2. 集いし花婿候補たち
「まずはピエール! あなたからよ」
「俺? トリでみんなをあっと言わせるつもりだったけど、ルナお嬢様の御指名とあれば一番手で驚かせてやるぜ」
1人目はピエール=グレイル。重厚な鎧を身に纏った長身の彼は、輝石の聖杯を守護する聖騎士の一族の末裔だ。
元々は遥か北にある神殿の番人をしていたけれど、退屈な日々に嫌気が差して、守るべき聖杯を持ち出し旅立ったのだという。
「金剛宝樹が生えるのはこの世とあの世の境界に流れるという川のほとりだ。俺は崖から飛び降り敢えて仮死状態になり、そこで見つけた黄金の大木から一本の枝を取ろうとした。だが、魂だけの存在となった俺には触れることすら叶わず、泣く泣く現世に帰って来たって訳だ」
成程、この世に実在しない宝物だから嘘もつき放題というわけか。
「だが、記憶の中には鮮明に、美しい金剛宝樹の姿が刻まれている。俺はそれを、記憶が新しいうちに一枚の絵画に描くことにしたんだ。見て欲しい」
彼は持ち込んだ大きな板に被さる布を勢いよく外した。
黄金の額縁の中には、私が口頭で彼らに伝えた特徴そのままの金剛宝樹が描かれていた。
「この樹に出会う時は、即ち死ぬ時だ。俺と一生を添い遂げ、いつか年老いてこの世を去る時、一緒に実物を眺めようじゃないか」
それにしても、この男の話術は毎回巧みなものだ。もし何も知らない乙女ならまんまと信じてしまうのだろうけど、雇った探偵が集めてきた情報で彼の実態を知る私には、お得意の"美しい嘘"が女を落とす常套手段であることはお見通しだった。
遊び人気質の彼は無類の女好きであり、甘いマスクと陽気な性格で何人もの恋人を作っては泣かせてきた女誑しだ。
きっと、こういう部類の男は私みたいに簡単に手の届かない女ほど落としたくなるのだろうけれど、いざ結ばれると熱が冷めてしまうに違いない。
「それはピエールが描いたの?」
「勿論。親父が健在の時は旅立つことを許してもらえず退屈な日々を過ごしていたから、絵ならよく描いていたんだ」
人というのは相手が持つ意外な特技を知ると少なからず魅力を感じてしまうものだ。
「もし俺を選んでくれたら、絵画のコツをたっぷりと丁寧に教えますよ? ルナお嬢様」
「結構よ。別に画家になりたい訳じゃないし」
彼が女を不幸にするタイプの男だと分かっているにも関わらず候補から切り捨てられないのは、背負った宝箱の中身が不老不死の力をもたらす聖杯だからという理由だけではない。
彼にとって私は、家柄上攻略難易度が異様に高いということを除けば他の女性と大差ないに違いない。
それはある意味、こんな私でも対等な存在として扱ってくれているということであり、彼が他の男とは違うところなのだ。
「次はブランシュよ!」
「ふふっ。私はそこの法螺吹き男とは違って、現世で本物を見つけてきましたよ」
2人目はブランシュ=ペンライ。不敵な笑みを浮かべる中性的な容姿の彼は、西の都で2番目の財力を誇る宝石商一族の御曹司だ。
私ほどではないにしろ、元々大金持ちである彼にとっては私なんかと結ばれなくても生活に不自由はしないはず。
彼の目当ては他でもなく、オーキナー卿の後継者となりこの都で一番の名誉と権力を手にすることに他ならない。
「こちらをご覧下さい。幾つものダイヤモンドを実らせた黄金の一枝を!」
彼が懐から取り出した枝は、私が空想の中で思い描いた金剛宝樹の枝そのものであった。
まさか、本当にこの世に存在していたというのだろうか?
否、ブランシュは宝石商の息子だ。彼ならば私から聞いた話を元に下請けの加工職人に作らせることだってできるはずだ。
「手に取ってよく見てみたいわ」
「いいでしょう」
作り物だと見抜かれることを恐れる気配もなく、自信満々に差し出してくるブランシュ。
受け取って細部までじっくりと眺めてみてもどこにも欠陥と呼べる箇所などなく、私の想像の産物が完全に再現されていた。
「これをどうやって手に入れたの?」
「お嬢様は意地悪ですね。それが作り物だと分かっていながら態とそんな尋ね方をしてくるなんて」
私の問いに対し、彼は思いの外あっさりとそれが天然物ではないことを暴露した。
「あなた、確か最初に本物だと言ってたわよね?」
「ええ、言いましたとも」
ブランシュは私からの意地悪な質問に対しても、初めの不敵な笑みを一切崩さずに余裕綽々とした態度だった。
「それは作り物ですが、偽物ではありません。本物の黄金でてきた枝に、本物のダイヤモンドの果実が成っているのだから、誰が何と言おうとそれは本物の金剛宝樹の枝なのです。私以外の男にこんな代物が用意できるでしょうか?」
ピエールと同様に課されたお題の品が私の空想に過ぎないことを理解した上で、彼はそれを現実のものにできるだけの実力を誇示してきたのだ。
圧倒的な差を見せつけられ、たじろぐ他の求婚者たち。
これまでの勝負でも彼は常に文句の付け所がない結果を示して優位に立ってきたし、父の後を継ぐなら同じ豪商である彼が最も適任であることは言うまでもない。
それなのに花婿を彼に決めきれない理由は他でもなく、彼に何を考えているのか分からない掴みどころのなさがあるからだ。
「さて、私を超える者などこの中にいるだろうか?」
勝利を確信した表情のブランシュ。その隣で、花婿候補の1人がくすくすと押し殺した笑い声を上げ始めた。
「この状況で笑っていられるなんて余程勝つ自信があるようね、アベストス」
「はっはっはっ。2人ともお嬢様の言うお宝を実在しないものだと決めつけて失礼な奴らだ。僕は本物を手に入れた! 絵や贋作で誤魔化そうというせこい連中とは訳が違うね」
3人目はアベストス=フレアラット。奇抜な髪型と個性的な衣服に身を包んだ彼は言わずと知れた舞台役者だ。
「これは確かな筋から仕入れた本物の金剛宝樹の枝さ。見てご覧、ルナお嬢様」
軽やかな身のこなしで近付いてきた彼は片膝を突き、私の手に煌びやかな枝を握らせてきた。
「へえ。これが本物ねぇ……」
私は受け取るや否や、すぐに枝の根元に職人の名前が彫られているのを見つけた。
枝の光沢も、ダイヤの実の輝きも、ブランシュが持って来た贋作に比べて遥かに劣っている。
「あなたのことだから、また誰かに騙されたんでしょう? 相変わらずね」
投げて返した出来の悪い偽物を慌てて拾い上げるアベストス。
彼は役者として高額な収入を得る一方で、人の口車に乗せられやすい性格からこの商人の都で絶好のカモとしても有名であった。
「根元に刻まれた文字をよく見てご覧なさい?」
「あっ……こんなのに気付かなかったなんて」
恥ずかしそうに顔面を手で覆い隠しながら後ろへ下がるアベストス。先程までの自分こそが真の勝者だとでも言うような顔つきはどこへやら、一瞬にして惨めな敗者へと早変わりしてしまった。
「くそっ、舞台のギャラの大半を費やして買ったのに!」
地団駄を踏む彼を横目ににやにやとしている宝石商の息子の姿が目に入り、私は今回彼を貶めた者が誰なのかを悟った。
ブランシュは自分のために完全無欠な枝を作らせる一方で、アベストスに売りつけるための不出来な枝も作らせていたのだ。
今回の大き過ぎる買い物に限らず、普段から調子に乗せられ浪費ばかりしている彼は、演劇界のスターとは思えない程の金欠状態にいつも身を置いていて、多額の借金を抱えているという噂も囁かれている。
彼なんかに都の商売の元締めである父の後継者が務まるはずもないのは分かっているけれども、私には彼を花婿候補から簡単に外せない理由があった。
彼には百人規模の女性ファンが付いていて、彼女たちから見れば私は憎き恋敵なのである。
下手すれば熱狂的なファンの1人から脅迫されたり襲われたりする危険性だってあるし、普通に考えればスターから求婚されることはデメリットの方が大きいのかもしれない。
けれども、顔も知らない大勢にとっての羨望の的になることは、今の私にとって何物にも変え難い快感を与えてくれていた。
彼が私一人に一般女性百人以上の価値を見出してくれていると解釈すれば、これ以上はないというくらいの優越感に浸ることができた。
「さて、ハードルが下がったところで現在のトップ、プラムの報告を聞こうかしら?」
「はあ、もしご期待頂いていたのなら誠に申し訳ないのですが、今回の勝負は私の負けのようです」
4人目はプラム=ダイナゴン。前々回に私が課した"竜が持つ秘宝を持ち帰る"という難題を成し遂げた強者だ。
顔の右半分はその時の戦いで大火傷を負ったらしく鉄仮面で覆い隠しているが、元の容姿はかなり整った顔立ちをしていた。
「金剛宝樹の枝など聞いたことも見たこともなかった私は、あらゆる文献を調べました。ですが、目当ての情報は一つも得られなかった。そこで、確信したのです。お嬢様の目的は嘘で嘘を釣ることなのだと」
私の話を嘘だと見抜けなかったのは間抜けな舞台役者くらいで、他の者たちは皆すぐに分かったようだった。
その上で、敢えて嘘に乗って土産を用意したピエールやブランシュとは違い、プラムは手ぶらで私の目の前に姿を現したのだ。
「何も持って来ないなんて、今回に限っては幻滅したわ。折角のアドバンテージも、これで相殺されたわね」
竜に挑んで一生癒えない傷を負った者は彼だけではなかったけれども、片足を失った途端に私を悪魔だと罵り賠償を求めてきたどこぞの男とは違い、プラムは右眼に光を失ってもなお私のためなら命を投げ捨ててでも戦うと誓ってくれた。
そんな彼のことだから、すっかり私の出す無理難題の真意を理解してくれているものだと思っていた。
私にとって宝物が本物かどうかなんて実はどうでもよくて、私のためにどこまで尽くしてくれるのかが知りたいだけ。
だから、彼には今回私の嘘を知った上で、私の予想の遥か上を行く回答を用意して欲しかったのだけど、見事に期待外れだった。
でも、今回でやっと私の真意を理解したであろう彼は、きっと次こそ期待できる結果を見せてくれるに違いない……私にはそう思えた。
「それじゃあ、エンビ。最後はあんたの番よ」
5人目はエンビ=スワロウテイル。この屋敷の使用人の息子だ。
聖騎士や豪商、役者たちが揃う中で一人だけ明らかに場違いな存在だが、彼は私が課す難題の数々をこなし、他の4人に負けじと花婿候補の座に必死で食らいついてきた。
幼い頃から主従関係にあった彼がまさか私の婿になって家督を継ごうだなんていう野心を秘めていたことは予想外だったけど、失う地位も名誉もない彼はある意味最強なのかもしれない。
「ルナ様。大変申し上げにくいのですが、私もプラム様と同じく何も用意できていません……」
「はあ? 最後に聞いて損したわ。どうしてくれるのよ、この空気を!」
「本当に申し訳ありません」
エンビは私の言うお宝がこの世に存在しないことなんてきっと分かっていた筈だ。
でも、彼にはそれを実在のものへと変えるだけの技術も財力もない。
だから、これは仕方のない結果なのかもしれない。
「竜玉を取ってきてくれたプラムとは違って、あんたにはもう後がないわよ? 次に出すお題で私を納得させるだけの結果を出せなかったら、花婿候補から外すわ」
「……はい、次こそは必ずご期待に応えて見せます」
「ふん、そんなに期待してないけどね」
「……」
幼馴染で使用人ということもあって、私は彼にいつもきつく当たってしまう。
別に嫌いという訳じゃないけれど、日々感じているもやもやとした気持ちの捌け口に最適なポジションなのだ。
それにしても、他の4人に比べれば地位も能力も明らかに劣っているのに、何故今まで彼を候補に残してきたのだろうか?