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ラブカクテルス その101

作者: 風 雷人

いらっしゃいませ。

どうぞこちらへ。

本日はいかがなさいますか?

甘い香りのバイオレットフィズ?

それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?

はたまた、大人の香りのマティーニ?


わかりました。本日のスペシャルですね。

少々お待ちください。


本日のカクテルの名前はハンターでございます。


ごゆっくりどうぞ。



私はゆっくりと地下へと繋がる薄暗い階段を降りて行った。

鉄でできている扉は、中の熱気のせいであろうか、表面にびっしりと汗をかいていた。


私はそれに力一杯ノックをする。

丁度目の高さにある5センチほどの小窓がスライドされ、中から鋭く光る目だけが、血に餓えたオオカミのようにこちらをギロッと見て小声で言った。


「合言葉は?」

私はそれにそっけなく応えた。

「肉」

すると重そうたそのドアは開かれ、先程の目の主が笑って私を迎え入れながら握手をしてきた。

そして合言葉の続きを返してきた。

「脂」


最高の匂いに包まれた店内に、俺はもうとろけそうになりながら、早足でカウンターに向かった。

駄目だ。とりあえず何かを頼まなくては。


マスターはそんな私を見て肩を叩き、落ち着いてとメニューを出したが、俺は口をなるべく開けずに、

「レイのヤツを頼む。」となんとか伝えた。

危うくヨダレが垂れるところだった。

マスターを少し笑みを浮かべてキッチンへと向かった。


ここは秘密の地下レストラン。

ヤバイ不合法な料理を扱う、秘密のレストランである。


実は少し前の話である。

この世の中には沢山のメタボがいた。

それが国の法律改正に伴い、メタボ撲滅を唱える学者が現れたせいで、それに賛同する団体が政治家をも巻き込み、法律として禁止令を成立させ、健康的にも経済的にも負担が大きいメタボを無くすという事業が始まった。

当然多くの国民から非難を受けることとなったのだが、そこは学者の方が上手で、奴らは既に秘策を打っていたのだった。

それはかなり効率の良いダイエット法だったのだった。

リセットダイエット。

それが奴らが考案したダイエット方法。

それはなんと、気になる余分な脂肪をある飲み薬を一回飲むだけで、あっ、と言う間に無くしてしまう秘薬。

しかも健康保険を使えるという好条件。

誰でも安く、早く、そして楽してスマートな身体を手に入れられるなら、しない方がおかしい。

結果、まんまと国民は飛び付くように薬を飲み、ダイエットは大成功。

しかし、

しかしそんな裏には罠があった。

それは副作用。

その薬を飲み、痩せることにより、なんとダイエットした者は皆、肉が食べれない体となったのだった。

私はこの法律ができ、ダイエットの話がチマタを賑わせても、決して痩せる気などは起きなかった。

むしろ私にとって太っているということは誇りであり、自慢でさえあったからだ。

今まであれだけお金を懸けて肥えてきたこの体型を何故失わなければならないのか。

太っているのが悪いなどということは偏見であり、差別意外の何者でもない。

しかし、痩せて、どんな服装もスマートにキメられるようになったナルシストの国民集団には、そんな主張が通用する筈もなく、まるで一昔前の禁煙ブームで喫煙者が追いやられ、いつの間にかタバコ自体が悪者にされて消えていったように、この国からは次にメタボが、肉がなくなろうとしていた。

町からは次第に売れなくなった肉屋が潰れ、当然焼肉屋、しゃぶしゃぶ、ステーキ、すき焼きそして定食屋からは唐揚げや生姜焼き、トンカツがなくなり、そればかりかハンバーガーや牛丼までもが姿を消し、代わって野菜中心のレストランや、野菜ジュースステーションなるものが流行ると、コーヒーショップやカフェまでもが糖分を使う物を無くして、ナチュラルテイストなるメニューを展開し、更なるダイエットしたシェイプな身体の維持と磨きに貢献しだしたのだった。

流行りを捕まえれば後は簡単な話。

国民はそれにハマる一方で俺達メタボを愛する人間は、孤立し、そしてその内、追われることとなった。

ある者は捕らえられ、ある者は亡命し、そしてある者は隠れて暮らした。

私もその一人。


確かに逃げ出すのは簡単だ。

しかしこれ程素晴らしい肉を生産していた国は我が国しかない。

我が国、国産の牛肉、豚肉、鶏肉に勝る肉がどこにあるというのか。


そしてそんな失われた財宝奪還を決するべく私達は立ち上がり、地下組織ができた。

それが我々メタボリストだ。

そしてここもそのアジトの一つ。

先ずは腹ごしらえだ。

私達には空腹こそがあってはならない瞬間。

この立派な体型に栄養を常に与えることが重要だ。

待ったキッチンの奥からは、この頃ではこの店でしか見られなくなった、ビーフシチューが肉ゴロゴロ状態で運ばれてきた。

しかし贅沢だ。

贅沢ついでに国産だったら。

私は切ない想いを胸にしまうとそのビーフシチューをむさぼった。

輸入ながらもさすがはいいところを使っているだけあって、コテコテのトロトロだ。

やはり肉。

思わず私はマスターに敬礼してしまった。

そして腹一杯になったところで、私がここに来た理由を、このアジトの幹部に会い伝えた。


レジスタンスの仲間と仲間の連絡の伝達、それが私の仕事だった。

危険ではあるが、メタボな身体の割りに動きが俊敏である私は、組織によりその才能を買われて選ばれた、超エリートメタボであった。

何しろ前職は相撲の力士序の口。

鍛え上げられたメタボなのだ。

私は早速、近々計画しているメーデーについてを、本部の支持通りに幹部達に話す。

それは、地下組織が例の薬の副作用を徹底的に研究した結果、解毒剤ができたとの発表があり、それでクーデターを起こす日程が決まったこと、そして各部隊の役割などが分担され、それをこと細かく解説し、伝えた。

そしてもっとも重要な話題が他にあることも加えた。

幹部達はその事に敏感に反応しながら、テーブルの中央に山になったフライドポテトに伸ばしていた手を止めて、私に鋭い視線を注いだ。

私は一枚の写真をそのテーブルにヒラリと投げた。

お世辞にも良く写っているとは言えないその写真には倒れた数人のメタボな人々の姿と、その真ん中に立ち尽くすメタボな男。

そして次に差し出したもう一枚の写真を見て、一堂は声を挙げた。

さっきと同じ写真。

しかし真ん中に立ち尽くす男の姿はなんと痩せ男。

写真に刻んである時間が正確であったとしたら、男は一瞬にして身体を変えている。

このアジトのボスがそれを見てしばらくした後に、口をやっと動かせたように驚き、私に訳を聞いてきた。

私は言った。

「スパイらしい。本部ではハンターと呼んでいる。

正体はわからないが、どうやら体型を自由に変化させられるらしい。」

私の説明に皆がざわめいた。

そして私が怪しいヤツには気をつけるように付け加えると、ボスは言った。

「そういえば、最近どこからか流れ着いたヤツがいる。

かなりやつれているようだったから助けてやったが、もしや、」

その言葉と共に振り返った先に、その男と思われる黒い影があった。

男は立派なメタボだった。

しかし、次の瞬間、ヤツはスマートな男へと変わっていた。

そこにいた幹部全員が身構えた。

そこへ私はすかさず男に一本の小瓶を投げつけた。

それは男の体に直撃して砕け、中の液体は男にかかった。


男は暫く身体を固めていたが、やがてこれが何だと笑った。

私はそれを見て同じように笑いながらその液体について話してやった。

「それこそが解毒剤である、唐辛子とターメリック、その他のスパイスから特別にブレンドした、名付けてホットスパイスだ。」

幹部達はそれを嗅いで、胃袋を刺激されたらしく、腹を鳴らし、ひどい者になるとヨダレまでを垂らしていた。

私は男にテーブルの上にあったフライドチキンを投げつけた。

この解毒剤を嗅いでしまった者は、科学的に肉を食べる本能を掻き立てられ、その欲望を抑えられなくなるのだった。

男は予想通りにそれにむさぼりついた。

アジトのボスはそれを見るやいなや、キッチンに声を挙げた。

「ありったけの肉料理を用意しろっ!」

キッチンは活気付いた。

次から次へと肉料理が運ばれてテーブルに出るなり、あっと言う間にそれらはなくなり、例の男もその中に混ざっていた。

私は、何がハンターだ、他愛もないとそれを横目に笑った。

そして飽きる程皆が料理をたいらげ、満腹になった中、しかし男は黙々とまだ料理を食べていた。

そして御代わりを値だった。

無理もない。長い間肉を食べていなかったのだから。

敵とも忘れてアジトのボスはキッチンに料理を作らせた。

が、男は驚く程に食べて食べて食べ続けた。

そしてキッチンから、もう肉がないと聞くと、不気味に静かに立ち上がり、ナプキンで口を拭った。

ヤツはあれ程食べたにも関わらず全然苦しさも見せずに、こう言った。

「これでこのアジトも終わりだ。

肉の輸入業者は今頃当局に捕らえられている。

そしてもうすぐここにも我々の手が到着する予定だ。

満腹で動けなくなったお前達を一人残らず逮捕しにだ。

もし逃れたしても、もうこの国のあらゆる地下組織が今、一斉に摘発され、そして肉という肉は処分された筈だ。

生きていたところで自然と痩せていくだけだ。」


はかられたかっ!


そんな裏があったなんて私は動転した。

しかしハンターとて人間。

「そんなことを言うが、お前こそ困る筈だ。

先程の解毒剤をくらってしまったのだから。

この先私達以上に肉がないと生きていけない。

そうだろう!」

しかしハンターはその言葉を跳ね返す程の笑い声を挙げて言った。

「冥土の土産に教えてやる。

俺達がハンターと呼ばれる由縁、それはお前達メタボを根こそぎ捕まえることもそうだが、もう一つ理由があるのだ。」

そこにいた何人かが唾をのんで合唱するように「もう一つ?」とそれを聞き返した。

するとハンターは、浮かべていた薄笑いをそのままに、ヤケに汚い上着を手繰り上げた。

そこには、想像を絶する物が隠されていた。

なんと、ヤツは、ハンターの正体は、凄くスリムな痩せ男で、その周りに傘の骨のような身体の型を自在に変えられる仕組みが隠されていて、その上あれだけ食べたヤツの腹はこれっぽっちも膨れていない様子だった。

ヤツは得意そうに言った。

「お前達は勘違いしているようだが、私は元々メタボではない。

だから薬も使っていなければ、解毒剤などは意味がないのだよ。

俺は大食いのプロだ。昔から痩せの大食いと言うだろ。

その大食いの中でもかつてはチャンピオンだった。

俺達ハンターは別にこんなくだらないレストランなんか無くたって他にいくらでも腹一杯にできる施設を持っているのさ。

そして今夜、お前達を捕らえた報酬は摘発で他で得たであろう食料に、政府が秘密に残している、最高級の和牛牧場の食べ放題の権利。」

噂には聞いていたが、やはりお偉いさん達のための秘密ブランド肉牧場が存在するというのは本当だったのか。

ヤツはそれに釣られたって訳か。

その直後、店になだれ込んできた警官隊に我々は捕らわれ、くしくもリセットダイエットの刑となってしまった。


しかし、これで引き下がる私ではなかった。

後日行ったアジトは空っぽのように見えたが、ある壁を壊したその裏には解毒剤が山のように積んであったのだった。

集まった同胞とそれを飲み、秘密の牧場を我々は襲う事となった。

両手にフォークとナイフを持って。



おしまい。



いかがでしたか?

今日のオススメのカクテルの味は。

またのご来店、心をよりお待ち申し上げております。では。

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