3話10年後
高杉が地下で生活を始めてから10年が過ぎていた。
高杉は漫画を読みながらお菓子を掴まみ、ケラケラ笑い声を立て、ご機嫌な様子で布団の上に寝転がっている。
トトは一緒に漫画を読んでいるのか、高杉の肩の上に、ムムは相変わらず、まわし車を走らせていた。
まだまだ食料はたっぷり残っていて、孤独が苦にならないのか、地上の事など全く気にする様子もなく地下の暮らしを楽しんでいる・・が、すっかり怠けぐせが付いていた・・
常に明るく電気の付いているこの部屋、昼も夜も分からず眠くなったら寝て、腹が減ったら食べる・・食い散らかしたゴミを片付ける事もなく・・
ぐうたら生活をしていたのだ!
体育館のように広々としていた部屋が、今や、ごみ屋敷になっていた。人間なんて環境によって何処までもだらしなく、怠けてしまう生き物なのだ。
高杉は立ち上がるとポン・ポン!っとゴミを飛び越え、冷蔵庫から缶ビールを1本持ってきた。
『グイグイ』飲み干し、缶を放り投げる。
「カツン!」
そこには、空き缶の山が出来ていた・・
「ふあぁぁ~あ!」
大きな欠伸をすると、布団を被り寝てしまった・・
気持ち良さそうに眠っている高杉・・トトは、何か言いたそうに高杉の寝顔を見つめる・・
数時間後。
高杉は目を覚ますとステーキを3枚焼き、ビールを2本持ってくる。
「くうっ~うめぇ、リサ!最高だぜ!」
ビールを飲みながら地上を見上げ、リサへの感謝を込めたその時!
「パチンッ!」
弾ける音と共に真っ暗になった・・
「ん?どうしたんだ・・」
突然の出来事を理解出来ない・・今まで常に明るかったこの部屋・・
『停電か?しばらく待っていれば、また付くのか・・誰か、直しに来るの?・・』
かなり時間が過ぎたが、明るくならない・・地下300メートルの閉ざされたこの部屋・・闇の中に感じる圧迫感・・高杉に不安と恐怖が、のし掛かってきた・・
『ダメだ!・・このまま誰も来ない・・来る訳がない!俺は、閉じ込められ忘れられたんだ・・俺は社会から摘まみ出された人間だった・・』
高杉は四つん這いになり、扉の方に目を凝らすが、暗くて何も見えない・・床のゴミが手に絡み付く・・
『チッキショー・・どうする・・ハッ!冷凍庫・・あそこの電気は大丈夫なのか?・・』
記憶と勘を頼りにゴミをかき分け、四つん這いで向かっていく・・
『ここもダメだ・・』
冷凍庫の冷気は止まり、電気も付かなかった・・
高杉は、戻って来ると布団にくるまり
『もう終わりだ!・・何も見えない・・何も出来ない・・チッキショー!チッキショ~・・』
暗闇の中で、自分のバカさ加減と後悔の念が、グルグル頭を駆け巡る・・
『俺は、なんてバカだったんだ・・いつかこうなる事は少し考えれば分かる・・本当にバカだ・・大バカだ!・・チッキショー!いつもこれだ・・1つの考えで突き進み、失敗ばかりしてきたのに・・まず扉を開けるんだった・・バカヤロー!その後でのんびりすれば良かったんだ・・バカヤロー・・』
高杉は取り返しの付かない失敗に、何度も自分を責め、後悔し、布団に顔を埋める・・
落ち込んだまま布団にくるまり、2日が過ぎた・・
ただボーっとしている高杉・・目を閉じても、開いても闇の中・・カラカラとムムが走っている音だけが聞こえていた・・
「トトは何処だ!いるのか?」
高杉の問い掛けに、トトはカサカサ音を立て、ゴミの上を走り回った・・
「そこか・・お前達は暗くても平気みたいだな・・俺はダメだ!暗くて何も見えない・・お前達は、上手くここから抜け出して好きな所に行ってもいいんだ・・俺の事は気にするな・・」
高杉はそう言うと、手探りで缶ビールを掴み栓を開け、ぬるくなったビールを喉に流し込む・・
「ぐふっ・チッキショー・・」
缶を放り投げ、布団にくるまった・・
『あぁ・・俺は扉が開くまでこのままか・・ん?待てよ扉は開くのか?確か電動だったぞ・・もしかして、永遠に閉じ込められたのか・・あああぁ・・そうだ・・俺は永遠に閉じ込められてしまったんだ・・ああぁ・・終わりだ・・』
希望の見えない暗闇の中で、一筋の涙が頬を伝って行く・・
『終わりだ!終わりだ!もう扉は開かない!俺は、ずっとこのままだぁ~!・・あああぁ・・あああ~ぁ・これじゃあ生き埋めになったも同じだ・・あああああ~ぁ・・』
絶望感と息苦しさで、気が狂いそうになって、もがいていた・・
「生きるんだ・・」
暗闇の中から高杉に聞こえた声・・
聞こえるはずのない声・・
『遂に俺は・・頭が、おかしくなってしまったのか?・・いや、おかしくなっていないぞ!』
暗闇に耳を澄ます高杉・・
「・・・生きるんだよ」
「誰だ!」
高杉は、聞こえた声に直ぐに問い掛け、暗闇に目を凝らした・・
「僕だよ・・トトだよ」
「トト・・トトがしゃべった!ホントか?」
トトはゴミの上を走り回り、ピタッと止まると
「健三、僕はいつも君に話し掛けようとしてたんだ・・でも、しゃべれなかった・・それが、今やっと言葉を話せる様になったんだ!」
『ホントかよ信じられねぇ・・だが、確かに話している・・これもスーパージョブ細胞の力か・・それとも俺の頭がイカれた・・』
高杉はトトの姿を見ようと目を凝らしたが、何も見えず声だけが聞こえてくる・・
「健三・・君は地下にとじ込められてから、毎日、漫画とビール・・それじゃあ、死んでいるのと変わらないよ・・生きるって、長さじゃなくどう生きるかなんだ。研究していた時の事を思い出して・・毎日、一生懸命がんばってた時の事を・・」
「トト・・」
高杉はトトの言葉で、自分の怠けた暮らしがトトを心配させていた事に気付いた・・が、今のこの状況・・
「心配掛けちまったな・・でも、もうどうする事も出来ないんだ・・」
がっくり頭を下げる高杉にトトは
「そんな事はない!まだ出来る事はいっぱいあるよ。もっと前向きになって少しづつでもやらないと・・この地下に閉じ込められ、10年で僕はしゃべれる様になったんだ。健三なら、今からでも凄い事が出来るよ。きっと・・」
「10年・・もう10年たったのか・・ん?・・なぜトトは、10年って分かるんだ。俺には、時間だって分かんねぇのに・・」
「それは、ムムが教えてくれるんだ!扉が閉じてからムムは、回し車を1秒間に3回転の速さで走らせ続け、さっき、3億1千5百36万秒になったって、つまり10年って事。」
「なっ!・・そのためにムムは回し車を走り続けていたってのか!」
高杉は驚き、カラカラ音を立て回し車を走らせているムムに顔を向け
「凄いなぁムム・・凄い・・」
ムムの頑張りに、感動し涙を流す高杉にトトは
「ムムは回し車が好きなだけだよ。空を飛んでる見たいで気持ちいいんだってさっ!だから走り続けてるんだ・・そして、いつか本当に空を飛んでやるってね・・」
「そうか、いつか飛べるといいなムム・・」
高杉は自分の気付かない処で、トトとムムが毎日頑張っていた事を気付かされ、自分も何かやらねばと思う気持ちが、沸々と湧いて来るのを感じた・・