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悪役令嬢の花嫁!?  作者: 畠山こくご
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7. 冒険は山あり谷あり

 住み慣れた都を一歩踏み出せば、そこはまるで別次元のようだった。

 目に映るもの全てが私にとっては新鮮で、いつもなら何気なく過ぎてしまう一秒一秒がとても貴重に感じられた。

 アルマのお勧めの店で買った冒険着ーー生まれて初めて履くショートパンツはとても動きやすく、今までのドレス生活に戻るのが嫌になりそうなくらいに快適だった。

 たくさん歩いて、少し身体を休めて、再び立ち上がる。

 やがて日が沈み、涼しい風に吹かれながら夜を過ごせば、また朝が巡ってくる。

 旅に出てから一体どれだけの日が経っただろうか?

 「ねえ、アルマ。旅立つ前にお父様が言ってたけど、あなたってそんなに有名なの?」

 「うーん、人違いじゃないかな」

 私たちの会話は、旅に出てから今に至るまで殆ど途絶えることはなかった。

 話しかけるのは主に私からだったけど、彼は嫌な顔をするどころか嬉しそうな顔で全ての問いかけに答えてくれた。これまで一人旅を続けてきたという彼にとって、いつでも話し相手がいるという状況は新鮮だったのかもしれない。

 なぜ旅をしているのか?

 今までにどんな方な剣を集めてきたのか?

 今まで戦った中で一番手強かったのはどんな敵か?

 彼の冒険話を聞いていると、どんなに長い旅路もあっという間に感じられた。

 そして、私たちはどこまでも広がる荒野を抜け、森林地帯へと差し掛かった。

 「ん?あれは何かしら」

 「蝙蝠にしては大き過ぎるなあ」

 薄暗い森の中を歩いていると、進行方向の空を飛んでいく影が見えた。その直後、黒煙が天高く昇り始める……

 「何だか嫌な予感……」

 「とにかく行ってみよう!」

 薄ら寒かったはずの空気は前へ前へと進むほどに段々と熱を帯び、木々の隙間からオレンジ色の揺らめく光が見えてくる。

 「火事?」

 舞い上がる火の粉、木々を侵食し広がってゆく炎、逃げ惑う小動物たちーー私たちの進むべき道は激しく燃え、行く手を塞がれてしまったのだ。

 「ど、どうしよう。ここは引き返しましょう! 別の道を探そうよっ」

 「落ち着いて。炎が消えれば通れるさ」

 旅に出てから初めて遭遇した危機的状況に気が動転する私とは正反対に、旅慣れたアルマは冷静沈着だ。

 「それより、あれは求婚者の1人じゃない?」

 彼が指差す先には、炎の前に立つ男ーー花婿候補の一人で舞台役者のアベストスがいた。

 「おお、君たちは……って、お嬢様まで居るのか? 2人がそんな仲になってるなんて」

 「彼はただのボディガード。みんなが正々堂々とズルなしで戦ってるか気になったから来ただけよ」

 私は彼との関係性が特別でないことを強調する。

 「残念だけど、ここから先はルナ様とアルマ君には進めなさそうだ。でも、僕にはこの"火鼠のマント"があるから平気さ! 悪いけど、行かせてもらうよ」

 火鼠のマントといえば、決して燃えない魔法のような素材でできた幻の逸品である。

 彼は真っ赤に染められた大きな布で身体を覆うと、めらめらと踊り狂う火炎の海へと一直線に突入していった。

 「……ねえ、アルマ。何だか様子が変じゃない?」

 十数歩くらい進んだかというところで、纏うマントが炎を帯び始め、アベストスは熱さに悶え苦しみだした。

 「あれはきっと偽物だな」

 「もう、学ばない男ねっ!」

 彼は懲りずにまた偽物を掴まされていたらしい。

 たった十数歩先とはいえ、立ちはだかる炎は激しく先へは進めそうもない。このままでは焼死してしまうけれど、助けようにも近づくことができない。

 「ここは、君の出番だ」

 この危機的な状況に、アルマは右腰に差した一振の刀を抜いた。

 「そんな刀一本でどうするの?」

 「まあ見ててよ」

 まるで流水のように美しい刃紋を持つその刀を彼が一振りすると、木々を蝕んでいた大火は火の粉一つ残さずに消え去り、周囲を包んでいた黒煙と熱気は透き通る清涼な空気へと変わった。

 「これは水の精霊の力を宿す霊刀"ドルフレーゲン"だ」

 水の霊刀ドルフレーゲンーー私はその名を知っていた。聖剣図鑑によれば、どんなに血を浴びても洗い流されたかのように美しさを保ち続けると云われる伝説の刀だったはずだ。

 まさか、その刀が実在していて、しかも"炎を斬る"という物凄い力を秘めていたなんて……

 「さて、彼を助けに行こうか」

 何が起こったのか分からず、灰が積もった地面の上で茫然と立ち尽くすアベストスの元へ私たちは駆け寄った。

 アルマの鎮火が早かったこともあり、幸い火傷は負っていないようだ。

 「大丈夫なの?」

 「……い、生きてる。燃えた火鼠のマントの灰が炎を消したのか?」

 こちらへ背を向けていてアルマの華麗な一太刀を見ていなかった彼は、未だに自分の買ったマントの力で助かったのだと思い込みたい様子だ。

 「いいや、この火を斬る霊刀ドルフレーゲンのお陰だよ」

 「霊刀ドルフレーゲンだって? ということは、まさか君は……」

 アベストスは刀の名を聞いた途端、何かに気付いたようで驚いた表情を浮かべていたが、アルマが口元で人差し指を立てて微笑み言葉を遮ったため、彼の反応の理由はわからないままだった。

 「それにしても、炎の発生源は何だったんだろう」

 「(ドラゴン)だ。僕たちが以前戦ったあいつは生きていた……そして、仕返しに来たんだ!」

 「成程、さっき空を飛び立った影は蝙蝠じゃなくて(ドラゴン)だったのか」

 「待って? それじゃあプラムは竜玉を手に入れた時に(ドラゴン)を殺してはいないってこと?」

 「決着がつく瞬間を見ていた者はいないからね……もしかしたら、僕よりもずっと先に行ってるはずの3人だって襲われているかもしれない」

 「だったらここでのんびりしていられないな。行こう」

 炎を無効化できる私たちや一度勝っているプラムならともかく、ピエールとエンビがもし襲われたとしたら命を失ってしまう可能性が極めて高い。

 私のせいで誰かが死んでしまうかもしれないなんて……

 「ルナ、今は自分を責めちゃだめだ。前を向いて歩こう!」

 震える私の肩に手を置いて、アルマは言った。

 そうだ。今は自分の愚かさを嘆いている場合なんかじゃない。

 「……ありがとう」

 彼に手を引かれ、私は焼け残った森を進んだ。

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