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9話

本日2話投稿します。

「真弓さんめちゃくちゃ上手ー!」


「やっぱりなんでもできるんだね」


 エリカが歌い終わった後、部屋の中では称賛が飛び交っていた。それもそのはず、先程練習していた時よりもさらに上手く歌えていた。


 「ありがとう」と返すエリカは満足気な顔をしていて、自分の中でも良い出来だったのだろう。それを見るとなんだか俺も嬉しかった。


 暖かい空気に包まれ、エリカの歌に興奮冷めやらぬ中、林君が大きな声で言う。


「よーし、じゃあ次は二宮!お前が歌え」


 覚悟はしていた。だがこの雰囲気の中で自分の歌を披露するのはためらってしまう。上手い歌はより一層、俺の音痴を引き立てる。エリカが失敗すると思っていたわけではないが、ここまで上手く歌えるとも思っていなかった。

 ここで俺が歌ってしまうと場が白けるのは目に見えている。上手くイジってくれればまだいいのだが、林君にそれはあまり期待できない。


 そっと俺の手に誰かの手が触れる。その手がエリカのものだとすぐに分かった。


「大丈夫よ。エツジ君。私が隣にいるのだもの。馬鹿になんてさせないわ」


 「思いきり歌いなさい」と背中を押される。これじゃあどっちが相談したのかわからないな。


 林君の煽りですっかり俺待ちの状態になっていた。選曲を終えてマイクを持つ。

 心意気は当たって砕けろ、ならぬ、歌って砕けろ。

 大きく息を吸い込んで歌いだす。


「♪――――――――――――――――――――――――――――――――」


 結果、俺は盛大に音を外したまま歌い終えた。良いイジリやツッコミをしてくれる人がいれば救われるのだが、ここにはいない。いるのは歌が下手な俺を見て嬉しそうにしている林君だ。


「おいおいマジかよ!下手すぎるだろ!」


 これ見よがしにゲラゲラ笑う林君は随分楽しそうだ。

 意外だったのは一緒に来ていた3人はあまり林君に同調していなかったことだ。下手なのを馬鹿にするのは罪悪感を感じるのか、苦笑いでやり過ごしている。良い人たちなのだろうが、今は逆に気まずい。


「真弓さんもこんな奴と一緒にカラオケ行っても面白くないでしょ!」


 「そうね」と、ゆっくり瞬きをしてからエリカは答える。


「あなたみたいな、人を馬鹿にするような人と一緒に来ても面白くないわ」


「へ?」


「どんなに下手でも一生懸命やってる姿はかっこいいものだわ。馬鹿にしていいわけがない。仲が良い間柄でからかって盛り上げることはあるけれど、あなたのそれは悪意しか感じないわ」


 シン…と部屋が静まる。エリカは俺が言いたくても言えないことを言ってくれた。あまりに的を射ていて、少し林君が可哀そうに思えてしまう。林君は口ごもっていて言葉が出ない。


「そろそろ私たちは失礼するわ」


 その言葉を残して俺たちは部屋を後にする。残された人たちの空気は最悪かもしれないが、そちらの問題なので考えないことにする。


 部屋に戻った後はすぐに料金を精算した。

 外に出ると茜色の空が目に入る。時間も時間なので帰ることになった。


 帰り道、俺たちは同じ電車でドア付近に左右で別れて揺られている。


 今日はたかがカラオケだったのに色々あった。ただ、エリカの歌に関しては克服したし、俺の方も音痴でもいいと思えたのは今日の収穫だった。

 改めてエリカにお礼を言っておこう。


「エリカ、ありがとうな」「エツジ君、ありがとうね」


 エリカも似たようなことを考えていたのかもしれない。


「なんであなたがお礼を言うのよ。お礼を言うのはこちらだわ」


「でも最後の言葉には助かったよ」


「あれもエツジ君がしてくれたことを返しただけよ」


 ガタンゴトンと揺れる電車は、俺たちの会話にテンポを作ってくれる。


「……エツジ君も知ってると思うけど、私はできることより、できないことのほうが多かったわ」


 昔を思い出す。確かに最初から完璧だったわけではない。


「できないことがある度にエツジ君は助けてくれたわよね」


「それはお互い様だろ?」


「いいえ…、助けられたことのほうが多かったわよ。……あの頃から、些細なことでも、できないことに負い目を感じるようになったわ。今回のことも、前に言われた『下手』という言葉が心に残っていて……」


 やはり気にしていたんだな。


「結局は緊張していただけだったけど、傍からみたらしょうもないわよね。友達同士のカラオケ、ただの遊びなのに。そんな小さいことを馬鹿みたいに気にしちゃってさ」


 そう思う人もいるだろう。けれど―――


「それは違うよ。確かに事の大小はあるかもしれないけど、そんなのは人の価値観によって違ってくるだろ。どんなに小さなことでも心につっかえることもあるし、トラウマになることもある。そんなのは誰にだってあることだ。俺にだって……」


 ――――――あの頃から……。


「カラオケで緊張するなんて大袈裟かもしれないけど、するものは仕方ないだろ?なら向き合うしかないさ」


 気遣っているつもりはないが、単純に思ったことを言葉にする。


「ただ、まあ、気にしすぎるのもよくないからな。程々にしといて、あとは周りを頼るといい。俺も暇だったら手伝ってやるから」


「そう言ってくれるから、いつも甘えてしまうのよ」


 「まあ忙しいんだけどな」と保険をかけておく。

 

「でも……楽しかったわね」


 エリカは「あー」と伸びをしながら言う。


「そうだな。たまには悪くないな」


 「また誘ったら来るわよね?」という問いに、「気が向いたらな」と返しておく。


 向かいのエリカの笑顔は優しくて、柔らかくて、暖かくて。

 窓から射す夕陽に当てられて、その顔はほんのりと紅く染まっている。

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