偽物に銃口を
転送機・βのハッチから出た私は、ゆっくりと室内を見渡した。
「おめでとうございます、少佐。テレポーテーション、成功です」
出迎えた博士が合図すると、部屋の鉄製シャッターが持ち上がっていき、その向こうに転送機・αが見えて来た。確かに私はつい数十秒前にあの転送機・αに入り、シャッターで区切られた別の部屋の転送機・βから今、出て来た。
「今回のデモでは隣部屋への転送を実施しましたが、この理論では距離的制限を受けません。転送機・αβのセットがあれば、どこへでも転送可能です。例えそこが、月だろうと。光の速度は越えられませんので厳密には時間的制限を受けていますがね」
少年のようにも見える博士は、淡々と説明をする。
「み、見事だ、博士! ついに成功、成功したんだな!」
「ええ。少佐の先見の明と、積極的な投資援助の賜物です」
「素晴らしいぞ! これで世界の軍事バランス――いや、世界のルールそのものが変わる! 我々はその先駆者だ。この喜びは言葉では言い尽くせない、ありがとう、博士!」
「恐れ入ります。では少佐、テレポーテーションの仕上げが残っておりますので、最後にそちらを――」
「仕上げ?」
転送機・αのハッチが開き、そこから軍服姿の人影が歩み出た。
私だ。
束の間、鏡かと思った。だが棒立ちになっている私に対し、向こうの転送機から出て来た私はゆっくりと室内を見渡している。
「あちらの少佐を殺害してください」
「……え?」
「僕の確立した分析・転送・再構成の理論では転送元が残ってしまう。この場合、転送元は物理的に削除するのが最も効率的でして。ゆくゆくは自動的に削除する機構を組み込みますが、このデモ機には未実装なのです」
「転送……元? ではあちらがオリジナルなのか?」
「ナンセンスですよ。昨日の少佐と今日の少佐はどちらがオリジナルかと問うているようなもの。あなた自身がオリジナルだと自認すれば、向こう側は複製、偽物に過ぎません」
「……」
私は震える手でホルスターの拳銃を抜いた。
「何、FAXで送った書類の原紙をゴミ箱に捨てるものだと思えば」
博士は何が可笑しいのか、くすくすと笑った。
向こう側は偽物。向こう側は偽物。
スライドを引き、銃口を向けるが、ぶるぶると照準がぶれて定まらない。
向こう側の私が、こちらを振り返り――。
目が、合った。
なろうラジオ大賞2 応募作品です。
・1,000文字以下
・テーマ:偽物