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名取あや子という女

作者: 武田久美子

変わったおばさんの半世紀です。

 五十歳過ぎのおばさんの話なんて誰も興味がないはず。それでもなお、私はこの物語をなぜか書いてみたかった。気が向いた人だけ読んでください。

 まずどっから書こうかな、生まれたころから・・・そうね。

 あなたは知っていますか?

 丙午。彼女はその年の六月六日オーメンという映画の主人公ダミアンと同じ日に生まれました。

悪魔の子供ダミアン。サツ子から見た彼女はまさにダミアン。

 母の名はサツ子。お気づきでしょうか?この親子、殺す子なのです!

 彼女の記憶は小さい頃の思い出というと近所のおじさんの首にひもをかけて引っ張ったとか、マッチで遊んだりとか・・・・その度に家から追い出された。近所のおばさんが見かねてサツ子に言った。

 するとサツ子は彼女を押し入れに入れた。

 彼女は本当に怪獣。壊す、喚く。隠す。人を人とも思わない野獣そのもの。

 ほとほと困り果てていた。


 幼稚園に行くようになったあや子、お絵かきの時間はクレヨンつぶし、運動の時間は教室に戻る。元々、左利きだったのでご飯もうまく口に運べない。左手は包帯でぐるぐる巻きにされた。

 今では左手で字を書くことはできないが時々、箒を持ったり、左手を先に使ったりする。

 唯一の趣味は歌うこと。テレビから流れる流行歌を好んで歌っていた。意味は解ってなかった。

 彼女は周りのことなど関係ない。自分が良ければそれでいい。

 彼女に見える景色は自分か自分以外のもの。柔らかい感触。匂い。

 世界は彼女で回っている。

 その頃のレッテルは噓つき。彼女の頭の中は、ずっと夢を見ていた。

 大きくなったらウルトラマンが迎えに来てくれる。

 お姫様のようにお城に住んで召使がたくさんいて、ウルトラマンに乗ってm75星雲に行って誰からも好かれる人気者。女の子は綺麗に脱皮する。「私は特別。」根拠なくそう思っていた。

 今は修行中、彼女は蝶のように舞いながら空を飛ぶ。彼女の言うウルトラマンはとてもでかい。

 掌の上で彼女は歌っているのだ。掌がステージ。ウルトラマンに見守られ、大衆は彼女を見つめている。

 響き渡る声はみんなの憧れ。゜

 彼女はそうなるものだと信じていた。

 幼稚園のある日、トランポリンに乗っていた。

 ポーンポーンポーン。そしてこけた。

 落ちた拍子に何かが頭からとれた。

 

 小学校は普通の公立校。

 一クラス二十人弱。全体でも百人強の小さな小学校。彼女の存在はなぜか目立っていた。

 そこには今でいう特別支援学級はなかった。ので普通に入れられたが本当ならそんなクラスに入れられたはずだ。

 友達はいなかった。

 頭の中にはたくさんいた。いつもお姫様。

 ピーターパンが迎えに来るのを待っていた。

 幼稚園の頃よりもずっと卑屈になっていく。

 同級生の子が一度、弟を連れて彼女の家にやってきた。

 話をしているうちに弟が居なくなった。

 同級生は弟を探し始めた。ドアの後ろに隠れていた。

 それは三人の間では笑い話だった。でも、サツ子はそうは思わなかった。

 彼女は自分の妹がいなくなっても気が付かない。探しもしない。

 確かにそうだ。でも、サツ子はそれが気に入らない。

 「あなたは人と違う。」同級生が帰った後、拷問が始まった。


 先生たちが彼女を仲間に入れるように同級生に言うので時々仲間に入れてくれた。

 ある日、同級生から

 「ジャンケンしよう。」というようになった。休み時間には陣取りをするのが流行っていた。

 彼女とジャンケンすれば彼女は相手の陣に入る。要するに同じチームになりたくないのだ。

 同級生は給食がおいしくないという。親の料理がおいしいらしい。

 彼女は給食のほうがおいしいと思った。でも、言えなかった。

 小学生ながら、学校に行くと疲れる。

 それでも帰ってくるとサツ子がいる。

 居間で寝ていると、サツ子が来て言った。

 「隣の子は帰ってくると掃除してくれるのにあんたは・・・・」

 この頃には、少しずつ自分が周りと違うことを意識していた。何が変わっているのか解らないが感覚がきっと違うのだろう。

 人が思う幸せは彼女には訪れないこと・・・・

 「お高く、留まっている。」何故かそう言われた。

 足が短いので座高が高い。座っていると大女。

 隠れたいのに隠れられない。

 給食といえば、その日の給食は善哉だった。食べたくなかった。掃除の時間も残って食べた。

 机とか動かしていたので動いてそれがこぼれてしまった。

 先生に言うと「わざとこぼしたんだろう」と言った。

 彼女は拾って食べた。

 それから、彼女は善哉を食べれなくなった。

 先生は悪くはない。それから、給食を無理に全部食べなくてもよくなったし、それくらいの子供はかっとなるとよくやることらしい。

 

 昼休みに彼女は理科室に忍び込んで、というか迷いこんで虫眼鏡を見つけた。

 校庭の隅に垣根の広葉樹があった。それに虫眼鏡を当てると一点の光ができる。それがきれいだったからずっと見ていた。すると、煙ができた。気づいた先生に虫眼鏡を取られた。

 理科室はそれからは使う時しか開かないようになった。

 四年生になると部活動が始まる。運動場が狭いので運動部といえばテニスしかなかった。

 担任が力を入れていることもあり、彼女は半ば強制的に部に入った。

 球拾い。素振り。何一つまともにできない。

  相手とのラリーどうしていいかわからない。

 ラケットに当てることはできる。どこに飛ぶかは判らない。

 なぜ楽しくないのか・・・その時は解らなかった。

 人は会話するのだ。ボールに。理屈じゃなくて、彼女はその感覚がその時は解らなかった。

 この頃にはなると全く人の心がわからない。

 ほかの人はズルい。それがわかるまでこれから三十年かかった。

 それは今だから言えることだけど。

 本当にあなた達はズルいんだよ。

 あの頃の彼女には何も見えていない。視力はずっとある。そうではない。サツ子を含めた全て?(たまに生まれる彼女のようなものを除く。)の見える景色が違って見える。くすんで見える。

 時にはカンカン照りの日もあるが、明らかに人が見る景色とは違う。

 それが分かったのはずっと先。

 

 同級生の女の子が「あのアイドルが大好きなの!」彼女に耳打ちした。

 「誰にも内緒。」うぶな笑顔。可愛かった。

 ところが・・・「なんでばらすの!」

 彼女は言っていない。でも誰もが知っていた。

 当たり前といえば当たり前だが下敷きはそのアイドルだったし、話していればわかる。

 つまり見ていれば誰でも判る。とばっちりだ。

 彼女は五年生まで自転車に乗れなかった。父親と一緒に練習していた。

 父親が後ろで自転車を支えてくれた。ある日、父が自転車を放していた。

 「おーい。」遠くから聞こえる父の声に振り向くとこけた。

 それから、乗れるようになった。

 彼女のほかにもう1人自転車に乗れない子がいた。

 「あや子が乗れるのにかっこ悪。」

 男の子にからかわれたがその子は男の子の自転車を乗っ取って乗って見せた。

 「前から乗れるもん。」

 その子は顔が引きつっていたし震えていた。

 でも、少しだけ乗れた。十メートルもなかったと思う。

 結果、自転車に乗れたのはクラスで一番最後は彼女ということになった。

 それ以来、その子が自転車に乗っている姿を見た者はいない。

 遠足があって、海岸まで行った。

 岩のりを彼女はずっと、採取ていた。

 友達がいないので、ずっと、一人で黙々と採取た。

 先生は必要以上に褒めてくれる。

 彼女はまた、一人になる。

 通知表には「ともだちとなかよく。」ずっと、そう書かれた。今考えればこれはイジメである。

 その時はそう思わなかった。

 サツ子はそこしか見ない。

 小学校の卒業式、先生が急に言い出した。

 「○○ちゃんはここが素敵。」並んだ順番に一人一人。

 彼女の番だ。先生の顔がこわばった。

 「あや子ちゃんもたくさんいいとこあるよ。」直ぐに目を伏せ隣に行った。

隣の男の子が覗き込んだ。彼女は周りを見た。

 「次々。」という教師の声がした。気づかないふり。そんな雰囲気が流れた。

 もっと幼いころに見ていた景色がずっと翳んで見えない。

 視力はいいはずなのに。


 中学に入ると同じ小学校の女の子は給食の時、食パンを今までサンドイッチにして大きな口を開けて食べていたのになぜか一枚、一枚おちょぼ口で食べる。

 彼女はおかずを挟んで大口で食べた。

 今までそうしてきたのに・・・・

 違う小学校から来た一人の男子がいやそうな顔をした。

 「あらゃ、女じゃねぇ。」

 気にもしていなかった。

 「男だったら嫌われなかったのに可哀そう。」

 露骨にそういわれた。

 その男の子によると彼女は違う小学校でもおかしな子供として有名で同じクラスにならな いように願ってたそうだ。

 見てみたいとは思ったが同じクラスの同じ班になるなんてなんて運が悪いんだ。って思ったらしい。

 嫌われるのは慣れている彼女。

 特に反論もしない。その頃にはすっかり自信を無くしていた。

 自分の世界にいる子それでいい。

 ただ班を作ったりグループ分けをするのは苦手だった。いつもあぶれる。

 もう一人あぶれた女の子、声を掛けると「同じにしないで。」と言われた。

 その子は外の子に呼ばれ駆けて行った。そのグループに入れてもらえるらしい。

 彼女はどのグループにも属したくない。リスクばかりだ。

 それでもとにかく入れてくれるところに入るしかない。

 何も言わず出しゃばらず入れてもらえたことに感謝する。

 連絡事項は大体知らない。

 宿題の確認をすることすら出来ない。もともと宿題なんてやらない。

 ここで日記を親に(先生にも)見せければならなかった。

 苦痛だ。書けることがない。中学生のくせに親に気を遣う。いじければサツ子が・・・

 堂々捲りの渦の中頭はパンク。それでいつも壊れる。

 サツ子が機嫌のいいとき「将来何になりたい。」って聞いてきた。

 サツ子は「お嫁さん。」そう言って欲しそうだ。

 面倒臭い。なるべく話したくない。とりあえず合わしておくがそれもまた気に入らない。

 とにかく彼女はその場から離れたい。

 気を引くというか大切に思ってくれているのかもしれないがそれが怖くてたまらない。

 お願いだから消えてくれ。

 彼女の頭の中は結構ダジャレにつつまれている。

 表には絶対出せない。彼女のダジャレは通じない。笑っていいのか判らない。

 たぶん,担任だけは気づいていた。

 この頃、彼女は声優になりたかった。

 あの頃は、声優なんて肩書すらなかった。

 漫画の声出し全然目立たない。

 彼女はキャンディキャンディのテリウスGグランチェスターにキュンだった。

 キャンディになりたくて漫画を何度も読んだ。

 全巻揃えていた。

 部屋の片隅でぶつぶつと。その姿は恐ろしかった。

 国語の時間、音読させられた。

 こういうのは得意だ。「葡萄」その文字が見えた。

 周りは読めないと踏んで構えていた。がやがやしてる。

 普通に読んだ。なぜか歓声が上がった。

 転校生がやってきた。話しかけれられたので話した。二、三日は仲良くしていた。

 でも、っていうかあっという間に彼女だと気づかれた。

 今でいう発達障害の子は集団で襲われる。その頃はそれが当たり前だった。

 サツ子はよく「嫌われる子はその子が悪い。」言っていた。

 その子が変わらなければならなかったから今とは違う考え方だ。

 嫌われて強くなる。

 本当に強い子はそれでいいのかもしれない。彼女は違う。

 中国から戦争日本人孤児がやって来た。

 サツ子は言う「自分なら絶対置いてこない。」

 彼女は思った。「置いてきてくれ。」

 

 クリスマスのプレゼント何が欲しい?サツ子に聞かれた。

 「本当のお母さん。」口をついて出そうになった。

 ぐっと抑えた。

 その日の夜、彼女は夢を見た。

 彼女に似たブスなちょっとデブな優しそうな人。

 彼女はうれしくて飛びついた。

 「やっぱりそうなんだ。」嬉しかった。

 でも・・・・美人のサツ子に変わっていた。

 「そんなわけないだろう。」そう言ってサツ子はケタケタ笑った。

 彼女は悪寒がして飛び起きた。「寒!」

 サツ子は美人らしい。彼女は怖いとしか思わないが、「お母さん、美人なのになんでブス!」よくそう言われた。似てないことは彼女の自慢だった。鬼瓦のような父親には似ている。

 だから少しだけ親じゃないかもって期待した。

 彼女が何か失敗すると必ず彼女を見つけて隣に座り昔からの失敗談を語る。ご飯のスイッチを入れ忘れて小一時間食べられなかったとか、ジャガイモを皮ごと煮たとか、揚げ物の油を何回も使いまわしてすてないとか。自分が料理しないだけなのにそんなことをずっと言う。

 サツ子は専業主婦なのだから暇なはず。それでも彼女が責められる。

そんな時は彼女の頭の中は音楽を流す。

 絶対聞かない。ただ時が過ぎるのを待っていた。

 父親は彼女の料理を食べてくれた。美味しそうに彼女はその姿が好きだった。

 サツ子は嫌な顔をしていた。妹に「おいしくない。」とサツ子が言っていたと聞いた。

 サツ子は時々仕事する。

 その時は、ストッキングを袋にラッピングする仕事だった。

 彼女はなぜか手伝わされた。

 でも、何日もしないうちに首になった。ひっかけたり、ねじれたり商品にならないものが多かったらしい。父に彼女にさせたからそうなったと話していた。

 サツ子は時々、父とけんかして実家に帰る。

 小学校の頃は、父と妹と一緒に迎えに行く。

 父がかわいそうなくらい向こうの親に文句を言われる。

 中学に入ってからやっと、「行かない。」と言えた。

 それでもサツ子は帰ってくる。

 サツ子は教習所に何度か通っていた。でも、免許は取れなかった。

 バイクの免許も取りに行くが、ペーパーだけなのに取れない。取っても多分乗れない。

 サツ子は結婚前に美容学校に通っていたらしい。

 パーマをかける機械が家にあった。年に一度くらい使っていたがとにかく熱い。彼女の頭も時々、切ってくれた。彼女はそれが嫌で逃げ回る。

 切られるのが嫌だったので自分で切った。

 サツ子が何度も誰がどうして切ったのか聞くので「先生が切った。」と言った。

 彼女にとってはどうでもいいことだった。

 面倒くさいし、関わりたくない。

 なんで離婚しないんだろう。

 彼女はいつもお騒がせ人間だ。何をやったか忘れたがまた、サツ子に怒られた。

 父親ができて彼女に言った。

 「二人の悪いところだけ似てる。」

 彼女は面食らった。

 (サツ子のいいところあるの?顔?)

 サツ子は「二番目は損。」口癖のように言っていた。

 彼女が生まれなければサツ子はきっと、幸せな人生を送ったのだろう。

 本当にご愁傷様です。

 サツ子は二番目に生まれた。姉は天才。当時、女が大学に行くのは至難の業。そんな時代。大学のほうから誘われて奨学金を貰って卒業した。

 小学校の先生をしていたが小さな商店の店主と結婚した。

 子供が二人いたが四十歳で死んだ。癌だった。その後のことは知らない。

 三番目は男の子。この人は小学校の先生になり、校長まで勤め現在も元気で生きている。定年退職してるので働いていない。


 中学、高校の黒歴史は反吐が出るほど語れない。

 ただ、ずっと休まなかった。

 高校の担任に「何しに来るのか判らない。」と言われた。

 家にはサツ子がいる。だから居たくなかった。行くところは学校しかない。

 どこに行っても嫌われる。

 中学に入った頃、卒業したら高校に行くかと聞かれて彼女は家を出たいと答えた。

 仕事をする自信はない。高校でも嫌われるのも嫌だった。

 それでも嫌われる。

 でも、そのまま、普通に進学した。誰でも入れたので。


 高校に行っても授業はチンプンカンプン。時間が過ぎるのをひたすら待った。多分寝ていた。

 だから夜は起きてられる。

 そこから流れてきた音楽♪彼女の生きる食べ物になった。

 尾崎豊の「卒業」ラジオから流れる言葉は刺激的だった。

 「私も割りたい。」そう思った。

 高校三年の周りが進学だ就職だと騒いでいる頃、彼女は近くのレコード店を尾崎を探していた。

 どこにもなかった。

 進学か就職かそれが問題だった。

 とにかく、家から出たかった。

 仕事は出来ない周りからそう言われていたし、勉強もできない。

 彼女が選んだのは紡績工場の仕事。進学もできる。しかも寮つき。

 サツ子から逃げられる。


 サツ子は何度も電話をかけてきた。

 その度に彼女はつながないようにした。

 ここに来た子たちは親からの電話を心待ちにしている。同じ部屋の子は家に帰れないと泣く。

 喋らない。暗い親が嫌い。

 ここでも彼女は嫌われた。

 紡績工場。朝、五時から昼二時まで。途中朝ごはんの時間がある。

 それが終わると短大に通う。三時から六時まで。二週間交替で朝九時から十二時まで学校に行き、一時から十時まで仕事する。三部制三年。

 学校に向かうバスの中彼女はヘッドホンをしていた。曲が切れて外の声が聞こえた。

 「あの人何なの?」「聞こえるよ。」「ヘッドホンしているし大丈夫。」

 彼女は直ぐに次の曲にした。聞きたくない。

 寮は四人部屋だった。三年生、二年生一人づつと一年生が二人。

 彼女は夜おしっこに起きる。みかんが好きですごくたくさん食べていた。そのせいかどうかわからないがとにかく、一度は夜トイレに行く。

 「あんだけ嫌われるんだから、なんかあるんじゃない。かわいそう。」

 でたー。三人で話していた。どうでもいいわ。トイレ行きたいんだけど。とりあえず、夢遊病のふりしてトイレに行った。すぐ寝ようとしたが眠れない。

 トイレに行っている間に電気が消えていた。

 あっちも気まずいだろう。朝から気を使われたが知らんぷりした。


 入ってすぐに歓迎会があった。班ごとにいろいろな所に出かけた。

 岐阜の高山に行くことになった。

 彼女はあまり乗り気ではなかった。

 それでもとぼとぼとついて行った。

 行く途中で見っけた尾崎豊。顔を隠していたがなぜかそう思った。電車に乗っていた一人で。

 これは本人だったのかは判らない。班の人に聞いてみたが尾崎豊の存在すら知らない。

 後でわかったこと、岐阜の高山に祖母が暮らしていて幼い頃、尾崎さんは一緒に暮らしていたらしく仲良しだったそうです。

 そのせいか岐阜のレコード店に尾崎豊のレコードがあった。彼女はその時にもらった「teenage book」を今も大切?に持っている。

 尾崎豊の大阪球場のコンサート。ツアーでいく。

 ナナちゃん人形の前でバスに乗る。

 名古屋駅に着いた彼女はタクシーに乗った。「ナナちゃん人形の前まで。」「あそこ」運転手は指差した。二本の棒?

 ナナちゃんの足だった。

 尾崎が離れていく・・・・というかでかくなっていく。なんだか悲しい。チケット取れなくなった。

 それでも、チケットが取れれば親戚を殺して(実際に殺すわけではなく得意の噓ついて有休をとり見に行く)出かけた。この頃はある程度容認されていた。バブルだったし。

 こんな感じで仕事しなかったので一年で辞めることになった。

 三月いっぱいで辞めた彼女。

 中高同じ学校だった女の子が同じバスに乗り合わせた。

 「いつやめたの?」その子は聞いてきた。

 「三月いっぱい。」

 「やったぜ。勝った。」

 なんのこっちゃ。と彼女は思った。

 四月七日に辞めたらしい。なんだこいつ。

 優越感。うーん。呆れた。


 彼女は福岡で一人暮らしを始めた。

 仕事はいつも失敗ばかりで続かない。計算もできない。

 家賃払えない。ともかく、仕事するしかない。

 朝はパン屋。昼は喫茶店。夜は居酒屋で働いた。

 その頃、尾崎豊。彼はアメリカに行った。

 しばらく、彼女は死んでいた。(気力もなく生きてた)

 そんなある日、彼と出会った。

 出会ってすぐセックスフレンドになった。

 彼女は彼のことをおっさんと呼んだ。

 本当の名前すら知らない。

 年は彼女より十二歳違う。干支が同じなので年は判った。おっさんの誕生日はミッキーマウスと同じらしい。

 おっさんに家族がいるのか知らない。

 彼女に彼氏ができたら別れよう。そう約束していた。

 毎週土曜日の夜アパートに来る。日曜日は一日いるので彼女は日曜日を休みにした。それまでは不定期で言われるがまま出勤していた。おっさんに合わせて生活するようになる。

 おっさんが言うには彼女は十人男がいれば九人は拒否する(sex)おっさんは誰でもいいのでやってあげる。

 らしい。

 この手のことはよく言われる。彼女は慣れていた。

 おっさんが言うには彼女を見たとき、「こいつはさせる。」と思ったそうだ。

 彼女も同じ。

 不意だったし、なんか不思議だが昔、隣のお姉さんが「結婚なんてしないと思っていたけど、彼と出会って直ぐに結婚するって思った。」彼女に限ってそんなことがあるとは思わなかった。

 「私は人と違う。」ずっと刷り込まれた感覚が覆された。

 高校の担任が言った。「あの子は人ができないことはできるができることは出来ない。」

 意味は普通の場合、嫌われても学校に来る。不登校が問題になっていた世代。

 五十歳代の引きこもりが社会問題になっていることからもわかる。

 ひっそり生きている人が多いが、本人たちはまだ昔の心のままな人が多い気がする。

 若者はリモートで嫌われても繋がれる。昔は、蛇といえば毒。大蛇は巻き付くといった命にかかわるもので、判断した。

 命を侵すもの危険なもの。嫌い。でも今は見て蛇がかわいいと思えば可愛いし、感触が好きな人もいる。

 人は誰でも変わっている。一人ひとりみんな違う。おっさんも変わっていた。

 おっさんはずっと、セックスのことを考えているらしい。女=セックス。

 「何食べようかな。女にしょう。じゃ、あや子のとこ行くか。」

 「雨降ってきた。かったるいからあや子とやろう。」そんな奴だ。

 彼女にとっては愛すべきおっさん。

 何より、おっさんといることはとても心地よかった。「俺のこと好きになるなよ。」おっさんはよくそう言っていた。

 「あそこが好きなだけ。」彼女はいつもそう答えた。

 彼女が生理も一緒にいてくれた。生理と聞くとホッとしていた。近所のおばさんは名取さんの旦那さんだと思っていた。

 彼女のことを解ってくれるのはおっさんだけだ。

 そう思っていた。

 彼女が甘えられたのはおっさんだけだった。

 人に甘えるということを初めて知った。

 いつも一人だった。誰も信じなかった。おっさんと出会って彼女は表情という人の顔を見せた。

 初めての感情。人に好かれたいと思った。

 ただね。自分が好きになることはなかったし、おっさんは彼女が風邪を引けば心配してくれるし、あったかいものを持ってきてくれたり気遣ったりしてくれたのに彼女は何もしなかった。

 手作りのものが嫌がられることをずっと感じていた。彼女が触れたもの=汚い。彼女が作った料理=汚い。

 セックスはしてるのに自分は汚い。

 この感覚はずっと消えない。それはおっさんでなくても同じ。

 嫌われることが当たり前。だった。

 二十二歳、三歳この頃がモテキ。

 一緒に働いていたおばさんから結婚相手を紹介されたり。

 おっさんがいたから必要ないけどね。

 諦めていた事が叶った。夢のような日々。

 でも、そしたら、子供産んでみたくなった。おっさんに言ったらどんな顔するだろう。

 彼女の部屋は汚い。散らかっていたし。埃だらけ。

 俗に言う片付けられない女。

 この頃はただ、だらしない女。

 障害だという認識はない。だから彼女も女はできるものだと信じていたしできない女は結婚できない。そう思っていた。あの頃は女は年が来たら結婚するのが当たり前で二十四歳を超えるとクリスマスケーキと呼ばれていた。クリスマスケーキとは二十四日を過ぎると売れ残り値打ちが無くなる。古くなる。「どこか悪いの?」そう言われて欠陥人間にされてしまう。

 彼女場合は頭が異常なのだからそれで人は納得するだろう。


 おっさんには友達がいっぱいいた。

 彼女には一人もいなかったのでそれが普通なのだろうけど、よく友達と遊びに行く。

 たまに彼女のアパートに友達を連れてきた。大抵は彼女のアパートに来るとかゆいと言って帰る。缶ビール持ってきて騒いで帰る。おっさんは社長と呼ばれていた。

 友達によると昔、麻雀屋を経営していて繫盛していたそうだ。サービス精神旺盛でサービスしすぎてつぶれたらしい。バブルはじけていたしね。一晩中働いて、バイクで事故起こして頭に五百円禿があった。

 おっさんは十円禿と言っていたがどう見ても五百円禿。彼女はよく頭を撫でながら確認していた。

 彼女は足のすね毛でありんこを作る。おっさんは嫌がるがそれも楽しかった。

 おっさんのおなかに顔をうずめるのもおもしろい。

 事故の時、脳の血管が切れて血を抜いたとおっさんは言っていた。

 その時、おっさんはエッチできなくなったらどうしょうと真剣に考えたらしい。

 仕事も何も面白くない。エッチだけが生きがいだ。そうだ。

 禿といえばおっさんの友達に禿がいた。一つ下と言っていたので三十歳代前半で禿。お気の毒ではある。

 その禿の彼女からの電話。

 その頃、まだ家電しかなかったのでおっさんへの電話は彼女のアパートににかかってくる。

 電話が鳴るとは彼女の不思議だった。

 受けた彼女は(えっ、女)と思った。

 その日、おっさんは何も言わずに出かけた。

 夜中まで彼女は眠れなかったが、二時過ぎに帰って来て、そのまま彼女を抱いた。

 ほっとして彼女はよく眠れた。

 「いびき掻いて寝ていた。」おっさんは言った。

 それまでは聞いたことがなかったらしい。ものすごく恥ずかしかった。

 禿の話であるが禿が彼女(判りにくいのでA子とする。)A子のアパートでお風呂に入っていた。

 カタンと音がしたのでA子が見に行った。

 脱衣所に置いてあった籠がひっくり返ってかつらがあった。

 見ると禿がずらなしでいた。

 「知っているから気にしなくていいよ。」A子はそう言った。

 禿は何も言わず帰っていった。

 連絡取れないのでおっさんに電話したらしい。

 おっさんはどうもできなかったらしい。

 A子はエッチの時もなるべく頭を触らないように気を付けていたらしい。

 たぶんそれが原因だと彼女は思った。

 その後、その禿に彼女は何度かあったが頭が気になって仕方なかった。

 パチプロもいたなぁ。

 パチンコに二人で行くとコーヒーがくる。

 師匠について全国パチンコ巡りをして技術を習得したそうだ。

 たまに出る台を教えてくれた。

 貯蓄が一千万円あるそうだ。おっさんに「あいつどうだ。」と言われた。

 (ちんちん三時間かけて剃刀で切ったるぞ。)

 今は違法なのでどうしているのか知らない。


 その頃、仕事ではやっぱり嫌われていた。

 彼女のことを親身になってかばってくれるおばさんが現れた。

 最初はお小言ばかり、うるさいと思っていた。

 このおばさんが現れて周りが・・・ツンとしていつも彼女にあいさつしないお姉さんがいたが、おばさんが声をかけたらしく挨拶(おはようというぐらいだが)するようになった。

 明るくて周りをよく見ていて気配り上手なおばさん。

 デパートの売り子をしていた彼女。

 外商のセールスマンが彼女の店で買い物をした。

 「今の人どう?声かけてあげようか?}

 彼女を怪訝に扱っていたお姉さんがそう声をかけてきた。

 彼女は面食らったが笑っていた。

 「何言っての!こんな人紹介したら迷惑。あんたも自覚しなさい。」

 そう言ったのは同じ店で働く自称三十七歳の(当時六十二歳)の婆さん。

 この婆さんは多分、彼女と同類だ。

 社員旅行があった時、保険に入らなければならなくて婆さんは書類に年齢を書いたそうだ。

 この時はそうは思わなかったけど、今思えば同じ様に(境遇は違うが)育ったのかも今はそう思える。

 この時、お姉さんはそそくさと消えた。

 そんなこと言われたら関わりたくないよね。

 

 ある日、おばさんに呼び出されて彼女は飲みに行った。

 「私、もうすぐ死ぬの。」おばさんは白血病だった。

 それから、よく飲みに行くようになった。(彼女は飲めないからジュースなんだけどドリンクバーだと高くなる。おばさんのおごりだし。)

 家に帰って寝るのが怖い。寝るとこのまま覚めない気がすると言っていました。

 彼女に親を大切にしなさいとずっと言っていました。

 おばさんの名言。「実家に帰ると金くれる。」

 もう、やれることがなくて結局好きなだけ遊べ。薬代。おばさんの顔見ると泣いてしまうから・・・・

 出会って半年くらいで亡くなった。

 それから彼女は周りに責められることになる。

 「なんで教えてくれなかったの?」「お酒なんて飲ませて、なんで止めなかったの?」

 おばさんにも子供が二人いて・・・・

 彼女はそばにいてやるしかなかったから・・・・

 この件で少し、彼女は人に慣れた。

 「何で私に話すの?」

 彼女はそう聞いた。「あなたは人に話さないから。」おばさんはそう言った。


 街を歩いていると「Hi、あや子元気!」彼女に声をかける人なんていない。一瞬。おっさんの知り合いかと思った。よーく見るとどうも中学の同級生。隣にでかい黒人。英語の赤点仲間。そんな人が今は黒人さんと英語らしき会話をしながら説明しているようだ。スマートでかっこいい黒人さん。EXILEのNesmithをもっとガタイをよくした感じ。見た目かっこよかったので。

 多分自慢かと思う。まさかこんなところで会うとは思っていなかった。

 

 尾崎さんが帰ってきた。東京には行けないし。まだ、地方までは来てくれない。

 そしたら、覚せい剤で捕まった。

 また消えた。

 執行猶予が付いたから活動は再開された。でも、哀れだった。声は枯れていたし、歌詞も間違えてた。

 あの長い歌詞をほぼ間違ずに歌っていた人が・・・・

 そして、死んだ。

 いつものようにおっさんといた。土曜日の夜。テレビから流れたニュース。

 友達はいないと思っていたけれど、三人から電話があった。

 「あや子好きだって言っていたよね。」

 おっさんは何も言わなかったけど・・・・ただ一緒にいてくれた。

 葬式の日、彼女はあの行列の中にいた。

 時々、テレビで放送されるやつ。

 予定では五百人。でも、五万人近く来たらしい。

 彼女は毎年十一月の尾崎の誕生日にお墓参りをする。それは今も変わらない。

 それからしばらくしておっさんに「終わりにしょう。」と言った。

 おっさんはそれから来なくなった。

 彼女は後悔した本当に来なくなるとは思わなかった。

 本当は重くてウザイと思っていたのかも。めげた。

 このアパートにいられない。誰も来ない部屋。本当に一人ぼっちになった。

 この四年間は彼女にとっては大切なもの。狭い部屋が一気に広くなった。

 どうしたらよかったのだろういまだに解らない。

 ここにいられなくなって彼女は東京に向かった。

 実家から出たら、生きていけないと思っていたが、案ずるは産むがやすし、何とでもなるものである。彼女は運がいい。

 この頃、占いにはまる。天中殺。やっぱり彼女は特別な人らしい。

 だがそんな人はいっぱいいる。松田聖子や美空ひばりと同じような命式。一方ではすごい犯罪者。

 これは普通に生きれないということか?

 いいか悪いか運命次第。

 結局、うまくいきそうでもどん底に落とされる。

 彼女の場合は周りが御膳立てしてくれても自分で壊す。

 犯罪は絶対起こさない。

 何かあるといつサツ子が来るかわからない。刑務所まで追いかけてこられても困る。

 仕事もまともにできないので。

 その頃の仕事はケーキ屋の売り子。

 とにかく、目立たないようにした。今でもそうだが彼女はよく忘れ物をする。

 財布は落とさないように鎖でバックにつないである。

 でも、そのバックを忘れるけどね。

 2人組での仕事。だいたい、彼女は嫌われる。

 おおぴらに組みたくないという人,渋々引き受けてくれる人。厄介なのは仕事は押し付けておいて陰でできない人と罵倒する人。遠回しに辞めるように促す人。憐れむ人。

 仕方ないからピエロになる。

 どこに行っても変わらないから、彼女は自分から進んで辞めることはしない。

 採用したほうが悪いと思うことにした。

 (あんただってわかってたら絶対に取らない。)と、言われそうである。

 それに耐えるのが自分の仕事だと言い聞かせていた。


 東京は広い。彼女は二十六歳になっていた。

 「だメンズウォーカー」そんな言葉がはやっていた。

 彼女もそうだった。

 ヒモがかっこいいと思っていたし、子供ができた。結婚した。

 サツ子に「あなたは結婚もできないから。」と言われていたが結婚した。

 この男、働いてはいたが、親戚のおばさんに「仕事はどうなの。」と言われ[休みなくて大変。」と言う。

 奴は夜中、前日の夜の九時から朝の三時まで働いていた。

 日曜の夜九時から十二時まで月曜の朝、三時まで。火曜の夜九時から水曜の三時まで木曜日の夜九時から十二時。金曜は三時まで。そんなことをいう。大体、一日行って一日休み。でも奴は毎日出勤してると主張する。ある日は発泡酒を飲みながら「給料安いからビールが飲めない。」と母親と話していた。

本人曰く。奴は頭がいいらしい。

 おばあさんに道を聞かれ「まっすぐ行って、右に曲がり、それからまた右に回り、もう一度右に曲がるといいです。」

 彼女はその場所知ってんのかよと思ったがその時は気にしなかった。

 「見てみなもうすぐここにもどってくる。」

 確かに戻ってきた。

 外で食べようという話になり、二人で出かけた。

 「ワンコインランチあります。」そこに入ろうと奴が言うので入ると、「このステーキお願いします。(一番高いやつ。)あやちゃんどれにする?」

 そんな奴だ。

 スーパーに行けばかごの中になんか入っているし。

 どこまでやればいいかは把握しているらしく最初はそれでよかったがだんだん頭にくる。

 基本彼女はぼっとしている。彼女は子供を二人産んだ。男の子二人。

 サツ子が亡くなったのでそれを機会に離婚した。

 サツ子が亡くなるとき、帰ってくるように電話が鳴る。最後に会いたいらしい。

 彼女は怖くて帰りたくない。早く亡くなってくれ。そう思うのに電話で「酸素吸入を外すのを待ってもらうから帰ってこい。」彼女は鳴り続ける電話に参った。それで、いのちの電話に電話した。

 彼女は電話が鳴るのを止めたかっただけだ。でも、最悪。そこでも帰れという。

 「後悔しないの?」電話したことを後悔した。

 奴は違う人と結婚したかは知らないが子供を設けて幸せに暮らしているようだ。


 発達に問題がある彼女は精神科に通う。

 薬の価格の高さにぼっとなる。薬代と子供の飯。薬は効くが買えない。

 気分はすごくよくなるがそれと同時に生活の困窮が・・・・襲ってくる。不安だらけだった。

 彼女はその頃、「物体。」と言われていた。

 子供達には悪い?がなるべく行事にはいかないようにしていた。

 彼女の子供だとすればそれがいじめになる。それはかわいそうだと思った。

 彼女は自分と個別だということはよく解っている。

 ただそれは嫌いな理由にすることができる。

 最初に行った工場がそうだった。

 「親のことを悪く言う人は嫌いだ。」と言われたが実際はそうじゃない。彼女のことが嫌いなだけだ。

 子供達が嫌われそうになったら、彼女は「あの人の子供だからね」と言っておけと言っている。

 本意は解ってないだろう。彼女は産みたくて産んだのだ。

 でも、彼等の人生どうなろうと知ったことじゃない。

 子供達は彼女ではない。愛されるべきだ

 そう言ってしまえば身も蓋もないが幼いころは自分が嫌で嫌でたまらなかった。

 

 精神科の先生にママさんコーラスを勧められた。

 二回ほど行って止めた。人と合わせることは苦痛だ。

 代わりに一人でカラオケに行く。尾崎さんの「freeze moon」を歌いたくて頑張っていた。

 この曲はうまい人が歌えばかっこいい。彼女ではただのバカ。

 それをでかい声で喚く。

 すごく嫌な顔されたが気にしなくなっていた。

 二時間のはずだったのに一時間後に「時間です。」と電話が入る。

 たぶん、怖いのだろう。

 ただ知り合いに見られないようには気を付けていた。

 この頃から少しずつ靄が消えて行っていた。

 頭で考えるとはこういうことかとおぼろげながら解ってきた頃だった。

 幼い頃、食器が汚れていた。サツ子に替えてといった。

 替えてくれたがそれはもっと汚れていた。仕方ないので洗った。

 ムッとしたサツ子。濡れてるし、なんちゃらかんちゃら言われ彼女は泣いた。

 「泣きゃ済むと思ってんの?」サツ子は容赦ない。

 何を怒られているかさえ解らない。あれは何だったんだろう?

 でもね。仕事していて解ったことがあって彼女には見えなかったの。

 言われれば解るんだけど、人って身を守るために防御するんだけど咄嗟に動けないの。

 つまり、人と違っていたの頭の構造が・・・

 ずっと、曇りだったから頭の中がそれがこの頃から平穏になった。

 でも、それについていけなくて。

 この頃から歯もなくなっていって・・・今は上の歯は総入れ歯、下はすきっ歯。

 ちゃんと洗えてなかったり、できていないことが多い。

 その時は解らなかった。でも今は解るようになってきたので注意することができる。

 少しだけ、ヒトに近づいたかな。


 仕事のこと、離婚して無一文になった彼女は飲食店でパートとして働いた。

 入ったら辞めない。

 手を変え品を変え辞めろコール。

 ある時、仕事に行くと来なくていいという。

 彼女が時間を間違えたというのだ。調べてみると彼女は間違っていなかった。書類が間違っていた。

 次の日から、何事もなかったようになった。

 程なくして、違う店に回された。

 彼女としては不本意だった。

 でも、結局その店は撤退した。チェーン店に回された彼女は助かったのだ。

 彼女は本当に運がいい。


 最初のパート先に体育の先生だったおばさんがいた。

 定年で辞めて働いているという。

 趣味でスポーツジムに通っていた。月一万円。

 その時は金持ちの道楽だと思っていた。

 そんな彼女がボーカル教室を見つけた。 


 ここでも嫌われるんだろうなぁ。

 彼女は金払ってんだから下手な歌聞いて苦痛を味わうのも仕事だ。そう思うことにした。

 ただ、歌いたかった。なんでかわかんないけど。

 彼女にはとても高価で贅沢な趣味に思えた。


 ある日、「発表会に出ない?」と言われた。

 普通だったら出ないけどなんか出なきゃって思った。

 one ok rock歌うのなワンオクにしょう。

 新人の男の先生。こんな彼女だから絶対嫌われるだろうし・・・・

 なんか不安だらけだった。

 五十歳を過ぎて仕事もできないばぁさん。

 自分がここにいること誰かに知ってほしかった。

 この頃には頭がピンカンすることも無くなったからもしかしたら歌えるかもそう思った。


 子供が生まれた頃、彼女はジャニーズにはまっていた。

 Newsができた頃。そこでtakaの存在を知った。彼女の推しは慶ちゃん。(小山慶一郎)

 takaはすぐ辞めたが気にはなっていた。

 それから、育児に追われ。彼女の基本はほっておく。年子の二人は気が合わずこっちが右へ行けば片方は左に行く。馬鹿に育児は難しい。相変わらず、頭の中はピンカンしていた。

 何とかかんとか小学校に入れて。

 彼女の憂鬱はPTA。自分が来てほしくなかった授業参観。

 子供は来て欲しいらしい。解らない。彼女だぞ。

 やっぱり、嫌われる。

 兄貴の方の先生嫌いだったし。「あんたのお母さんは・・・・」よく言われたらしい。

 学校の先生って、誰でもいいと思っていたが、今はそういうわけにはいかない。

 社会のがんじがらめは解る。だからといって子どもを置き去りにしてはいけない。

 子供も先生もかわいそうだ。制度自体が四角四面だったり、融通が利かなかったり。

 見て見ぬふりしてみたり。

 人は人をコミュニティーで判断する時代は終わったから、少しは生きるのが楽になった反面。

 変な情報はSNSで拡散される。

 本当のことは知らなくても一つでも変な発言したり、変な動画を流されれば、それがその人のすべてになる。だから知らんぷりしていたがこれだけは後悔している。なぜこの人が担任だったのか・・・・

 話が反れたので元に戻そう。

 いろいろあるがワンオクは面白い。

 {じぶんRock」こんなの歌えんだぞ。彼女は自慢だった。うまくはないけど。

 前に仕事の宴会でNewsの「weeeek」を歌った。ドン引きだった。

 馬鹿がこんなの歌うとは・・・・喋らない。笑わない。仕事できない。

 いきなりこれはきつかった。のかも。不気味な微笑み。そんな彼女が何なんだ。

 それから、不況もあって宴会は無くなった。多分ほかの人たちだけでやっていたのだと思う。

 また、そうなると思っていた。


 発表会の日。

 彼女は歌った。たぶん。でも、全然、歌ったことさえ覚えていない。

 彼女が覚えているのは歌い終わった後、(なんかきた。)

 先生が目の前にいた。「良かったよ。」

 先生はそういうと、ぽいと捨てた。そう感じた。すごくきれいな目をしてた。


 しばらくして、歌のレッスンに行くと先生に下から上まで見られた。

 やっぱり、おばさん。きっとそう思われた。

 それから、彼女の暴走が始まる。


 RADWIMPSの「棒人間」頭から離れない。

 彼女は「あたしだ。」と思いながら、最後まで読むとやっぱり違うと思う。それでも、「僕は人間じゃないんです。本当にごめんなさい。」が離れない。

 職場のパートのお姉さんにそのことを話すと同じようにはまってしまった。

 この曲は癖になるらしい。

 彼女も人間になるために歌と同じようにやってみた。

 やっぱり疲れるが面白かった。笑うようになってきた。


 歌がうまい気がしてきた。あー勘違い。

 その反面、高い声が出ない。元から出なかったのかも。出ていた気がした。何で!

 教室のオーデションを受けてみることにした。

 その頃の彼女は焦っていた。更年期。女でなくなる。声も変わる。

 歯が無くなって歌い方も変えて

 先生から電話があった。「今回はやめておいた方がいい。」

 判っていた。でも認めたくなかった。すごく言ってくれたことが有難かったし嬉しかった。でも・・・

 なんだか、もうでなくなる声。その頃から無理したくなった。

 結果は惨敗。


 彼女は青春を知らない。

 恋したり、友達と喧嘩したり、ずっと、冷めた目で見ていただけ。

 ほかの人も思いは違っても嫌な思いしたりいろいろつらいことはある。この年になって気が付いた。

 自分だけがつらいと思っていた。でもね。勿体ないって思った。

 だから、オーデション受けた。これは芸能事務所のオーデション。

 本当はこれ以上、醜態をさらしたくなかった。

 落ちればこれで諦められる。

 でも受かっちゃった。すぐばれるのわかっていたし、半年間遊ぼうと思った。

 実際やってみると、最初から解っていたのに思うように歌えなくて悔しくて辛くて逃げ出したくなる。

 もっと、若かったらあんたなんかに負けないわ。なんて負け惜しみ。

 涙が流れて止まらない。

 先生にメールして少し落ち着いた。とても良い人。駄目だと知りつつ。ホッとする。

 顔見るだけでほっとする。

 歌もうまいし、癒される。なんでだろうね。そろそろライブやらないのかなあ。先生はバンドのボーカルをしている。カッコイイ!

 仕事もうまくいかない。

 人に聞かせられるレベルじゃない。

 すごい人の集まりで自分がなぜここにいるのか不思議だった。

 ここには入れたことは彼女の誇りになっている。

 

 彼女はそれでもいつかライブやりたいって思っている。

 高い声は出なくても方法はいくらでもある。ただ彼女には相変わらず友達がいない。

 ずっと、諦めていたけど一人は寂しいってこの頃思う。

 名取あや子。五十五歳。馬鹿でも楽しく生きています。


   おわり

 

 


 

 


 


 

 


 







 

人生は面白い。

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