5. 攫われたルナ
「うん……ここは、どこ?」
冷たく硬い床の感触。目が覚めると、そこは見覚えのない場所だった。
「やっと起きたようだな、ルナお嬢様」
体を起こそうとしても、ロープで手首と足首を縛られているせいで身動きがとれない。
「安心しな、ここは都の中だ。あんたの親父が見捨てない限りは、大事な人質の命を奪うようなことはしない」
そうか。私はどうやら身代金目当てでこの覆面の人物に誘拐されてしまったようだ。
「俺はお前みたいな生まれながらに富も美貌も兼ね備えた女が大嫌いなんだ。本当は殺してしまいたいくらいだけど……」
犯人はその先を言いかけて口を噤んだ。
背格好は男性のように見えるけれど、高い声をしている。声質はアルマにやや近い。
「ねえ、あんた。お父様はこの都の法さえも曲げられるだけの力を持った男。たとえ私を殺さなかったとしても、こんな真似したらタダじゃ済まないわよ?」
「あははは、面白い! お前の親父なら私を処刑台送りにすらできるというわけか。だったら……」
覆面の誘拐犯は腰に帯びた刀を抜き、頭上に高く掲げた。
「気が変わった。どうせ殺されるのならお前を道連れにしてやろう」
「そんな! ちょっと待って……」
ーー待って?
私は今の人生をつまらないと思っていたはずだ。けれども、咄嗟に出た言葉はこの世への未練に満ち満ちていた。
口は災いの元というが、さっきの発言は犯人にとって余計な一言だったようだ。
ここで死んでしまうなんて、そんなつまらない一生の終え方は絶対に嫌っ!
「大丈夫か、ルナ!」
突然薄暗い部屋に差し込む光。壁に反響する高らかな呼び声。
凶刃の餌食になる寸前で扉を蹴破って現れたのは、聖剣を携えた若き剣士の姿だった。
「あなたは……アルマ? 何でここに」
「虫の知らせがあってね」
こんなにタイミングよく助けに現れるなんて、もしかして犯人とグルなのだろうか?
「貴様、何者だ?」
「私は旅の剣士アルマさ。そういう君は誰なんだ? 顔を隠さなきゃ悪さもできないなんて、恥ずかしい奴だな」
「何だと? 生意気な……私に歯向かう者は誰だって許さない! 死ねっ」
挑発に乗り殺気立つ犯人の様子を見るに、とても演技には思えなかった。
アルマは襲い来る敵の斬撃を軽い身のこなしで避けながら後退すると、背に帯びた黄金の鞘から大剣を抜き、切先を誘拐犯へと向ける。
「死ぬのはどっちだ? どうしても斬られたいというのなら、この聖剣ローズマリーゴールドで相手してやるよ」
その名を聞いて思い出した。彼が持っているのは聖女と呼ばれる存在が遺したとされる伝説の聖なる大剣"ローズマリーゴールド"だ。
でも、私の記憶が正しければその剣の斬れ味は……
「くたばれっ!」
「へえ、中々の手練れみたいだね」
そんな私の心配を他所に剣を交える2人。
殺意剥き出しで刀を振るう犯人に対し、アルマは余裕の笑みを浮かべながら聖剣で攻撃を捌いていく。
「刀の聲を全然聞いてない。それじゃあその子が可哀想だな」
「何っ?」
「教えてやるよ。剣術勝負は使い手が如何に巧く剣を支配するかで決するわけじゃない。剣が持つ力をどれだけ引き出せるかで勝敗が決まるんだっ!」
守りに徹していたアルマは一瞬の隙をついて攻勢へと転じ、誘拐犯の体を脳天から真っ二つに斬り裂いた……かのように見えた。
「き、斬れてない?」
アルマが剣を振った瞬間、誘拐犯の体は確かに斬られていたように見えた。
しかし、床に倒れ込んだ相手は傷一つ負っていなかった。
「一体どうなってるの?」
「さあね。私がこの剣について知っいるのは斬った瞬間に傷口を再生させてしまうということだけ。伝説が本当なら、聖女様とやらは何を考えてこんな無意味な剣を残したんだろう?」
彼は聖剣の美しさを愛でるように眺めながら言った。
「この剣は持ち運ぶのも重たいし、実用的な剣なら他にいくらでも持っている。それでも何故か、私はこの剣が手放せないんだ」
「そ、そうなんだ……そんなことより、助けに来てくれてありがとう」
剣を見つめる彼の瞳からまるで吸い込まれそうな程の引力を感じた私は、咄嗟に助けて貰ったお礼を言った。
そう言えば、人にちゃんと感謝の意を言葉で伝えたのは何時ぶりだろうか?
「ありがとう……か。私には君が世間で言われている程の悪女には思えないな」
やはり予想通り、世の人々は私のことをそう思っているようだ。分かっていても嫌な気持ちにならない訳じゃない。
逆に、そう言ってくれる彼だけは唯一の味方に思えて少し心が惹かれそうになるけれど、魅力的に見える男子ほど隙を見せてはいけないものだと自分に言い聞かせた。
「ところで、あれを見てご覧?」
アルマの澄んだ瞳から逸らした目線を倒れていた敵へと向けると、倒れていた誘拐犯の体がぴくりと動いた。
「……うっ、生きてる?」
自分が死んでいないことに漸く気付いた敵は驚き戸惑いながらも刀を持って立ち上がり、再び攻撃する姿勢を見せる。
「聖剣ローズマリーゴールドは命ある者を殺さない。だが、聖女様の加護は命無き物質にまでは及ばない」
「なっ……覆面が!」
先程の斬撃によって切れ目の入った覆面は完全に裂けてはらりと床に舞い落ち、敵の素顔が露わになる。
「あなたは、ペンライ家の用心棒?」
私を攫ったのは見覚えのある顔の女性だった。そして、正体が彼女だったということは、裏で糸を引いていたのはあいつしかいない。
耳を澄ますと、扉が外れた入口の向こうから誰かの足音が近付いてくる。
「ルナお嬢様、ご無事ですか……?」
「ふうん、そういうことだったのね。見損なったわ」
全てが終わった空間に颯爽と駆けつけたのは、出遅れてヒーローに成り損ねた宝石商の御曹司だった。
アルマが剣を振った瞬間、誘拐犯の体は確かに斬られていたように見えた。
しかし、床に倒れ込んだ相手は傷一つ負っていなかった。
「一体どうなってるの?」
「さあね。私がこの剣について知っいるのは斬った瞬間に傷口を再生させてしまうということだけ。伝説が本当なら、聖女様とやらは何を考えてこんな無意味な剣を残したんだろう?」
彼は聖剣の美しさを愛でるように眺めながら言った。
「この剣は持ち運ぶのも重たいし、実用的な剣なら他にいくらでも持っている。それでも何故か、私はこの剣が手放せないんだ」
「そ、そうなんだ……そんなことより、助けに来てくれてありがとう」
剣を見つめる彼の瞳からまるで吸い込まれそうな程の引力を感じた私は、咄嗟に助けて貰ったお礼を言った。
そう言えば、人にちゃんと感謝の意を言葉で伝えたのは何時ぶりだろうか?
「ありがとう……か。私には君が世間で言われている程の悪女には思えないな。ところで、あれを見てご覧?」
やはり予想通り、世の人々は私のことをそう思っているようだ。分かっていても嫌な気持ちにならない訳じゃない。
逆に、そう言ってくれる彼だけは唯一の味方に思えて少し心が惹かれそうになるけれど、魅力的に見える男子ほど隙を見せてはいけないものだと自分に言い聞かせながら逸らした目線を倒れていた敵へと向けた。
「……うっ、生きてる?」
自分が死んでいないことに漸く気付いた敵は驚き戸惑いながらも刀を持って立ち上がり、再び攻撃する姿勢を見せた。
「聖剣ローズマリーゴールドは命ある者を殺さない。だが、聖女様の加護は命無き物質にまでは及ばない」
「なっ……覆面が!」
アルマがぱちんと指を鳴らすと、先程の斬撃によって切れ目の入った覆面は完全に裂けてはらりと床に舞い落ち、敵の素顔が露わになった。
「あなたは、ペンライ家の用心棒?」
私を攫ったのは見覚えのある顔の女性だった。そして、正体が彼女だったということは、裏で糸を引いていたのはあいつしかいない。
耳を澄ますと、扉が外れた入口の向こうから誰かの足音が近付いてくる。
「ルナお嬢様、ご無事ですか……?」
「ふうん、そういうことだったのね。見損なったわ」
全てが終わった空間に颯爽と駆けつけたのは、出遅れてヒーローに成り損ねた宝石商の御曹司だった。