4. 忍び寄る影
誰も居なくなった広間で一人、私は溜息をついて脱力した体を背もたれに預けた。
暗算石のある鳥人の巣は遥か遠く、花婿候補たちはしばらく戻って来ない。私にできることは、ただ待つことだけだ。
「ああ、また退屈な日々が続くのか」
私の声は一人で佇んでいるには広すぎる空間に虚しくこだました。
瞼を閉じれば、つい先程新たな戦いに挑んでいった男たちの後ろ姿が脳裏に蘇る。
「そういえば、あの大剣……」
箱入り娘として育った私は、昔から読者が好きだった。大昔の勇者伝説だとか、聖剣図鑑だとか、その手の書物を読み漁ったものだ。
そして、花婿争いに乱入してきたあの剣士ーーアルマの背負う大剣に私は見覚えがあった。
迷迭香と孔雀草の花を模した装飾が施された黄金の鞘、蝶が羽を広げたような形状の煌びやかな鍔……
どんな名前の剣だったかまでは思い出せなくて、私は気付けば屋敷の書庫へと向かっていた。
久々の読書も彼らが帰ってくるまでの暇潰しには悪くないか、なんて思いながら私は長い螺旋階段を駆け上がった。
広い屋敷の片隅、殆ど人が出入りしない書物庫には沢山の本が並んでいる。
父の愛読書である経済学や経営学の本は綺麗に整理されているけれど、誰も読まなくなった私のかつてのお気に入りたちは奥の方で埃をかぶっていた。
近頃は活字を読むだけの気力も湧かずに窓の外ばかり眺めていたけれど、今は久々にページを捲りたい気持ちに駆られている。
私は彼の持っていた剣の載っているであろう聖剣図鑑を求めて書庫中の本棚を確認したが、どれだけ探しても目当ての本は見つからず、次々に出てくる懐かしい物語や伝記のほうが次第に気になってきた。
今まで忘れてたけど、私がお姫様扱いされているのはこの狭い都の中だけの話。世界はもっと広くてまだ知らない物事で満ち溢れているんだ。
満たされていると思っていた人生。なのに満たされた実感のなかった人生。
何を以って満たされているというの? 私にはこの鬱々とした日々の底に眠るもやもやとしたものの正体が少し見えてきたような気がしていた。
「ルナ様。いらっしゃるのですか?」
急に開くドアの音。
「誰? いきなり入って来ないでよ。びっくりするじゃな……」
「申し訳ありませんが、しばらくお眠りになって下さい」
段々と薄れてゆく意識。
読書に夢中になっていた私は、突然入って来た何者かによって背後から薬品を嗅がされ深い眠りに落ちてしまった。