3. 美しき流離の剣士
「さて、次のお題を出すわよ」
5人の男たちは背筋を正し、緊張した面持ちで私の言葉を待った。
「今度持ってきてもらうのは……」
「大変です、お嬢様!」
私が開口しようとすると同時に、慌てた様子で使用人が広間に駆け込んできた。
「一体何の用なの?」
「それが……なんと、花婿候補に名乗りを上げる若者が新たに現れたのです」
このタイミングで求婚してくるなんて、都の住人であるとは考えにくい。きっと私の噂を聞きつけてやってきた新参者だろう。
今更目の前にいる彼らを凌ぐような男が現れるなんて考えにくいけれど、もしかすると一長一短で勝敗を決することの難しいこの花婿争いを新しい風がひっくり返してくれるかもしれない。
「……いいわ。連れて来て」
「ははっ!」
花婿候補たちは私が門前払いするだろうと高を括っていたようで、予想外の反応に皆戸惑いを隠せない様子だった。
「連れて参りました、お嬢様」
急いで戻ってきた使用人の後ろから歩いてきたのは、鍔の広いルーベンスハットと真紅のロングコートに身を包んだ美しい顔立ちの若い青年だった。
「初めまして。私は放浪の剣士アルマと申します」
歳は私と同じくらいに見えるけれど、まだ声変わりしていないのか少年のような高い声をしていた。
華奢な体つきで顔立ちもやや幼く、その見た目はブランシュ以上に中性的だ。
「随分と立派な剣をお持ちのようね」
「お褒め頂き光栄です。噂によればお嬢様も相当立派な剣をお持ちだとか」
「ええ。私ではなく父の所有物だけど、確かにうちには霊剣と呼ばれる物凄いお宝があるわ」
刀剣を三振も持ち歩いていて、私の一族の家宝にも興味津々な様子……彼は間違いなく霊剣サラマンダイト目当てでここへ来たに違いない。
彼にとっては剣が本命で、私はおまけ。そう思うと少々腹が立つけれど、アルマの澄んだ瞳を見ていると何故か怒りが薄らいだ。
「さて、新しい候補者が加わったところで改めてお題を出すわよ。よく耳の穴を開いて聞きなさい」
予想外の展開に調子が狂ったけれど、気を取り直して私は次なる難題を提示することにした。
「私と結婚するということは、将来このティグリスの都の商業を掌握する立場になるということ。そんな男に相応しい宝物……鳥人の暗算石を今回は取ってきてもらうわ」
暗算石。それは、半鳥半人の魔族"鳥人"の女王が持っているとされる秘宝のことだ。
持つ者の知能を飛躍的に向上させる力が秘められており、どんな難解な計算でも瞬時に答えを出せるようになるという言い伝えからその名で呼ばれている。
もし暗算石が手に入ればこの中の誰にだって父の後継が務まるというわけだ。
「へえ、鳥人の巣に乗り込めっていうわけか。参戦して早々手応えのあるお題で腕が鳴るよ」
新顔のアルマは余程腕に自信があるようで、凶悪な怪物の名を耳にして固まる5人とは対照的に楽しそうな表情を浮かべていた。
「鳥人の巣はここから遥か南の地にあると聞くわ。そして、暗算石はこの世にたった一つしか存在しない秘宝。作り物を持ってきたら承知しないからね」
聞くところによると、以前彼らを苦しめた竜はまだ子どもの個体だったという。鳥人の女王は少なくともそれ以上に強く、この戦いが今までで一番過酷なものになることは誰の目にも見えていた。
もしかすると、長かった花婿争いも今回であっさりと決着がついてしまうかもしれない。私には何だかそんな予感がしていた。
男たちは覚悟を決め、一人、また一人と広間を出て行った。
「健闘を祈るわ……」
ここまで来たら退くに退けないのは彼らだけじゃない。私は誰にも聞こえないように小さく囁いた。