支援魔導師ですが勇者パーティから追放されました……いや、己の拳があれば問題ないですね
「ジュリア・クリーグス! 今日であんたは俺のパーティ『白き閃光』から出て行ってもらう!」
ウェスティア王国の王都ウレフスの冒険者ギルド。
そこに併設された酒場で、突如としてSランク冒険者アレクシス・ブライトウェルは高々と宣言した。
宣言の中で名前を挙げられ、三下り半を叩き付けられた支援魔導師、ジュリア・クリーグスは椅子に腰かけたまま、その琥珀色の瞳で彼を見上げている。その表情は、周囲の客やギルド職員の注目を集めていることもどこ吹く風、感情の起伏の乏しい彼女らしい無感動なものだ。
「ち、ちょっと、アレク! お姉様になんてことを!」
声を上げたのはジュリアと同じテーブルに掛けていた魔法使い、アイリーン・ジャーヴィスだった。彼女はアレクシスの幼馴染で、彼が冒険者になる前からの付き合いだ。アレクシスが聖剣を手にしたことで国王からの勧めで『白き閃光』に加入したジュリアのことは、頼りになる同性の年上として「お姉様」と呼んで慕っている。
アイリーンは隣のテーブルに掛けている『白き閃光』の仲間達にも視線を送るが、彼らはリーダーであるアレクシスの決定には逆らえないと言わんばかりに目を伏せた。その態度に苛立ちながら、アイリーンは立ち上がる。
「お姉様には散々お世話になってるでしょ! それを急にこんなことってないでしょ!?」
「うるさい! リーダーの俺が決めたことだ! あんたは馘だよ、ジュリア!」
「成程。それでは、私はここまでとなりますね」
最初のアレクシスの宣言で静まり返った酒場に、ジュリアの静かな、しかしよく通る声が響いた。そのあっさりとした回答に、アイリーンもアレクシスも思わず黙り込む。
元々感情の起伏の乏しい彼女だが、今の声はより一層冷たく感じる。
「参考までに、私をこうして追放する理由をお聞かせ願えますでしょうか、勇者様?」
有無を言わさぬ口調。辺境伯家の三女とはいえ厳しく躾けられた貴族の娘、そして冒険者として活躍してきた魔導師の声は、常人であれば神経を切り刻まれるのではないかと思われる程に冷たかった。
しかし、目の前に居る男は常人ではない。聖剣を手にし、数々の魔物と渡り合ってきた勇者と称される冒険者である。彼は全く臆さなかった。
「簡単だ! あんたは今のところ、俺のパーティの中で殆ど役に立っていない! 特に戦闘でな! そもそもクリーグス家は武闘派だって聞いてたのに、来たのが支援魔導師なんかでがっかりしてたんだ!」
ジュリアの役職は支援魔導師。数々の支援魔法で仲間の身体能力を強化したり、魔法の威力を補助したりする他、生活魔法を用いて旅を手助けしている。
しかし支援魔導師を置いているパーティというのは実は少ない。大抵の支援魔導師は攻撃魔法が苦手で、専門としている支援魔法もある程度なら魔法使い等でも代行可能だからだ。
この為、6人のパーティならば剣士等の前衛職2から3人、魔法使い等の後衛職2から3人、荷物持ち等の補助職1人がバランスの良い編成とされる。
『白き閃光』は前衛4人、後衛2人の前衛偏重型で、しかも後衛の片方は攻撃魔法が不得手な支援魔導師であった。
戦闘時のジュリアは支援魔法と治癒魔法を使う他は、前衛を抜けてきてしまった敵を杖や初級の攻撃魔法で追い払う。しかしアイリーンはそれに気付くとジュリアを守ることを優先して魔法を使う為、アレクシス達前衛組にしてみれば貴重な魔法攻撃の機会をジュリアに割かれてしまっていることになる。
それならば、いっそまともに自衛も出来ない支援魔導師など捨てて、攻撃魔法中心だが支援魔法も少しだけ使えるような魔法使い等を代わりに入れた方が良い、という結論に達するのは無理もないことだったのだろう。
「あんたは居るだけ無駄だ! これからはあんたの代わりにもう一人魔法使いを入れる!」
「なっ、お姉様の代わりが務まる魔法使いなんて……!」
「はーい、お邪魔よ、おねーさまぁー?」
アイリーンの反論を遮るようにして、彼女とアレクシスの間に一人の少女が割り込んだ。
見た目からして15歳かそこらか、淡褐色の瞳が特徴的な、愛らしい顔立ちの少女だが、その表情はどこか不敵な笑みを浮かべている。駆け出しの冒険者には見えないが、勇者パーティのメンバーのような歴戦の冒険者にも見えない。
装備は見る限り魔法使いで、茶色のローブの胸元には魔法学院卒業の徽章が縫い付けられている。アイリーンやジュリアと違って、魔法学院できちんと体系化された魔法を修めた卒業生らしい。
言葉を遮られたことを不快に思ってか、アイリーンが尋ねる。
「誰よ、あんた」
「あたしはヘイゼル。そこのおばさんの代わりに勇者様と冒険することになった魔導師よ」
アレクシスの腕に寄り添いながらうっとりと語るヘイゼル。どうやら彼のファンらしく、恐らく彼に声を掛けられて飛びついたのだろう。
しかしジュリアをおばさん呼ばわりとは……とアイリーンはチラリとジュリアの方を見た。相変わらず彼女は無表情だ。
アレクシスは17歳、アイリーンも17歳、他のパーティメンバーも同じくらいの年齢だが、ジュリアは22歳と、一人だけ年齢が高い。貴族の娘としての婚期は過ぎているのは確かだが、ジュリアは170センチの長身と恵まれたスタイル、そして透き通るような銀髪を持つ美しい女性だ。
「そういうわけだから、あんたはさっさと家に帰るんだな! 尤も、勇者パーティを追放された三女を受け入れるような家なら、だが!」
「アレク! いい加減に……!」
「もうよろしいですよ、アイリーン」
ジュリアの静かな、鋭い声色に、思わずアイリーンは黙る。常人ならば近くに居るだけで暗い森に挨拶しに行くことになっただろう。しかしこの場でこのやりとりを見ているのは常人ではない。日々様々な修羅場を潜り抜けている冒険者達と、それらを相手にしているギルド職員達である。
「パーティ追放の理由、委細承知いたしました。それではこちらからも一つ、言わせていただきましょう」
そこまで言うと、ジュリアはアレクシスへと一歩踏み込んだ。
話の流れと、彼女が右手を軽く引いていることから、彼は平手打ちでも飛んでくるのだろうと思い、不敵に口角は上げたまま、軽く歯を食い縛る。
支援魔導師の女性が前衛で剣士として戦う自分に振るえる暴力など高が知れている。まぁそれくらいは受け取ってやろう。そう考えての対応だった。
しかし、次の一歩で彼女の右手は拳を握り締め、アレクシスの反応を遥かに超える速度で、彼の頬を捉えた。
鈍い打撃音と共に、アレクシスの身体は独楽のように回転し、物理的には近いのに心理的には遠巻きに見ていたパーティメンバー達のテーブルに突っ込んだ。
アレクシスは整った顔の若者だが、かなり鍛え上げた肉体を持った前衛職の剣士である。その上、聖剣の力を発揮する才能を持った勇者である。トロールの棍棒を剣で受け止め、押し返したともいわれる男である。そんな彼が、不意を突かれたとはいえあっさりと吹き飛ばされたのだ。ジュリアの美しく繊細な腕の一体どこからそんな腕力が発揮されたのか、周囲の皆が絶句した。
「クリーグス家への侮辱は、いくら勇者様といえども看過出来るものではありません」
その当人は、拳をパキパキと鳴らしながら淡々と告げる。アレクシスの意識はとっくに月まで飛んでいるが。
クリーグス辺境伯はウェスティア王国の北部国境を、北方の大国カルフレア帝国から守り続けてきた武闘派にして、ウェスティア王国含む西方諸王国連合屈指の魔法戦技の大家である。味方への支援魔法から自身への強化魔法、そして何より魔法を使わずとも一般的な前衛職を凌駕する程の単純な戦闘能力を誇るのがクリーグス家の血筋であり、ジュリアはその家系の中でも最高位の実力を誇る才媛とされていた。
当然ながら、ジュリア本人の飽くなき力への探求と、鍛錬の結果でもある。無尽蔵の魔力と無詠唱で魔法を使う才能に加え、魔法がなくても素手でトロールを殴り倒す程の腕力を持ち合わせていた。
しかし先述の通り、このパーティは前衛偏重型。そこに支援魔導師として入っていたので、ジュリアはあくまで支援魔法での戦闘補助に徹していた。更に無詠唱で魔法を使っていたので、いつ支援魔法を使っているのか、アイリーン以外にはいまいち分からない。ましてや、敵を直接殴る機会など早々ない。この為、アレクシスもアイリーンも、他のパーティメンバーも、彼女がこんな力の持ち主だとは気付かなかった。
そして、彼らの活躍は実はジュリアの支援によるところが大きかった。本来の実力は彼女の強化魔法がなければBランク冒険者と然程変わらない程度だったのだ。
その強化魔法を掛けられていない、常人より少し頑丈なだけのアレクシスを今、ジュリアはトロールを素手で殴り倒す程の腕力で殴ったのである。頭が原形を留めていたのは彼女の慈悲だった。
「さて……」
「ひっ!?」
淡々とした冷たい声と共に、ジュリアはヘイゼルへと振り向く。
先程聖剣に選ばれた勇者を一撃で殴り飛ばした拳の持ち主が自分へと振り向いたのである。しかも、直前にその本人に非常に失礼なことを言ったばかりだ。
「あなたにも一言、言わねばなりません」
それはヘイゼルにとって死刑宣告に他ならなかった。
あまりの恐怖に頭が真っ白になる。どんな魔物と対峙しても、きっとこれ以上の恐怖は中々味わえないだろう。
いつの間にかアイリーンも一歩引いて離れている。周囲の冒険者達も距離を置いている。
あっ、私、死んだな――
そう思った直後、ヘイゼルの頬をジュリアの拳が捉えた。全く見えなかったし、なんなら踏み込んだことも分からない程の速度だった。
いきなりパーティ追放を言い渡してきた挙句、家の名を侮辱したクソ勇者。今は酒と料理を頭に被ったままテーブルを枕に伸びている。
その勇者のファンで、自分をおばさん呼ばわりしたムカつく魔導師。今はいくつかのテーブルを巻き込んで吹っ飛んでいった先の壁の下で伸びている。
二人を殴り飛ばしたジュリアは、大きく息を吐き、感情の起伏の乏しい彼女らしからぬ声を上げた。
「あーっ、すっきりした!」
後に「鉄拳支援魔導師」「鉄拳令嬢」などと呼ばれた彼女の伝説の始まりであった。