小人の洋服屋
真夜中のうちに問題ごとを解決いたします。
作業台にはその夜の仕事のご準備を。考え事なら枕元に筆記具を。
ご満足いただけましたら、どうぞお洋服を用意してください。
翌晩、とりにうかがいます。
ある朝人々が目覚めると、こんな文句が書かれた小さな紙切れが家の中に置いてありました。
この紙切れはどうやって、枕元やテーブルに置かれたのでしょうか。とても不思議な出来事でしたが、書いてある文句は皆がよく知るわらべ歌です。
今では世界の誰もが知る靴屋が、昔々に一足の靴を作るにも不自由するほど貧しかった頃、小人に助けられたお話を知っているでしょう?
その頃は、小人が夜中に仕事を片付けてくれることは、ままあることで、それがわらべ歌として伝わっていたのです。
小人の仕事に感謝して洋服を贈ると、その後小人は現れなくなりますがその人は幸せになれます。
いつまでも感謝を伝えずにいると、いつのまにか小人は来なくなって、代わりに不運や不幸が舞い込んできます。
ただ、時が経つにつれ、小人と人とのひっそりとしたふれあいは忘れられて、今ではほとんどおとぎ話のなかだけのものとなってしまいました。
さて、不思議な小さな紙切れはもちろん小人のしわざです。
このところは、夜、小人に頼む作業を置いて寝る人はほとんどいなくなっていましたし、たまに仕事をしてやっても洋服を用意する作法を忘れている人も多かったのです。
そうすると、おしゃれ好きの小人たちは着るものに困りました。もう何年も何年も同じものを着て、繕えないほどボロボロの服を着ているものも出てきているしまつです。
そこで小人たちは、自分たちのことを思い出してもらおうと、人々にはたらきかけたのでした。
しばらくもしないうちに、小人たちは大忙しになりました。
ぼうし屋さんの作業台に置かれた布や飾りを夜のうちにとても素敵な帽子にしあげました。
パン屋さんの小麦粉を夜のうちに練って、あとは朝、パン屋さんがそれをオーブンに入れるだけですむようにしました。
教授が難しい問題に悩んでいましたら、枕元のメモにひらめきの種になる言葉を書いておきました。
人々は夜、寝ているだけで良いのです。小人たちが来てくれたとわかった翌晩は、喜んで洋服を用意しました。
小人たちの着る物はだんだんと素敵になっていきましたが、その中でまだボロボロの服を着ているものがありました。
どうにも不器用で、夜の間に仕事が終わらなかったり、せっかく仕事をしても気づいてもらえなかったり……。
怠けているわけではないけれど、満足してもらうこともできなくて、いつまでも洋服をもらうことができないのです。
そんな彼を、仲間たちは見たまんま「ボロ」と呼んで笑っていました。
今夜こそと意気込んで、ボロは仕事ができそうな家やお店を探しました。
灯りの消えた部屋を次々とのぞきこんでは、小人の仕事が置いてはいないか、見てまわります。
ボロには気になっている家が一件ありました。真夜中いつ見まわっても、いつでも灯りがともっている部屋です。
のぞくと女の子が毎夜、針仕事をしています。皆が小人に仕事をまかせる真夜中に、眠い目をこすりながらせっせと仕事をしているのです。
「ベッドで寝てくれたら、お手伝いができるのに……」
ボロは、女の子が作業台でうたた寝をしているすきに、そろりと部屋に入りました。
台の上には色とりどりの布や糸やが散らばっていました。それから、小さくて素敵な洋服が、たくさん並べてありました。
「うわぁ……。こんなお洋服が着られたらなぁ」
ボロが思わず感嘆の声をあげると、それに気づいた女の子が目を覚ましました。
「あら、小人さん、こんばんは」
女の子はボロに話しかけました。
「ああ、起こしてしまってごめんなさい。こっそり手伝わないといけなかったのに。ぼくは、本当にだめだなぁ」
「いいの。起きて、今日分のお仕事を終えないといけなかったから」
「これは、ひょっとしてぼくたちがもらっているお洋服?」
「ええ。そうよ。私はもともとお人形のお洋服を作って売っていたのだけれど、みんなが小人さんにお仕事をお願いするようになってから、とっても忙しくなったの」
女の子はふわぁとあくびをしながら言いました。
「ありがたいのだけれど、おかげで私は寝る間もなくなってしまったわ。お洋服が用意できなければ不幸になるかもしれないって、みんな怖い顔で急かすのよ」
「眠っていれば小人が助けてくれるよ」
「そう思って一度眠ったら、小人さんたちったら、用意したものと勘違いして着て帰っちゃったのよ」
「それなら、ぼくに頼って! お話を聞いたから、ぼくは勘違いしないよ。
あまり仕事は早くないけれど、君は少し休まなくちゃ」
「でも」
「さあ、お眠りよ。眠ってくれなきゃ働けない。
ほら、ベッドにはいって。子守唄をうたおうか、それともおとぎばなしを聞かそうか。ホットミルクを飲むのもいいね……」
ボロの声を聞いていると、女の子はどうしてもベッドに入って眠ってしまいたくなりました。
ふらふらとした足取りでベッドに倒れこむと、すぐにすやすやと眠ってしまいました。
翌朝、女の子は目を覚ましてひどく焦りました。今日、お客さんにわたすはずの小人の洋服を作り終える前に、眠ってしまったのですから。
あわてて作業台にかけ寄ると、今日わたす分の洋服は、ちゃんと出来上がっていました。……と、言いたいところだったのですが、ボロがまだせっせと洋服を縫っているところでした。
「昨日小人さんに会ったのは、夢ではなかったのね」
「ごめんなさい。ぼく、出来損ないで……夜の間に終わらなくて……」
「いいえ。あなたのおかげで元気いっぱい。これなら受け取りの時間までに間に合うわ。ありがとう」
翌晩、ボロが女の子の家を訪ねると、彼女は相変わらず真夜中まで針仕事をしていました。そして、ボロのために素敵な洋服を用意していました。
ボロはとても喜んだようにみえました。けれど彼はこう言いました。
「この服、ちょっと趣味じゃないなぁ。ぼく、服装の好みにはうるさいんだ」
それから、ボロは毎夜女の子の部屋を訪ねました。
夜更かししようとする女の子を、ボロは子守唄で寝かせてしまいました。あいかわらず手は遅いけれど、せいいっぱいに働きました。
そして、女の子がなんど洋服を用意しても「趣味じゃないなぁ」と受け取らないのです。
女の子はお店の看板を変えました。
『小人の洋服屋』
小人と作った小人の洋服は、人々にも小人にも とてもよろこばれました。
ボロはいつまでもボロを着ながら、女の子と一緒にお店を繁盛させました。
たまには、綺麗なお洋服を試着して楽しんでいたのは、秘密です。