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54話

「前は一番前だったからこの席に違和感はあるけど、悪くないね。うん。窓際というのも良いものだね」


 門倉は真面目さを象徴しているような細いフレームのメガネをクイッとあげながら話しているが、話し相手は見当たらない。門倉が独り言が多いというのは本当だったようだ。しかも声が大きいので質が悪い。


「おお!近くに真弓さんがいるじゃないか!いやーこれは嬉しいな!」


 門倉は顔を輝かせているのに対し、エリカは引きつった笑顔を見せている。俺だからわかるが、エリカからは嫌そうなのが伝わってくる。


「え、ええ…。よろしくね…」


「こちらこそ!仲が良い人と近くになれるのは僕の日頃の行いが良かったのかな?」


 さっき同じ言葉を聞いた気がするな…。

 門倉がハハハッと笑っているのに対し、エリカの笑顔は更に引きつっている。もう俺じゃなくても嫌そうなのがわかりそうだけど…。

 門倉とエリカがクラス内で話しているところは度々目撃する。それ故に門倉は仲が良いと思っているようだが、それはエリカの顔を見てわかる通り大きな間違いだ。その気持ちは一方的なもので、エリカ自身は親しいとは思っていない。むしろ何度か愚痴も聞いたことがあるので嫌っているのではないか?

 会話についてもエリカから話しかけることは一度もなく、常に門倉が一方的に話しかけている。


「…よお門倉。一応俺もいるんだけどな…。よろしくな」


「ああ、二宮君もいたんだね。よろしく」


 エリカと違って俺には淡白な反応。俺もこいつは苦手なので別にいいのだが。

 門倉は真面目で悪い奴ではないが融通が利かない部分がある。しかもプライドが高く、我が強いこともあって、クラスでも煙たがられることが多い。本人に自覚は無いと思うが。

 では何故、そんな門倉がエリカによく話しかけているのか。それは学力が理由だ。エリカは前回のテストでまたも二位だったと言っていたが、その時も、その前も一位だったのが門倉だ。だからこそ門倉が人付き合いにおいて重視するのが学力の高さである。その考えがプライドの高さに影響している部分あるのかもしれないが、テスト上位の人としか話しているところを見ない。極端に自分より下を見下しているわけではないが、上位以外はどうでもよさそうな印象だ。

 あくまで俺の推測だが、プライドが高く人付き合いで学力という基準がある門倉にとって才色兼備なエリカは自分と同類、もしくは自分にふさわしいとか思っているのではないだろうか。


 「そういえばエツジ君」と門倉との会話を切り上げるためにエリカは俺に話しかける。困っているエリカを放っておけるわけなく、俺もすぐにエリカの話し相手となる。


「どうした、エリカ?」


「この後の―――」


「真弓さんは夏休みは何をしてたんだい?僕は夏期講習に行って予習も復習もバッチリだよ!次のテストも完璧だね!」


「そう、よかったわね。それでエツジ君に―――」


「本当は真弓さんと一緒に勉強したかったんだけど、真弓さんの連絡先知らなくて誘えなかったよ」


「そう、でも私忙しかったから。それで―――」


「だから後で連絡先交換しよう。そうすれば今度から一緒に勉強できるからね」


 門倉という男はたとえ相手が他の人と話していてもお構いなく割り込んでくるようだ。いや、もしかすると俺は眼中にないのかも…。

 呆れている俺の横でエリカの目が鋭くなる。


「門倉君…今私はエツジ君と話していたのだけど、わからなかった?」


 そこにいたのはエリカ様だった。エリカが仲の良い俺たち5人以外の前でこの雰囲気になることは滅多にない。その姿を見せるということはエリカ様は相当お怒りのようだ。

 そういえばカラオケの時もこんな感じだったよな。


「すまない…。真弓さんと席が近くてはしゃぎすぎたみたいだね…。でも真弓さんも僕と近くて喜んでいるようだったから」


「私が喜んでいたのはあなたが近いからじゃなくて、エツジ君が隣だったからよ!ついでに言っておくけど、私とあなたは別に仲良くもなんともないでしょ?勘違いさせたなら申し訳ないけど、あなたがいつも話しかけてくるから相手してただけよ?」


 俺以外にエリカが辛辣な言葉を吐くなんて珍しい。前々から蓄積されていたものがあったのだろう。


「そ、そんな…あんなに楽しそうに話してたじゃないか!僕たちは同士なんだよ!互いに同じレベルで話し合えるなんて素晴らしいじゃないか!二宮君なんかより僕と話していたほうが真弓さんのためなんだよ?」


 プツンという音が聞こえた気がする。エリカの方から。


「もう黙ってもらっていいかしら…。そして今後一切私とエツジ君の邪魔をしないでくれる?いいわね?」


 俺に向けられた言葉ではないのに背筋に寒気が走る。門倉もこれ以上は止めておいた方が…。


「僕は―――」


「はーいそこ!窓際の後ろ辺り…二宮か。うるさいぞ。もう席替えは終わってんぞ。しーずーかーに」


 何で俺が名指しなんだよ…。場所は近いけど俺ではないのに…。

 担任の柳瀬(やなせ)先生に指摘され、エリカと門倉の会話も強制的に終了となった。

 柳瀬先生はずぼらでやる気がないように見られがちだが視野は広い。美人は美人だし、あれでもう少し真面目にやればいい先生だと思うんだけどな。

 教室内が静かになってから柳瀬先生が喋り始める。その隙に体を横に乗り出し、こそっとエリカに話しかけた。


「おい、良かったのかよ?結構きつい言い方だったけど…」


「大丈夫よ。あんまり悪く言いたくはないけど、あの人と仲良くなりたいなんて今まで思ったことないし、これからも仲良くしたいだなんて思わないわ」


「ならいいんだけど…」


「ちょうどよかったのよ。私のこれからの楽しい学校生活を邪魔なんてさせないわよ」


 余程門倉のことが嫌いなのだろうか。あまり触れるのはやめておこう…。

 体勢を戻して元の位置に座り直したら今度はエリカがこちらに体を寄せて耳打ちしようとしている。何かと思って俺も耳を貸す。


「ねえ…こうやって授業中にこそこそ話すのもドキドキするわね…」


 耳元でわざと耳に吐息が当たるような声の出し方でひそひそと話すエリカ。俺の耳は敏感なようで、ビクッと体が動いた反動で机もガタッと動いた。その音は意外に大きく、周囲の注目を浴びながら「また二宮か…」と二度目の名指しを頂いた。

 いつの間にかエリカは体勢を戻していて、またも俺だけが注意を受けた。

 隣でクスクスと笑うエリカを横目に「はぁ」とため息はついたものの、内心では楽しくなりそうだな、と思ったことは俺自身しか知らない。

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