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~side 松方リキヤ~

 男同士の語らいとは良いものだ。普段は周りにストイックな姿しか見せていない分、あいつらと喋るとどうしても自分の胸の内をさらけ出してしまう。そんな存在はあいつらしかいないから、助かっているのだが。

 日課の筋トレも、今日はいつもより調子がいい。精神と肉体が繋がっている証だ。

 リズミカルに「フン、フン」と腕立てを行う俺の脳内はテストのことなど微塵も考えていなかった。


「エツジはサユリやエリカの気持ちに気づいていないのか?」


 今日の会話を思い出して、呟く。気づいていないのか、気づかないようにしているのか、そんなのは俺の頭じゃわからない。ただ、鈍い俺が気づいているくらいだから、エツジが気づいていないなんてあるのだろうか?

 前に「リキヤはサユリとかエリカとか、好きにならないのか?」と言われたことがある。確かにあいつらは可愛いし美人だが、好きになるはずがなかった。2人はエツジの方しか見てなかったからな。わかりきった失恋なんてしないだろ?

 2人に限った話ではない。マコトは特別だが、コウキも、男としてエツジのことを尊敬している。そして俺にとっても、あいつは親友であり、恩人である―――






 俺の親は小学校6年生の時に離婚した。一人っ子の俺は母親に引き取られた。家庭の暖かさなんて失って気づくものとよく言われるが、まさしく俺もそうだった。離婚してからの母は、1人でも生活していけるように仕事にのめり込んでいった。幸い、母1人でもそこそこの稼ぎがあったのだが、家で俺と過ごす時間は減っていった。俺の為にも頑張っていたのだが、当時の俺が全部を理解するにはまだ幼かった。離婚したからこそ、もっと一緒にいる時間が欲しかったのだ。

 中学になってもその生活は変わらず、親子の会話も減っていく。そんな中で、俺の中にあった寂しさは、徐々に怒りへと形を変えていった。その頃からトラブルをよく起こすようになり、喧嘩に明け暮れた。小学生から仲が良かった奴らとも疎遠になっていった。ただ1人を除いて。それがエツジだ。

 エツジは俺が周りから避けられていても、顔色一つ変えずについてきた。喧嘩にも参加していた。しかもこれが結構強かったり。

 ずっと付きまとってくるエツジが鬱陶しかったが、心の奥では嬉しかったんだ。でも素直になれなくて、どうしていいかわからなかった。


 そして中学2年生のある日、俺とエツジは真っ向から衝突した。


『なあリキヤ。喧嘩よりスポーツしようぜ!お前、絶対才能あるよ』


『うるせーな!やらねーって言ってんだろ!しつけーんだよ!』


『もったいないって。今からでも遅くないって。やろうぜ』


『チッ。わーったよ。そんなに言うなら俺に喧嘩で勝ったらやってやるよ。その代わり負けたら今後関わるんじゃねーぞ?』


『お、言ったな?よし、その勝負受ける!男に二言はないからな』


 誰もいない高架下で、俺たちは殴り合った。正直、喧嘩なら負ける訳ないと思っていた。体格も俺の方が良いし、現にエツジの打撃より俺の打撃の方がヒットしていた。なのにあいつは倒れなかった。


『おい…、いい加減倒れろよ。何でそんなに頑張るんだよ?お前に得なことなんてないだろ?』


『損とか得とか関係ないよ…。友達だからな。それにここで負けたら終わっちまうだろ?』


『なんなんだよ、お前…。何も知らねーくせに!』


 俺は今までの怒りを込めてエツジに向かって拳を振った。本当に倒すつもりで。だがその拳は空を切った。大振りの隙を突かれて、エツジの渾身の右フックが俺の頬を捉えた。

 その拳の痛みは、今まで受けてきたどんなパンチよりも痛くて、心の奥まで届いた気がした。


『ハァハァ…俺の…勝ち…だな』


 仰向けの俺は立ち上がることができない。『クソッ』と言いつつも何故か気分は晴れやかだった。


『確かに俺は何も知らないし、家庭の事情もわかんねーよ。でも、友達ってのは変わんねーだろ?そっちに居場所がないなら、こっちに来い』


 視界が滲む。ずっと言って欲しかった言葉をかけてもらえた。自分も傷を負いながらも、体を張って止めてくれる。こんな友達がいる俺は、1人なんかじゃなかったんだ。大切なことをエツジは教えてくれた。


 その後はエツジの勧めでバスケ部に紹介してもらった。最初は怖がられたけど、エツジがそのイメージを払拭してくれたおかげで、すぐに馴染むことができた。

 小学校からの友達とも再び話すようになった。サユリとエリカには怒鳴られたし、マコトは本当に怖かったけど。

 母親のこともエツジに促されて、思いを打ち明けることにした。母も、気にしていたらしく、なるべく時間を作ってくれるようになった。


 エツジのおかげで大切なものを失わずに済んだ―――






 あいつは俺の恩人だ。こんな俺でも友達と言ってくれた。男としても尊敬している。この先、俺の助けなんていらないかもしれないけど、何かあれば絶対に助ける。

 その時に備えて、今は……。


「よし!あと1セットやるか!」

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