仰天した。
「あの、本当にこれでいいんですか?」
おそるおそる王子に尋ねて来る者が列をなした。
パーティで王子に協力した有志以外の者達はおおむねこんな様子だった。
そんな者達に「もちろん」と王子は頷く。
「これでいいだろ、別に」
そう言って疑問を問いただしに来る者達に言い返す。
しかし、納得できる者はいない。
後任の大臣は派閥や勢力争いとは関係の無い者達だったからだ。
しかも、それが極めて評判の悪い連中である。
派閥・勢力争いに与しない清廉潔白な人間…………だからではない。
まあ、派閥に組み込まれず、勢力争いに加担してないというのは確かだが。
それは、あまりに悪辣非道すぎて誰もが顔をしかめる人間だからだ。
わざわざ自分の陣営に加えたくない、そう思われる人間ばかりだった。
汚職・贈収賄の噂が絶えない人間。
横領が明白ながらもなぜか捕まらない人間。
裏社会と通じて悪さをしてるといわれる人間。
外国と内通して、国内に侵略者を招き入れようとしてる人間。
統治能力はそこそこだが、人を害する変態趣味で毛嫌いされてる人間。
収益を上げるために、領地の人間を使い潰す人間。
おおよそ、考えられる最低最悪の人間が揃ってる。
それらを大臣という国の要職につけたのだ。
誰もが面食らうのも当然だ。
嫌悪感から考えなおしを求める者があとをたたない。
しかし、王子はまったく受け付けない。
「いいだろ、別に」
進言してくる者達に返す言葉はいつも同じだった。
「今までの奴だって似たようなもんだったんだし」
そう言われると誰も何も言い返せなくなる。
これまでの大臣にも後ろぐらい噂はあった。
ただ、噂に留める程度に情報操作をしていたか。
問題を無視したくなるほどに有能だった。
なんにしろ、それなりの能力や才覚を示していた。
なのだが、今回の大臣にはそれすらもない。
ただただどす黒い噂がつきまとう。
しかもそのほとんど全てが事実という。
それを隠すことが出来ないほど無能だし。
そんな問題を無視できるような能力がない。
なぜそんな人間を大臣にと誰もが嘆いた。
「この国はその程度だろ」
王子の返事は容赦がない。
ろくでなしが大臣を担う国。
王子はそう言ってはばからない。
「今更とりつくろって隠そうとすんな」
そういって王子は鼻で嗤った。
それにだ。
隠そうとするから無駄な労力を費やす。
いっそ隠さずに堂々としてろとすら思っていた。
どうせ悪さをしてるのだ。
それが表に出るか隠し通したままなのかの違いでしか無い。
なら、隠すために労力を用いるなと。
隠すための労力を仕事に使えと。
「そうだろ?」
質問に訪れた者達は何も言い返せなかった。
とはいえ、王子もこれで上手くいくとは思ってない。
このままいけば、国は確実に滅びると思っていた。
それで構わないとも。
「なんで義務なんか押しつけられるんだよ」
誰にもなくぼやく。
聞く者がいようといまいと。




