3話 『普通』の異世界、
駅舎を出て辺りを見渡し違和感を覚える。駅の周辺は教科書で見た事のある明治時代のようだった。瓦屋根の木造の建築物が立ち並び、道路には夜道を照らす洋風な街灯が輝いている。看板の文字は相変わらず読むことが出来ないがそれでもどこか安心感を覚える。ただトンネルの先が明治時代というのは意味が分からないので瑠奈は子狐に質問する。
「なんでトンネルの先が明治時代なの?」
「ここはめいじ?時代ではない、ここは境界で先程の電車は世界と世界を繋ぐものじゃ、電車は行きっぱなしでの、帰るには歩いて帰るしかないのじゃ」
「千と○尋の世界みたい」
「なんじゃそれ」
子狐は瑠奈の質問に答える時は人の姿にならなければならないようで瑠奈の頭の上で幼女の姿になる。しかし重さは子狐の時と変わらないので瑠奈の負担は変わらない。子狐は瑠奈の質問には素直に答えてくれる反面、人間の世界の事はあまり詳しくないようで不朽の名作『千と○尋の神隠し』を知らないようだった。
とりとめのない会話を続けながら一人と1匹は夜の明治の街を進む。道案内は子狐が指示するが目的地がどこかは教えてくれないようだった。
右へ左へ大通りから裏道へ入りまた別の大通りへ、どこまで行っても見えるのは街灯の灯りだけで人間とは一度もすれ違わない。街の雰囲気も相まってかなり気味が悪い。
瑠奈は頭の上でくたーっとしている子狐の足をツンツンして質問する。
「ねぇ、誰もいないけど、この街なんか変じゃない…?」
「お主は馬鹿か、ここは異界。誰もいないのがここでの『普通』なのじゃ、そういう世界と割り切るしかないのじゃ〜」
面倒くさそうに幼女の姿になり投げやりな事をいう子狐の態度に腹がたった瑠奈は、幼女から子狐に戻ったところで子狐の頭を指でグリグリする。子狐は両手で抵抗しようとしたが、グリグリが気持ちよかったのかされるがままになった。
それからしばらくして瑠奈は明かりのついた建物を見つける。建物は周りと同じ瓦屋根の木造の平屋、中からはうどんを想起させるいい香りがする。この異世界に来てから何も食べていない瑠奈の腹は「ぐぅ〜」と音を立てる。瑠奈は再び子狐の足を小突きうどんの香りがする建物を指さす。
「お金とかある?うどん食べたいんだけど」
「お主は頭が足りんようじゃの、こんなんを巫女に選んだ妾も悪いが…。よいか、ここで何かモノを飲み食いすれば二度と元の世界に帰ることは出来なくなるのじゃ、分かったら諦めるのじゃな」
子狐は幼女の姿になると瑠奈の頭をぺちぺち叩きながら呆れた様子をみせる。
瑠奈としては「うどんを食べるな」と、お預けを食らった様なものなので、ぺちぺちを続ける子狐に抗議の眼差しをむける。だが幼女姿の子狐はお構い無しとばかりにぺちぺち。時折「頭が足りん」とか、「能無しなのじゃ〜」と小馬鹿にするように笑いながら罵詈雑言を浴びせてくるので瑠奈は腹がった。無言で幼女を頭から道に下ろすと両手で頬をグイッと伸ばす。
幼女も負けじと瑠奈の頬を掴もうとするが体格差のせいで掴めない。しだいに涙目になった幼女は寝転がり暴れだしてしまった。大人びた話し方をする幼女もとい子狐だがここだけ切り取ると年相応に思える。
「妾悪くないのじゃ〜!」
「ごめんね子狐ちゃん、許して〜」
ここは年長者として先に謝る瑠奈。実際のところ子狐は一応神様なので実年齢は子狐の方が高いのだが、瑠奈はそれを知らない。
瑠奈が謝ると子狐は急に機嫌がよくなり、「わかればいいのじゃ、わかれば〜」と上機嫌だ。
「さぁ行くぞ!もう少しで到着なのじゃ」
幼女は瑠奈の腕をグイグイ引っ張り早く行こうと急かす。瑠奈はやれやれとため息をつきながらも幼女の後について行く。「はやくはやく」と笑顔で飛び跳ねる幼女はとても可愛いなと瑠奈は思ってしまった。そこでふと思い出した事を口にする。
「子狐ちゃんってなんてお名前なの?」
幼女は虚をつかれた顔で口をパクパクしている。だが首をぶんぶん振ってから瑠奈に向き直る
「妾の名は『八十禍津日』なのじゃ。」
「まがつひちゃん?わかった、これからは『まがつひちゃん』って呼ぶね!」
「好きに呼ぶといいのじゃ、お主のことは嫌いではないからの」
子狐ともとい『まがつひちゃん』を連れ瑠奈は夜の明治の街を進む。ゴールはもう少しだ。
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