男爵令嬢もまた
「待たせたな」
かろうじて生きてる男爵令嬢を見下ろす。
「生きてる間に確認しなければならん。
だから、生かして捕らえろと命じた」
その命令通り、男爵令嬢はまだ生きていた。
しかし、生きているだけだ。
足は逃げないように刺し貫かれてる。
足首の腱も切ってある。
止血はしてあるが、あくまで血を止めただけ。
治療されてるわけではない。
更に、手足は戦槌を使って潰してある。
生きてるがもうまともな生活は出来ない。
死んではいないというだけだ。
痛みで息も絶え絶えになってる。
そんな男爵令嬢に王子は剣を突き刺していく。
何度も何度も。
急所を突き刺して切り裂く。
最後に首を跳ね飛ばし、確実に絶命させる。
そうしなければならないほど危険な存在だった。
この男爵令嬢、王子にけしかけられた美人局要員なのだから。
この男爵令嬢、表向きは侯爵令嬢にいじめられてるという設定だった。
もとは男爵の愛人の子供で、子供のなかった本妻が事故死した後に愛人ごと家に迎えられたという。
それから様々な教育を施され、はれて貴族学院に入学。
それだけの才能を示していたのが大きい。
実際、勉学はそれなりに出来た。
下級貴族用の推薦枠に入れるくらいには。
ただ、こういった成り上がりのような存在は貴族の中でうとまれる。
なまじ優秀なのも問題だ。
歴とした貴族の子弟でありながら成績が劣る者達の怒りをかう。
地位が下のものが才能を示すことをよろこぶ貴族はいない。
地位とともに成績も大人しくしてろというのが大半の貴族の本音だ。
だから様々な嫌がらせの対象になる。
無視は当たり前。
伝達事項も伝えない。
必要な機材、学校からの支給品も滞る。
嫌がらせに対して教師や学校の職員も動かない。
勉学や係以外の用事を押しつけられる。
その他、階段から突き落とすとか、倉庫に連れ込んでの暴行など。
様々な嫌がらせを受けている。
それをけしかけたのが、侯爵令嬢で。
そんな男爵令嬢に救いの手をさしのべたのも侯爵令嬢である。
そして、保護を名目に王子の所に導き、王子の庇護下においた。
実際にはもう少し入り組んでるが、これが侯爵令嬢の策であった。
虐げられた下級貴族の令嬢。
それを助ける侯爵令嬢。
王子の婚約者になるための宣伝としては申し分ない。
更に王子に引き合わせることで、王子という権威で守る。
王子の宣伝にもなる……というテイに出来る。
実際には、ここで王子が男爵令嬢と懇意になれば幸い。
そうなるようにけしかけてもいく。
そこで王子が男爵令嬢に手を出せば幸い。
今後の弱みを握れるという寸法だ。
そうなるようにするために、男爵令嬢を虐げるように指示を出した。
かわいそうな令嬢を作り出すために。
それを救う慈悲深い侯爵令嬢という虚像を作るために。
あとは、王子と男爵令嬢が仲良くなれば完璧。
慈悲を裏切られた可哀相な侯爵令嬢の完成である。
その事に王子を謝罪させれば、それで弱みを握れる。
謝罪までいかなくても、多少なりとも負い目をおわせる事が出来れば良い。
今後、侯爵令嬢に有利な手札が増える。
それを知ってか知らずか、男爵令嬢は王子につきまとった。
男爵令嬢のまわりの者達がそうするよう吹き込んでいたのも大きい。
なにより、男爵令嬢にあわよくばという欲があった。
男爵令嬢とて馬鹿ではない。
なんとなく策略が働いてると考えてはいた。
でなければ、執拗な嫌がらせ、いや、暴行などの犯罪が行われるわけがない。
それを教師すら見て見ぬふりをしてるのだ。
何かしらの力が働いてると思った。
都合良く救いの手を差し伸べた侯爵令嬢をみても疑問を抱いた。
なぜ自分を助けるのかと。
高位貴族が男爵の愛人の子に近づくのがまずおかしい。
慈悲深い人だから、というのも眉唾である。
高位貴族なら、直接接する事なく代理の使者をたてる。
男爵令嬢に近い地位の者を接近させる。
高位貴族とはそういうものだ。
しかし、侯爵令嬢はそうしなかった。
そこに何らかの意図があると思った。
実際、王子に引きあわされて、これは何らかの意図があると感じた。
男爵令嬢ごときが王子に会えるわけがない。
よほどの功績を立ててるならばともかく。
男爵令嬢にそれはない。
強いていうなら、推薦枠で貴族学院に入るほどの能力があるという事くらい。
将来、国の要職を担う人材になるかもしれない。
ならば、事前に接見しておく、つばを付けておくというのもわかる。
しかし、だとしても簡単に男爵令嬢が会うことが出来ないのが王子である。
それに引きあわせる侯爵令嬢も異様で異常だ。
普通、高位貴族は他の貴族が王族に会うのを好まない。
そこで出来た接点が自分達の地位や立場を脅かすかもしれないからだ。
だが、侯爵令嬢はそんな常識的な貴族の動きを踏みにじった。
下級貴族の娘を王子に引きあわせた。
何かあると男爵令嬢は察した。
それから暫く考えて、侯爵令嬢の裏の動きをおおよそ推理した。
それはほぼ正解と言えるほど正確な読みだった。
(なら……)
男爵令嬢も考える。
これを良い機会として王子とのよしみを結ぼうと。
これを布石として、土台として、踏み台として活用しようと。
陰謀渦巻く貴族学院の中で生き残るために。
あわよくばのし上がるために。
その為に、自分を利用しようとしてるもの全てを利用しようと。
そうして王子の庇護という理由をたてにして、王子の近くにはべった。
もちろん、色恋のように見えないように注意をして。
いずれはそうなるにしても、まだその時期ではないと考えていた。
下手に急げば、侯爵令嬢を敵に回す。
他の貴族も黙ってない。
それだけは避けねばならなかった。
裸一貫、派閥らしい派閥もない。
そんな所から男爵令嬢は行動を開始した。
使えるのは王子の庇護。
侯爵令嬢による救済。
この大義名分だけ。
これを使って、出来る事を全てやっていった。
おかげで王子の近くにいる事が出来るようになった。
明確な地位や立場はないが。
強いていうならば、「王子のお友達」という言いようのない名誉といったところか。
王子の庇護が与えられる存在で、王子の近く非難してる者。
被害者の立場を上手く使って事を運んでいった。
そうしながら、高位貴族の子弟とも接点を作っていった。
相手は最低でも伯爵あたりの高位貴族。
子爵・男爵でも有力貴族の枝分かれといった者達ばかり。
普通ならただの男爵令嬢など相手にされない。
しかし、そこは王子のお友達。
この立場を使って最低限でもいいから接点を作っていく。
理由として「せめて無礼にならないような振る舞いだけでも身につけたい」と口にして。
それを理由に王族や高位貴族への接し方を身につけていった。
同時に、そうして少しずつ接点を増やして利害関係を作っていった。
そんな男爵令嬢も欲を抱いていく。
あわよくば王子の側仕えに。
正室など求めないが、側室におさまえればと。
狙えるなら正室も目指すが、さすがに状況は厳しい。
それを理解できる程度に男爵令嬢には思考能力があった。
だからこそ、王子のお友達という立場の堅持をはかった。
下手な野心は身を滅ぼす。
どんに頑張っても側室がせいぜい。
それは男爵令嬢自身がわかっていた。
だが、側室になれるならその為の努力はする。
その為にも、才能・能力を示さねばならない。
正室の、将来の王妃の代理がつとまると思われるくらいには。
その為にも勉学に励んでいった。
ついでに派閥作りにも。
そうしなければならない理由もある。
もし王子のお友達でなくなれば、そこで破滅である。
嫌がらせは再び始まり、地獄のような学院生活が待っている。
それを避けるためにも、王子からの好意を取り付けておく必要があった。
さすがに侯爵令嬢派閥も、王子の近くにいる者に迂闊なことは出来ない。
生きのびるためにも、王子の側仕えにならねばならなかった。
その頂点が側室である。
男爵令嬢は頑張った。
侯爵令嬢ほどではないが、王子のお友達の立場を使って協力者を増やしていった。
それなりの派閥を作ることは出来た。
勝てないまでも負けない戦いは出来るようになった。
その為に、様々なものを踏みにじりもした。
やってる事は公爵令嬢とさして違いはない。
規模が小さいだけである。
だが、自らの生存のためである。
男爵令嬢も生存のために四の五の言ってられなかった。
侯爵令嬢の派閥に入れなかった者達。
侯爵令嬢に敵視されてる者達も合流した。
彼らも生き残りをかけて必死であった。
だからこそ、対抗しうる存在がいるなら、それに加担した。
勝てないまでも負けないならばそれで良かった。
今のままなら、負けないでいる事も出来る滅びるしかないのだから。
結果として、国内に多くの問題を引き起こす事になる。
侯爵令嬢の派閥の影に隠れがちではあったが。
それでもやってる事は同じようなものだ。
なんだかんだ言って、男爵令嬢も侯爵令嬢と同じである。
身を守るためとはいえどもだ。
踏みにじった者が多すぎた
それを王子は放置出来なかった。
「お前も、お前の親も、お前の派閥の連中も。
みんな、お前
と同じ所に送ってやるからな」
切り落とした首に向けて王子は語りかける。
「あの世でせいぜい派閥争いでもしてろ」
冷淡に、呆れと蔑みを混ぜた声を。
既に死んだ男爵令嬢にかける。
哀れみも同情もない。
侯爵令嬢も男爵令嬢も、どちらもクズだった。
クズに情けをかけてはいけない。
人間として扱ってはいけない。
人に害を為す危険物質だ。
掃除して排除せねばならない。
そしたら喜ぶだけである。