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悪役令嬢の花嫁!?  作者: 畠山こくご
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6. 聖女の大剣

 私を誘拐したのは、あろうことか花婿候補の1人、ブランシュ=ペンライの用心棒をしている剣士だった。

 ちょうどその素顔が露わになった直後にやってきた御曹司は、一瞬表情が凍りついたものの、何事もなかったかのように白々しく話し始めた。

 「ルナお嬢様の危機を予感して来てみれば、なんで貴様が先に来ているんだ? それに、犯人は私の用心棒だと? さては、彼女を買収してお嬢様を襲わせ、そこへ助けに入ってヒーローになるつもりだったな?」

 罪を認めるどころか、しらばくれてアルマを悪人に仕立て上げようとするブランシュ。

 けれども、私にはそんな見え透いた嘘など通用しない。

 「そこの彼女……剣士リナリアは、この前の(ドラゴン)との戦いであなたを守って背中に深い傷を負ったはず」

 私は求婚者たちに無理難題を提示する一方で、花婿争いに巻き込まれて負傷した者に対しては父の了承のもと誠意をもって賠償をしていた。だから、候補者以外の負傷者について詳しく知っている。

 「そこまでする彼女が、急に現れた訳の分からない男にまんまと買収されてあなたの不利になるような働きをするなんて、私には到底思えないわ」

 「訳の分からない男……ね」

 私の使った形容詞に納得がいかない様子でその言葉だけをもう一度言ってみるアルマ。

 「ねえ、もうやめにしましょうよ。私、ブランシュ様がこの女と結ばれるために動くのはもう嫌なの」

 剣士リナリアは涙目になりながら主人の方を見た。

 「何を言ってるんだ? 私は何も知らない。ルナお嬢様を助けるためだけにここへ来たんだっ」

 「共に罪を償いましょう!」

 「私を巻き込むなっ! これは君が独断でやったことだろ……う?」

 次の瞬間、聖剣がブランシュの胴体を上下に両断した。リナリアの訴えに聞く耳を持たない彼に痺れを切らしたアルマは、再びローズマリーゴールドを振るったのだった。

 「いつまでも罪を認めないのって、見苦しいよ?」

 斬られた者は体にその痕跡が一つも残らないけれど、斬られた感触だけは残るようで、ブランシュも先程のリナリアと同じようにショックでしばらく動けない様子だった。

 「まさか、この剣が一日のうちに二度も役に立つ場面が来るとはね。今までは観賞用という理由付けをしながら持ち歩いていたけど、彼らみたいな殺す程でもない小悪党をびびらせるのには丁度良いのかもね」

 聖女の遺産に不殺の聖剣としての価値を見出し、アルマは少し満足げな顔で微笑んだ。

 こうして、花婿候補の中でも筆頭格だったブランシュ=ペンライは私の選択肢から外れることとなった。

 後に投獄された2人は事件の動機について正直に語っている。

 彼とその用心棒リナリアは以前の(ドラゴン)との戦いで自分たちの力に限界を感じており、今回の暗算石を持ち帰るのは不可能だと思ったそうだ。

 そこで、他の候補者たちが都を発ってから誘拐事件を起こし、救出することで私の命の恩人となってライバルたちを出し抜こうとしたのだった。

 ブランシュの財力があればもっと強い用心棒を雇うこともできた筈だけど、花婿候補の座を奪われることを懸念して女性の用心棒に拘ったため、都ではリナリア以上の実力者が見つからなかったらしい。

 そして、私を救ってくれた剣士アルマはたった一日にして花婿候補の中で一気に上位へと昇り詰めた。

 今までの求婚者たちも世間一般で見れば高スペックな美男ばかり。それでも、私に刺さる程ではなかった。

 だけど私は今、生まれて初めて現実にいる誰かのことを心の底から"かっこいい"と思えている。

 恋心っていうのはこういうものなのだろうか?

 そこで、我儘娘の私は彼にあるお願いをすることにした。


 「ねえ、アルマ。私を旅に連れて行きなさい!」

 「え?」


 別に、まだ花婿を彼に決めた訳じゃない。2人旅がしたい気持ちにやましい理由もない。

 彼の強さや格好良さに憧れはするけれど、世の女性たちが言うような胸が締め付けられたり鼓動が高鳴る感覚なんて殆どなかった。

 「今回誘拐されて思ったの。また誰かに襲われたらどうしようって……ここに私一人を置いて行かないで?」

 こんな乙女ぶったことが言えるなんて、自分でも内心驚いていた。

 これまで欲しいもの、やりたいこと、要求は何でも押し通してきた私にとって、今はこの選択肢以外に考えられなかった。

 斬れない聖剣の価値をやっと見出した彼だけど、それまではずっとわからないまま肌身離さず持ち続けていた。

 アルマなら、足手纏いでも自分を拒まずに連れて行ってくれるんじゃないか……そんな淡い期待もあった。

 そして、人々が羨むような美しさと地位を持っているはずの私が未だ見出せないでいるものも、彼と一緒に居ればいずれは見つけられるかもしれないも思えた。

 「だったら、そんな格好じゃ駄目だな。動きやすい服を買いに行こう」

 「……っていうことは、ついていってもいいの?」

 「私は別に構わないよ。ご本人が来てくれた方が不正を疑われなくて済むしね」

 ウインクしながら快く私の同行を受け入れてくれたアルマ。

 「さて、私がこの服を買った店なら冒険に丁度良さそうな女性用があったし、そこへ行こう」

 「待って。まずはお父様の許しを得なきゃ。じゃないとアルマが誘拐犯になってしまうわ」

 何人もの男を危険な目に遭わせてまで貢がせる悪女でも、親に何も言わず家出をしたりするような不良じゃない。

 私は彼の手を引いて屋敷へと戻り、父の執務室へと向かった。

 住み慣れた屋敷の中で最も目立つ場所にあるけれど、私が最も入ることを躊躇する部屋。

 その前へと辿り着いた私は、金の装飾が施された大きな扉をノックした。

 「入れ」

 仕事中の父は厳格で、私を甘やかしてばかりの優しい父とはまるで別人だ。

 私は足を棒にしながら執務室へと足を踏み入れ、その後ろにアルマが続いた。  

 振り返ってみると、彼は度胸がかなり座っているようで涼しげな表情を浮かべている。これじゃあどちらがオーキナー卿の子なのか分からないくらいだ。

 「ほう、お前さんは新しく花婿候補になったというアルマ君だな? 初めまして。つい先日は娘を救ってくれてありがとう」

 「いえ、当然のことをしたまでです」

 まるで一国の王のように座する父に対し、片膝を突いて誇らしげに返すアルマ。その振舞いは自然体そのものだった。

 彼はこういう偉い人から礼を言われることに慣れているのだろうか。

 「さて、要件は何だ?」

 「あの……私、アルマの旅に同行したいの。危険な旅になるかもしれないけど、ここに残っていたらまた誰かに攫われるかもしれないし、彼はとっても強いし」

 「何だ、そういうことか」

 最愛の娘が男と2人旅をするのを快く許す父親など存在するものだろうか?

 しかし、父の返事は案外あっさりとしたものだった。

 「その背に輝いているのは聖剣ローズマリーゴールドだろう?……それを見て確信したよ。凄腕の剣士として名の知れた君になら娘を任せられるとな」

 アルマが無害そうだからなのだろうか?

 今まで私を箱入り娘として育ててきたけど、本当は"可愛い子には旅をさせよ"という考えの持ち主だったのだろうか?

 いずれにせよ、私の願いは思いの外簡単に叶ってしまった。

 それから支度を整え、私たちはティグリスの都を旅立った。父は大勢の部下を伴い、手を振りながら私とアルマの背中を見送ってくれた。

 「私も若い頃は各地を旅したものだ。ルナ、お前も都の外の世界を見てくるがいい。そして、アルマ。娘を頼んだぞ」

 「畏まりました。お嬢様の命、責任を持って預からせていただきます」

 生まれ育った都を一歩踏み出せば、そこは私にとっての未知の世界だ。これから始まる冒険に胸を高鳴らせながら、アルマと共に私は旅立つのだった。

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